第231話 演舞場の中央で「これは神命である!」と叫ぶ(後編)
――
呆然としていた周囲の一部が、動き出す。
「それまで! ……警備、彼を拘束しなさい!! 神聖なる御前演舞で、禁忌を
審判の宣言で、抜刀した
俺は、式神の刀を右手で下げたまま、しばらく様子を見る。
膠着した状況で、審判の宣言が続く。
「よりにもよって、
「黙れ」
一触即発の状況で、別の声が混じった。
思わぬ乱入に、審判も戸惑う。
ふわりと、1階の試合場に少女が舞い降りた。
くすんだ灰色の、長い髪。
明るい茶色の瞳。
だが、俺の知っている咲莉菜と違う。
その雰囲気が、決定的に違う。
重力を感じさせない動きで立ち上がったものの、人の身とは思えない。
「あなたも、彼の共犯ですか? 神事を
「誰が、発言を許可した?」
何も気づかない審判と、咲莉菜に切っ先を向ける演舞巫女たち。
それに対し、彼女は淡々と答えた。
いつも通りの可愛らしい声だが、その圧力が半端ではない。
「
咲莉菜が
不可思議な衣装を着ている俺ですら、両肩を強く押しつけられる感覚を覚える。
近くにいた審判と演舞巫女たちが、崩れ落ちた。
まるで重力が10倍になったかのように、無様に床へ押し付けられる。
彼女たちは両手、両足すら持ち上げられず、視線だけ、咲莉菜に向けた。
あるいは、その声を聴く。
周囲を見たら、その場にいる全員も、重圧に押し潰されている。
2階の観客席にいる
それに、局長警護係の面々は、そのままの姿勢で耐えていた。
かなり辛そうだが、他の連中のように這い蹲っていない。
審判が口を開いて
「こんなことを――」
「したら、どうだと言うのだ? お前は、私を否定するのか? 私の子だというのに……。
本能的に理解したのか、審判はガタガタと震え出した。
咲莉菜の姿をしたナニカが、話を続ける。
「ここ、数十年あまり……。私が干渉せぬ方針を良いことに、お前たちはどれだけ墜ちた? いや、人の在りようの話ではない。
スッと目を細めた少女は、ここで低い声になる。
「分からぬか? 私自らが、罰を下さねば……」
あれは、咲耶だ。
咲莉菜の体を借りて、咲耶が降臨している。
【
主人公の
相談する相手がおらず、ただ死に向かう身を嘆く彼女を
そして、女神の一部を降臨させた咲莉菜は、オウジェリシスの本体との戦いへ
神の力を借りる以上、人としての救いはない。
自分が女であることを確認した彼女は、筆頭巫女としてのお役目を果たした後に、魂すら残さず、ただ消滅した。
濡れ場でも、行きたくない、死にたくないと、震えながら言い続けていたな。
原作で咲莉菜が本音を言うシーンは、それだけだった。
俺が考えている間にも、事態は進んでいく。
我に返ったら、試合場にいる審判がちょうど口を開いた。
「お、お許し――」
「貴様は、
床に張り付けられた審判に向かい、ゆっくり歩く咲莉菜。
瞬時にその姿が変わって、優美な羽衣を
左腰に下げている刀をスラッと抜けば、御神刀と呼べるだけの輝きだ。
「
咲莉菜の姿をした女神が、審判の女のところに到着した。
誰も動けない中、無造作に振りかぶった御神刀で断罪する咲耶。
だが、その刃は止められる。
咲耶は、そのままの姿勢で、俺に視線を向けた。
「どういうつもりだ? ……私の弟子でありながら、逆らうのか?」
俺は、戦闘用の衣装を
自分の右側で床と水平に伸びている刀身と、そこにぶつかったままの彼女の御神刀。
この状況だけを見れば、まるで竹刀による剣道の稽古の一場面だ。
今の攻撃は、咲耶が
もし、これが本気だったら――
彼女の機嫌を取るべく、俺は慌てて言う。
「咲莉菜の気持ちは、どうなるので? 俺は、それを望みません。処分の方法など、いくらでもありましょう!」
いつもの咲莉菜の顔だが、その底知れぬ目が、しばし俺を眺める。
天之羽芭霧をスッと引いた咲耶は、黙ったまま納刀。
斬ろうとした審判に、背中を向ける。
「そうだな……。考えてみれば、私が直々に手を下す必要もなかろう。良きに計らえ」
言い終わるや否や、その場に満ちていた重圧が消えた。
そこかしこで女たちが上体を起こしながら、荒くなった呼吸を整えている。
元の服装に戻った咲莉菜が、俺にペコリと頭を下げた。
「お礼の言いようもないのでー!」
「別に、構わない」
俺たちが会話をしている間に、周囲の演舞巫女も立ち上がった。
しかし、さっきの今で、もう御刀を下げたままだ。
咲莉菜は演舞場の中央に歩いていき、語り出す。
「桜技流では、不正が行われています! この、咲耶さまと失われた
息も絶え
「な、何を言うのですか!? 言うに事欠いて――」
「わたくしの2回目の御刀と衣装は、紛い物でした。対戦相手も……。わたくしが勝っても負けても、それを理由に
静寂が続いている演舞場で、咲莉菜の言葉はよく響いた。
偉そうな女の反論も意に介さず、その主張は続く。
「すでに、それらの御刀と衣装は押さえました。御前演舞で行われた以上、動かぬ証拠です。たった今も、重遠に偽物の御刀と衣装をつかませ、謀殺を図った……。ここで、わたくしは弾劾の開始を宣言します!!」
咲莉菜が啖呵を切ったものの、偉そうな女は食い下がる。
「何の権限があって! この桜技流の指導者は――」
「わたくしです!!」
突然の大声に、偉そうな女は思わず黙り込む。
「桜技流の筆頭巫女にして刀剣類保管局の局長たる、咲莉菜の名において命ずる!!」
言葉を並べた咲莉菜は、虚空から御神刀を掴み、その
そして、切っ先をまっすぐ床に差し込んだ。
手を離しても床に刺さったままの、天之羽芭霧。
神代の刀らしく、
その輝きは天界にあるべきもので、先ほどの神意を思い出させる。
「わたくしは御神刀を抜きました。筆頭巫女としての抜刀は、“咲耶さまのご意思” を意味します! 咲耶さまの子でありながら、それを穢す者たちを全て拘束しなさい!! 手向かうのならば、殺害も許します!」
いったん言葉を止めた咲莉菜は、改めて叫ぶ。
「これは、神命と心得よ!!」
筆頭巫女の咲莉菜が絶叫したら、その場に違う人間たちが現れた。
白を主体とするべき場とはミスマッチの、黒い衣装。
骨格と身長から男だ。
各所に立つ彼らは、まるで
人を処分することを
状況の状況についていけない人々の一部が、瞬く間に拘束されていく。
「他の人もやっていることじゃない! なんで、私たちだけ!!」
「離しなさい! 私を誰だと思っているの!?」
その口からは、自分の家の名前や、ひたすらに許しを求める言葉が
次々に引っ立てられる罪人を見ながら、無関係の女はただ震えるのみ。
黒づくめの1人が瞬間移動のように咲莉菜の近くへ出現して、
「完了しました。全ての教育機関、事務所、鍛冶場、工房が、制圧下にございます。御刀を任されていた
中央に
「ご苦労さまです。手段を選ばず、尋問を始めなさい。そなたらの献身には、いずれ報います」
「ハッ!」
返事と同時に、黒づくめが姿を消した。
桜技流にも、男がいたのか……。
考えてみれば、当たり前だ。
女だけでは、手が届きにくい領域もある。
それに、内輪で子を成すこともできない。
長く続いている流派の1つが、男を知らない
彼女たちは、きっと後悔するだろう。
信仰する女神にこれだけ逆らった者が、普通に扱われるとは思えない。
きっと、原作で
俺は、その内容を知りたくない。
桜技流でも、鍛冶場や工房、事務所には男がいる。
そして、この土壇場で姿を現した忍たち。
男女がいれば、外に出せない恥部もあるだろう。
内々で話をつけて、それなりに上手くやっているわけだ。
もしくは、成果を出した男には、普段なら見ることも叶わぬ女たちが、特別に励ますのかもしれない。
咲莉菜に今回の話を聞いたら、帰るとしよう。
ここは、俺のいるべき場所ではないのだから……。
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