第226話 いつも通りに俺の自宅でデブリーフィング(後編)

「お主らは、私たちに大きな借りができた。それについて、自分の考えを話してみろ」


 室矢むろやカレナは、逃亡者の身である北垣きたがきなぎ錬大路れんおおじみおに詰問した。


 凪は俺を殺しかけて、一度やってきたが、謝罪といえないまま。

 澪も、彼女を助けるため、俺たちの都合を考えずに無理を強いた。

 たまたま利害が一致したとはいえ、都合よく使われたのみ。


 いつ、どういう形でその代償を支払ってもらうにせよ、この2人の考えを聞くのと同時に、その扱いをすぐに決めなければならない。


 彼女たちは、まだ赤の他人。

 無条件に抱え込めば、それを知った勢力からは、思わず同情するほど可哀想な女を用意すればいいと、ナメられる。


 他ならぬ本人たちに、その考えと、何よりも覚悟を示してもらう必要がある。

 弱みを握って助ければ、一時的には感謝されるだろう。

 しかし、状況が変わることで、簡単に裏切るか、心変わりをする。


 俺が口に出せば、それは室矢むろや家の当主としての決定だ。

 それを察したカレナが、自らを買って出たか。



 ソファに座っている凪が、意を決したように話す。


「えっと……。まず、謝ります。あの廃ラブホで私があなたを斬ったことは、決して許されないことだよ。ごめんなさい! 私は……。私は、あなたが望むようにしたい。『死ね』と言うのなら指定された方法で死ぬし、『あの村に戻れ』と言うのなら、そうする……。澪ちゃんとも最後に会えたし、もう心残りはないです。だから、室矢くんに私の処分を決めて欲しい。お願いします」


 敷いているラグにひざまずいた凪は、その場で土下座した。


 それを見守っていた澪も、慌てて言う。


「私は無断で御刀おかたなと装備一式を持ち出したから、それを返しに行くわ……。私も、きっと処分される。ここまで世話になって厚かましいけど、できれば凪の最後の願いを叶えてあげて……。カレナに言われた成功報酬を払う気はあるのだけど。桜技おうぎ流の追っ手を考えたら、ここに留まるほど迷惑をかけてしまう……。彼らは警察の一部だから、街中の監視カメラ、それに商業施設、公共交通機関のどれも目と耳になる。普通の警察も動かせるから、私はすぐ荷物を持って移動するわ。たぶん、もう捕捉されている! 一分一秒も惜しい」


 説明が終わった澪は、ソファから立ち上がった。

 リビングの床に置いている大きな箱に近づき、背負うために屈む。

 しかし、カレナの発言で、その動きを止める。


「まあ、待て! 桜技流については、私たちで話をつけるのじゃ。いきなりマンションを襲撃してくる心配はいらん。仮にそうなっても、私が対処する」


 女子中学生にしか見えない、黒髪の美少女の発言。

 そこだけ切り取ったら、国家権力に対抗できるとは思えない。


 しかし、澪は東京の墨田すみだの事件で、カレナと行動を共にした。

 人知を超えた力を行使していたうえに、そもそも他のメンバーを押さえてまで、自分のわがままを聞いてくれた恩人だ。


 澪はわずかに逡巡したものの、御刀と装備一式が納められた専用ケースから離れて、再びソファに座った。

 いっぽう、凪は土下座をしたまま、頭を床に擦りつけている。


「凪も、とりあえずソファに座れ……。重遠しげとおに返事をさせるが、それは誠意ではなく、ただの脅しだ」


 カレナの発言で、凪はようやく頭を上げて、澪の隣に座り直した。


「さて、重遠。こやつらはゴチャゴチャ言ったが、単純に考えろ! 凪と澪を2人とも助けるか、あるいは、見捨てるのか。その二択だ……。助ける方法とその扱いは、後で考えればいい。お主の思うままに、話してみろ」


 司会になっているカレナの発言で、俺は考え込んだ。


 そうだな。

 ここまで仲が良いのなら、どちらか1人を助ければ、ずっと恨まれる。

 2人とも救うか、あるいは、ここで俺たちと無関係にするか。


 話しながら、自分の考えをまとめていく。


「凪、澪……。言っておくが、俺は抱く女に困っていない。そこにいる南乃みなみの詩央里しおりが正妻で、金髪のメグも第二夫人の扱いだからな……。したがって、千陣せんじん流の室矢家の当主である俺の役に立つのかどうかで、判断させてもらう。だが、今の2人はお尋ね者で、俺たちがいつまでもかくまうわけにはいかない。それでは、桜技流との戦争になってしまう」


 少しを置いたが、誰からも反論はない。

 当事者の2人は、一番手っ取り早い手段を封じられて、辛そうな表情に変わった。


 それを無視して、話を続ける。


「しかし、今のウチに人手が足りないことも事実だ! 桜技流とのコネクションになって、さらに演舞巫女えんぶみことしての腕前があれば、当家に迎えることもやぶさかではない。今回の事件で、2人の評価はどうだ?」


 話を聞いていた柚衣ゆいが、まっさきに答える。


「まあ、悪くない。ウチは、2人とも認めてええと思てる! 目先のことを優先する傾向だったが、情報が全くないままカレナの指示に従っていたのだから、そこは別にええわ。古書と祭祀さいしの道具を渡すタイミングもな? アレがなかったら、ウチらも状況が分からず、子蜘蛛こぐもを殺して異界に引きずり込まれていたやろうから……。それに、あんたらが助けた双葉ふたばことも、お礼を言うとったで! あんたらが別のヘリですぐに離脱したのを知らず、だいぶ心配しとったみたいや」


 評価がからい柚衣にしては、かなり良い点をつけた。

 俺は、右腕を斬られたのと、ゴム買ってきたから処女をもらって! という宣言の2つだけで、けっこう意外に思える。


「いいと思うわ!」

「なのです」


 柚衣の弟子である桜帆さほすいも、賛成してきた。


 ここで、カレナが口を挟む。


「私も推薦しよう。理由は、凪の活躍でオウジェリシスの本体を消耗させられたうえに、避暑のリゾート地で被害者を減らせたからだ。澪についても、御刀と装備一式を用意して、現地で凪をサポートした」


 少なくとも、足を引っ張るだけの人材ではないと。


 じゃあ、後はもう、俺の好みだけの問題か。


「分かった。4人の推薦は心に留めておくが、改めて凪と澪に説明しておく……。俺は千陣流の上位の1つ、室矢家の当主だ。しかし、今の規模は小さく、数人で回している町工場と変わらない。さっきもチラッと話したが、千陣流の内部での御家騒動に巻き込まれていてな? 仮に、桜技流と話をつけても、色々と狙われたり、謀略のターゲットになったりする。今は理由を伏せるが、海外のオカルト勢力にも目をつけられているし……。また、ウチに来てもらう場合は、俺の女という待遇になる。『絶対に裏切らないように』という保険だ。いつの間にか男を作り、獅子身中の虫になったら困るから……。付け加えると、同じ理由で、この家に男を加える気はない。俺に引き取られることは、『気が変わったから、別の男を探す』と言えず、『危険だから、もう降りたい』とも言えないことだ! いかなる理由があろうと、裏切りには相応の罰を与える」


 凪と澪は、俺の顔をジッと見ながら、聞いている。


 その時、カレナが割り込んできた。


「現状では、凪と澪のどちらも、『自分が助かるためには、選択の余地がない』と思うだけじゃ。それでは、後になって、『あの時に余裕があれば、もっとよく考えたのに!』と逆恨みもする……。だから、先にそちらを片付けておこう」


 言葉を切ったカレナは、テーブルの上にあったリモコンを取り、無造作にテレビへ向けた。

 スイッチを入れると同時に、とあるニュースが流れる。


『本日、刀剣類保管局は公式の記者会見を行い、「男性で初の刀使いとして認めるかどうか、審議中である」との見解を発表しました! 集まった記者団の質問には「後日、お答えします」との回答です。この件について、コメンテーターの竹内たけうちさんは、どう思われますか?』


『あー。私が関係者から入手した情報によれば、近くその男性を招き、お披露目というか、最終確認をするらしいですよ?』


『竹内さんは、その男性の名前をご存知ですか? お披露目をする場所は?』


『さあ……。なにぶん、情報が少なすぎるので……。お披露目をする場所は、刀剣類保管局の下にある学校法人のいずれかでしょう。一般の武道場でマスコミを完全に防ぐのは、無理ですし』


『ですが、刀剣類保管局に所属する演舞巫女は、その名前の通り、女性だけで構成されていますよね? 男性が神聖な場所へ入り込むことに、反対はないのでしょうか?』


『それは当然、あるでしょうねえ……。なにしろ、おやしろが関係しているうえに、古くからの剣術の各流派を吸収して、幕末の抜刀隊ともゆかりがある存在ですから……。剣術としては警察、防衛軍が伝えているものや、民間で古流を守っている方々がいますね。その男性が誰かは知りませんが、かなり大変だと思いますよ?』


 ブツン


 リモコンを持ったままのカレナが、ニュース番組を切った。


 …………


 あの、ものすごく嫌な予感がするんだけど?

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