第205話 第二の式神と契約できないまま俺が恐れていた事態に

 あれこれ話していたら、目的地に到着した。

 立派な表札には “南乃みなみの” と刻まれていて、詩央里しおりの実家だと読み取れる。


 南乃家は千陣せんじん流の中心である十家の1つで、俺を支持する長子継承派。

 現在は当主会で『中立』になっており、必要に応じて泰生たいせい夕花梨ゆかりの派閥に賛成する。


 俺はもう千陣家の後継者の候補でなくなったが、支援している以上、無条件で他の派閥にくみするわけにはいかない。



 学校の下駄箱のように大きなひさしと、左右に開けられたままの広い空間がある出入口。

 その主人用の玄関式台で靴を脱いだ南乃みなみの詩央里しおりが、ただいまー、と声をかけ、入っていく。


 すぐ右に狭い玄関もあるが、今ではあまり使われていない。

 昔だったら、使用人がメインの玄関を通ったら、打ち首モノだったろうけどね?


 玄関があることは、武家屋敷の大きな特徴の1つだ。

 板張りの式台には駕籠かごを乗りつけられるから、客人は地面に降りることなく、行き来できる。


 中級の武家までの屋敷なら、玄関を通らずに回り込み、縁側で話をするケースも多いとか。

 しかし、大名の邸宅クラスでは、手抜きをしない。

 


 南乃隊の武家屋敷は、今は出動しているようで、最低限の人員がいるのみ。


 詩央里は、玄関で正座をした使用人から、お帰りなさいませ、お嬢さま。と出迎えられる。

 言うまでもなく、俺も歓迎された。


 こうして見たら、前世の俺では2人きりで話すこともかなわない、高嶺の花だなあ。と改めて実感する。

 今更ながら、よく俺の婚約者になったと思える。



 案内されて、私的な空間である奥の居間へ。

 外に面した縁側へ出て、直接向かう。


 先頭にいる仲居が正座をした後に、室内へ呼びかける。

 その返事を待って、静かに障子を開けた。


 室内には、詩央里を成長させたような女性が1人。

 その瞬間に、明るい声が飛ぶ。


「お母さま! ただいま、戻りました!!」


 詩央里の元気な声に、おっとりした雰囲気で女が答える。


「あらあら……。久しぶりね、詩央里。元気そうで何よりだわ! 重遠しげとおくんも」


 急に話しかけられた俺は、社交辞令で返す。


「ご無沙汰しております、義母かあさん」


 彼女は詩央里の母親である、南乃みなみのこずえ。



 上位の家は早く跡継ぎを儲ける必要があるため、昔の元服までに婚約者を決め、祝言も行う。

 御家の事情もあるが、11~17歳で一人前と見なされ、同時に妻を迎えているのだ。

 元服は初陣の年齢にもなっていて、戦国時代の10代は色々と忙しかったようだ。


 千陣流は武家の作法を守っているから、祝言には立会人のいる初夜まで行う。

 寝室に犬の置物などを用意して同じさかずきで冷酒を飲んだ後に、青い石の入ったタライで手を洗い、妻から先に布団へ入るのだ。


 立会人が結婚式に出席した人々にその様子を話すことで、間違いなく結ばれた証明とする。

 一般には信じられない話であるものの、家同士の繋がりとして、ちゃんと手を出したのか? は死活問題。


 だから、こずえさんは高校生の娘がいるのに、まだ30代の半ばという……。


 夫、つまり俺にとっての義理の父親であるあきらさんと一緒で、妖刀を式神にしているのだが、妊娠と同時に現役を引退した。



 こずえさんの妖刀には、この世界の江戸時代に父親を殺され、仇討あだうちをした娘が使っていたいわくがある。


 昔の仇討ちは藩主の許可と、現地のお役人への申し立てが必要だった。

 決闘の場をセッティングされ、素人ながらも良い線までいったのに、相手が助太刀を入れたせいで串刺しの絶命……。


 娘が使っていたのは、石切いしぎりという名前の脇差わきざし


 その無念から1対1の決闘にめっぽう強く、多人数を相手にするほど威力を増す妖刀に変貌した。

 短い刀身だとあなどった敵は、ことごとく切り刻まれるか、急所を突かれて死んだ。


 詩央里は、妖刀使い2人を親にしている血筋だが、本人に剣術の才はなかった。


 幸いにも、彼女の両親は無理強いせず、早々に子供の才能を活かせる方向へ。

 ……力不足だと妖刀に乗っ取られることも、すぐに諦めた理由の1つだろう。



 夕飯は、南乃家の別邸で行われた。

 屋敷とは別に戸建てが作られていて、そこで一般と同じダイニングテーブルに座っている。

 副隊長の波多野はたの惟月いつきは、隊舎にある自分の部屋へ引っ込んだ。


 ホットプレートの焼肉だが、用意された肉の質がすごい。

 夏野菜も下準備が行われていて、シンプルながらも食欲が増す。

 味付けは合わせ調味料で、南乃家の味だ。


「重遠くんは、こちらのほうが落ち着くでしょ? どうせ、千陣家のお屋敷では気が休まらないだろうし……」


 微笑みながら、こずえさんに言われて、俺はうなずいた。


「助かります。ところで、すごく気になるのですが……」


 俺が、そーっと顔を向けた先には――


「やあ、室矢くん! 千陣家へのご挨拶は、無事に済んだようだね? しかし、君はもっと己の立場を自覚するべきだ。先ほどの山の襲撃も、ある意味では君の油断が招いたものと言えるよ」


 なんで、ここに九条くじょう隊長がいるんだ?

 その横には、さざなみ副隊長も座っているし……。


 2人ともニコニコしたままで、悪びれた様子はない。

 いや、敵対している派閥の一家へ遊びに来るなよ?


 混乱していたら、九条くじょう和眞かずまがバツの悪そうな顔に。


「気を悪くしたのなら、謝ろう。南乃隊に用事があって、その際に『室矢くんと話す場を設けられないか?』と相談したのさ。食事が終わったらすぐに退席するので、どうか大目に見てくれ。泰生たいせいさまの派閥にいる僕は、君を招待できないからね」


 和眞さんに謝罪をされたので、すぐにフォローする。


「いえ……。頭を上げてください、九条隊長! せっかくの機会で、嬉しく思います」


 俺が肯定したら、ようやく場がなごんだ。



 南乃家を預かっている『こずえ』さんが、ほがらかな声で宣言する。


「そろそろ、食事ですよ! 九条隊長も、あまり気になさらないでください。同じ千陣流だから、楽しく過ごしましょう」


「すまない、南乃さん」


 大人のやり取りの後で、熱したプレートの上に食材が置かれていく。

 ようやく、夕飯だ。



「ほら、これも焼けている。どんどん食べるといい。君は、育ち盛りなのだから……」


 妙に上機嫌の和眞さんは、焼けた肉を片っ端から勧めてきた。

 その隣に座っているさざなみ莉緒りおは野菜を勧めてきたから、目の前の小皿がバランスよく山盛りになった。



 現代建築で、東京と同じ生活空間。

 別邸の食事は、俺の命を狙っている千陣流とは思えない、ゆったりした時間だった。


 ここで何があったのか? を教えてもらいつつ、俺たちの近況を話す。

 弟や妹と後継者を争っている本拠地とは思えないほど、普通の団欒だんらん


 言った通り、和眞さんと莉緒はすぐにおいとました。

 こずえさんへお礼を述べて、遠からず正式にお返しする、と締めくくり、帰宅。




 ――数日後


 南乃家の別邸でまったりする俺は、ふと尋ねる。


「義母さんは、キューブの居場所を知りませんか?」


 考え込んだ南乃こずえは、そういえば、見ていないわね。と返してきた。

 電話がかかってきて、ソファから立ち上がる。


 心配した南乃詩央里が、話しかけてくる。


「大丈夫ですか、若さま? アレと契約できなければ、千陣家のご当主に申し立てた試練を突破できないのでは? ……夕花梨に借りている睦月むつきたちを正式に譲ってもらいますか? それとも、カレナを強制召喚して、彼女に何とかしてもらいます?」


 まくし立ててきた彼女に対して、俺は手の平を向けた。


「落ち着け、詩央里! どちらも、恐らく悪手だ。親父を含めて、立会人とギャラリーに俺の力を見せつけないと……。夕花梨に式神をもらえば、評価されるのは妹だけ。それに、カレナは別件で動いている。加えて、あいつの力を証明するだけでは、逆に俺から取り上げるためのたくらみが加速してしまう」



 こずえさんが戻ってきたものの、浮かない顔だ。


「今、千陣家から電話があったの。明日の午前中に、野良の大百足オオムカデとの戦闘だって……。家一軒を絞め付けられるほどの大きさ、と言われたわ」


 よりにもよって、大百足か。

 縦長の胴体に堅い装甲を持ち、左右にある無数の足で素早く動き回る化け物だ。

 RPGならともかく、この状態でどうやって戦えば……。


 対策を考えていたら、詩央里が絶叫した。


「そんな! うちの副隊長も、1人では厳しい相手なのに!! 若さまを殺す気ですか!? ……は、早く、夕花梨に連絡しましょう! 睦月たちを若さまの式神にする手まで封じられたら、もう終わりです!!」


 電話に駆け寄ろうとする詩央里の手を掴み、首を横に振った。


「たぶん、最初で最後のチャンスだ! ここで結果を出さなければ、千陣流の中で評価を変えることは不可能になる。宗家や十家の当主が立ち会う機会は、これっきり」


 顔面蒼白がんめんそうはくの詩央里は、言葉を失ったまま、俺の両肩を掴んできた。

 けれども、こずえさんが介入してくる。


「詩央里、やめなさい……。重遠くん、今日はもう休むといいわ。一晩、ゆっくり考えて」

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