第220話 ボスよりも雑魚の群れが鬱陶しいのはお約束

 俺は、戦闘用の和装に身を包み、キューブによる日本刀を抜き身で下げた。


 薄暗いものの、緑の光によって視界が利く、不思議な石の迷宮。

 その広間のような空間に、化け物の親玉がいた。


 巨大な、白い饅頭まんじゅう


 その表皮はブヨブヨとしているものの、今までに見たどの材質とも異なる感じだ。

 動物園にいる大型の動物を上回る大きさで、石畳に立っている俺を見下ろす。

 そのサイズに似合う、赤い目がいくつもある。

 表面には俺の姿が映り込んでいて、こちらを認識していることをうかがわせた。


 近くで床に倒れ込んでいる北垣きたがきなぎが暴れたらしく、周辺にいた白い兵士の残骸はことごとく吹き飛んでいた。


 まだ健在の奴らは、ボスを守るように下がっていく。

 下半身の白い饅頭に短足がいくつもあって、上半身の頭は目と口だけがある、異形の姿で。



 頑張ったな……。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】では、女の大事な部分までボロボロになったまま、武装と体力のどちらもなく、取り込まれた。


 その凪が、ここまで戦い抜いた。


 すでに効果を失っているとはいえ、身に着けているのは桜技おうぎ流の礼装だ。

 おそらく、錬大路れんおおじみおが渡した。


 凪は床に倒れ込んだまま、上半身だけ起こして、俺をジッと見ている。

 しかし、今はまだ戦闘中。


 視界から凪を外し、手の力を抜いた。


 人間は緊張すると、反射的に固くなる。

 これは本能的なものだが、それでは思うように動けない。

 脱力をしっかりと行う方法は、どの流派でも真髄、または奥義に類するほど、重要な項目だ。


 刀のつかを柔らかく握りながら、その重さを自分自身とする。

 小指を意識して、逆に親指などの力を入れやすい指は緩めつつ……。


 竹刀しないとは違い、ぶつかった時の衝撃を受け止められるように。



 視線を固定せず、全体をぼんやりと捉える。


 右手だけで柄を握り、踏み込みから右側に振り回す。

 音もなく、死角から近づいていた白い兵士の上半身が、切り裂かれた。

 そいつは周囲にいた仲間を巻き込み、派手にひっくり返る。


 右のスペースが空いたので、回転した勢いのまま移動。


 左手に持ち替えつつ、今度は左側をぎ払う。

 今度は、別の白い兵士たちが吹き飛ぶ。


 後ろに、回り込まれないよう……。



 凪のおかげで、白い兵士は数えるほど。

 本体の白饅頭に向き直り、今度は左手が下の両手持ちで、低めの正眼に構える。


 その白饅頭は身じろぎもせず、俺の動きを眺めたまま。


 剣道では論外になるものの、真剣は片手のほうが振りやすい。

 型にこだわるよりも、臨機応変に使ったほうが効果的だ。


 包丁と同じく、日本刀も刃を当てて、その後に引くことで斬れる。

 ソードとしては軽く、重量で叩きつけるわけではない。

 太刀たちであれば、そういう使い方でもいいが……。


 片手には、半身によって相手の攻撃を避け、受け流しやすいメリットもある。

 ぶつかった衝撃で取り落としやすく、両手持ちより力が弱くなるデメリットを考えても必須。


 幕末の記録によれば、刀の斬り合いは、最初に相手を斬ったほうが勝つそうだ。

 どれだけ浅い傷であっても、自分の血を見れば、臆する。


 相手の動きが止まったか、思わず後ずさりをしたら、それに合わせて踏み込みつつ、両手持ちの上段斬り、あるいは突きで、ほぼ致命傷。



 白い兵士は、普通に斬れた。

 なら、1回だけ試してみるか……。


 霊力を全身に通し、身体強化をする。

 後足で地面を蹴って、一気に加速。


 正面から敵の本体へ突っ込み、左に回り込みつつも、右手で刀を置いていくように切り裂く。


 敵を視界に収めながら、いったん距離を取る。

 それにしても、草鞋わらじとは思えないスピードだ。



 ちゃんと斬れているが、全体に対して、傷が浅すぎるな?

 刀身に、異常はなし。

 敵の本体の傷口は、もう塞がっている。


「そいつは、斬ってもダメだよ! すぐに回復しちゃう!!」


 凪が叫んだものの、それは見れば分かる。


 傷が回復するとしても、それに限界があるかもしれない。

 ここで相手の弱点を見誤れば、かえって勝機を失ってしまう。


 本体から、また白い兵士が生えてきた。


「凪! 自分の身は自分で守れよ!!」

「う、うん!」


 敵から目を離さず、指示を飛ばした。

 彼女の返事を聞く前に、再び集中する。


 さっきよりも、警戒している。

 白い兵士たちがファランクスのように囲み、本体を攻撃できないように布陣。


 俺から、攻撃されたくない。

 あるいは、そう思わせたいのか?


 死角から音もなく忍び寄ってきた白い兵士の殴りをかわしつつ、カウンター気味に斬りつける。

 ガキィッと鈍い音が響き、同時に柄を握っている手から痺れるような痛みが伝わってきた。

 とっさに刃を相手の表面に滑らせながら、その勢いで距離を取る。


 やみくもに左右で殴ってきて、抱き着こうとする兵士たちから後ずさりしつつ、俺は手短に考える。


 白い兵士たちの技量は、素人と同じだ。

 多少の個体差があるにせよ、無視していい。

 さっき弾かれたのは、表皮が固くなっていたから。

 本体が、俺の攻撃に対策をしたのか?


 凪はもう体力がないし、御刀おかたなも役に立たない。

 時間をかければ、白い兵士たちを動かし、彼女を人質にして、俺を止めようとする。

 それに、俺の体力だって、無尽蔵というわけじゃない。


 ここは、明らかに現実とは思えない、別の空間。

 いったん仕切り直すことは、まず不可能。

 見ただけで分かる、あの感情のなさでは、仮に話ができても、交渉の余地はない。

 ひたすらに、自分の要求を押しつけてくるだけだ。


 リソースでも、地の利でも、相手が絶対的に上。

 短期決戦により、本体を倒すしかない。


 それを理解しているから、あいつは白い兵士に自分を守らせた。


 ここからは、どちらの手札が先に相手を貫通するか、だな?



「とりあえず、よく斬れるように」


 俺がつぶやいたら、持っている刀がキュアアアアアッと、耳障りな音を出し始めた。


 足を止め、包囲しながら迫ってくる兵士たちに向き直って、逆に斬りかかる。

 まるで熱したバターにナイフを入れるように、奴らをスッと両断していく。

 どうやら、高周波ブレードになったらしい。


 前方が空いたから一気に走り、壁になっていた白い兵士たちも切り捨てる。

 本体までの道ができた。


 力を籠める必要がないので、撫でるように、本体の各所を斬っていく。


 大きく縦に、横に、赤い目もいくつか、切り裂いた。

 増えていく傷に対して動揺せず、冷静に触手を伸ばして迎撃してくる。

 それも切断しながら、白い兵士に足をすくわれないように、間合いを確保した。


 また、傷が全て塞がった。

 本体の内部にコアがあって、それ以外にいくらダメージを与えても、物理無効かな?


 高周波ブレードをした、耳障りな振動を止める。



 おい、キューブ?


 なに? という雰囲気を醸し出した日本刀を右の逆手に持ち直し、刃を上にした状態で振りかぶる。


「奥にコアがあるのか、見てこい!」


 え? と言いたそうな刀は、次の瞬間に一直線の矢となり、遠くにいた本体に深く突き刺さる。


『ァアアア゛アアア!』

 リュアアアアアァ!


 初めて、リアクションが返ってきた!

 白い饅頭が不愉快そうに巨体をドスンドスンと揺らしつつ、周囲にいる兵士たちを押し潰す。

 頭に直接響いているから、声というより、テレパシーか。


 霊体化させてから手の平に実体化し直した刀は、ものすごく不満そうだ。

 さっきも、すごく鳴いていたし。


 OK、他の手段で何とかしよう!


 とはいえ、普通に斬っても、中まで届かないんだよなあ……。


 ん?


 前の大百足オオムカデとの立ち合いでは、あの大きさに対して、この刀身では届かないよな?

 それなのに、見事な左右の開き。


 だったら、もしかして……。



 ――なんじ、我の中枢となれ


 1件のスカウトメールが、脳内に直接届きました。


 凪よりも、俺のほうが将来有望と見なしたわけか。

 彼女を人質に取っても、すぐに俺を殺さない。

 それは、好都合だ。



 自分のコンディションを確認しながら、本体の周りを走り回った。


 明らかに遠い間合いで、足を止めて、斬る。

 斬る。

 さらに、斬る。


 白い兵士たちの他に、本体からの触手もランダムに飛んでくるため、それに惑わされているのも事実だ。

 空振りが増え、どんどん体力を消耗していく。


 だが、足を止めるか、振り払うための刃を動かせなくなったら、そこで終わりだ。

 刃こぼれと、折れを気にせずに使えるのが、せめてもの救い。



 あれから、どれだけ時間が過ぎたのだろう?


 走りながら刀を振るい、足を止めては切り裂く。

 けれど、いくら広くても、ここは石に囲まれた密室だ。

 どこまでも、あの白い巨体のホームグラウンド。

 ひょっとしたら、この空間が丸ごと、奴なのかもしれない。


 一面に敷かれた石畳に散らばる人骨や白い兵士の死骸にも足を取られず、グリップが自在に利く草鞋が、いきなり動かなくなった。


 下を見れば、粘着シートのように、草鞋の裏がどちらも張り付いている。

 そして、その状況を確認するのを待っていたかのごとく、床にあった白い粘着シートから無数の白い手が伸びてきて、俺の両足、両手、胴体を掴む。


 白い兵士の残骸を集めて、ホイホイを作り、俺が引っかかるのをジッと待ち構えていたわけか。



 完全に動けなくなった俺は、視線だけ向ける。


 奥にいる親玉は珍しく、達成感を覚えた雰囲気でたたずんでいた。


 奴に人間としての感情があるとは思えないが、クリスマスにプレゼントをもらったか、逃げ回るペットをようやく捕まえたぐらいの感覚なのだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る