第209話 切り崩しは基本的な戦術(前編)【カレナ・詩央里side】

「お前の主張を認める。廃ビルで演舞巫女えんぶみこに殺されかけた事実はない……。あとは俺たち、千陣せんじん流の幹部の仕事だ! もう待機する必要はないから、適当なタイミングで東京へ戻れ」


 親父に呼び出され、開口一番、欲しかった言質げんちをもらえた。

 どういう結論になるにせよ、最低ラインは越えたってことか。


 俺の隣で正座している南乃みなみの詩央里しおりが、一気に脱力した感じになる。


 同じく気が抜けた俺は、柔らかい雰囲気になった親父に言う。


「了解した。数日中には、ここから移動する。……つ前に、改めて挨拶したほうがいいか?」


 首を横に振った親父が、言い返してくる。


「いや、それはいい! お前の判断で、勝手に行け。ここに来る機会はそうそうないだろ――、どうした?」


 外から声をかけられ、親父が途中で言葉を切った。


 来客の到着を告げられ、親父はすぐに許可を出す。

 使用人によって、音もなく開けられた障子のところにいたのは――


「千陣流の御宗家ごそうけ。お初にお目にかかれて、光栄じゃ!」


 紫がかった青の瞳に、長い黒髪。

 女子中学生のように低い身長。


 その少女は、親父への挨拶を続ける。


「私は、室矢むろやカレナ。そこの重遠しげとおの式神だ」


「そうか……。中に入れ」


 カレナは俺たちの背後で、座布団のない畳に正座した。


 親父は、彼女に訊ねる。


「単刀直入に聞こう。ブリテン諸島の黒真珠よ、お前の目的は何だ?」


「重遠の式神として、一緒にいることじゃ……。此度こたびの検分で、こやつが十分な力量を持つことは分かったであろう? 私を無理やり他の人間の式神にすげ替えても、それで重遠が無力化されるわけではない」


 腕を組んだ親父は、得意げな少女に確認する。


「他の人間の式神になれと言った場合に、お前はどうするつもりだ?」


「非公式の場で直接会ってくれた宗家のために、ハッキリと言っておく! 今の私は重遠の式神じゃ。それ以上でも、それ以下でもない……。その前提がやつの寿命以外の要因でなくなれば、私はで行動する。止める者がいれば、排除してでもな……。付け加えておくが、バレないように暗殺や、手段を問わず傀儡くぐつにすれば、とは考えるなよ? 私もできれば、この世界を破壊したくはない」


 言葉を切ったカレナは、親父の顔を見た。


 お互いに視線をぶつけたまま、数分が経過する。



「承知した。全員、下がっていいぞ」


 意外にも、すんなりと納得した親父の言葉で、張り詰めた空気での話し合いが終わった。



 ◇ ◇ ◇



 通りを歩きながら、隣の室矢カレナに話しかける。


「こちらは、もう終わった! 千陣家に残っていると命を狙われるから、早く移動したいんだけど……」


 それに同意したカレナは、手短に言う。


「皆、それぞれに戦っている。重遠は、もうひと頑張りしてくれ! 私たちも、お主と共に歩むだけの姿勢を示す。……詩央里、今度はこちらの番じゃ」


 あえて敵の思惑に乗り、逆にそれを食い破るつもりか。


 俺がカレナ抜きで自分の力を示した勢いで、室矢家の格付けを更新すれば、東京へ戻ったあとも楽になる。

 南乃詩央里やカレナを脅すか、口説き落とせばいい。と考えるバカは、必ず出てくるからな。


 並んで歩くカレナと詩央里が、俺を見ている。


「分かった。それで、俺はどうすればいい?」



 ◇ ◇ ◇



 室矢重遠は、南乃家の別邸に引き籠もった。

 だが、婚約者である南乃詩央里と、彼の式神である室矢カレナは外に出ているし、関係者と交流をしている。


 案の定、それぞれに呼び出しがかかった。


 詩央里には、泰生たいせい派の安倍あべ家から。

 カレナには、次の宗家である千陣せんじん泰生たいせいから。


 安倍家は、千陣流の十家の1つ。

 陰陽師の名家で古い歴史を持つ一族のため、内部で大きな発言権を持っている。



 ――安倍家の本邸 奥座敷


 南乃家の名代みょうだいである母親と一緒に出向いた詩央里は、色々な口実を設けられ、私的な空間である奥座敷。


 目の前には、安倍家の次期当主の妻である安倍真千まちだけではなく、同じ泰生派に属する刀居木といぎ家の次期当主の妻、『刀居木といぎさゆ』もいる。


 刀居木家は、武家の流れをむ。

 武芸に優れているものの、妖怪の使役では他に劣り、比較的弱い立場だ。

 十家の1つだが、安倍家の手下と言ってもいい。


 女同士の話し合いだけに、はっきりと断りづらい状況。


 人の上に立つカリスマを持つ真千が、諭すように提案する。


「泰生さまは、華澄かすみさまに正式な輿入こしいれを待ってもらっています。詩央里さんへの想いもあるようですし、今なら間に合うと思いますよ?」


 さゆはまくし立てるように、もっと直接的な言い方をする。


「詩央里ちゃんも大きくなったけど、人生まだまだ、これからじゃない! 私たちから十家のご当主に話をすれば、多少の無理は通るから……。この機会に、考えてみなさい! 聞けば、重遠くんは他にも女を囲っているそうじゃない。不誠実だわ! 多少強くなろうが、どうせ家臣もいない、落ち目なのだし。いざ子供ができてから後悔しても、遅いのよ? 自分の子供を不幸にしたくないでしょ? 今時、婚約に伴う初夜を過ごしたからといって、死ぬまで添い遂げる考えに固執する必要はないと思うわ!」


 世間話から、詩央里の幼少期のエピソードを交えての説得。

 それも、二人掛かりでだ。


 十家の次期当主の妻だけあって、その進行はスムーズ。

 英才教育を受けてきたとはいえ、所詮は女子高生に過ぎない彼女は防戦一方に。


 この女2人は、東京へ行くまでの詩央里と仲が良かった。

 年の離れた姉といってもいい関係で、さらに格上の相手だ。

 彼女の立場では、まともに言い返せず、曖昧あいまいな態度をとるのみ。


 2人というのが、ポイントだ。

 話が途切れにくく、相手にあまりプレッシャーをかけない。

 しかも、相手の立場では、交互に補完し合いながら特定の主張を聞かされ続けることで、思わずうなずいてしまう。


 人数を集めて囲めばいいと、3人以上にしない点が、まさに手慣れている証拠だ。

 古くから続く家の人間として、説得にも長けていることをうかがえる。



 さゆが調子に乗っていることから、真千がたしなめる。


「おやめなさい、さゆさん! 他家の夫を悪く言うものではありません!」


「え、ええ……。ごめんなさいね、詩央里ちゃん? でも、重遠くんは、千陣流の付き合いを全くしていないし。あなたのことが、思わず心配になっちゃって……」


 これは、真千の性格が良く、さゆの性格が悪いのではなく、いわゆる “良い警官と悪い警官” の応用だ。


 さゆが重遠をずけずけと責め立てて、詩央里も気づいていないか、あえて目をつぶっている部分を浮き彫りにする。

 もう1人の真千がすかさず叱ることで、さゆにヘイトを集めすぎず、同時に “自分はあなたの理解者である” と刷り込むのだ。


 詩央里を激怒させないまま、潜在的な不安を駆り立てられる。

 そのうえで、『理解者』の真千に依存させられるから、結論を操作しやすい。


 状況によっては、『悪役』のさゆを退席させ、2人で彼女の悪口を言って盛り上がり、連帯感をはぐくめばいいだけの話。


 元々は、片方の警官が相手を追い詰めて、弱らせたところを良い警官が助けてやり、自白させる。

 しかし、こちらでは2人同時に、相乗効果を活かした説得が可能だ。



 詩央里が崩れないことを見越した真千は、切り口を変える。


「重遠さんのことが心配なら、安倍家と刀居木家で支援してもいいですよ? ねえ、さゆさん?」

「そうね!」


 困惑した詩央里の疑問を潰すべく、真千は説明する。


「詩央里さんが泰生さまの妻か、私たちの指定する御家のいずれかに嫁いでくだされば、あなたの目でも支援の内容を確認できる形にします……。十家の半分が支持する泰生さまの派閥に加われば、長子継承派の弓岐ゆぎ家とご実家に依存するよりも安定した生活です。たった1人で、さぞや大変だったのでは? もう、あなただけで無理をする必要はないのですよ。同じ千陣流ですから、派閥の垣根を取り払い、私たちだけでも助け合いましょう」


 真千は微笑んでいて、その口調は穏やか。


 だが、これで詩央里が転べば、型にめられて、新しい自分の夫と子供、それに改めて嫁いだ御家で頭がいっぱいになる。

 その頃には、重遠のことはどうでも良くなっているし、真千たちがそうさせるのだ。


 約束はきちんと守るが、それは一時的なもの。

 まだ人生経験の浅い彼女が、自分たちの支配下になるまでの……。


 若者の特権は怖いもの知らずの勢いだが、平凡な日常が続く重さには勝てない。

 そして、同じことが繰り返される場になれば、立場のある年長者のほうが有利だ。



 正座で拝聴していた詩央里は、かしこまった。


「ご助言とご提案、誠にありがとうございます。しかし、急に言われましても、即答をできかねる御話です。今日のところは退席させていただいても、構わないでしょうか?」


 真千とさゆは、快諾した。

 なぜなら、詩央里がしばらく千陣流の敷地に滞在することを知っているからだ。


 1回目は、これぐらいで十分だろう。

 彼女たちは、説得が順調であることに満足した。

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