第227話 桜技流からの訪問者と御前演舞の前夜

 ピンポーン


 俺が新たな死亡フラグを感じている時に、インターホンが鳴った。


 南乃みなみの詩央里しおりがリビングと廊下の出入口の近くにある端末へ近寄ると、義妹の室矢むろやカレナも近づく。


『突然お邪魔して、申し訳ございません。私は刀剣類保管局の警備部、局長警護係、第二席の園城おんじょう奈々子ななこと申します。局長から招待状をお渡しするよう申し付けられ、お訪ねしました。そちらで保護している北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおの2名についても御話がございますので、室矢さまに一度お会いしたく存じますわ』


 インターホンから流れてきたのは、育ちの良さそうな女の声。


 気になって俺も近づいたら、モニター画面には上下に開いた警察手帳。

 本人の顔も映っており、どちらも引き締まっている。

 警官の身分証明書を提示したわりに、長髪を白いリボンでハイ・ポニーテールにまとめているようだ。


 意志の強そうな瞳による、美人の顔立ち。

 だが、澪と比べて、あまり冷たい印象を受けない。

 女物のスーツを着ているが、OLにしては雰囲気が剣呑けんのんだ。


 年齢は20代か?

 雰囲気と容姿から、30代とは考えにくいが――


 背景はエントランスホールで、まだオートロックの手前にいる。

 見えている範囲に、他の人影はない。


 応対している詩央里が、俺のほうを見た。


 近くに立つカレナは、黙ったまま。

 彼女が止めないのだから、偽者や罠ではないわけか。


 俺が詩央里にハンドサインで “許可する” と示したら、事態が動き出す。


「どうぞ、お入りください」


 詩央里の声と共に、エントランスホールの入口が開く電子音が、響いた。



「この度は、不躾ぶしつけな訪問にもかかわらず応じていただき、光栄です。私は刀剣類保管局の警備部、局長警護係の第二席をおおせつかっている園城奈々子と申します。室矢様にお会いできて、恐悦至極に存じます……。さっそくですが、局長の代理として、この招待状を受け取っていただきたく、お願い申し上げます」


 訪ねてきた奈々子は、リビングに通された直後に改めて自己紹介と、用件を告げてきた。


 差し出された招待状は、お付きの詩央里が儀礼用のお盆で受け取る。

 手元にきたので、ひとまず表と裏を見た。


 達筆な文字で、“招待状” と書かれた表。

 裏返したら、“刀剣類保管局 局長” と書かれている。


 手触りと外観から、上等な紙であることが分かった。


「室矢家の当主である重遠しげとおです。わざわざ、ご苦労様でした。ここで、開けても?」


「はい」


 奈々子の返事を聞き、詩央里から手渡されたペーパーナイフで手早く開封。

 中に折り畳まれた手紙を広げて、読む。


室矢むろや重遠しげとおさまを男性で初の刀使い、『刀侍とじ』として認める予定です。その審議もございますので、どうぞ止水学館しすいがっかんの演舞場までお越しくださいますよう、お願い申し上げます。御前演舞に招待いたします”


 どういうことだ?

 なぜ、いきなり俺が?


 色々と、理解が追いつかない。


 凪と澪をかくまった件で詰めると考えても、大掛かりすぎる。

 桜技おうぎ流にも、諜報員はいるだろうし……。


 俺の難しい顔を見て、返事を待っている奈々子が、話しかけてきた。


「あの……。ど、どうかされましたか?」


 まずいな。

 この女はただのメッセンジャーと思われるから、ここで質問しても意味はない。


 誤解を招かないように、凪と澪、それに柚衣ゆいたちも同席している。

 女子だらけの空間で、招待状を受け取っている状態だ。

 これだと、女をはべらせているとしか思われない。


 いやいや、今はそれどころじゃないだろ!


 返事は、行くか、行かないの二択だ。

 追放された罪人の凪をかばったうえに連れ去り、演舞巫女えんぶみこの澪とも関わっている。

 ここで桜技流の理解を得なければ、彼女たちを敵に回す。


 罠の可能性を考慮しても、行くしかない。


「招待状については、『喜んでお伺いさせていただきます』とお伝えください。凪と澪の2名ですが、その扱いをお聞きしても?」


 俺の質問に、奈々子はあっさりと答える。


「ご伝言をうけたまわりました。その者らは、私が連れて帰ります。これまで面倒を見ていただき、感謝申し上げますわ。……ああ、ご心配なのですね? では、こうしましょう! 御刀おかたなと装備一式はここで回収しますが、後日に室矢さまと一緒に来ていただくという事で」


 意味ありげに凪と澪を見た奈々子は、口頭の返事だけで良かったらしく、一礼をした後に動き出す。


 床に置いていた専用ケースの中身をあらためた奈々子は、凪と澪にいくつか質問したあとで立ち去った。

 片手で下げていたことから、彼女も異能者であることをうかがわせる。


 さっきの奈々子の発言は、お時間を与えますので、その2人をお好きになさってください。という意味かな?


 ともかく、次の手を考えよう。


「あの……。私と重遠のバカンスは? ねえ!?」


 放置プレイが続く咲良さくらマルグリットも、騒ぎ出した。



 柚衣たちは別の任務があったので、早々に帰った。

 いつも通りの日常が戻ってきたものの、うちが総出で動いたわりに、俺が千陣せんじん流で認められるという成果。


 そして、桜技流のトップである、刀剣類保管局の局長か……。


 止水学館の学長なら分かるが、なぜ、いきなり局長から?




 ――数日後


 日程の連絡があって、現地では刀剣類保管局の局長警護係――近衛このえと呼ばれているらしい――の女が迎えに来た。


 現在は、山奥の止水学館の近くにある街で宿を取り、翌日の訪問に備えている。

 桜技流の拠点で、純粋な日本家屋。

 VIPと同じ待遇らしく、1人用とは思えない部屋に案内され、布団を敷かれた。


 まったく。

 どこへ行っても、床の間がある和室に縁がある。



 真牙しんが流の咲良マルグリットは、お留守番だ。

 これが終わったら、彼女の要望を叶えなくてはいけない。


 南乃詩央里も、室矢むろやカレナが止めたことで、自宅に残った。

 千陣流の当主会で桜技流からの書簡が披露されたらしく、その件での問合せが殺到しているようだ。

 その対処に追われていることもあって、泣く泣く断念。

 女はハニートラップ要員、男は室矢家を操るための潜入ってところか。

 例のごとく、俺のところには情報が届かないっていう。


 千陣流から人手を増やすことは、後回しになった。

 今回の騒ぎのせいで、うっかり求人を出したら、紐付きが押し寄せてくる。

 そろそろ、詩央里の負担を減らさないといけないのに……。




 腹の上に柔らかな感触と重さがあって、目を覚ました。

 外からの月光が、閉められた障子を通すことで常夜灯になっている。

 その薄暗くとも安心できる空間に、1人の女の姿が浮かび上がった。


 長い黒髪と、仰向けになっている俺の顔を見つめる赤紫の瞳。


 錬大路澪だ。

 彼女は恥じらいながらも、ささやく。


「私は、無断で御刀と装備を持ち出した身よ。あなた達に迷惑をかけない。全て、私がやったことにする。だから、明日にはもう……。お別れ……」


 澪は夏用の寝巻をはだけたまま、俺の腹の上にまたがっている。

 前を隠す役には立っておらず、両肩と腕の半分だけ、申し訳程度に覆っている。


 きめ細やかな柔肌が、目につく。

 彼女の両膝は布団の上で自分の体を支えているため、俺に全体重を乗せているわけではない。

 しかし、跨ったまま腰を下ろせば、ちょうど擦りつけられる部分があって、待ちかねていたように俺の肌と触れ合う。


 彼女が身動きする度に、俺の腹と塩梅よく擦れることで、その可愛らしい口から小さな吐息が漏れる。

 緊張で汗をかいているのか、俺に跨っている部分が湿っていることを感じ取った。


 耐えかねたのか、俺のほうに上体を倒してきて、ちょうど上から抱き着く構図に。

 澪の双丘が俺の胸で押し潰され、近くで見つめ合う。

 彼女は俺の耳元に口を寄せて、さっきよりも興奮した様子で、静かに囁く。


「これが最後になるだろうし。せめて思い出だけでも、くれないかしら? ちゃんと洗ってきたわ」


 生娘きむすめとは思えない艶めかしさで、誘ってきた澪。


今生こんじょうの別れにか?」

「はい。どうか、お情けを……」


 しかし、俺は澪の両肩をそっと掴み、ゆっくりと起こした。


 拒絶されたことを理解した彼女は、俺の上から退き、布団の脇で正座をした。

 寝巻がはだけたままで、上から下まで丸見えだ。


 日本人だからか、庭を見られる和室というシチュエーションが妙に落ち着くなと思いつつ、俺もむっくりと起き上がる。


「お前たちの進退は、明日の局長との会談で口添えする。だから、まだ早まるな」


 俺の対空迎撃を始めそうな単装砲をジッと見て、何か言いたげな澪は、ストレートに聞いてくる。


「私では、彼女たちと比べて物足りない? 別に、『初めてだから優しく抱いて』とは言わないけど……。凪を助けてくれた御礼でもあるのよ? それとも、洗わないほうが良かった?」


 薄味、濃い味という話じゃないぞ……。


 そう思いつつ、俺は返事をする。


「いや、それ以前の問題だ。……も指摘していたが、今の後がない状況では何を言ってもやっても、肯定されてしまう。お前たちを帰して、その上でゆっくりと判断するべきだ」


 この状況で女の名前を出せないから、いちいち気を遣う。


 まだ敵機を探している対空砲をチラッと見た澪は、不承不承ふしょうぶしょう、寝巻の前を合わせて立ち上がった。


「そう……。深夜にお邪魔したわね? おやすみなさい」


「おやすみ」


 俺の返事を聞いた澪は、少し開いていた障子をスッと動かし、縁側の月明かりの中で静かに立ち去った。


 あれ?


 障子は、きちんと閉まっていたような……。

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