第230話 演舞場の中央で「これは神命である!」と叫ぶ(前編)
――
制服に着替えてから、
今度は奇襲をせず、セオリー通りに、相手を見ながらの攻防だ。
だが、どうにも様子がおかしい。
しきりに自分と相手の刀に目を走らせ、前の戦いが嘘のように守っている。
それも、お互いの刀身に負担がかかりにくい形で。
「タアーッ!」
後ずさりの咲莉菜に業を煮やしたのか、相手は上段に構え、大きく踏み込んできた。
その瞬間、彼女は驚くべき行動に出る。
自分の刀を横に投げ捨てつつ、逆に相手の
咲莉菜は、左拳の
下から掬うような形の右手で、その親指と人差し指の間にしっかりと柄を挟み込む。
グーの左拳が上、親指が床を向いている右の
すぐさま左拳を外しつつも、不意を突かれた相手が動き出す前に、右手を握り込み、全身を使った動きでバッと奪い取る。
逆手で握った、相手の刀。
その刃と切っ先で牽制しながら、素早く自身の後ろに刀身を隠した。
これで、咲莉菜の勝ち。と思われたが――
「それまで!! 重大な違反により、天沢さんの負けです! ……天沢さんには、後で厳罰を与えます。覚悟なさい!」
武装した
どうやら、自分の
連行される咲莉菜を見て、2階の観客席では色々な意見が出ている。
「御前演舞で、あんな真似を……。信じらんない……」
「シャロ、どう思う?」
「んー。別に、わざわざ “無刀取り” をする必要はなかったと思いマース!」
そうだよな……。
いくら斬られても大丈夫とはいえ、痛みはあるのだし。
さっきの対戦相手は、完全に遊ばれていた。
あれだけ大振りなら、初戦の俺のように踏み込んでガラ空きの胴を
これだけ面倒な立ち回りをする必要は、全くない。
――止水学館 演舞場 内廊下
連行の興奮冷めやらぬ中、俺は自分の出番に備えて、
だが、また女子グループが
ニヤニヤしたままのリーダー格が、俺に向き直った。
「恋人さんは、ご愁傷さまだったわね? あなたに肩入れするから、こんな目に遭うのよ」
無言で見つめ返したら、怒ったように続ける。
「これが、最後の警告よ? 次の試合は辞退しなさい」
「断る」
拒絶されたリーダーは、苛立たしげに足をトントンと鳴らした。
「こちらは大勢で、そちらは1人……。どちらの言い
「だから、どうした?」
俺は、静かに問い返した。
それを聞いたリーダーが、激しい剣幕を見せる。
「冗談だと――」
「哀しいな…………」
俺の反応に、怒鳴りかけていたリーダーが戸惑ったような声を上げる。
「はぁ?」
「
会話になっていない返事に、リーダーは、こいつ頭がおかしいのか? と初めて怯えの表情を見せた。
「分かった。3分で、この敷地を出るよ!」
この場にいないはずの、第三者の声。
それも、女子中学生ぐらいの雰囲気だ。
全員がキョロキョロと周囲を見るが、やはり人影はない。
俺たちが立っている場所には、隠れられる部屋や物陰も見当たらない。
とたんに、女子たちが、小声で騒ぎ出す。
「え? 今の誰?」
「ひょっとして、部外者に聞かれた!?」
「まずいよ、
自分たちの理解を超えた展開で、那由も余裕をなくした様子。
俺は構わず、次の行動に移る。
「カレナ、出番だ」
「…………どうしたのじゃ?」
いつの間にか、俺の隣にカレナが立っていた。
自室で
少し距離を置いている那由たちが、ギョッとした表情でカレナを見つめる。
それを無視して、俺は言う。
「滅ぼせ」
「ちょっと!?」
思わぬ方向へ流れてきた話に、那由が慌て出す。
カレナは、騒ぐ彼女たちを無視して、俺に問いかける。
「方法は?」
「夕花梨たちの安全を確保しろ。あとは、任せる」
委細承知した
靴下のまま、彼女たちに近づく。
那由が、慌てて言う。
「わ、私たちに手を出せば、他の人も黙って――」
「
カレナは中学生としか思えない低身長だが、その神秘性は他に類を見ないほど。
左手の肘を突き出し、肩の高さで水平に。
その人差し指と中指を揃えて、空中で右から左に滑らせようとした瞬間――
「今回は、そこまでにしてくださいませんかー?」
まさに虐殺が始まる寸前で、のんびりした声が聞こえてきた。
そちらの方向へ目をやると、連行されたはずの天沢咲莉菜がニコニコしたまま、立っている。
重苦しい雰囲気を
「邪魔をするな、小娘……。だいたい、お主もその対象だぞ?」
先にお前から始末する、という視線を送ったカレナに対して、付き添っている
瑠璃は、背中の装具にある御刀を移動させ、左腰から流れるように抜刀。
切っ先を下に向けたまま、突きのタイミングを
「やめろ、カレナ……。咲莉菜、どういうつもりだ? こいつらは桜技流の名前で、俺と千陣流にはっきり敵対した。その落とし前は?」
自分の式神であるカレナを止めて、咲莉菜に詰問した。
けれども、彼女は笑顔のまま、答える。
「
その場にいる全員の視線が、俺に集まった。
「少し、落ち着くのじゃ」
構えを解いたカレナが、振り向きつつ、
この言い方だと、咲莉菜の提案に乗ることに、十分なメリットがあるのか。
「カレナへの指示を撤回する! 夕花梨の退避についても、撤回する……。咲莉菜、これは大きな貸しだぞ?」
深々とお辞儀をした咲莉菜は、お礼を言う。
「ありがたき、幸せー! では、わたくしは、これで」
言い終わった彼女は、納刀した瑠璃を引き連れ、いずこかに去っていく。
「夕花梨さまは、10分後に戻ってくるよー! ひたすらに遠ざけたから……」
「私も帰るぞ? まったく、久々の夏休みが台無しだ。今度は先に消し飛ばしてから、残った奴と話をするのじゃ……。
カレナも愚痴を言いながら、その場で掻き消えた。
思考停止の那由たちが棒立ちになっていたものの、控室に戻る俺を止めなかった。
その場合、最も近くにいた女子の腕1本が、宙を飛んでいただろう。
――止水学館 演舞場1F 試合場
控室で着替えた俺は、3回目の試合に臨む。
向き合った相手は、さっき脅しをかけてきた那由だ。
意外にも落ち着きを取り戻しており、こちらをまっすぐ見ている。
お互いに抜刀して、相手に切っ先を向けた。
「双方、構え……。始めっ!」
俺の突きを防ぐためか、那由から斬り込んできた。
壁を背にしないよう、円を描きながら距離を取るも、握っている刀から伝わってくる感触が違う。
ああ、そうか……。
それで、さっきの咲莉菜は……。
となれば、考えるまでもなく、別のほうも……。
ちくしょう、あの姉を自称する不審者が……。
考え事をしながらでも、守りに徹していれば、簡単には斬られない。
剣術の大半は、相手が攻撃的な姿勢でいてこそ、当たるのだ。
相手は、それを挑発している、あるいは、打ち込めないほどビビっていると考えたようだ。
ジワジワと
正眼で構えたまま、バックステップを繰り返し、一気に間合いを取る。
相手は追撃せず、小休止のつもりか、剣先を下げた。
こちらは相手から目を離さず、指の感触だけで納刀した。
「……棄権ですか?」
俺は答えず、左手で
ゴムボールを押さえつけるように、全体の重心は下へ。
居合の構えに移ったことで、審判が離れる。
余裕しゃくしゃくの相手に構わず、自分の意識を周囲と一体化させていく。
片足を抜き、前に倒れる勢いで走り出す。
同時に、第二の式神を展開させ、本来の姿に変わった。
さっきよりも地味だが、神々をイメージさせる上下、そして
その左腰の
一瞬で間合いが詰まり、左足を軸にしながら、ギリギリまで抜かれていた刀身を最後の鞘引きで解き放ちつつ、右足で踏み込みながら、横一文字の抜き付け。
反応した相手が、体の正面の右側に立てた刀。
それを斬り飛ばしながら、空気をかき乱す。
左手を添えながら上段に振りかぶって、今度は左足で踏み込みながらの
刀を振るう度にジェット気流のような轟音が
その刃の軌跡を見れば、巨大な裂け目。
演舞場の外まで通じた部分から光と風が入ってきて、真夏の蒸し暑さを実感させられた。
「思っていたより、間合いの感覚は正しいのか……」
ギリギリで刃を振るう予定だったが、別にこいつを斬り捨てても良かった。
けれど、キューブが気を遣ったのか、居合の模範演舞のように直前を切り裂き、次の一撃も対戦相手を傷つけず、その衝撃は後ろに突き抜けていったのだ。
どちらでも、いいのだがな……。
俺は、その場でペタリと座り込んだ対戦相手を見ながら、切っ先を下げ、
こいつは、今この場で俺に斬られたほうが、苦痛を感じず、そのまま楽になれた。
でも、日本刀になっているキューブは、それを良しと考えなかったか。
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