第214話 ファイル3:第一次奥羽会戦の尖兵となった少女たちー④

 ペンモンザホテルの屋上ヘリポートから飛び降りた少女たちは、セーラー服。

 しかし、背中に歩兵の背嚢はいのう演舞巫女えんぶみこの装備があって、雰囲気が違う。


 彼女たちは物資が底を突いたことから、補給を兼ねてヘリを呼んだ。


 セーラー服は、心理的な効果を狙ったから。

 戦闘服と比べて警戒されにくいし、一目で自分の立場を説明できる。

 未成年の女子と分かれば、だいたいの相手は友好的。


 先ほどのヘリには、いったん現場を離れるように伝えてある。



 リーダーの柚衣ゆいに対し、後ろを固めている錬大路れんおおじみおが文句を言う。


「生存者の救助をしなくて、いいの?」


 先頭で走る柚衣は、後ろを振り向き、簡潔に答える。


「ウチらの仕事やない。元凶を潰せば、すぐに防衛軍が救助に来るやろ」

「でも! あのヘリに少しでも乗せれば、それだけ助かる人が!!」


 立ち止まった柚衣は、聞き分けのない澪に言い捨てる。


「もしヘリを着陸させたら、屋上に殺到してきた連中のせいで身動きが取れへんくなっとったで? ヒューイ型はどれだけ頑張っても10人ぐらいが限度だし、あのホテルと周辺施設の規模から察するに、ざっと100人はおるやろ? 半分の50人としても、ドラマや映画みたいに『女子供、老人から先に!』なんて、いかんのや……。どいつも自分が助かりたくて、押し合いへし合い。うっかりすれば、そのせいで人が踏み潰されるか、階段や手すりから転げ落ちるわ! あのヘリポートも、まだ危険地帯。ウチの耳だけでも、蜘蛛クモがウヨウヨいるのが分かる。ここで、ヘリを搭乗員ごと失うわけにはいかへん! 少ないとはいえ、救援物資を投下しただけで十分や」


 いったんメインローターを止めたヘリは、飛ばすまでに時間がかかる。


 外に無理やり張り付いて、発進を阻止する群衆たち。

 そのせいで、蜘蛛たちに侵入され、ヘリも落ちる。

 あるいは、乗せた人間の腹から子蜘蛛こぐもが湧き出てくるのだ。


 正義感の強い澪も、その光景を想像して、黙った。


 救援物資を投下したのも、後で身元がバレた時に、できることはやりましたと言い訳をするために過ぎない。


 そこは口に出さず、柚衣は話を続ける。


「ヘリはウチらが雇ったことを忘れたら、あかんで? それとも、あんたがチャーター代を払ってくれるか? 言うとくけど、今回はなぎの救出と合わせて、1,000万円単位だからな? 週単位のクルーへの報酬、危険を考慮した時間単位の出動手当、さっきの救援物資も自腹や! 他にもヒューイ型のレンタル代、燃料代! それに、斡旋したPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)へのマネジメント料もある。仮に救助したって、国と自治体は感謝状や勲章をくれるだけやろ? 金一封をくれても、パイロットへの週給の足しにもならんわ……。それなのに、怪我をさせたら訴えられるし、下手すれば全部の被害がウチらのせいって主張で集団訴訟になるのがオチや! あと、雇ったヘリを落としたら12億円で買取になるし、クルーの遺族へ金を積まなあかん! だいたい、こういう時のために、防衛軍などの各組織がいるのやろ?」


「……そうね」


 納得できない顔のまま、澪がうなずいた。


 特権階級の演舞巫女とはいえ、富豪のように大金を動かせるわけではない。

 まして、澪は桜技おうぎ流の機密である御刀おかたなと装備一式を持ち出した身。

 捕まれば、北垣きたがきなぎよりも厳しい処分を下されるだろう。



 稼働している民間ヘリは、いつもスケジュールが詰まっている。

 救助要請があっても、気軽に行けるわけではないのだ。

 特に山間部は、いつどこから強風が吹くのか不明で、低空を飛ぶだけでも難易度が高い。

 開けたリゾートホテルの屋上ですら、少し間違えれば、激突する。

 そして、警察、防災、防衛軍のヘリは、数が少ない。


 もし事故が起きたら、その原因が判明するまで、同型のヘリも飛行禁止だ。

 本格的にバラす整備点検も必要とあって、ヘリを飛ばせる時間は意外に短い。

 ホバリング中に要救助者を引き上げるホイスト装置を付け加えれば、尚更。


 ちなみに、民間ヘリを捜索・救助に使う場合は、1時間50万円が相場だ。

 山岳などで救助要請をする場合、お金を払いたくないから県警ヘリをお願いします、という要請もあるが、基本的に無視される。

 警察と防災ヘリが優先されるものの、他の任務も行っているので、だいたい民間ヘリが飛ぶのだ。その時の予定を全て放り出して……。


 今回はPMC経由で、ヒューイ型も手配。

 したがって、同じ民間でも、まさに桁違いの請求がくる。



 先頭の柚衣は、周囲を見回す。

 整備された歩道の分岐点に案内板があったので、その近くに歩み寄り、周囲の施設をチェックした。


「このエリアは、別荘とキャンプ場か! とりあえず、荷物を置いて、安全に泊まれる拠点が欲しいけど……」


 独り言をした柚衣は、近くで立っている演舞巫女たちを見た。


 重遠がどう思うのか? は別として、使い物になるかどうかを確かめておくかー。

 もし足を引っ張るだけなら、少なくとも彼の傍に置いておくわけにはいかへん。


 柚衣は心の中で結論を出して、2人に告げる。


「凪と澪は、別行動や! 休憩用に適当な別荘を見つけて、そこに避難している人間にも話を通しといて! 確保でき次第、ウチらのところへ来てやー。ただし、危険になった場合は、あんたらの判断で動いてな? その場合の最終的な合流地点は、さっきのリゾートホテルにしておこうか。……桜帆さほすいは、ウチについてこい。このまま、例の鎮守杜を見に行く」


 狐耳と尻尾を生やした柚衣たちは、目にも留まらぬスピードで駆けていく。



 澪は、私たちの価値を見せる意味での正念場ね、と思った。

 凪と手分けして、周囲の別荘やキャンプ場を外から調査。


 合流した2人は、情報を共有した結果、1つの別荘に目星をつけた。

 キャンプに来ていた女子高生の2人組がいて、キャンプ場に置いてきた荷物を回収して欲しい、と頼まれる。


 サブアーム付きの装具を背負い、御刀を腰に差した凪と澪は、背嚢を1階のリビングのすみに置き、覇力はりょくによって身体強化をした後で、低く飛ぶようにキャンプ場へ。



 そこは、大小の蜘蛛が群れていて、夏休みのキャンプを楽しんでいた人々は犠牲になったか、ホテルなどの屋内へ逃げた後。


「人の気配が、全くないわ。それに、テントの数に対して、死体が少なすぎる」


 澪は怪訝けげんそうな顔で、平地を見回した。

 造園業者が手入れしていると思しき、規則正しい枝ぶりの木々が緑の屋根を広げて、その合間から日光が差し込んでいる。


 東京から直接やってきた彼女は、自分のスマホを持っていた。

 ネットに接続してみれば、無線通信がまだ健在。

 検索すると、オートキャンプ場のページが表示された。

 テントを敷けば過ごしやすそうな地面は、各サイトに応じて、“星空が綺麗”、“木々に囲まれた区間” と、セールスポイントが並ぶ。


 しかし、別荘にいた女子のテントは、もっと安い場所にある。

 澪がスタスタと歩き出したので、凪も警戒しながら続く。



 芝生が適度に生えている、開けた平地に出た。

 ここは、近くにある管理棟で手続きを済ませた後で、空いている場所に設営できるフリーサイトだ。


 管理棟はチェックインなどの事務手続きと、簡易的な売店だけで狭いうえ、外に通じるドアが開けっぱなし。

 一望できる風景の中に色とりどりのテントやタープが立っているものの、その入口を閉める部分がパタパタと風で動いているのみ。

 近くの駐車場には動ける車両が残っておらず、車でやってきた面々はもう逃げたらしい。

 一部の車やバイクは、壁や車止めに衝突したまま、放置されている。



 蜘蛛と同じ生態なら、雑食だ。

 でも、頭や手足、獲物の骨まで、残らず食い尽くすのか?


 すでに捕捉されているが、不思議と、こちらを攻撃する意思は見られない。

 所在なげに足を畳んで休むか、適当にうろついているだけ。

 見ていたら正気を失う、複数の赤い目と灰色をした異形であることを除けば、触れ合い型の動物園と言えなくもない。


「ずっと見ていても、しょうがないよ。早く回収しよう、澪ちゃん!」


 子供の手ぐらいの蜘蛛もいて、気をつけないと踏んでしまいそうだ。

 しかし、独特の波長があるため、視覚に頼らずとも、居場所が分かる。


 澪たちは蜘蛛に注意しながら、予め教えられていた目印によって、彼女たちのテントを見つけた。




 別荘に帰った凪と澪は、部屋の隅に御刀をつけた装具を置いた後で、取り戻してきたテント一式を渡した。


「ありがとう!」

「ごめん。危険なことをさせて……」


 失っていた物を取り返せた原戸はらと双葉ふたばは喜色満面の笑みで、もう1人の寿松木すまつきことは申し訳なさそうな顔だ。

 琴のほうは、安全になってから自分で回収する、と言った。


 バイト代を貯めて買ったという、アウトドアで有名なメーカーのロゴが入った折り畳み式の椅子にほおずりする双葉を見て、よく分からないなあと思う凪。


 少し離れていた間に、他の人々も避難したようだ。

 1階のリビングが騒がしいことから、ゾロゾロと2階から降りてきた。


 澪はとっさに動き、部屋の隅に置いた装具一式の上に、近くの大きな布を覆い被せる。


「おおっ! 君らも避難してきたの? お互い、大変だったな」

「ねー、君らの名前教えて?」

耕普こうふ! いきなり粉をかけるのは、やめなさいよ!?」


 若い男女3人は、どうやら大学生。

 すぐに降りてこないが、まだ2人ほどいるらしい。


「俺ら、インカレサークルでさ! 花見とか、季節ごとのイベントをやってんのよ。男子はちょっと良い大学で、ここにいる舞伎まきは別の女子大なんだけど――」


 服装や言動から、陽キャの最上位のようだ。

 同じサークルだと自己紹介をしてきた後は、紳士的な振る舞い。


「しばらく立て籠もっていれば、救助がやってくるよ。俺たちと一緒に、頑張ろう!」

「私と『りいな』もいるから、安心して! ここに来る時も、後生大事に酒だけは持ってきたバカ達だけど……。いつも、私が尻拭いをしているってのがねえ……」

「あの時は、マジでヤッてないから! ったく、信じてくれよ」


 仲間内で持ち込んだ酒をグイグイと飲んでいるが、私たちに強要していない。

 真夏らしく、バンドTシャツとデニムの格好などで、清潔感がある。

 それに、目の前にいる女子大生とも仲が良く、2階にも1人がいるわけか……。


 キャンプにやってきた大学生なら、酒を持ち込むこともあるだろう。

 女子大生もいる。

 だけど、この状況は、あまり好ましくない。


 澪はなぜか、駅前でナンパしてきた男2人を思い出した。

 連中の隙を見て、女子高生に話しかける。


「ねえ、どうして入れたの?」


 溜息を吐いた琴は、隣にいる双葉をチラッと見た。


「だって……。女の人が『困っている』と言うから……」


 涙目になった双葉は言い訳をしたが、途中で言葉に詰まる。


 どうやら、最初は大人しそうな女子大生が1人でやってきて、双葉が玄関ドアを開けたら、死角にいた他の連中も雪崩なだれ込んだ。

 よくある手口だが、この状況で彼女だけを責めるのは酷だろう。

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