第215話 彼らに回されるか一緒に逃げるかの選択【澪・凪side】

 錬大路れんおおじみおは、一見すると爽やかで親しみやすい大学生たちを “危険” と判断した。


 彼らの人数を考えたら、この別荘を完全に乗っ取られている。

 私たちも緊急避難で入ってきたから、人のことを言えないが……。


 すぐに、ここから出るしかない!


 澪が北垣きたがきなぎにアイコンタクトをしたら、彼女はうなずいた。

 リビングの片隅に置いてあった背嚢はいのう2つを点検した後に、布で隠していた装具の運搬ラックにそれぞれ取りつける。

 さっきの連中の興味を引かなかったようで、開けられた痕跡はない。


「このままいたら、あなた達、今晩にでも複数の男にヤラれるわよ? だから、今すぐに選んで! 私たちと別の場所へ避難するか、ここで彼らと一晩を過ごすか」


 澪が真剣な顔で宣言したら、原戸はらと双葉ふたばはポカーンとする一方で、寿松木すまつきことはすぐに答える。


「うん、分かった! 行こう、双葉?」


「で、でも……。せっかく、安全な場所に避難できたのに! あの人たちにも、女性がいるのだし。まさか、そこまではしないと思うよ?」


 それを聞いた琴は、双葉の顔をまっすぐ見た。


「双葉のせいで、ここは一番危険な場所になった。それに、もう忘れたの? あいつらは、その女がいることを前面に出して、私たちをだましたんだよ? 私は、あの女性陣が何をしてきても驚かない。たぶん、あいつらはヤリサーだ。大学は何でもアリだから、そういうのが珍しくない。同じ人間だと思ったら、痛い目を見る。だいたい、ヤリサーの連中が『俺たちはヤリサーだ』と自己紹介をするわけがないよ」


 ガーン! という顔になった双葉だが、準備を始めた琴から、残りたければ1人でどうぞ、と言われて、急いで私物を回収し始めた。


 着の身着のまま避難してきたので、琴たちの荷物はほとんどなく、確保していた部屋に置きっぱなしのデイパックを引っ張ってきただけ。

 双葉は、自分のテント一式も背負う。


 別荘に常備されていた、未開封の使い捨て歯ブラシなども放り込む。


「もう、いいよ!」

「私も……」


 御刀おかたなと礼装、背嚢をチェックした澪が装具を背負い、振り返った。


「じゃあ――」

「なになに? どーしたのよ、そんな大荷物を背負っちゃって……。うわ! 何それ、マジで日本刀!? すっげー! ちょっと触らせて!!」


 男の1人が、女子が集まっている場に加わる。

 別荘の中をバタバタと走り回っていたから、気になったのだろう。


 かなり酔っているのか、足がフラついている。

 同性の親友に接しているかのように遠慮なく近づき、澪の装具にあるさやを掴もうとした。


 バシッ


 澪は左の手刀を上から落とし、チャラ男の手を叩き落とした。

 男は一瞬だけ呆然としたが、ジンジンと伝わってくる痛みで相手からの拒絶を理解すると、怒りの表情へ変わる。


「おい! てめえ――」

「まーまー! 抑えて、抑えて!!」


 遅れてリビングに下りてきた男が、急いで取り成す。

 怒りながらも、後ろから羽交い絞めにされた時に耳元でささやかれて、素直にリビングを出て行く。


 いかにも人の良さそうな男がキッチンへ行って、水のペットボトルを取ってきた。

 コンビニでよく売っている1人用で、喉をうるおすのにちょうどいい。

 ちまたで人気がある、ミネラルウォーターだ。


 優男が彼女たちの目の前でキャップに手をかけ、ググッと力んだら、カチッと小さな音を立てて開封された。


「さっきは、バカがごめんねー! 外から帰ったばかりで、喉は乾いてない? これ、まだ口をつけてないから、そのまま飲んでいいよ」


 笑顔で差し出された、ペットボトル。

 それを確認した澪は、同じく笑顔で右手を伸ばして――


 手刀による “小手こて” を決めることで、相手のペットボトルを叩き落とした。

 完全に油断していた男は、あっさりと手放す。


 ゴンッという、フローリングにぶつかった音。

 横倒しになった口から、水がこぼれ続ける。


「おまっ!! 何すんだよ!?」


 慌てた男は、すぐにしゃがみ、そのペットボトルを拾おうとする。

 だが、澪は片足で軽く蹴飛ばして、転がした。

 ドクドクと流れ続ける水が広がっていき、フローリングの濡れている範囲が大きくなる。


 パニックになった男は、水たまりの中にあるペットボトルをようやく拾い、澪に文句を言おうと試みた。

 その前に、素早く下がっていた彼女から質問される。


「今キメるから、ちょっと待て……。どういうこと?」


 ビクッとした男が、しゃがみ込んだまま、澪に答える。


「え? 俺、そんなこと言ったかなあ? ……聞き間違いだろ? そもそも、たった今、君の目の前で開封したばかりじゃん!」


 さっきまでの怒りが嘘のように、ヘラヘラと笑いながら立ち上がった男。

 足元はぐっしょりと濡れたままだが、それを気にしている様子もない。


「誰も、『あなたが』とは言っていないのだけど……。私たちはもう行くから、後は勝手にしなさい」

「いやいや、ちょっと待ってよ! ミネラルウォーターは、嫌いだった? なら、炭酸飲料でも、お酒でも、取ってくるからさ! あ、コップもいる?」


 バガン!


 すぐ近くで、大きな破裂音。


 男が振り向けば、離れていた凪が鉄槌で近くの壁を殴った。

 その周辺は完全に壊れており、パラパラと崩れる破片の他に、内部の骨組みまで見えた。


 澪が無言で前に歩き出したら、男は反射的に退く。



「うるせーよ!」

「ちょっと、騒ぐなら夜にして!」

「お、女子高生!? 名前は? どこ通ってんの?」


 壁ドンの時に、別荘も揺れた。

 2階に引っ込んでいた陽キャたちが、一斉に降りてくる。

 新顔は、空気を読まずに、自己紹介を求めてきた。


 仲間が集まってきたことで、優男はいきなり強気に。


「き、聞いてくれよっ!? こいつ、俺を脅しやがったんだ!」


 その訴えに、降りてきたばかりの面々は苦笑する。


「うわ、ダッサ! あんた、女子高生に頭が上がらないの?」

「お前は、よくもまあ。そんな、ショボいことを言えるな……」

「つーか、面倒事を増やすんじゃねえよ! 壁、ぶっ壊れているぞ?」


 彼らに付き合う義理もないので、澪たちは玄関へ向かう。

 ところが、ニヤニヤした顔の大学生が、リビングから廊下に出る場所を塞ぐ。


「おっとっと……。俺らがいるのに、無視するんじゃねえよ!? 仲間をバカにしてくれた分は、謝ってもらわないと――」

「凪」


 ドゴオォン!


 マンションの杭打ちのような轟音が、室内に響く。

 ビリビリと痛いほどの衝撃が広がっていき、無防備だった陽キャは思わず萎縮。

 歩いて通り抜けられるぐらいの範囲が吹き飛び、リビングと玄関の新たなルートに。


 きびすを返した澪は、凪が開けた大穴から玄関へ移動する。

 慌てて、琴と双葉もそれにならう。


 玄関から続く廊下では、呆気に取られた陽キャが棒立ちのまま。

 リビングの出口を塞いでいた彼らは右を向き、澪たちを再び視界に収めた。


「お、おい……」


 玄関のほうを見た1人の男が、何とか言葉をひねり出した。

 澪たちは無視して、それぞれに自分の靴を履き、玄関ドアを開ける。


 バタンと閉められた後も、追いかけようと外に出る大学生はいなかった。


 

 別荘からペンモンザホテルへ向かう歩道を進みながら、琴は独白する。


「私は、彼らと一緒にいたくなかった。だけど、双葉に言っても、『面倒だから動きたくない』と返すに決まっているから……」


 それを聞いた双葉は、目を泳がせながら、そんなことナイヨ? と誤魔化した。


 一番後ろで、さっきの大学生グループや蜘蛛クモを警戒している凪が、口を開く。


「私と澪ちゃんは異能者で、五感も優れているんだよ! そのおかげで、あいつらの悪だくみや、にも気づけた」


 歩きながら、琴が尋ねる。


「あいつが渡そうとしたペットボトルには……。やっぱり、何か入っていたの?」


 双葉が、え? と驚くのに構わず、先頭の澪が返事をする。


「そうね。良くて睡眠薬、悪ければ一瞬で頭がパーになるヤクじゃないかしら? どっちみち、その後でヤラれることに変わりないけど……。双葉は注意しないと、大学に進学した時点で似たような目に遭うわよ? 私も伝聞に過ぎないけど、カルト集団や、裏でその筋の連中と繋がっているサークルが普通にあるらしいから……。大学は最低限の管理だけで、一種の治外法権ってとこね」


 まだ理解が追いつかないものの、双葉はガタガタと震え出した。

 横を歩いている琴が、心配する。


「双葉、大丈夫?」

「あ、あんまり大丈夫じゃない、かも……」


 双葉の手を握った琴は、先頭の澪に尋ねる。


「どうして、あいつらが危険だと思ったの?」


 澪は、一瞬だけ後ろの琴を見てから、視線を前に戻す。


「最初の違和感は、彼らが大量に酒を持っていたこと。缶や瓶はかなり重いから、普通は捨てていくか、近い場所で籠城するはず……。あの別荘の持ち主か、正当な利用者がいて、先に持ち込んだ可能性もあったけどね? でも、『勝手に入ってくるな!』と怒鳴る人間がいなきゃ、おかしい。まだ蜘蛛を見かけず、安全なのだし……。バイオハザード発生から数日であれば、別荘に立て籠もっているはずよ? 食糧調達で一時的に離れるか、車やバイクで逃げ出す場合にも、鍵をかけると思う」


 そういえば、あいつら、ガンガン飲んでいたな。と思い出す琴。


 殿しんがりを務めている凪も、会話に加わる。


「私たちは、このキャンプ場と別荘を調べていたから……。あそこは安全だったけど、キャンプ場から遠いんだよ! 普通の人が重量物を手で抱えて、わざわざ長距離を歩くのはおかしい。もっと近くに、無人らしき別荘はいくつもあった。ホテル組は車やバイクで脱出したい人だけ外に出るから、そちらの線もない」


 澪が、その続きを言う。


「考えられるのは、。今は警察もすぐに来られないから、逆にチャンス……。双葉が応対したのは、女子大生の1人だったわね? 彼女は住人にドアを開けさせる他に、『若い女がいるのか?』を探っていたのだと思う。いったんヤクを飲ませるか、抵抗する気力がなくなるまでヤッてしまえば、誰かが撮影するなりして脅すだろうから、被害者はもう口をつぐむしかない」


 双葉は、恐る恐る質問する。


「あの、もしかして……。さっきの大学生が全員グルだった、とか?」


 澪と凪は、続けて返事をする。


「そうよ」

「だろうね」


 声にならない悲鳴を上げた双葉は、横で歩いている琴を見たが、彼女も顔面蒼白だった。


 先頭で左手を鞘にかけている澪は、油断なく周囲を見ながら、後続に指示する。


「さっきのヤリサーは、勝手に自滅するわ。それより、私の進んでいる道から外れないで……。もし小さな蜘蛛がいても、絶対に潰したりしないように!」


 普段なら、どうして? と聞き返す場面だが、たった今、虎口を脱した女子高生2人は、激しく首を振って同意を示す。

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