第229話 御前演舞の試合で見え隠れする桜技流の闇

 ――止水しすい学館 演舞場2F 観客席


 挨拶をしてきた女子中学生は、笑顔のまま。

 周りの少女たちも、普通にしている。


 俺の妹である千陣せんじん夕花梨ゆかりと、その式神である、楽しい仲間たちだ。

 ここ、桜技おうぎ流の拠点なのに……。


 そう思っていたら、傍にいる天沢あまさわ咲莉菜さりなが説明する。


「わたくしが招待しました! 重遠しげとお1人では動きにくいですし、千陣流の顔を立てる必要がありましたのでー」


 女所帯の場所に男はまずいし、ウチでも上位にいる人間を招かなければいけない。

 その結果が、夕花梨だったと。


 夕花梨は、俺を見ながら、結論だけ述べる。


「私は見届けるだけです。どうぞ、お兄様のご自由に……」


 夕花梨が休む部屋も、俺たちとは別に用意されているらしい。

 式神の睦月むつきたちがついてきたのなら、心配は無用か。


 俺たちの会話が終わった時に、咲莉菜が説明する。


「わたくしが不在の間や、試合の見学では、夕花梨さまを頼ってくださいー」


 俺と咲莉菜が座り、近くに花山西かざのにし瑠璃るりが立った。

 夕花梨は泰然たいぜんとしたまま、1階の試合会場を眺めている。


『御前演舞、第一試合』


 下を見たら、2人の女子。


 中間にいる審判役の指示で、お互いに礼。

 ゆっくりと抜刀して、それぞれに構える。


「始めっ!」


 1人は、自然に振り上げた構え。

 対するは、体の右側につける脇構えで、切っ先は後ろ。


 さて、どうなる――

「キエエエエエエエッ!」


 凄まじい発声と共に、大上段の女子が突っ込む。


 ダアンッと演舞場の床が大きく陥没しそうな踏み込みが伝わる中、ギイインッという甲高い音が重なり、脇構えだった女子は崩れ落ちた。

 刀が床に落ちた音も、ほぼ同時に響く。


「それまで!!」


 審判役の宣言で、刀を振り切った女子が下段のまま、スルスルと後ずさり。

 しばらく距離を取ったら、ようやく血振りから納刀。

 その間も、倒れた相手を見たままで、右手をつかから離さない。


 感嘆の声や、さすが九十美つくみー! と応援の声。


 倒れた女子は、完全に失神しているようだ。

 駆け寄ってきた係員が担架で運ぶ。


 今のは、真っ正面から走った後で、上から斬り下ろし。

 相手も刀で受け流しを図ったが、受けきれずにバッサリと斬られたわけだ。


 想像していたよりも本格的な殺し合いだったことで、戦慄が走る。


 咲莉菜が言っていたように、衣装の守護で致命傷はないと思えるが。

 骨折ぐらいのダメージはありそうだ。


 やだ、怖い。

 こんな連中と、真剣で戦うのか!?

 お家に帰りたい。


 笑顔の咲莉菜が、俺のほうを向いた。


「重遠。そろそろ準備をしてくださいー」


 やめろー!

 やりたくない!


 やりたくなーい!!



 ――止水学館 演舞場1F 試合場


「では、始めっ!」


 審判の宣言で、俺は正眼のまま、御刀おかたなを握り直した。

 ずっしりした重さが、剣道の試合とは違うことを伝えてくる。


 正面に、1人の女子がいる。

 同じように御刀を持っていて、同じく正眼の構え。

 その切っ先を小さく動かしつつも、俺の様子をうかがっている。


 お互いに、り足で動く。

 2人で向かい合いながら、自然と円を描いていく。


 静まり返った演舞場の中で、相手がピタッと、剣先を止めた。


「ツアアアアッ!」


 声の直後に、俺から見た女子が大きくなる。

 突きだ。


 反射的に刀を右に傾けて、切っ先を払う。

 ギィンッという鈍い音の後に、突っ込んできた女子の体勢が崩れる。


 彼女は、こちらに向き直りざま、下段からの切り上げ。

 それに対して、俺は相手を見たまま、後ろに下がってかわす。


 お互いに正眼の構えで、再び向き合う。


 相手の女子が、困惑した表情で、こちらを見てきた。

 そうだな、悪い。


 今のは、突きの姿勢のまま崩れた時点で、上から斬り捨てるべきだった。


 この女子は、たぶん、用意された対戦相手だ。

 俺に花を持たせるための……。


 だから、彼女は崩れたまま、しばらく待機していた。


 俺を『刀侍とじ』として認めるのは、もう決定事項。

 しかし、御前演舞で一勝もしないのでは、はくがなさすぎるわけか。


 スウッと刀を持ち上げた彼女は、上段に構えた。

 次はこの動きをする、という意思表示だ。


 摺り足で、ゆっくり、間合いを詰めてくる。


「アアアアアッ!」


 再び発声した彼女は、ダンッと踏み込む。

 微妙に俺の右側へズラした方向へ進みつつ、その刀をまっすぐに振り下ろす。

 勢いよく通りすぎるも――


「それまで!」


 俺が刀を右に出し、カウンター気味に彼女の胴をいだことで、決着がついた。

 ……完全に、接待だったな。


 対戦相手はかなり痛そうだが、納刀と礼をした後に、自分で歩いて戻った。



 ――止水学館 演舞場 内廊下


 微妙な空気になった演舞場から、控室ひかえしつへ。

 天沢あまさわ咲莉菜さりな花山西かざのにし瑠璃るりはおらず、1人で内廊下を歩く。


 しかし、固まっていた女子グループに、呼び止められた。


「あなた、もう辞退しなさい」


 リーダー格と思しき女子は、開口一番、いきなり命令した。


 黙っていたら、そのリーダーが話し出す。


「さっきの試合、完全に斬らせてもらっただけよ。うちは1年ですら、あんな無様な試合とは無縁だわ! あの子も御前演舞で晒し者にされて、可哀想に……。これで、最低限の面子は立ったでしょ? 次は、骨の1本ぐらい、叩き折るから」


 言い終わった女子は、ジッと、俺の顔を見た。


「そこで、何をしている!」


 いきなり声が響き、誰かが歩いてくる。

 俺からは背中のほうで、相対あいたいしている女子は視線の先だ。


 リーダーの表情が見る見るうちに変わり、大慌てできびすを返した。

 取り巻きの連中も、それを追う。


 早足で立ち去った彼女たちと入れ替わりに、近衛このえ室永むろなが紫乃しのが到着。

 だが、さっきの会話では、注意をしてもらうのが関の山だ。


 そのまま控室に辿り着き、紫苑しおん学園の制服に着替えた。



 ――止水学館 演舞場2F 観客席


 千陣夕花梨のところへ行ったら、自称姉の天沢咲莉菜はいない。

 周囲は、夕花梨シリーズが固めている。


 とりあえず、夕花梨の隣に座った。


「やはり……。人を斬るのは、抵抗がありますか?」


 夕花梨に聞かれた俺は、息を吐いた。


「まあな……。もちろん、理屈では分かっているけど……」


 座ったまま、背もたれに寄りかかる。


『御前演舞、第六試合』


 アナウンス後に、疾雷しつらい武芸学園の制服で装備一式を持った咲莉菜が出てきた。


 幼く見える雰囲気で、いわゆる剣気はない。

 対戦相手も同じ感想らしく、拍子抜けしたまま、御刀を構える。


「始めっ!」

 ドカンッ


 開始の宣言の直後に、雷のような轟音ごうおんが鳴り響く。


 床に倒れている、咲莉菜の対戦相手。

 スタート位置から消えた彼女は、相手の後ろで、振り返っているところ。


 速い!


 このような対戦では、相手の肩や肘、または姿勢のズレから、次の動きを読む。

 けれど、咲莉菜は一瞬でトップスピードに達し、反応する暇を与えず、斬り捨てたのだ。


 彼女は、血振りから納刀まで行い、礼をしたあとに退場。



「誰、あの子?」

「すごい……」

「シャロ、知ってる?」

「ノー! 私も初めて見ました」


 俺の近くにいるのは、炎理えんり女学院の生徒たち。

 これだけ強いのに、咲莉菜は無名なのか?


 視線を感じて振り返ったら、ブラウンの長髪で、グレージュの瞳をした外国人らしき少女と目が合った。


 笑みを浮かべた彼女が小さく手を振ってきたから、思わず応じる。

 それに気づいた友人たちは、慌てて、少女の顔を背けさせた。


 次の対戦が迫ってきたので、控室へ戻り、和装に着替える。



 ――止水学館 演舞場1F 試合場


 さすがに、出場するまでの妨害はないか。


 開始位置に立った俺は、殺意すら滲ませている対戦相手を見た。

 間にいる審判役は意に介せずで、粛々と指示を出す。


「始めっ!」


 相手の小馬鹿にしたような顔が、驚愕から苦痛に歪む。

 その右肩の付近に、俺の伸ばした右手の延長である御刀の切っ先が埋まっているからだ。

 瞬間的に霊力で加速して、片手の平突き。


 直前まで両手持ちを装い、刃が外側を向いた水平のまま、腹のあたりで引きつけながら上半身だけ右にひねった状態。

 左足を前、右足も後ろで、同じく正面に。


 重心を下げ、タメを作りつつ、開始の合図と同時に、左足を抜きながらの突進。

 最終的には前に突き出した左手と入れ替わるよう、踏み込みの右足からの右手の突きだ。


 左半身になることで右肩を入れ、右手も一番下の柄頭つかがしらの手前ギリギリを握って、最大のリーチで相手への平突き。

 どちらかと言えば、西洋剣術に近い。


 完全に油断していた相手は、右手の刀を落としながら、俺の突進したベクトルを引き受けて後ろへ吹き飛ぶ。


 ドンッと床に叩きつけられたが、気絶したのか、それとも自分が置かれた状態を認識できないのか、まだ立ち上がらない。


「それまで!」


 審判の宣言で少し下がって、血振りと納刀。

 右手をつかから離さず、相手を視界に収めたまま、摺り足で後ろへ下がっていく。


 開始した位置まで戻り、礼をした後に、ようやく退場。


 出口へ向かいながら振り返ると、対戦相手は憎しみのこもった目で、こちらをにらんでいた。

 無視して、前に向き直り、控室へと急ぐ。


 初戦では霊力を使っておらず、手の内を明かしていない。

 おまけに、消極的すぎる試合運びから、俺が攻撃できない素人か、臆病者と見なしていた。


 だから、さっきの相手はナメてかかり、しばらく出方を見よう、と考えたのだ。


 真剣での斬り合いに、複雑な攻防は不要。

 相手よりも先に届かせて、斬るか、急所にたった数センチ、押し込むだけでいい。

 そのために重要なポイントは、相手の意表を突くこと。


 瞬間移動をするよりも、相手に気づかれないまま移動するほうが大事だ。

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