第208話 戦闘シーンに実況と解説をつけると理解しやすくなる

 南乃みなみの隊の副隊長である波多野はたの惟月いつきは、完全に静まり返った場で、どうしたものか? と腕を組んだ。


「これは予想外すぎるぜ。あいつ、どこで妖刀を……。いや、それ以前に、あの動きはまさか……」


 周りを見回すと、宗家たち上級幹部が無言のままで、次々と退席していく。

 本来なら、室矢むろや重遠しげとおの主張を認めるのかどうか、この場で判定を下すべきなのに……。


 だが、異議を唱える人物はいない。

 重遠の動きが見えなかった凡人と、ひたすら悩む実力者に、分けられたのだ。


「無理もねえ……」


 つぶやいた惟月は、一連の流れを振り返る。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


 立ち合いの場に現れた室矢重遠は、驚くほど、自然体だった。

 おまけに、武器らしき装備を持っていない。


 それを見た波多野惟月は、あいつ、死ぬ気か? とすら疑う。


 うちの隊長から任された以上、あのバカの面倒を見るつもりでいたが――


 溜息を吐いた惟月は、すぐに乱入できる位置で、周囲の様子をうかがう。


「まさか、宗家に直訴して、自分が殺される場を設けるとは……」


 命を狙われていると、知らないわけではないだろうに。

 訳が分からない。


 聞けば、重遠は、自分を暗殺しかけた桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこを庇ったという。

 自分の失態を取り繕うことがメインだったろうが……。


 いくら家族だけの空間とはいえ、宗家に面と向かって言い切った以上、吐いた唾は呑めぬ。

 ここぞとばかりに泰生たいせい派が動き、本来なら副隊長の検分に使われるクラスの大百足オオムカデが用意された。


 重遠は、千陣せんじん家の周囲を彷徨っているキューブと契約すれば、話題になっている式神、カレナを使わずとも勝てると豪語した。

 けれども、反対派が隠したのか、惟月の調査でも見つからない。


 そうこうしている間に、大百足と戦う当日に……。


 惟月はやむなく、重遠が降参と叫ぶか、殺されそうになったら助太刀するつもりで陣取った。


 彼を殺したがっている連中が、絶好のチャンスを見逃すわけがない。

 あいつが降参するか戦闘不能になっても、トドメを刺されるまで放置するだろう。


 雛壇に座っている千陣せんじん夕花梨ゆかりを見たら、やはり10体を超える式神の一部がこっそりと準備している。


 いっぽう、千陣家の面々はともかく、十家の当主であるじじいばばあどもの大半はニタニタと、高みの見物だ。


 集まってきた群衆も、無責任にイベント感覚。

 しかし、いつものはやし立てる行為は皆無。

 なぜなら、以前の重遠では絶対に勝てない相手だから。


 宗家の長男のくせに霊力がほぼゼロという、丁稚でっちにすら陰でわらわれていた重遠。


 連中に言わせれば、奴の公開処刑でしかない。

 上の駆け引きなんぞ、雑兵たちには興味もない話。


 最期ぐらいは、神妙な態度で見送ってやるつもりか。



「それにしても、あいつ……。何をやっているんだ?」


 エアギターならぬ、エア抜刀術。

 特定の流派は修めていないものの、多少の心得がある惟月は、いきなり抜刀術の構えを始めた重遠に困惑した。


 堂に入った雰囲気だが、さやつかのどちらも見えない。

 もし柄頭つかがしらがあったら、相手にまっすぐ向いているだろう。


 ザアアアッという重い音と共に、重遠と向き合っている大百足が動き出した。


 相手の力を推し量っていたが、弱い獲物と判断。

 上体を持ち上げて、空高くから直線で突っ込み、そのまま押し潰すか、あごで捕らえて食らうと見える。


 惟月は、大百足が頭から地面にぶつかり、土煙で目隠しができてから、乱入するつもりだった。

 さすがに、一合も切り結ばないうちは、干渉できない。


「初撃は避けろよ?」


 今の重遠は、副隊長には及ばないものの、実戦に出られるぐらいの霊力。

 大百足とはいえ、あれだけ単純な攻撃なら、回避できるはずだ。


 考えることを止めた惟月は、いよいよ覚悟を決めた。

 だが、いつも厭世的にしている顔を崩し、目を見開く。


 重遠の姿が、消えた。


 注目していた惟月ですら、急激な加速によって、振り切られる。

 重遠が閃光のように、大百足のふところへ突っ込んだ。


「2歩目まで、察知できねえ。縮地か! 初動を悟らせず接近するには、良い手だが――」


 重遠が元々いた場所へ大顎おおあごを開いて突っ込んだ大百足の下半身、つまり地面で自重を支えていた部分が、グラリと揺らぐ。


 左下から右上への切り上げで、大百足の胴体が半分に裂けている。


 それだけで絶命するほど、昆虫はやわではない。

 相手の下に潜り込んだ以上、そのままし掛かられたら、終わりだ。

 まして、大百足の胴体の左右には、獲物をつかむための足がギッシリとある。


 だが、次の瞬間。

 大百足の胴体が頭の先まで、左右に分かれた。

 スーパーの鮮魚売り場でよく見かける、二枚下ろしのように……。


 バシャッと大百足の体液が地面に落ち、胴体も左右に広がりながら激突。

 空に舞い上がった体液は、雨のように降り注ぐ。


 轟音と土煙が辺りを覆い、それが収まる頃には、いつの間にか納刀をした重遠が、大百足の尾節びせつぐらいに立っていた。


 先ほどまでと違う和装で、たった数分だというのに、副隊長と同じ霊力だ。

 いや、下の隊長格といっても、過言ではない。



 惟月は、かろうじて思考力を取り戻し、周囲の状況を把握する。


 大百足は死んでいて、重遠も無事。

 宗家たちは黙りこくったままで、群衆に至っては、何が起きたのか? も理解していなさそうだ。



「次の相手は?」


 重遠の声が、千陣家の広い敷地に響くかのように席巻した。

 怒鳴っているわけではなく、ただ普通にしゃべっているだけなのに……。


「……い、いえ。他には、用意しておりません」


 それまで重遠を小馬鹿にしていた進行役が、いきなり卑屈になった。


 終わったことを確認した彼は、何でもなかったように歩き、この場を去っていく。

 進行方向にいた連中は、慌てて退いた。



 まさか、副隊長でも時間がかかる大百足を瞬殺とは、誰も思わない。

 左手を急に出現させた妖刀のさやにかけたまま、笑顔で尋ねられたら、進行役がビビッて当たり前か。


 さっきの動きを見る限り、次はこれまでバカにしてくれた、お前の番だ! と聞こえた後に、いきなり自分の首が飛んでいても、おかしくないのだから……。


 妖刀使いは、どいつも気性が荒いんだ。


 ここで、うちに喧嘩を売ってくる馬鹿はいない。

 それをした奴らは、再起不能だからな……。


 事態の推移を見守りながら忙しく考えていた惟月は、後ろの壁にもたれかかった。


「はあっ……。勝算があるなら、早く言いやがれ……」


 惟月は長く息を吐いた後に、ポツリと呟いた。


 ・・・・・・・

 ・・・・・

 ・・・

 ・


 顔を上げたら、宗家や十家の当主たちは、もう去っていた。


 重遠の力は認めざるを得ないが、この場で結論を出せないってか……。


 残って大百足を片付ける役にされるのを嫌い、惟月も広場を後にした。



 南乃隊の屋敷を目指しながら、波多野惟月は悩み出す。


 さっきの室矢重遠の動きは――


「なんで、あいつが桜技流の剣術を?」


 最初の突進しながらの抜刀術は、“いかづち” の『雷鳴らいめい』。

 次の太刀筋は、上にかぶさっていた大百足の胴体のせいで分かりにくかったものの、“みず” の『滝割たきわり』と似ていた。


 全く同じではないが、それにしては面影を残しすぎている。


 惟月は、実際に交戦した経験があるから、すぐに気づいた。


「ここで桜技流に接触するのは、無理だ。しかし、東京であいつらに教えをうのも不可能……」


 刀は、素人が思っているほど簡単ではない。

 実戦で鍛えている惟月は、まともに振って当てるだけでも大変だと痛感している。


 きちんと刃筋を立てたうえで狙った部位に当てなければ、刃が滑ってしまい、ほとんど斬れない。

 それも、できるだけ、骨などの固い部分を避けながら……。


 こういったら何だが、刀は武士の魂で、武器としては扱いづらい代物。

 隠し持つには大きすぎて、正面から戦うにはリーチが短すぎる。


 昔の武芸者は、馬上でも使える薙刀なぎなたや、長巻ながまきという短槍に近い大太刀おおたちを使っていたぐらいだ。


 それなのに、下手な演舞巫女よりも美しく、苛烈な攻撃だった。


 あれは少なくとも、経験者に教えてもらった動きだ。


「だけど、あのプライドが高く、潔癖症の桜技流が、部外者の……それも千陣家の元嫡男になんぞ、土下座されても教えるわけがねえ! あいつ、女の扱いは上手いから、それでたらし込んだのか? ……いや、あり得ない! そんなことがバレたら、その演舞巫女や関係者は身内の手で始末される。それに、訓練と実戦は違う。どれだけ練習しようとも、初めての殺し合いで落ち着けるはずが」


 宗家たちの唖然としたつらを見た限りでは、彼らも情報を掴んでいなかった。


 いくら聡明な南乃みなみの詩央里しおりがいても、桜技流との定期的な接触を隠し通せるとは思えない。

 千陣流の監視役は、他にもいるのだ。


「あいつは単純な奴だ。俺と会っていた時に、キューブの件を含めて、自分の切り札を隠していたとは思えねえ……。そもそも、東京で桜技流の奴らが謝罪に来てから、1ヶ月もない。仮に稽古けいこをしても、あそこまでの動きと太刀筋は無理だ。あれは妖刀というよりも、御神刀に近いし。だいたい、衣装ごと変わるなんて、聞いたことねえぞ!?」



 目的地である南乃隊の屋敷に辿り着いた惟月は、重遠を問い詰めようとする。


 だが、隊長の自宅である離れの戸建てから笑顔のまま出てきた詩央里の母親に、今日の夜は五月蠅そうだから、私は本邸に泊まるわ! と言われ、バカバカしくなって、考えるのを止めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る