第223話 俺の心強い支援者にして最大の敵(後編)

 弓岐ゆぎ家の表座敷で、俺の心強い支援者に挨拶をしながらも、オウジェリシスとの決戦を振り返る。


 あのオウジェリシスの本体は、テレパシーを使っていた。

 だから、俺は思考と身体の動きを別にして、こちらの考えが筒抜けとなる前提で戦った。

 この手の化け物は、それほど珍しくない。

 沙都梨さとりちゃんで慣れているし、古い流派のウチでは対策も練られている。


 はたから見れば、それなりに格好良かっただろうが、頭の中では近くにいた北垣きたがきなぎを題材に、ハアハアこいつを裸に剥いてベロベロ舐めて、と考えていた。

 頭の中で、凪はビクンビクンと跳ねまわり、アヘ顔から戻らないぐらいに……。


 俺の思考を読んでいたオウジェリシスは、さぞ判断に苦しんだろう。

 なにしろ、頭の中で思い切り凪に吸い付きつつも、身体は白い兵士の殴りを避けながら斬りつけて、その勢いで合間を抜けつつ、本体にも斬りつけては急停止からのサイドステップと、忙しく動いていたのだから。


 最後に、凪を抱かせろ、と絶叫したのは、紛れもない本心。

 その目的は、離れていたアイツを近くに呼び寄せるため。

 こちらに歩きながら、いきなり脱ぎ出したのは、計算外だったけど……。


 そもそも、おかしい話だった。

 大百足オオムカデの巨体に対して、刀では短すぎる。

 それで斬れたのだから、てっきり斬撃を飛ばしていると思ったんだわ。


 一度見せたら、すぐに対応される。

 したがって、空振りをよそおい、あの空間にできうる限り、時間差の斬撃を仕込んだわけよ。


 チャンスは一度。


 凪が “グラム58円” のタイムセールになったら後味が悪いので、近くに来させた。

 その直後に、発動させたが――


 1回で真っ二つになって、2回で4分割に。

 あとは、ピクリとも動かない。

 断末魔のテレパシーも、すぐに途切れた。


 おい、残りはどうするんだよ? とツッコミを入れるもなく、ガンガン跳ね回る斬撃たち。

 慌てて、どこかへ消えさせた。


 ついでに、周囲にあった本体の残骸やらも、全て消失した。

 吸引力が変わらない、ただ1つの妖刀だ。


 俺自身も斬撃の威力を知らなかったからこそ、奇襲が成り立った。


 あいつは思考を読んで、それをトレースしているだけ。

 人間を歯牙にもかけていないため、自分が攻撃を受けた後に対応する。

 その1回で致命傷を与えつつも、事前に俺の思考から気づかせない。


 千陣せんじん家に生まれて、そういう訓練を積んでなかったら、完全に無理ゲーだった。

 仕掛けの有効性も定かでないまま、決行。


 ともあれ、初見殺しができるのは、あの邪神だけではなかったのさ……。


 お約束のように、石の迷宮は崩壊。

 凪は完全に出来上がっていたようで、俺に熱のこもった視線を送り続けていたが、ヘリに押し込んでミッション完了。


「あとで、必ずお礼をするから!」


 凪の台詞に、俺はいったん考えをまとめてから、返事をする。


「お…………。分かった……」


 俺は、放置プレイの極みになっている金髪巨乳の咲良さくらマルグリットで好きなだけ抜くから。君、もう帰っていいよ?

 と言いかけたが、それを告げたら笑顔でメッタ刺しにされる、との考えが胸をよぎり、自重した。

 義妹のカレナでもないのに、予知能力を身に付けたのだろうか?


 錬大路れんおおじみお、凪、マルグリットを乗せたヘリは、一直線に東京へ向かっていく。

 聞けば、千陣流、桜技おうぎ流、真牙しんが流の退魔師も、現場に到着したそうだ。

 蜘蛛クモたちは次々に消えていき、生存者の救助が進められている。


「これで、円満に解決したな!」


 独白したら、すぐにカレナが返事をしてくる。


「お主の頭の中では、そうなのか……」


 傍にいるカレナは、この上ないジト目で見ていた。

 1回ぐらい刺されたほうが、良いかもな? とつぶやきながら。


 そして、俺はカレナが作ったゲートを潜り、南乃みなみの家の別邸の中へ帰った。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 回想から、意識が戻ってきた。

 目の前で座っているじじいは、ニコニコしながら、話しかけてくる。


「土蜘蛛の大量発生は、現場に急行した和眞かずま殿どのが無事に解決したようじゃからな。わざわざ、ここで話す必要はなかろう……。重遠しげとお殿は、これから何を希望する? 千陣家の当主を目指したいのなら、それなりの根回しと準備が必要だぞ?」


 ストレートだ。

 しかし、お互いに暇ではない。


「ご存じだと思いますが、俺はかなり面倒な立場です。魔法師マギクスの女1人に加えて、今回は演舞巫女えんぶみこ2人と関わっています。東アジア連合の傅(フゥー)家のご令嬢に会いましたし、他の海外勢ともおっつけ面識を持つ可能性が高いです。今の状況で宗家の立場を目指すのは、誰にとっても望ましくないでしょう? 紫苑しおん学園の卒業までは、現状の生活を続けながら、千陣流に貢献する予定です」


 弓岐ゆぎ家の当主らしい雰囲気になった有宗ありむねは、ポツリと呟く。


「ひとまずは、何も変えないと……」


「はい。しかし、宗家の元長男として、俺の大事なものを害する勢力には毅然と対応します」


「そうかそうか! お主らはまだ高校生だからのお。フォフォッ……。かなり時間を取られたが、はよう東京に帰って、夏休みを満喫すると良かろう。お主らの子供の顔を見たいので、この機会に頑張るのも良いと思うぞ? ……当主会では、ワシからも口添えをしておこう」


「何卒よろしくお願いいたします」



 孫へのお小遣いと言わんばかりに、色々と持たされた帰り道で、南乃みなみの詩央里しおりが言う。


「有宗さまに色々と相談しても、良かったのでは? 私も、かなりお世話になっていますし」


「ああ、そうだな……」


 生返事の俺に、詩央里はそれ以上の発言を控えた。



 俺は、あの爺を信用していない。


 十家の中核とはいえ、南乃家を除く、他の八家を全て相手にするのは無理だろう。

 これまで変わらず、おおやけに支援してくれたものの――


 今回の訪問でもそうだが、俺は昔から狙われすぎている。


 次の宗家を狙う争いだが、それぞれの派閥は絶対的なものではない。

 現に、俺の廃嫡も1つのキッカケになって、かなり流動的だ。


 加えて、裏稼業でも……。

 

 いや、裏稼業だからこそ、通すべき筋がある。

 それをたがえれば、村八分どころか、処刑されたほうがマシという扱いになるのだ。


 自力で尊厳を守りながら、目先の問題を片づけた今、強烈な疑問が湧いてくる。


 俺の保証人になっている弓岐家の爺が、あの大百足との立ち合いを含めて、一切合切を知らないわけがないのだ。


 敵対している派閥が仕掛けた場合でも、後から詰めることは可能。

 そうしなければ、今度は弓岐家の立場がない。


 千陣せんじん夕花梨ゆかりと詩央里は信用できると考えれば、結論は1つ。


 有宗の爺が、俺への謀略を見過ごしている。

 それも、自分が関係していると気づかせないままで……。


 後継者の1人である夕花梨と、妖怪の中で力と立場のある柚衣ゆいが俺に入れ込んでいることは、あの爺にとって計算外だったのかもしれないな?


 詩央里だけが味方であれば、俺はとっくに始末されていた。

 彼女に直接的な力はなく、戦略ゲームでいえば内政に全振りのキャラだ。

 一騎当千でも、四六時中、つきっきりで護衛することは不可能。

 南乃家は妖刀と相性が良い血筋であって、千陣流の中での駆け引きは苦手なのだ。


 ところが、本来なら後継者争いのライバルで、良くて疎遠になるはずだった夕花梨が、俺に首ったけ。

 彼女の軍勢が、常に3人ぐらい張り付くように。


 睦月むつきたちは、大名の姫さまが持っていた日本人形だけに権謀術数や暗殺に慣れていて、様々な武芸の心得もある。

 人間と似ていても睡眠の必要はなく、独自のネットワークで相互に補完。

 少なくとも、他の連中に気づかれないよう、こっそりと俺を消すのは難しい。


 それから、千陣家にいた時の師匠である柚衣。

 桜帆さほすいを含めて、彼女たちの助力がなくても、同じく今の俺はない。

 あの時は――


 よそう。

 それは、もう思い出したくない。


 あの爺が黒幕だと仮定すれば、全部の説明がつく。

 奴の目的も、おおよそ見当がついている。

 一連の活躍によって、俺を排除したい理由は潰せたはずだが……。


 とにかく、爺の行動には要注意だ!


 詩央里はあの爺に対し、かなり好意的。

 彼女は両親がいる南乃家ではなく、あいつの紹介で色々な指導役に教わっている。

 うかつに言えば、逆に俺が悪者にされかねないし、悪意なく爺に情報を流しかねない。


 当面は、俺の胸に仕舞っておくか。

 弓岐家は主要なスポンサーだから、短絡的に突っかかれば、資金を断たれてドボンだ。

 それに、あの爺の視点になれば、金で俺たちを縛っていることが最大の安心。

 状況を下手に動かせば、代わりに何をやってくるやら。



「詩央里、早く帰るぞ? 東京で諸々の後片付けを済ませないと……」


「はい、若さま! すぐに、帰りの車を手配します」


 詩央里の返事を聞いた俺は、原作の千陣せんじん重遠しげとおはこういう悩みがなかったのだろうなあ、と心の中で愚痴った。


 ま、今回の帰省で、あの爺にとっての俺の利用価値は大幅に上がったはずだ!


 奴の行動原理は、ただ1つ。

 自分がいる千陣流を守り、繁栄させること。

 その意味では、とても分かりやすく、信用できる。

 決して、感情では動かない。

 あいつは必要なら、自分と家族も犠牲にするだろう。

 組織を長く存続させるためには、ああいう役割を果たす人間も必要。


 ここは、まだ敵地。

 自宅に戻った後で、ゆっくりと考えるか……。

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