第224話 千陣流の意思決定を行う当主会に届いた書状
全国の
上座に最終決定をする宗家の千陣
下座に向かって、十家の当主、または名代が、二列で向かい合う配置だ。
序列はあるが、無用な争いを避けるための席次に過ぎない。
「――以上だ」
各家からの報告が行われ、情報を共有する。
定型の業務だから、ここに大きな変化はない。
全ての業務連絡が完了した途端に、空気が張り詰めた。
退屈な報告で、座りながら舟を漕いでいた当主も、
上座にいる勇が、口を開いた。
「では、
十家の代表が、口々に騒ぐ。
「裏がなければ、別によかろう」
「いや、罰を与えるべきだ!」
「勝ったのなら、それでいい」
「肝心のベルス女学校は、何と言っておるのだ?」
重要な発言が出たことで、十家の当主たちは一斉に、勇を見た。
座ったまま
侍従がお盆の上に載せてきた手紙に目を通し、顔を上げる。
「ベルス女学校の校長である
上座に近いほうから順番に、侍従が手紙を差し出す。
10人以上が集まっているとは思えない沈黙の中、紙の擦れる音だけ響いた。
最後の当主が読み終わり、侍従から手紙を受け取った勇は、周りを見渡す。
それを受けて、十家の当主が再び口を開く。
「真牙流の幹部に手紙を出させたことは、一応の成果か……」
他流に借りを作った。
しかも、表向きは学校同士の交流会という、千陣流と無関係の場で。
かなり美味しい話だ。
重遠が千陣家の長男であったことは、何があっても死守するべき秘密ではない。
それゆえ、厳しい見方をする当主も口を
勇は、いよいよ次の話題に入る。
「先日の
今度は、なかなか発言が出てこない。
この仮説を否定すれば、千陣流の副隊長を
戦闘部隊のリーダーを侮辱すれば、いくら十家の当主でも、その後の運営がやりにくくなることは必然だ。
ここで、勇は新たな情報を公開する。
「実は、
普段は目を閉じている人物も、思わず注目した。
咲莉菜は桜技流のトップのため、大手の流派として正式な対応だ。
扱いを間違えたら、全面戦争になりかねない。
「
「1通は、我々も出動した、山間部の
珍しく歯切れが悪い勇に不安を覚えながら、同じく侍従によって回される手紙を読んでいく。
“夏の酷暑が続いていますが、皆さまのご健勝を心から願っております。さて、
非公式の感謝状だ。
とはいえ、これは警察庁の1管区警察局の責任者としての手紙。
最大級のお礼といえる。
ここを認めてしまったら、千陣流への宣戦布告になるからだ。
その代わりに、室矢家をわざわざ指名している。
だが、もう1通を見て、十家の当主は頭を抱えた。
“
今度は神職のネームで、桜技流の巫女としての書簡だ。
特別な紙に、彼女だけが扱える御朱印も押された公文書。
むろん、2通とも、達筆な文字での直筆。
後者については、偽造ではないことの証明で、本庁の上層部の印などが押された書類も入っていた。
咲莉菜は、神のお告げを聞く意味での巫女だ。
まさに、侵すべからざる立場。
階位も “天” であって、級はないまま、お勤めに励む。
実権は別の人間が握っているものの、軽んじることは許されない。
身辺警護を務める近衛もいて、間違いのない女だけで構成されている。
公的な立場である刀剣類保管局の局長は、筆頭巫女が務める。
権力の分散という意味では、別で任命するべきだが、代々の慣習。
なぜなら、筆頭巫女は
2通とも読み終わった十家の当主は、言葉を失った。
彼らの情報網は、
したがって、重遠が幽世に招かれたとは、夢にも思わないのだ。
おまけに、異空間で土蜘蛛たちの親玉との決戦に臨んだことは、戦った重遠と凪、さらに事態を見守った咲耶だけが知っている。
そう。
カレナが言っていた見返りは、このことだ。
「あの本庁が認めた!? 信じられんな……」
「穢れを滅する桜技流が、ウチの男に御神刀を扱わせるとは……」
十家の当主たちも、さすがに想定外だ。
日本全国の
その彼らが承認した事実は、かなり重い。
まして、千陣流の妖刀使いを見るたびに御刀で斬りかかってくる演舞巫女たちの元締めである筆頭巫女の宣言。
彼女たちの視点では、重遠は身内に数えられる。
当流の問題だから、と言い切るのが、難しくなった。
室矢重遠を謀殺か、陥れれば、大義名分を得た桜技流がここぞとばかりに動く。
浮世離れしているとはいえ、彼女たちは警察の一部で、今回は信仰も絡んでいる。
敵に回せば、かなり厄介だ。
では、爆弾と化した重遠を放り出すか?
予め読んでいた勇は、淡々と述べる。
「重遠は、十家と並ぶ室矢家の当主として、力を示した。その式神であるカレナの能力も、息子の
その通り。
十家の婿養子に迎えるか、副隊長に任命しても良いぐらいの力だ。
集まった当主の胸には、やはり宗家の血筋か、という思いがよぎっていた。
今の重遠を手放すのは、あまりに惜しい。
ここで放り出して、桜技流へ移籍した後で功績を上げた日には、これまで彼を
急いで式神のカレナを取り上げても、重遠には “天装” と表現された衣装に加え、大百足を真っ二つにした御刀がある。
桜技流が “御神刀” とまで称した以上、あのキューブも寄越せ! とは言えない。
非力な重遠を人質にカレナを従わせることは、もう不可能だ。
加えて、これまで隊長が義理の父親に過ぎなかった南乃隊も、同じ妖刀使いとして見る。
彼に手を出せば、今度は仲間をやったと判断して、報復するに違いない。
そういえば、真牙流の幹部に対しても、ベルス女学校との交流会で親しかったな……。
ここに至り、室矢重遠は千陣流の中で立場を築けた。
どう扱うのか? は二の次で、ひとまず千陣流に留めることが急務。
今の彼は、公開直後の上場企業のように高値をつけた。
これによって、
もはや、そんな段階の話ではなくなった。
千陣流のいずれかの女を追加で
カレナについても、重遠を引き留めるために必要。
十家の当主は、それぞれに考えをまとめる。
大勢の顔と名前を思い出し、どう接近させるのか? を思案。
いっぽう、勇は最後の議題として、話し出す。
「ベルス女学校といえば、娘の
「はい、お父様」
夕花梨は言い訳をせず、神妙に返事をした。
彼女は無断で自分の式神を派遣したうえ、現地で交渉と戦闘まで行った。
ベル女の梁愛澄が握り潰してくれたものの、それだけでは済まない話だ。
「お前に与える罰は――」
告げられた内容に十家が了承したことで、当主会は終わった。
これまでと正反対の評価になった重遠。
彼への対応に悩む当主たちは、気もそぞろで退席していく。
室矢重遠の大勝負は上手くいき、後片付けを済ませるだけ。
まだ語られていない部分も多いが、それはまた別の機会にしよう。
束の間の安息で、彼らはこれまでの疲れを感じているのだから……。
送迎の車は高速道路を走り、“東京まで20km” の看板を潜った。
行きとは違い、カレナとキューブもいる。
さあ、長い旅が終わって、懐かしい自宅のドアを開く時間だ。
車内のシートに座っているカレナが、笑顔で言う。
「近くのコンビニに、立ち寄ってくれ。新発売のポテチを買っておきたいのじゃ!」
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