第232話 室矢重遠はこれ以上の恥を晒さぬように腹を切る
「この度は、わたくしどもの不正の摘発に巻き込んでしまい、大変申し訳――」
「いや、それで済む話じゃないだろ? 俺を生き
俺が突っ込んだら、小首を
「大変申し訳――」
「だから、繰り返すな!」
笑顔のまま、両手で役員机をバンと叩いた咲莉菜は、ぶっちゃける。
「弟は、姉の言うことを聞くものですー!」
「それが本音か! あと、俺はお前の弟じゃない!!」
俺の横には、
敵意を示さないために、彼女の護衛は2人の式神だけ。
近衛は、正面に座っている咲莉菜の左右に2人いて、俺の後ろにある出入口の付近にも2人いる構図だ。
戦闘になれば、かなりの不利を強いられる。
さっきの今で、さすがに厳重だな?
俺と夕花梨は他流だから、ここで咲莉菜を暗殺するか、脅してくる可能性も考えていると……。
原作の
まさに、下半身で被害を減らしたわけだ。
完全攻略本によれば、その後で世界は滅びたっぽいけど。
原作の咲莉菜では、航基との睦言で、途中から本音に変わっていたのに。
変われば、変わるものだ。
誰か、男でもいるのかな?
書類上とはいえ、
そう思っていたら、咲莉菜がこちらを見た。
はたと気づいた彼女は、ゴソゴソと
俺を呼び、はいと手渡してくる。
思わず受け取ったら、その瞬間にいきなり、記憶が流れ込んできた。
――
――わたくしの初めてでー
夢の中で、俺は
だが、この記憶は……。
――1回も2回も、同じなのでー
――こちらの意味でも、初めてでー
――あまりマジマジと覗き込まれると、恥ずかしいのでー
――すっかり、形を覚えてしまいましてー
うわァアアアアアア!!
あかんやん。
これ、完全にダメじゃん。
しかも、咲莉菜の反応するところ、全部知っているし。
夢の中でトロ顔になっている彼女を思い出しながら、これ完全に浮気だよな? という大問題に直面していた。
刀で斬り合ってから、一緒にお風呂入って、また対戦の日々とは。
こちらの
俺は自分の右肩に、異常を感じた。
メキメキと
呼吸を整えてから、言葉を発する。
「
後ろを振り向いた俺の目に映ったのは、笑顔でブチ切れている
義妹の
そろそろ、右肩に
寂しそうな顔の詩央里は、万感の思いを込めて、別れの言葉を告げる。
俺の雰囲気だけで、全てを察したようだ。
さすが、幼馴染にして、婚約者のメインヒロイン。
「安心してください、若さま。私も、すぐに後を追いますから……」
これまでか。
生き恥を晒さないために、
詩央里の手を汚すわけにはいかない。
ああ、そうだ。
せめて、最後の始末は、自分でつけるべきだ。
すまない、詩央里。
あと、数週間も待たせた挙句に旅立つ俺を許してくれ、メグ。
目を閉じた俺が、覚悟を決めた瞬間――
バンッ! と学長室の扉が開かれた。
「
「今は修羅場……じゃなくて、咲莉菜さまの会談中よ!」
出入口の内側にいた近衛2人は、即座に背中の装具から
半分ぐらい抜刀した状態で、どちらも身体にバネを溜めている。
「し、失礼しました! 緊急です!! こちらを!」
押し入ってきた女は、慌てて、数枚の写真を差し出した。
幼いほうが御刀を仕舞い、写真を受け取る。
そのまま、奥の椅子で待っている咲莉菜に渡した。
元の位置へ戻る近衛に目もくれず、彼女は写真を見た後で、思わず声を漏らす。
「…………え?」
後ろの詩央里に首を握られながら、俺は問いかける。
「どうした? 俺はそろそろ、辞世の句を詠みたいのだが? できれば、すぐに腹を切れる場所の用意と、腕がいい介錯人も呼んでくれ」
それを聞いた咲莉菜は、俺のほうを見ながら、写真を差し出してきた。
だが、文字通りに首根っこを押さえられている様子を見たことで、俺の前まで歩き、自ら渡してくる。
そこまでして、何を見せたい?
不満を感じつつ、写真を眺める。
俺の後ろから肩越しに、詩央里も覗き込んできた。
“わたhが呼んだkaラ、Uら”
文字が刻まれた、大岩の写真だ。
意味不明。
2枚目に入れ替えたら、ようやく文章になっていた。
“室矢
……なぁに、これぇ?
近寄ってきたカレナが、同じように写真を覗き込んだ後で、片手を耳に当てて、ふんふんと
それから、俺の後ろで悲壮な雰囲気になっている詩央里に言う。
「離してやれ、詩央里……。どうやら、重遠は寝ている時に咲耶の空間へ招かれ、そこで咲莉菜に稽古をつけられていたようだ。平たく言うと、『短期間で力をつける意味で別の相手もさせたから、責めるのは私にしなさい』ということじゃ」
混乱した詩央里は、俺の首から手を離しつつ、カレナに質問する。
「うちの
「そうじゃ……。付け加えれば、寝ている
カレナは言い終わると、また片手を耳に当てて、話し出す。
「お主から説明しておけ! このままだと、私が討伐されるのじゃ!!」
意味不明な叫びをしたカレナは、改めて全体を見回す。
「10分ぐらい待て」
待つ間に、詩央里が咲莉菜に話しかける。
「お初にお目にかかります。千陣流の十家が1つ、南乃家の詩央里でございます……。室矢家に嫁いでいますが、今は高校生の立場ゆえ、まだ重遠の婚約者です。この度は御流の咲耶さまの神意と理解しつつも、夫の浮気を知り、自分の至らなさを痛感しております……。当家で夫と親しくする女性について、私は全権を任されている人間です。
詩央里の尋問に、咲莉菜が応じる。
その場で立ち上がり、深々と頭を下げた。
「咲耶さまの
咲莉菜の隣に立っている近衛が、思わず口を挟もうとする。
けれども、彼女は仕草で止めた。
向き直った咲莉菜は、話を続ける。
「咲耶さまの
敵地で、咲莉菜に絶対の忠誠を誓う近衛に囲まれているが、詩央里は一歩も引かない。
「過去については、許します。けれども、
諦めずに、咲莉菜が食い下がる。
「はい……。けれど――」
「その話し合いには、もっとふさわしい場があると存じます。若様をわざと危険に晒したうえ、侮辱を受けさせたことにも、私は怒っていますから……。申し訳ありませんが、本日のところはお引き取りください」
「で、出直して参りますー」
詩央里の拒絶に、咲莉菜はぐうの音も出ないまま、着席した。
――10分後
学長室に別の女が駆け込んできて、さっきの
奥の机で書類に目を通していた天沢咲莉菜から、写真が回ってくる。
そこには、“室矢カレナは私の親友なり 咲耶” とあった。
カレナ本人が
まあ、そうなるな……。
一番早く立ち直った咲莉菜が、話をまとめる。
「つまり、カレナ様は咲耶さまに準ずる存在だと? ……ひとまず、
「私は神格として扱われたくないから、逆にちょうど良いのじゃ」
「はい。ご連絡先と担当者を教えてください」
カレナと詩央里の返事で、ようやく落ち着いた。
全員が密かに胸をなで下ろした時に、咲莉菜が俺に話しかけてくる。
「そうそう……。わざわざ送り届けてくださいました
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