第204話 キューブを探して周りの山を歩いたら襲撃された

 千陣せんじん家の周辺には、手つかずの自然が広がっている。


 表向きは国立公園のように保護されたエリアで、NPOエヌピーオー(ノン・プロフィット・オーガナゼーション)法人が管理中。


 しかして、その実態は――


「これは驚いた! 重遠しげとおか? お主、まだ生きておったのだな!」


 いきなり、喧嘩を売られたでござる。


 それを言い放ったのは、木の上から落ちてきた生首。

 俗に言う、釣瓶落つるべおとしだ。


 ヨーヨーみたいに上からビヨンビヨンとぶら下がっている奴に対し、答える。


「ご覧の通り、まだ生きているよ。ところで、キューブを見なかったか?」


 クルクルと回転した釣瓶落としは、にべもなく、否定する。


「いや、最近は見ておらんぞ? あやつは気紛れだからな!」


「分かった……。ありがと」


 礼を言った俺は、木の上へ戻っていく生首を眺めつつ、さらに山奥へ足を踏み入れる。


 もっと話が通じる妖怪が見つかれば、手伝ってもらえるのになあ……。



 猫又の群れに遭遇。


 南乃みなみの詩央里しおりの式神のルーナが毛を逆立てた状態でフーッ! と威嚇しながらも、物騒な自然公園を歩く。


 妖怪のエリアだけあって、他に人はいないし、俺たちの言うことも聞かない。

 どいつも、こいつら食っていいかな? という視線で見てくるし……。


 睦月むつきたち3人が護衛をしてくれなかったら、きっと食われていた。

 詩央里のルーナだけでは、とても守り切れない。



「……知らんな。前から、ここにはあまり来ていないぞ?」


 川の中で涼んでいる河童かっぱに返事をされて、沈んでいる途中の夕日を見上げた。


「今日は見つからないな……。帰るか」


 俺が提案したら、傍にいる詩央里もうなずいた。

 周囲にいる睦月たちに、その意志を伝えようとした瞬間――


 ギギギィン


「敵襲!」

「こちらの増援が来るまで、持ちこたえなさい!」

「周囲を警戒……」


 睦月たちの叫びで、攻撃されたことを悟った。


 棒手裏剣ぼうしゅりけん苦無くないを投げつけられたらしく、彼女たちが具現化した刀や薙刀なぎなたで弾く音が山中に響く。


 睦月、如月きさらぎ弥生やよいが違う方向に散らばり、それぞれに戦闘を開始する。



「ルーは、私と若さまの直衛ちょくえい!」


 詩央里の指示で、虎ぐらいになったルーナが低く構えて、ピンと上げた尻尾を不機嫌そうに揺らし始めた。


 夕暮れ時の襲撃のため、相手の姿が見えにくい。

 数人はいる。


 時間差で襲ってくる別動隊もいそうだ。

 下手に動けば、かえって危険か?


 そう思っていた時、黒装束で目だけ見えていた連中の1人が派手に血を噴き出し、地面に落ちた。

 動揺する、他の黒装束たち。


 そこに、俺よりも年下と思しき、少年の声が轟く。


「食え、鬼雷丸きらいまる! こいつらは、お前のあるじの敵だ!!」


 少年が持っている、脈打つように朱の走る刀身が、夕闇を切り裂く。

 振り抜く勢いすら利用した体捌たいさばきで、また1人の黒装束が地に伏した。


 刀身が血を啜っているかのような咀嚼音そしゃくおんによって、暗殺者と思しき連中にも怯えの色が混じる。


 ピィ――!


 黒装束のかしららしき奴が呼子を鳴らし、それを合図に背を向け、バラバラの方向へ逃げ去っていく。


「逃がすかよっ!」


 一声だけ叫んだ少年は、アスリートが履きそうな靴で地面をえぐり、一気に加速した。

 凸凹でこぼこしているうえに高低差のある地形で、血がしたたる大刀を片手に持ちながら、全くフラつかず、追っていく。



「時間がないから!」

「私と弥生でお守りします!」

「任せて……」


 睦月に背負われ、武器を持った如月と弥生に左右を固められた。

 横にいる詩央里を見たら、大きくなったルーナの背中にまたがり、その背中にしがみついている。


 ジェットコースターよりもアップダウンが激しい行程を経て、俺たちは無事に、妖怪のエリアから脱出した。



 ◇ ◇ ◇



 見るからに邪悪な刀を持った少年は、黒装束たちの1人に追いついた。

 霊力で加速していた状態から脱し、その場で立ち止まるも、彼に戦いを続ける意思は見られない。


 その理由は――


「やあ、波多野はたのくん! 君も、彼らが目当てだったのかい?」


 到着した室矢むろや重遠しげとおたちを出迎えた九条くじょう和眞かずまが、屋敷の中で会ったような気軽さで話しかけてきたからだ。

 自信に満ちた、それなのに相手を威圧しない声によって、周りの雰囲気が変わった。


 胡乱うろんげな目の波多野はたの惟月いつきは、片手で刀を持ったまま、メガネをかけた優男に問いかける。


「そいつらは、重遠を襲った連中だぜ……。依頼人の名前を吐かせるつもりだったのに、てめえのせいで台無しだ!」


 つかを持ち上げた惟月は、遠心力を利用した血振りを行い、左手で鯉口こいくちを握ったさやに合わせ、ゆっくりと納刀した後で消した。


 感心した顔の和眞が、惟月に言う。


「その妖刀は、いつ見ても迫力があるね……。いや、失敬! 僕は、たまたま居合わせて、明らかに侵入者だったから呼び止めたが。そのまま襲ってきたので、仕方なく自衛をしたまでさ! 僕の式神であるオオカミたちが他の黒装束も仕留めたから、心配はいらないよ」


 和眞から視線を外した惟月は、地面で狼たちに群がられる黒装束を眺めた。

 人が食われている最中だというのに、和眞は微笑んだまま。


 その様子を見た惟月は、倒れている黒装束がとっくに絶命していることを確認しつつ、苦情を申し立てる。


「こんな山奥の妖怪しかいない区域に、どうして九条隊長がいる?」


「その言葉は、そっくりお返しするよ。波多野? 南乃隊はお役目で、遠方にいるはずだろう? ……僕は、気分転換で散歩をしていただけさ。他意はないよ」


 口喧嘩では勝てない、と思った惟月は、愚痴を言う。


「こいつの口から言わせれば、黒幕が分かったのによ……」


「それは浅慮だ、波多野くん」


 真面目な顔でたしなめてきた和眞に、惟月は不機嫌そうな表情へ。


 和眞は、それに構わず、説明を続ける。


「たとえば、この暗殺者の口から夕花梨ゆかりさまの名前が出た場合……。君は、どうするつもりかな?」


「んなわけ、ねーだろ!?」


 思わず否定した惟月に、和眞はその根拠を述べる。


「考えてもみたまえ……。千陣家から出たとはいえ、室矢くんはまだ、後継者の争いに復帰する可能性がある。それに、この襲撃を泰生たいせいさまの仕業に見せかければ、自分への依存度を高めることが可能。いざという場面で室矢くんを手駒にすれば、自分は労せずして千陣家の後継者という寸法だ……。今回の千陣家への訪問でも自分の式神が付き添っているから、夕花梨さまには、室矢くんがいつどこで、何をしているのか? が、手に取るように分かる」


 惟月はいぶかしげな顔だが、特に反論しない。


 それに対して、和眞は自説を主張する。


「彼らは捕まって拷問された場合にも、そのような情報を与えて混乱させる役割に違いない。時間のムダだ……。僕は、そろそろ戻る。君も、日が暮れる前に帰ったほうがいい」



 ◇ ◇ ◇



 泊まっている客人用の和室に、山で俺たちを助けてくれた少年、波多野惟月が訪ねてきた。

 俺よりも年下だが、妖刀の鬼雷丸と相性が良く、南乃隊の副隊長をしている。


 鬼雷丸は、凄腕の剣士に使われていた刀だ。

 その剣士は運悪く、主君と敵対する羽目に陥ったが、追っ手の催促にも抜刀せず、素手のまま上段に構え、抵抗せずに討ち果たされた。


 大いに嘆いた鬼雷丸は、自分の持ち主を救えなかった無力を恥じて、敵を全て滅ぼす妖刀と化した。

 己が斬った者の血肉を食らい、かつての主を蘇らせることを願う、凶悪な形で……。



 ラフな私服の惟月は、オシャレな髪型を指で弄りつつ、説明する。


「うちの隊長は来られねーよ……。俺も、クソ忙しい中で、わざわざ戻ってきてやったんだ。ちったあ、感謝しろ!」


「ありがとう、波多野副隊長。お前が来てくれなかったら、俺たちは死んでいた」


 俺の言葉を聞いた惟月は、返事のつもりか、おざなりに手を振った。


 今は3人で、とある場所へ向かっており、歩きながらの会話。



 惟月は、もっと幼い頃に、怪異のせいで家族を失った。

 その経歴と復讐心を鬼雷丸に認められ、式神として使役する立場になったのだ。


 しかし、他人がそれを可哀想という話でもない。



「ところで……。てめーは、だいぶ霊力が上がったようだな? 微生物から芋虫ぐらいの差だけどよ」


 これ、褒められているのかな?


 惟月の評価で悩んでいたら、代わりに、南乃詩央里が返事をする。


「ええ……。カレナが式神になってくれたおかげで、若さまもついに霊力を持てました!」


 適当に聞き流していた惟月が、若干の反応を示す。


「そうか……。で、重遠の式神は、どこにいやがる? さっきも、特に見かけなかったぞ?」


 問いかけられた俺は、すぐに返事をする。


「考えの違いで、まだ、こちらに来ていない」

「それ、相手と別れる時の常套句じょうとうくだろ?」


 心配そうな惟月から突っ込みを受け、無性に不安を覚えた。

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