第207話 刀は振るものではなく相手に切っ先を飛ばすものだ
平らな地面が四方に広がる場所で、そいつと対峙した。
光のケージに閉じ込められた
左右に長く伸びている触角が、まるでヒゲのようだ。
キチキチと
顎は基本的に3対のため、第一、第二の小顎もあって、毒を分泌する
正面に歩み出たことで、その頭部がジッと見てきた。
大百足は単眼だが、4対もある。
独自に、別の場所を見ているのか?
虫はプログラムされた行動しかないものの、こいつは妖怪のため、知能もありそうだ。
そう思っていたら、
「これより!
つまり、この結果は誤魔化しようがないと……。
周囲には、下っ端までいるからな。
いくら幹部でも、この結果に異を唱えれば、むしろ、自分の立場を危うくする。
さもなければ、あの時に夕花梨さまの式神がいたではないか! と難癖をつけられるから……。
元の場所に戻った彼女たちは、雛壇に飾られたお姫様みたいな夕花梨の周りで、心配そうに俺を見ている。
ところで、今の俺に式神はいないのだが、どう思う?
……ダメじゃん。
おい、どうしたキューブ?
これだけの騒ぎになれば、今日の祭り会場はここか? と言いながら、出てきてくれる。
そう思っていたのに。
信じていたのに。
「よくも、
思わず、口から漏れる。
よくよく考えれば、キューブは何も約束していない。
俺が勝手に、こいつと契約すれば、カレナ抜きでも強敵を倒せるのでは? と思い込んでいただけ。
行き当たりばったりにも、程がある。
だが、今日は単独ではなく、周囲にギャラリーもいる場だ。
最悪でも、ギブアップをすれば、命は助かるだろう。
そう考えれば、今の自分の力試しになるか。
全身の力が抜けた。
両足を肩幅ぐらいに広げ、両手はだらりと、側面で下げたまま。
開始の宣言までの
いわゆる、走馬燈だ。
主人公の
わずか5歳で紹介された、許嫁の
実妹の夕花梨と彼女だけが、俺を守ってくれた。
それ以外は全て敵で、下手をすれば、ちょっとトイレに入っただけで不幸な事故になる環境。
だが、詩央里と夕花梨に破滅させられた記憶にも
「ひでえな……。本当に黒歴史しか、ないでやんの……」
地面と接した両足を通し、全身が大地と一体になったような感覚に。
不思議と、死の恐怖は感じない。
しかし、薄いピンクのような障壁はいつの間にか消えていて、狭い空間から解き放たれた大百足が俺を囲むように体を伸ばし始めた。
そういえば、大百足は毒を注入できる大顎でガッチリと挟むだけではなく、左右の足でも獲物を捕まえるんだっけか?
こうして巨大なサイズと相対したら、いかに恐ろしい相手か、嫌でも分かる。
……ダメだ。
重装甲と足だらけの胴体で囲まれたら、あとは絞め付けられて、圧殺される。
一瞬で迫ってくるゲジほどではないが、大百足の動きも速い。
それに、俺の周囲を巻いたら、奴の頭部が見下ろす形になってしまう。
霊力で飛び上がっても、自ら相手の口に飛び込むだけ。
その前に。
俺を捕食できる、必殺の姿勢になる前に。
とにかく痛手を与えて、こいつのペースを乱すぐらいはしないと……。
おそらく、初手で頭を潰しにいく戦法は読まれている。
そうでなくても、目や口がある頭部は急所の1つ。
反射的にカウンターを取る
…………
なんだ。
俺はまだ、諦めていないのか。
早く降参して、正面から動き始めた大百足を止めてもらえるように叫ぶ。
あるいは、今すぐにカレナを呼んで、助けてもらえばいいのに。
しばらく俺の様子を見ていた大百足は、取るに足らない相手だと判断したらしい。
頭にある1対の触角を動かすのを止めて、正面から
上体を持ち上げ、比較的薄い腹の部分を見せる。
けれど、そこにも板のような装甲があり、哺乳類のように急所というわけではない。
体の三分の一を持ち上げ、頭を向けている姿は、龍を
俺は、左手を腰の位置で握るようにしながらも、上にしている親指で前に押す。
握った空間の中心を相手からまっすぐ見えるよう、送り出す。
右手を自分の正面に持ち上げ、左手で送り出されてきた前の部分を受け止め、下から握り込む。
自然に両膝が曲がって、背筋を伸ばしたまま、全体的に小さくなった形へ。
お互いに堂々と向き合った状態で、頭を高くした大百足の胴体を見る。
奴は高さを活かし、このまま俺のところへ突っ込んでくるようだ。
――
間延びした女の声が、幻聴のように頭の中で響いた。
聞いたことがないのに、とても聞き覚えのある声。
――
フッと意識を喪失した感覚になり、周囲の全てが記号のように見える。
無意識に片足を少しだけ浮かせ、そのまま後ろへ滑らせた。
前に倒れ込む勢いを利用して、自然に足を動かす。
一歩、二歩。
両手を前に添えたまま、霊力によって一瞬で加速する。
重力に任せて頭から落ちてきた大百足の戸惑った表情を置き去りにしながら、自分の上に
握ったまま、左手を引いていく。
同じく握ったままの右手は、逆に前へ。
間合いを測って、左足を決める。
そこから右足を前に踏み出しつつ、すでに準備が整った両手で、さらに左手を引く。
自然と、両手の握りが外側に回転していき、最終的には右手は上から握る状態に。
その低い姿勢から右手が放たれ、伸び上がりざまに左下から右上への軌跡を描いた。
自分のコントロールを誤ったようで、勢いよく大百足の胴体に左肩からぶつかる。
霊力が一気に上がりすぎて、力加減を間違えた。
グラリとよろめく奴に構わず、俺は右側を向く。
ちょうど、大百足の
握っている右手を上から背中に回していき、そこへ左手を持っていき、
右肩を利用した一本背負いのようになった俺は、地面に左膝を突きながら、両手で遠くへ投げ飛ばすように頭上から振り下ろした。
やっぱり、さっきと同じく、手応えがほとんどない。
ドオーンと左右に重い物体が落ちる音、ザアーッと雨のような音で、我に返る。
ずっしりした重さで下を見たら、左膝を突いた状態で振り切った刀を両手で持っていた。
右手、左手の握りだが、
大百足がすぐ上にいたことから、本能的に刀の動く半径を狭くしたようだ。
服装も、
もっと、特別な雰囲気を
視線を上げた俺は、左右の二分割で地面へ倒れ込んだ大百足がいることに気づく。
どう見ても、死んでいる。
条件反射のように、右手だけで持った刀を右へ勢いよくズラし、血振りをした。
左手で
化け物を切った直後だというのに、刃は銀色のまま。
不思議と、上からの光を反射していない。
日本刀によくある波模様の
ともあれ、完全に納刀した後も、右手で
柄頭の位置を正面に直しつつ、周囲を見た。
音がない。
誰もが
どうしよう。
これ、もう帰ってもいいのかな?
ひとまず開始地点に戻ろうかと思ったが、大百足が左右に倒れたのと、ぶち撒かれた体液のせいで、足の踏み場がない。
今の服装は、
お互いの位置を考えたら、服にも大量にかかったはずだが?
……何か、言ってくれ。
真夏にそぐわない和装なのに、とても快適なまま、俺は周囲を見渡した。
進行役も黙ったまま。
仕方なく、そいつに声をかける。
「まだ、相手はいますか?」
「……いえ、これで終わりです」
だから、どうしたらいいのか、言ってくれ。
「何もないのだったら、俺は帰って休みますよ? 決定したら、連絡を寄越してください」
「あ、はい……。お疲れ様でした」
派手に倒れている大百足を掃除しろ。と言ってきたら、流石に怒ったが。
良かった。
立ち合いの広場を出たら、いきなり元の服装に戻った。
視線を戻したら、フヨフヨと浮かぶ物体がいた。
「……お前、今までどこにいたんだよ?」
俺の問いかけに、リィンと鳴いて答えたキューブ。
スッと消えたので、考えるのを後回しに。
滞在している和室に1人で戻って、まだ昼前だというのに、畳の上で横になる。
命のやり取りをしたせいか、すぐに寝入った。
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