第228話 俺にとって波乱の予感しかない御前演舞の開始

 黒塗りの乗用車で、いよいよ止水しすい学館の敷地内に足を踏み入れた。

 北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおは、泊まっていた日本家屋に残ったままだ。


 2,000万円はする、VIP用の高級車。

 後部座席は2人乗りで、中央で仕切られ、正面には多目的のモニターがある。

 足をのせる電動オットマンといった、カスタマイズできるシート。

 ブラックを主体にしているものの、茶色によるアクセントのおかげで大人向けの印象だ。


 後部座席の窓の内側には白のカーテンがあり、道中はずっと閉めていた。

 マスコミ対策で、運転席と助手席の背もたれの部分にも仕切りの布が下ろされていた。


 正門に差し掛かった時には運転席で身元のチェックが行われていたようだが、後部座席にいた俺からは見えない。


 開けられたドアから降りると、いかにも神社を思わせる造形が並び、至る所で女子がこちらを覗いている。


「気になるのでー?」

「まあな……」


 生返事をした俺は、一緒に乗ってきた女子を見た。

 童顔で、ずいぶんと俺に心を許している雰囲気。


 アッシュの長髪で、茶色の瞳。

 名前は、天沢あまさわ咲莉菜さりな


 彼女は疾雷しつらい武芸学園という、桜技おうぎ流の教育機関に所属している。

 普通のセーラー服に近い止水学館とは違い、紺のブレザーと水色のスカート。

 高等部2年で平均的な身長だが、妙に幼い印象。



室矢むろやさま。本日はご足労いただき、誠にありがとうございます! 僕は局長警護係の第一席、室永むろなが紫乃しのと申します。ここでは人目につきますので、すぐに控室ひかえしつへご案内いたします」

「同じく、第三席の花山西かざのにし瑠璃るりです」


 女子大生、新社会人ぐらいの女たちが、いかにも儀礼的な服を着たまま、声をかけてきた。

 背中に金属のフレームらしきものがあって、さやに収められた日本刀が据え付けられている。


 慌てて、返事をする。


「室矢家の当主である重遠しげとおです。男性の身ながら御前演舞にお招きいただき、大変恐れ入ります……。失礼ですが、局長へのご挨拶はどのような段取りに?」


 その質問に、集まっている局長警護係は、顔を見合わせた。


「今は、必要ないのでー?」


 咲莉菜がポツリとつぶやいたら、紫乃が俺のほうを向いた。


「申し訳ありません。局長に関しては、詳細が分かりましたら、ご連絡いたします。では、こちらへ」



 ――止水学館 演舞場 控室


 案内された控室は、小上がりの床の間もある和洋折衷。

 全身を見られる姿見すがたみ、着物を広げて吊るせる衣紋掛えもんかけ、刀を横に置くための刀掛かたなかけもあって、実用性と和の心を大切にした部屋だ。

 ドアを潜れば、そのまま演舞場の内廊下とつながっているうえ、立ち合いができるぐらいの広いスペースも。


 一緒に入った天沢咲莉菜が、説明を始める。


「ここは表座敷に近い部屋でー。わたくし達の専用といたしますー! トイレ、シャワーもありますから、重遠は自由に使ってください。そこのスペースで素振りも行えますから……。食事と飲み物は、近衛このえに手配させますー」


 女子校だから、トイレ1つを使うにも気を遣う。

 ベルス女学校の交流会で慣れているけど、不便なものだ。


 飲み物は、できるだけ控えたほうがいいか……。


「重遠はゲストだから、試合会場に一番近い場所を選びました。最低限の出席だけで、それ以外はコチラで休んでください。入口には近衛が立つゆえ、ご心配なくー」


 咲莉菜の発言を受けて、俺は練習スペースのすみで控えている花山西瑠璃を見た。

 すると、その本人が説明する。


「途中で交替をしますので、私のことはお構いなく……」


 そのまま、待機を続ける。



「最初の宣誓と試合、最後の閉会式を除いて、紫苑しおん学園の制服で過ごしてくださいー」


 その言葉を受けて、几帳きちょうで仕切られた空間へ。

 用意されていた和装を手に取り、着替える。


 机の上には、着付けの方法を説明したままのタブレットが置いてあった。

 剣道着とほぼ同じで、あまり手こずらない。


「その衣装には守りの術式がありましてー。御刀おかたなを使いますが、肌の出ている部分も加護で守られていますー」


 咲莉菜の声が、着替え中の俺の耳に届いた。

 いくら公式戦とはいえ、真剣で戦うのか。


 聞けば、対戦相手も同様の衣装を着ているため、遠慮なく斬り合えるそうだ。


 それにしても、衣擦れのシュルシュルという音が、とても気になる。

 彼女が着替え終わるまで、控室から出られなかった。


 気遣いができる俺に、まだ着替え中にうっかり覗くエロハプニングはない! と思っていただこう!!


 当の本人は、今さら着替えを見られたぐらいで怒りませんがー、と笑いながら言っていたが、きっと軽口だろう。

 彼女が慣れた感じで身体をくねらせたのも、気のせいだ。



 ――止水学館 演舞場


 いよいよ、今日の試合会場に入った。

 演舞場の1階は体育館のような板張りであるものの、土足で立ち入れるようだ。


 学校ごとの制服を着ている女子たちは、それぞれに革靴を履いている。

 出迎えの近衛と同じく、背中に金属フレームを装着して、そこに日本刀があった。

 天沢咲莉菜の説明によれば、“装具” というらしい。


 それにしても、開会式の間、俺に刺さる視線が痛いこと、痛いこと……。


 男がこの敷地に入ったのは、ほぼ初めてだそうで。

 この桜技流でまつっている咲耶さくやさまへの御前演舞となれば、敵意マシマシ。


 室内用の草鞋わらじという、よく分からない履物。

 それで演舞場に立つ俺は、動物園にいるパンダの気持ちがよく分かった。


 あ、パンダに敵意の視線はないか!


 ふと2階を見たら、ライブ会場のように張り出した観客席と、完全に区切られている貴賓席きひんせきが目に入る。


 御簾みすがあるため、その顔は分からない。

 開会式のやり取りで、奥にいる人物は筆頭巫女だと判明したが……。


 1階の壁際は選手と関係者が控える場所で、応援はぐるりと中央を囲んだ2階のみ。



「咲耶さまの御前で日ごろの鍛錬の成果を発揮して、護国のために鍛え上げたわざを奉納したく存じます!」


 代表選手の宣誓。

 それに対し、御簾に隠れたままの筆頭巫女が返答。


此度こたびは、夏休み中にもかかわらず、土蜘蛛つちぐもの退治、ご苦労でした。現場に行った部隊はもちろんのこと、待機を強いられた部隊や刑事部などの方々による尽力の結果です。我らがいる限り、この国を穢す行為は決して許しません……。急ではありますが、咲耶さまに奉納する御前演舞を開催して、失われた御霊みたまへの慰めといたしましょう」


 1階の広い場所で整列している面々が、黙とうを始めた。

 それにならう。


 目を開けると、再び御簾の中から声がする。


「今回の土蜘蛛の退治では、千陣せんじん流、真牙しんが流との共同になりました。彼らへ労いの言葉をかけるべきですが、様々な事情により、わたくしが書状を送るに留めました……。すでにお気づきでしょうが、この場には桜技流として初の男性にお越しいただきました。千陣流の御宗家ごそうけがおられる千陣家の嫡男だった過去を持つ、室矢家のご当主である重遠さまです。御刀とは違いますが、刀の扱いに習熟されているとお聞きして、親善のためにお呼びしました。皆、失礼のないように」


 妖刀使いと聞いた女子は、俺に対する殺意が50%アップ。

 その点は、どのようにお考えでしょうか?


 俺の疑問に答えるはずもなく、御簾に隠れた筆頭巫女は言葉を続ける。


「この御前演舞は、男性で初の刀使い、『刀侍とじ』の是非を問うためでもあります。各校の代表として参加された方々に、その奮闘を期待します」


 はい。

 今の煽りで、俺への殺意は無事に100%アップです。

 本当に、ありがとうございました。



 俺だけを狙い撃ちにした開会式が終了。

 もう、生きた心地がしない。


 ゾロゾロと、自分の控え場所へ戻っていく選手たち。


「そこに立っていたら、目立ちますよー?」


 横にいる咲莉菜に言われて、我に返った。

 護衛の花山西瑠璃も、こちらを見ている。


 俺の席はないから、いったん控室へ戻り、紫苑学園のブレザーに着替えた。



 ――止水学館 演舞場2F 観客席


 俺が登場すると、周囲の女子がズザザッと音を響かせつつも、進行方向から退いていく。

 何気なく視線を向けたら、どいつも目を合わせないよう、顔を下に向ける。


 なるほど。

 これが、イジメの現場か。


「俺の心が、ヤスリで削られていく……」

「では、きちんとサンドペーパーで仕上げをしておきましょうー」


 独白の後で、天沢咲莉菜の余計な一言が付け加わった。


「俺は、いつからプラモになった?」

「たった今でー!」


 こいつ、かなり良い性格をしているな?


 そう思っていたら、咲莉菜がうそぶく。


「弟は、姉の言うことに従うものですー」

「んなわけあるか! いつから、俺はお前の弟になった!?」


 俺のツッコミを無視した咲莉菜は、スタスタと、2階の一番上にある通路を歩いていく。


 観客席は、球場のように階段状の構造で、各列に固定の椅子が並ぶ。

 上下に移動するための階段も、一定間隔で設置されていた。

 学校ごとに固まっている様子が、制服のデザインで分かる。


「咲莉菜は疾雷武芸学園のグループへ行かなくて、いいのか?」

「どうせ、わたくしは在籍しているだけなのでー」


 さっきから、そこの女子がチラチラと見ているけどな?

 俺と絶対に目を合わせないよう、注意しながら。


 心の中で呟きながら、先導する紗理奈の後をついていく。


 ものすごく見覚えのある顔ぶれが、目に入った。

 色とりどりの髪をした少女たちに囲まれた、1人の女子中学生。

 琥珀こはく色の目を向けてきた彼女は、微笑みながら、口を開く。


「お兄様、おはようございます」

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