第216話 石の迷宮の最奥に鎮座している古き神(前編)

「くそっ! 何なんだよ、あいつら!?」


 2階へ戻る気分にならず、玄関まで直通の大穴があるリビングにいる陽キャたち。

 御刀おかたなに触ろうとして反撃されたチャラ男は怒りが収まらず、さっきから怒鳴り散らしている。


「わりぃ! 俺が先走ったせいで、逃がしちまった……」


 アップ系のヤクを入れたミネラルウォーターを錬大路れんおおじみおに飲ませようとした優男が、仲間に謝った。


「お前がしくじるとは、珍しいじゃん。何で、バレたの?」


 自分のスマホを弄って、カチッという音を再生した優男が、静かに説明する。


「たぶん、清海留きみるを止めた時にささやいたことを聞かれたから。小声で、あいつらには聞こえないと思ったんだけどなあ……。俺としたことが、迂闊だったわ! ペットボトルのふたを開封する時の音をタイマーで流し、それに合わせて回したとこは、バレていないはず。テーブルの上に置いたから、ちょうど死角だったし」


 それを聞いた清海留がいきり立つも、周りが止めた。


「ハアッ……。一口でも飲んだらとすつもりで、大量に入れたから。ホント、大損だ」


 優男は、ひたすらに落ち込んだ。

 いっぽう、清海留は彼を罵倒する。


「だーから! とっとと酒を飲ませて、最後に酔い覚ましで混ぜた水を渡す、いつもの必勝パターンにすれば良かったんだよ!! ったく、使えねーな!」


 頭を抱えたまま、優男が言い訳をする。


「真面目そうなことちゃんが、かなり警戒していたんだよ! だから、夕飯に誘う時まで待つか、1人になった隙に頭がユルそうな双葉ふたばちゃんを酔わすつもりだったけど……」


 ここで、女子大生の舞伎まきが口を挟む。


「その前に、あの刀を持ったメスザルたちが来ちゃったわけね?」


 我が意を得たりと、優男が顔を上げた。


「そーそー! 俺は、それを言いたかったわけ!! あいつら、ヤベーよ!」


 先ほどの破壊力を思い出して、全員が黙り込んだ。



「うわっ!」


 舞伎がソファから立ち上がり、自分が座っていたところを見る。

 そこには、小さな蜘蛛クモが押し潰されていた。


「あー。どこから入り込んだのよ、もう!」


 お気に入りの服なのに、と言いながら、ハンカチで尻の部分をぬぐう舞伎。

 それに対し、もう1人の女子大生である『りいな』は、大丈夫? と気遣う。


「どったよ?」

「蜘蛛よ! 小さいのが、入り込んでいるみたい!!」


 その会話で、他のメンバーは周りに小さな蜘蛛がいることに気づく。


「あ……。俺、窓を閉め忘れたかも……」

「おいおい、何やってんだよ!?」


 その時、ドンッと足音が響き、清海留が1匹を踏み潰した。


「このっ! このっ! てめえらのせいだ! せっかく、あんな美味そうな女子高生たちを数日ぐらい、ヤレそうだったのよォ!!」


「ハハ、少し落ち着けよ? さっき、あいつらの写真をスマホで撮ったから。刀を持っていて、あの怪力といえば、演舞巫女えんぶみこだ……。俺たち、善良な市民に危害を加えた挙句に、他人ひとさまの別荘で破壊行為。その動かぬ証拠を押さえたから、あいつらはもう、俺たちの言いなりだぜ? 帰ったら、あいつらにだけ分かるように加工した動画でもアップして、連絡させるよ! 分け前は必要だけど、いつもの仕入先に頼んで、あいつらの連絡先を調べてもらう手もある……。そうだ! この別荘の持ち主を探し出して、そいつから訴える方向に持っていくのもいいな!! 男だったら、俺らが飼っているJKにでも誘惑させる。女なら、いつものパターンで型にめよう」


「おっ! 気が利くじゃん!! さすが、ゆうっチ、抜け目ない! できれば、穏便に済ませたかったんだけど……。チッ、うぜえんだよ! 俺の前でウロチョロすんな!!」


 陽気に答えていた優男は、グシャッと蜘蛛を踏み潰した。


 もう1人の男は、思わず突っ込む。


「穏便って……。どうせ、アヘアヘにさせた後に、聞きわけが良くなるまでハメるだけじゃねえか」


「おう! 今回は新しいのも手に入ったから。あの澄ましたみおとかいう女をトバしまくって、ガンギマリにしたかったんだけどなあ? 自由に呼び出せるのなら、後の楽しみにとっておくか! その時に、今回の分も上乗せしておくけどな」


「そういえばよお……。あの洞窟の奥にあった古臭いほこらは、何だったんだろうな? 思わず、ぶっ壊したけど」


「知るかよ……。お前さあ! いい加減に、何でもかんでも壊すのは止めろって!」


 大人しそうな女子大生の『りいな』が、それに意見する。


「あの……。ひょっとして、アレを壊したから、蜘蛛の化け物が出たんじゃ……」


「うるせえよ! そんなに、お前のハメ撮り動画を流されてーのか? てめーは黙って、今まで通り、俺たちが指定した女を連れてくればいいんだよ!! この期に及んで、優等生ぶるな! さっきの女子高生だって、お前が役立たずだから、あっさりと逃げられちまったじゃねえか? あの刀をこっそり隠すか、睡眠薬を入れたドリンクを飲ませるぐらいは、やっとけっての! てめーなら、俺たちより警戒されなかっただろ」


 怒鳴られた『りいな』は首を引っ込め、黙り込んだ。

 『ゆうっチ』と呼ばれていたリーダー格の男、由宇切ゆうぎりが、ここで調停する。


「まあまあ……。耕普こうふも、それぐらいにしておけよ? とりあえず、この別荘を見回って戸締り。並行して、中に入り込んだ蜘蛛の退治だ! 小型は換気口から入り込んでくる可能性もあるから、テープで目張りをしておけばいい。あと、今回はパーッとやろうぜ! どうせ、しばらくサツは来ないだろうし……。さっきのペットボトルに入れた分も、俺が負担してやるよ。その代わりに、比流木ひるきが持っているの、全部出せ!」


 由宇切の宣言に、比流木は喜ぶ。


「マジで!? さすが、リーダー! 分かった。部屋から取ってくる! ……いや、何してんの?」


 ツッコミを入れられた由宇切は、小さな蜘蛛を押さえながら、1本ずつ足をむしっていた。

 その手を動かしつつ、比流木に返事をする。


「ん? 憂さ晴らしだよ……。澪ちゃん、何で逃げちゃったのかなあ? イキ顔、見たかった。処女臭かったから、俺が一番にいただく予定だったのに。あの濃厚な感じは、癖になるよなあ……。なぎちゃんもスポーツ系で、締まりが良さそうだったし。最初にいた2人は、壊すほうで楽しめたのに……。あー、思い出すだけで、イライラしてくる!」


 ブツブツ言いながら、捕まえた蜘蛛の足をじっていく由宇切。

 リビングの広いテーブルの上に、まだ動いている蜘蛛の胴体が積み上がっていく。

 そして、近くにあった重そうな時計を手に取り、ガンガンと叩き潰す。

 胴体の中身が飛び散り、団らんの場を汚した。


 うっかりしたら、自分に矛先が向くと思い、他のメンバーはすぐに動き出す。


「あ! 俺、部屋から取ってくるよ!」

「私も、蜘蛛を探すわ」

「早く戸締りしようぜ!」

「わ、私も!」



 戸締りと害虫退治が終了して、待望のものが配られたことで、気分一新。

 リビングや個室で粘着質な音、肉を叩く音、喘ぎ声が響く。

 それぞれに休憩を挟み、相手を交換する。


 やがて、頭の配線が焼き切れるような行為を済ませた彼らは、ダラしなく眠る。




 由宇切が気づいたら、そこは薄暗く、冷たい石の床だった。

 ジメジメとした場所で、上下左右は全て、平らになっている石組みだ。

 いつから存在しているのか? すら不明な、古い迷宮。


 素肌から痛いほどの冷たさが伝わってきて、急いで上体を起こし、周囲を見渡す。


「んだよ……。また、バッドトリップか? ちょっと、キメすぎたかな……」


 ぼんやりとした明るさで、エメラルド色に近い発光。

 前と後ろに通路があって、その途中に寝ていたようだ。

 後ろは奈落の底のように暗く、足を踏み出す気になれない。


 由宇切は立ち上がり、導かれるように明るい前へ足を動かしていく。

 上下左右の暗い部分ではカサカサと動く音が聞こえるものの、よく見えない。


 冷たい石畳に体温を奪われながら、足を止めて休める場所へ急ぐ。

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