第201話 実妹の部屋はアニメだらけでコスプレイヤーもいる

 食事を続けていたら、親父が厳しい声で聞いてくる。


「もう1つある! 桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこに負けた件、どう釈明するつもりだ? 仮にも千陣せんじん流の一家で、俺の血を引いている長男だったのに、たかが女子1人に殺されかけたそうだな……。その依頼を出した男2人はウチに来たが、ちょうど腹を空かせた妖怪がいたから、食わせた。下手人についても、桜技流で処分したようだ。そして、お前の立場もないぞ?」


 はい、きました!

 こちらは、さっきの千陣家の名前を出した件と比べて、かなり危険だ。


 隣の南乃みなみの詩央里しおりが、心配そうにしている。


 俺は深呼吸をした後に、親父の顔を見ながら、結論を言う。


「それは、間違った情報だ」


 殺気に近い雰囲気をまとった親父が、にらんできた。


「貴様……。今、何と言った?」


「桜技流の演舞巫女に殺されかけた事実はない」


 親父が、次々に質問していく。


「その右腕の怪我は、何だ?」

「料理をしている時に、誤って包丁で斬った」


「お前の自宅に、桜技流の幹部たちと下手人が訪問した理由は?」

「廃墟で遭遇した演舞巫女が俺に一目惚れで、『どうか抱いてください』と泣いて頼んできたけど、断った」


紫苑しおん学園にやってきた演舞巫女は?」

「同じく、俺に抱かれたくて、無理やり押しかけてきた」


 口を閉じた親父は、再び腕を組み、うなり出した。


 沙都梨ちゃんに、俺の心を読ませる必要はない。

 これは、ただの開き直りだからな……。


 ああ。

 俺だって、それだけで納得させられるとは、思っていないさ!


「親父……。要するに、俺が半人前の演舞巫女など一蹴できると証明すればいいんだろ?」


 俺をねめつけた親父が、不機嫌そうに答える。


「……何が言いたい?」


「今回は、親父たちに挨拶をしに来ただけじゃない。忘れ物を回収するため、でもある」


 親父は無言のまま、先をうながしてきた。


 お茶を口に運んだ後で、説明を続ける。


「敷地内で彷徨っているキューブは、俺の先約だ! 以前は霊力不足によって契約できなかったものの、今は違う。そいつを式神にしたうえで、。今の式神であるカレナに頼らずとも……」


 呆れたような顔で、親父が返してくる。


「キューブは誰の式神でもないから、それは勝手にすればいい。だが、お前はそれだけで、『どのような敵でも倒す』と言うのだな?」


「はい」


 射抜くような視線で見てきた親父に対して、ハッキリと答えた。


 うなずいた親父は、千陣流の代表としての顔になり、宣言する。


「では、お前の言うことを証明できる相手を用意しよう。ここに、しばらく滞在しろ! その間の生活の面倒は、こちらで見る」



 ◇ ◇ ◇



 親父への挨拶が無事に終わったので、用意された自室へ帰ろうとした。


「だが、回り込まれた!」

夕花梨ゆかりさまがお呼びです」

「早く……」


 護衛になっている睦月むつき如月きさらぎ弥生やよいが実体化して、俺たちの進路を塞いだ。

 おのれ、裏切ったのか!


 ……よく考えたら、こいつら夕花梨の式神だったわ!


 3人に手を引かれ、千陣せんじん夕花梨ゆかりの部屋へ連れて行かれる。


 近づくと、見覚えのある少女たちが増えてきた。


 どいつもこいつも、アニメから抜け出てきたような、可愛らしい容姿だ。

 背丈から、女子中学生に思える。


「あ、重遠しげとおだ!」

詩央里しおりさん、お久しぶりです」

「にょ!」

「なぜ、帰ってきた。ここは禁断の地。うっ! バタン……」

「重遠! 新しく加わった、私たちの仲間を見せて!!」


 カオスすぎる。

 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】だと、マネキンじみた日本人形がカタカタ言っていたのに……。


 どこの修学旅行だよ、このノリは?

 あと、義妹の室矢むろやカレナは、お前らの新しい仲間じゃない。

 勝手に、真の仲間を探しに行ってくれ!


 夕花梨シリーズに囲まれ、彼女の部屋まで移動していく。



 スーッとふすまを開ければ、そこには魔法少女、ロボット、異世界と様々なアニメ作品のポスターやらが並んでいた。

 どうやら、純和風の広い部屋で、アニメショップを開店したらしい。


 俺たちが入ってきたことで、部屋のあるじが微笑んだ。


「お兄様! お久しゅうございます。詩央里も久しぶり。どうぞ、こちらへ」



 畳を敷き詰めた和室のいたるところで、アニメグッズが侵食していた。


 見事な床の間には、名匠による陶磁器や刀掛けではなく、美少女フィギュアやロボットのプラモが飾られている。


 掛軸かけじくとしては、最高級の品質で劇場版アニメのポスターをご用意しました。


 歴史を現代に伝えるすみの濃淡が美しい山水画ではなく、可愛らしい女の子たちが所狭しと並び、主砲のような武器を構えている。

 日本の伝統文化は守れていないが、世界の平和については大丈夫そうだな……。


 外に面した書院甲板しょいんこういた、奥にある地袋じぶくろの上にも、アニメのBOXなどが置かれている。



 武家屋敷は基本的に書院造しょいんづくりで、来客のレベルに合わせて対応できる。

 大勢の人が行き来することが前提で、歩く距離を最小限にした形だ。

 今でいう、動線を意識した間取り。


 外側に面した角部屋は、まさに特等席。

 障子などを移動させるか、取り払うことで、外の庭と一体化する構造だ。

 部屋の中から、誰にも邪魔されず、中庭の風景を楽しめる。


 外周をわざわざへいで囲っているのは、その敷地内を安全にするため。

 部屋にいながら周りの様子を確認しやすく、完全武装で移動しやすいことも、大きな特徴だ。

 全員で一斉に出陣する必要があるから、他と合わせて準備を行う。


 縁起を担いで、アワビ・勝栗・昆布をさかなにして軍盃のうたげを行うといった感じで、出陣の作法はかなり面倒だったとか……。


 いっぽう、公家の屋敷だと、プライバシーを重視した造り。

 寝殿造しんでんづくりで、例えば奥方の御殿が独立しているから、ゆったりとした生活だ。

 先祖を祀る小堂などは、今でも名家の敷地内で見られる。



 質実剛健なムードが漂う武家屋敷にもかかわらず、外に面したラインの一定間隔で色々なアニメポスターや、お気に入りのキャラの一枚絵が吊るされている。


 外の庭まで含めて完璧に調和がとれている光景なのに、いきなり新作アニメの一場面をチェックできる寸法だ。


 これを設計した人間が見たら、泡を吹いて倒れそう……。



 その大きな部屋の主である、千陣夕花梨。


 彼女は、俺の実妹だ。

 千陣家から脱出するまで、大変お世話になった。


 夕花梨がいなかったら、俺は謀殺されていただろう。


「お兄様、夕餉ゆうげはお済みですよね? 詩央里も、どうぞくつろいでください」


 夕花梨は優雅に座ったまま、空いている座布団を示してきた。

 立っていても仕方がないので、とりあえず2人で座る。



『あんたは、俺が倒す!』


 大きなモニターに接続された音響機器から、ガキーンと効果音が鳴り響き、ロボット同士の戦闘シーンが目に飛び込んできた。


 完全に、アニメショップの宣伝スペースだな?



「お父様との対談で言っていたこと。本気ですか? お兄様はまだ、右腕がよく動かないのでしょう?」


 夕花梨はその琥珀こはく色の目を向けつつ、俺に話しかけてきた。


 親父と話した和室の外で控えていた睦月たちを通して、さっきの会話は筒抜けだったようだ。

 シリアスな場面だが、後ろでビームの効果音が続いていて、その雰囲気がない。


 夕花梨の目を見ながら、答える。


「ああ……。ウチの中で力を示しつつ、桜技流と円満な関係を保つには、これしかない」


 理解できない、という顔になった夕花梨は、たしなめてくる。


「桜技流のことは桜技流に任せておけば、良いのです! お兄様は、いつから調停者になったので? それとも、あの2人の演舞巫女が欲しくなりましたか? でしたら、私が話をつけて差し上げますよ? ……お兄様を処分するために呼び出すとは、考えにくいです。当主会の前に頭を下げて頼むのであれば、お父様が最低限の口利きをする予定かと存じます」


 そうだな!

 俺を見捨てるのであれば、このタイミングで呼び出さないし、腹を割って話さない。


 だが、今回はそれだけで終わらないんだ。

 親父や夕花梨に頼ったままでは、詩央里とカレナを守れない。


 怒りといつくしみが複雑に混ざり合った夕花梨の顔を見つつも、返事をする。


「博愛精神に目覚めたわけじゃない。カレナが言うには、大規模な作戦が必要……。それで、上手く使えると思っただけだ。今の俺たちは、圧倒的に人手が足りない」


 言い終わった俺は、自分でも苦しい言い訳だな、と考えた。

 夕花梨のほうが、よっぽど客観的な見方をしている。


 思い返してみたら、北垣きたがきなぎには右腕を斬られて、錬大路れんおおじみおに至っては紫苑しおん学園で俺の評判を落としてくれた。


 どうして、俺はあの2人をかばっているのやら……。

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