第202話 言われてみれば義妹のカレナについて何も知らない

 熟考している俺に対して、千陣せんじん夕花梨ゆかりはジッと見ながら続ける。


「二言目には、カレナですが……。そもそも、彼女は信用できますか? うちの十家でも過大に評価して『弟の泰生たいせいに』と押している勢力がいるものの、私は懐疑的です」


 うーん。

 これは、どうしたものか……。


 室矢むろや家の当主になった俺は、この質問を突っぱねてもいいけど。

 夕花梨と敵対したいわけじゃないし、言っていることは正論だ。


 自分の考えを伝えるべく、彼女に返事をする。


「結論として、俺はカレナを信用する! なぜなら、彼女と式神の契約をした後に霊力が高まったからだ。あのままでは、高校を卒業した時点で千陣流に殺されていたか、人間とは思えない待遇で飼われていた」


「カレナ本人がお兄様を呪っていて自作自演の可能性があっても、ですか? 今のお兄様は私の式神を使えますから、1人、2人を譲るぐらいは構いませんよ? 秋葉あきば睦月むつきの口から言わせたように、最悪でも私がお兄様を保護いたします」


 夕花梨に言われて、考え込む。


 カレナが俺に害をなしていない証明は、不可能だ。

 しかし、わざわざ東京まで睦月たちを出してきたのは、彼女を見張り、場合によっては始末するためでもあったのか……。


 今から思えば、秋葉で2人きりになった瞬間を狙い、路上で睦月がささやいてきたのも、カレナに知られないように連絡したかったわけだな。



“問題が発生しないうちに、俺自身でカレナとの契約を解除して、代わりに自分の式神の一部と契約しろ”

 

 夕花梨に会うチャンスが少ないため、この場で答えるしかない。

 だが、うちの派閥争いを無視しても、難しい問題だ。

 俺を心配しての配慮だと思うが、これは自分の直感に従って決めよう。


「夕花梨……。俺はもう、前の生活には戻れない。仮に、高校を卒業して詩央里しおりと2人でひっそり生きることを許されても、これまでの活躍をなかったことにはできないんだ……。今の俺はあらゆる勢力に目をつけられているので、とにかく力がいる! でなければ、俺と詩央里は死ぬより酷い目に遭って、苦しみ続けるだけだ」


 結局のところ、カレナを信用するのなら、全面的に信用するべきだ。

 でなければ、素直に自分の気持ちを打ち明け、そのまま別れたほうがいい。

 疑いながら上手く使う、という中途半端な選択は、たぶん最悪の結果を招く。


 なあなあで後回しだったが、この事件が終わったら、カレナをどう扱うのか? を話し合うべきだ。



 決意を感じ取ったのか、夕花梨は俺の目を見ながら、言ってのける。


「それで、お兄様が死ぬ……としても?」

「カレナに裏切られて終わるのなら、俺はそこまでの人間だった……。そういうことだ」


 即座に返事をした俺に、夕花梨は悩ましげに溜息を吐いた。


「分かりました。そこまで覚悟をお決めになったのであれば、私もこれ以上は申しません」


 説得を諦めた夕花梨は、次に南乃みなみの詩央里しおりを見た。


「詩央里は、そのカレナについて、どう思いますか?」


「信用しています。理由は、若さまと同じです。カレナがいなければ、私たちは助かりませんでした。夕花梨の心配は嬉しく思いますが、彼女も私の親友……。いざとなれば、私が身をていして、若さまをお守りします」


 躊躇ためらわず答えた詩央里に対して、夕花梨は目を伏せた。

 1時間にも感じられる空白を挟み、静かに告げる。


「委細、承知しました。以後、御二人には、この件で問いません」


 せっかくの歓迎だったが、和やかに話し合う雰囲気ではなくなった。

 しかし、夕花梨の部屋へ遊びに来る機会は、そうそう見つけられない。


 本人のたっての希望により、今晩は彼女の部屋で宿泊することに……。



 夕花梨の私室は、千陣家の娘とあって、かなり広い。

 温泉旅館でいえば、最低3人で行かないと宿泊できないランクで、庭に面していて畳もたっぷりある空間だ。


 本当の意味で彼女の私室になっている、“床の間” を有する居間。

 西洋住宅のリビングに相当する奥座敷も。

 ふすまを開ければ、天井高の大座敷とつながるのだ。

 こちらは大規模な宴会を催せるぐらいで、夕花梨シリーズが寝泊まりしている。

 『L』の形で、左上に居間、その下に奥座敷、右側に大座敷。


 室内には、公家の屋敷にありそうな漆塗うるしぬりの箱、職人による箪笥たんすが並び、そこにも魔法少女などのフィギュアが紛れ込む。


 家電は市販品だが、それでも部屋との調和を考えた選択だ。

 なお、自己主張をしているアニメグッズのたぐいは見ないものとする。


 部屋の四方のうち、2つが外に面しているため、通路を兼ねた縁側からの木々が目に優しい緑を提供している。

 置かれている石も、中庭を構成するラインの1つ。

 夜の時間帯には、各所に設けられた灯りで、ぼんやりと周囲を観察することが可能だ。


 結界の術式があるらしく、さっきから大音量で流れているアニメの音声や光などを封じ込めているらしい。

 だから、外と繋がっているのに、夕花梨の意思で外から見られない、聞かれない状態にできる。

 さもなければ、この千陣家にいる人間は、どいつも最新話を知っている事態になりかねん。

 つまり、マジックミラー……何でもない。


 ちなみに、空調の機能もあるようだ。

 外と障子で仕切っているだけなのに、部屋はとても涼しい。



「珍しいですか? 前にお兄様が来られたのは、中等部の時でしたね」


 しげしげと夕花梨の部屋を眺めていたら、本人に話しかけられた。


 俺は懐かしい顔で、返事をする。


「そうだな……。今となっては、あの時とだいぶ違う印象になったよ」


 霊力がほぼゼロで、一番下の小間使いにすら殺されかねない恐怖。

 おまけに、今よりも遥かに小さい身体……。


 原作の千陣せんじん重遠しげとおの追体験を繰り返し、当時の俺は精神的に限界だった。

 詩央里と夕花梨が唯一の味方といえる、極限状況。

 長子継承派を中心に五家が俺を支持した一方で、暗殺しようと思えば、いつでも行えたのだ。


 想像してみてくれ。

 かすっただけでゲームオーバーになるアクションゲームを24時間、365日、やり続けるんだ。

 こちらはレベル1の丸腰であるのに、他の奴らは最低でもレベル3以上の完全武装、おまけに集団という状況でな?

 さらに、寝ても覚めても現実と変わらない悪夢。

 原作のフラッシュバックによって、あらゆる関係者に責められながら……。


 中等部の終わり、進学先を決める段階になって、ようやく俺は紫苑しおん学園へ逃げられた。

 言い方を変えれば、千陣流、それに親父とお袋に見限られたわけだ。



「……お風呂をいただきました。次の方、どうぞ」


 詩央里が湯気を立てながら、戻ってきた。

 浴衣のような部屋着で、目のやり場に困る。


 夕花梨が住んでいるのは、1つの離れ。

 風呂や台所の設備が揃っていて、専属の使用人が運営。

 それぞれで支援している派閥が異なり、家族でも一緒に暮らせないから。

 俺自身も、かつては千陣家の次期当主として、大きな離れをもらっていた。


 主屋との間には、渡り廊下。

 この時点で、武家屋敷の中でも大名、家老クラスの造りだ。



「次は、私が参りますので……。お兄様と詩央里は、ごゆっくり」


 言い終えた夕花梨は、スッと立ち上がった。

 お免状を持つ守役もりやくに指導されたから、この所作だけで絵になる。


 護衛を兼ねた式神が数人つき、り足で、しずしずと歩いていく。



 気が抜けた俺は、座ったまま、後ろへ倒れ込んだ。

 すると、柔らかい感触によって支えられた。


 この平坦ぎみで、奥ゆかしい感じ……。


「さては、水無月みなづきか?」


 俺を後ろから支えた少女が、怒りを込めた口調で言い返してくる。


「とりあえず、一発殴っていいかな?」


 後ろを見たら、右側の後ろ髪だけ伸ばしたボブの水色の髪に、同じく水色の目を持つ水無月がいた。


 ああ。

 このわざとらしい、アニメ顔!


 心が落ち着く……。



重遠しげとお! さすがに、それは失礼だよ!!」


 甘ったるい声と同時に、茶髪の長いポニーテールと同じ色の瞳が、視界に入ってくる。


 夕花梨シリーズの良心である文月ふみづきだ。

 むろん、こちらもアニメ顔。


「……お前らのセーラー服と顔を見たら、千陣家に帰ってきたと思えるよ」


 そう言いながら、深呼吸をした。


 畳のイ草と、焚き染めている香。

 庭からの真夏の草木の匂い、夕花梨や水無月たちの香りだ。


 目を瞑っても歩ける、身体に馴染んだ間取り。

 それらによって、強制的に昔の記憶が思い出される。


 あの頃は、俺を守ってくれていた詩央里、夕花梨と水無月たちにも恐怖していたっけ……。



「はい、重遠! これ、着替えだよ!」


 皐月さつきから寝間着、明日の下着などを渡された。

 新品をわざわざ買ってきてくれたようで、ありがたい。


「じゃあ、古いのは、ボクが処分しておくからっ!」


 ニコニコしながら言った皐月は、腰まである金髪を揺らし、金色の瞳を輝かせながら、他の夕花梨シリーズとたわむれる。


 さて、俺も早めに、風呂へ入ってくるかな……。




 夕花梨の部屋は、ちょっとした宴会ができる広さだ。

 室内の襖で仕切り、奥座敷に俺の布団を敷いてもらう。

 詩央里は居間で、夕花梨と一緒に寝る。


 夜中にふと気づいたら、俺は睦月たちに埋もれていた。

 薄い寝巻の女子中学生の集団に紛れている状況。


 あー、懐かしいなー! と普通にスルーできる時点で、俺の感覚は壊れているのだろう。


 寝ぼけた1人に、ゲシッと蹴られた。

 大座敷に移動して、適当な場所で横になる。

 おやすみ……。



 また目が覚めたら、奥座敷に戻されていて、別の夕花梨シリーズに抱き着かれている。

 今度は両手両足、胴体、頭に張り付かれていて、振りほどけなかった。

 お前ら、大座敷で寝ろよ?


 よくよく考えたら、隣の部屋に正妻がいるにもかかわらず、女子中学生たちと一緒に寝ている構図だな、これ。

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