第210話 切り崩しは基本的な戦術(後編)【カレナ・詩央里side】

 南乃みなみの詩央里しおりが女の戦いを繰り広げている頃、千陣せんじん泰生たいせいの離れに招かれた室矢むろやカレナも、違う意味で戦っていた。


「……どうした? もう終わりか?」


 少女の声が、周囲に響いた。

 しかし、広い場所に立っているカレナの周りには、誰もいない。


 なぜなら、さっきまで囲んでいた妖怪たちが、ことごとく倒れ伏しているからだ。


 第一陣はカレナに次々と襲いかかったものの、触れることなく、バタバタとやられていった。

 その能力のヒントすら見つからず、残りの連中は手を出しあぐねている。


 カレナは未来予知と時間の調整を駆使した一方的な打撃を加えており、傍目はためには接近すら気づかず、どんどん倒されている構図だった。

 普段はここまで自分の権能を使わないが、今回ばかりはナメられるわけにいかない。



「このっ!」


 まだ威勢のいい奴がいるので、カレナはついに奥の手を使う。


 両足を開き、自然体に。

 左手の甲を上にした状態で受けるように前へ、逆に右手の甲は下のまま、肘をしっかりと脇腹につけて、背中のほうへ締める。

 いわゆる、空手の突きの構えだ。

 

 空手は流派が多く、基本中の基本である正拳突きに関しても、実に色々な教え方がある。

 とはいえ、基本は同じ。


 後足を蹴って、その動きを上へ伝えていき、腰を回転させる。

 脇腹につけた手が伸びていくので、前に出している手と入れ替えるように強く引き、さらに拳を加速させるのだ。

 最終的には、突き出した拳が180°回転して、上を向く。


 上手い人の突きは体の動きにムダがなく、身体と拳がほぼ同じ位置であるのに、気づいたらヒットしていた。ぐらいの自然な動きだ。

 弓に矢をつがえてから、それを放つように。



 カレナは片足を軸にして、その場で回転することで、死角から襲ってきた烏天狗からすてんぐを視界に収める。

 両足が地面にしっかりと固定されたあとで左手が引かれ、その代わりに柔らかく握られた右拳が突き出された。


 まだ空中にいる彼に届くわけがない一撃だが、その延長線上はまさに空間を切り裂き、急激に発生した真空で周囲の空気が巻き込まれる。


 鏑矢かぶらやのようにシャギュアアアァと凄まじい音を立てた一撃は、まだ若い烏天狗の横を通りすぎ、上空の雲まで吹き飛ばした。


 思わず動きを止めた彼は、自分の横を呆然と見上げる。


 その軌跡にある空間は、まだ歪んでいた。

 もし当たっていれば、おそらく致命傷。


 突きは肩に力を入れすぎず、柔らかいままで速く動かす。

 当たった瞬間に握り込み、あるいはじ込む。


 けれども、カレナの攻撃は、その次元ではない。 


「それまで! ……試すような真似をして、申し訳ない。カレナ殿」


 泰生の式神である、烏天狗の鞍馬くらまの一声で、多人数との組手が終わった。


 汗すら見せないカレナの姿に、ある者は畏怖いふの念を浮かべ、ある者は憎悪の表情を浮かべる。

 しかしながら、ここに彼女の力は証明されたのだ。



 改めて広間に通されたカレナは、千陣家の次期当主の筆頭である千陣泰生と対面した。


「室矢カレナじゃ。重遠しげとおの式神をしている」


 正座はしているものの、無礼な態度だ。

 だが、ビスクドールの九十九神つくもがみに礼儀を説いても、せんない話。


 上座で立派な座布団に座っている泰生が、問いかける。


「君が、カレナか……。さっそくだけど、僕の式神になる気はある? 兄さんのところにいるよりも、待遇は良くするけど」


 首を横に振った彼女は、即座に断る。


「その気はないのじゃ」


 ハアッと溜息を吐いた泰生は、愚痴を言う。


「まったく……。どうして僕が本当に欲しいものばかり、兄さんが持っていくんだ。こんなことなら、今からでも姉さんに次期当主の立場を譲ろうかな?」


「そんなに嫌か? 千陣家の当主になるのは……」


 カレナが尋ねたら、当たり前だろ? と言わんばかりの表情で、泰生が返してくる。


「兄さんが副隊長ぐらいの強さと分かったら、尚更だよ! おかげで、僕の肩身が狭いこと。陰で何を言われているやら……。せめて、君がいてくれれば、少しは楽しく過ごせるだろうに」


「私に、未来を占って欲しいのか?」


 いきなり本題に入ったカレナに対して、泰生は逡巡しゅんじゅんした。

 だが、すぐに自分の考えを言う。


「それもあるけどさ? 僕から見れば、『千陣家で霊力ゼロだった兄さんが、君のおかげであれほど強くなった』としか思えないわけで……。それに、君が来てから兄さんの全てが上手くいったことは事実だろ?」


「まあな。しかし、あやつには、あやつの苦労がある……。お主は結局、どうしたいのじゃ?」


 普段はこういう会話をできないらしく、泰生はカレナの質問に考え込んだ。


「兄さんに家督を譲って、僕は普通の中学生に戻りたい! でも、兄さんは魔法師マギクスの女を引っ張り込んでいるし、真牙しんが流の幹部とパイプをもっている。おまけに、今は桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこと痴話喧嘩をしているんだって!? ハーレム系のラノベの主人公なの? 姉さんも姉さんで、兄さんに夢中でさ。姉さんと兄さんは、もう結婚すればいいよ……。あ! そうしたら、兄さんが帰ってきて、僕は次期当主から降りられるかな?」


 彼は、当主教育のせいか、だいぶ疲れているようだ。



 ◇ ◇ ◇



 南乃家の別邸に帰ってきた南乃詩央里と室矢カレナは、自分がどのように勧誘されたのか? を話し合う。


 嘆息した詩央里は、カレナに言う。


「さすがに、安倍あべ家や刀居木といぎ家を切り盛りしている女性はキャリアが違いますね! こちらに来る直前の、若さまへの罪悪感にさいなまれたままだったら、間違いなく今日だけで本音を吐き出して、そのまま相手の言いなりでしたよ……。カレナのほうは?」


 肩をすくめたカレナは、つまらなさそうに返す。


「力試しの後は、泰生の愚痴を聞いているだけじゃ……。いいか、詩央里? 今回は、重遠が事件を解決するまでの時間稼ぎに過ぎん。私たちが、あやつを繋ぎ止めるのに必要不可欠である。それを証明するためのな? さらに、私と詩央里のどちらも、『切り離したうえで説得しても、簡単には動かせない』と印象づける」


 未来予知ができるカレナには、相手の次の手が読める。

 しかし、相手にこれ以上の手出しを控えさせ、無力感を植え付けるのが目的だから、あえて知らない振り。


 南乃家の食卓には、遠征から帰還した南乃みなみのあきらもいた。


 アラサーのわりに若く見える男は、端整ながらも飄々ひょうひょうとした感じで、自分の娘に話しかける。


「詩央里……。重遠の宗家への挨拶と立ち合いは、上手くいったようだな?」


「はい、お父さま! 今度は、私とカレナが、その価値を見せます」


 静かに述べた詩央里とは対照的に、暁は心配そうな表情だが、女同士の争いに彼の出番はない。


 いっぽう、詩央里の母親のこずえは、娘の顔を見た。


「私は、カレナの実力を知りません。しかし、この程度を自力で乗り越えられないとしたら、あなた達に未来はないですよ?」


「分かっております、お母さま」

「心配はいらん」


 詩央里とカレナの返事を聞いた『こずえ』は、満足げにうなずいた。




 ――数日後


 泰生派による室矢家の切り崩しは、順調に見えた。

 詩央里は、何かと口実を設けられて、安倍家や刀居木家に懐柔される。


 同じように、カレナも泰生との面談の日々。

 ただし、彼はどちらでも良いらしく、あまり僕と会わないほうがいいよ、と忠告を受ける。


 これだけ自分の家の人間が勧誘されているのに、室矢重遠の姿は見えない。

 当主が婚約者と式神に構わない事態も、切り崩しの人員にとって絶好のシチュエーションだ。


 詩央里とカレナが応じれば、それで良し。

 首を縦に振らなくても、間近に迫っている当主会で、彼女たちを重遠に任せるのは不適切だ、と決議すればいい。


 別の派閥と毎日のように会っているのだから、客観的にも裏付けができる。


 本人たちがどう思うのか? は、つまるところ、関係ない。

 決定権のある人間が、そうだ、と考えることが重要。


 千陣流の与党である泰生派が足並みを揃えたら、未だに重遠を支援している弓岐ゆぎ家と南乃家が、残り三家の夕花梨ゆかり派と協力しても拮抗する。

 そして、詩央里に目をつけている安倍家は、夕花梨派の一部にも根回しを行っているのだ。


 次の当主会が始まれば、室矢重遠は丸裸にされる。


 次期宗家の派閥争いから身を引いている人間たちが、このまま室矢家には当主だけが虚しく残るのか? と考え始めた矢先に、1つの異変が起きる。


 東北地方の一角で、大規模なバイオハザードが発生した。

 従来の生物とは考えにくく、即応部隊として、千陣流も対応しなければならない。



 室矢カレナが公安警察である古浜こはま立樹たつきに調べさせた情報からピックアップした、第三のポイント。

 それが、ついに牙を剥いたのだ。


 カレナは、第三のポイントが本命だ、とすぐに気づく。

 しかし、残り2つの疑いを捨てきれず、念のために調査したら、1つは大当たりで、もう1つは外れ。


 後顧の憂いは、完全に潰した。



 千陣流の拠点にいる戦力が集められ、大型バスで運ばれていく。

 時間がないため、最寄りの陸上防衛軍の駐屯地へ出向き、装甲車も運べる大型輸送ヘリで降下作戦の開始だ。


 政府、防衛省は、このような非常事態のマニュアルに沿った対応として、事前に承認済み。


 すでにエンジンから高温の排気がされている中、それを避けるために回り込み、奥から次々に座っていく。


 細長い、密閉型のキャビン。

 左右に仮設の椅子をつけられるのだが、今回は収容能力を優先して、剥き出しのままだ。


 後部ハッチが閉じられ、上部にタンデム式で配置された巨大なローターが2つとも回転している。


 地上からの誘導で、大型の輸送ヘリが飛び立った。



 ヘリの音が響くキャビンでは、1人の男が奥に立っていた。


「現場を任された、九条くじょう和眞かずまだ! ここには、九条隊の他にも多くの退魔師がいると思うが、どうか僕の指揮に従って欲しい」


 人望のある九条隊長の言葉に、全員が聞き入る。


 彼は、集められた千陣流の退魔師を見回しながら、ブリーフィングを始めた。


「状況を説明する! 敵は蜘蛛クモのような姿をしていて、数が多い。ちょうど周囲に陸防の駐屯地が2つあって、演習のていで備えている。ただし、彼らはあくまで防衛するだけに過ぎず、本格的な戦力としては期待できない。同行する兵士たちも災害救助の名目だ。この大型ヘリ数機が着陸したら、現地の民間人を乗せて、そのまま飛び立つ……。桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこが一個中隊、さらに魔法師マギクスの一個中隊も急行している! 現地では、他流との合同になることを承知してくれ!!」


 バタバタという回転音に加えて、機体の振動を味わいながら、誰もが緊張した様子だ。


 和眞は、いよいよ目的地を告げる。


「僕たちが向かっているのは、とある山岳地帯だ。おおよその目安として、最寄りの村落がいくつかある。その中で注意しておくべきポイントが1つ……。君たちも、一度は聞いたことがあると思う! 除名された異能者や、罪を犯した異能者を閉じ込めておく村だ。その名前は……」


 ――熱寒地ねっかんじ



 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、少なくとも県2つ、あるいは日本の1/4が失われる、一大イベント。

 ×××との決戦が、いよいよ始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る