第199話 千陣流の本拠地である千陣家の屋敷に到着

 時系列は再び、室矢むろや家で全員が動き出した場面まで戻る。


 止水学館しすいがっかんに戻った錬大路れんおおじみお御刀おかたなと装備一式を持ち出したのを契機に、彼らはそれぞれのグループに分かれた。


 3つの事件で室矢重遠しげとおの女たちが忙しく動き回る中、彼と正妻の南乃みなみの詩央里しおりだけ、別件で動く。



 咲良さくらマルグリットは、公安警察になるための面接で警察庁へ行く。

 その翌日に、俺の義妹にして式神でもある室矢カレナが指定したポイントへ向かった。と聞いた。


 続いて、カレナは止水学館から戻ってきた錬大路れんおおじみおを迎えに行き、そのまま都心の疑わしいポイントを潰しに行った。


 俺と詩央里は、恭しく迎えに来た睦月むつきたち3人の式神――実妹の千陣せんじん夕花梨ゆかりのものだが――を従えて、いよいよ千陣家へ向かう。

 夏休みであるものの、高速道路を走るから、早朝に出発して当日の夜に到着する予定だ。


 睦月たちは霊体化したので、送迎の車内は俺と詩央里だけ。

 キャンピングカーに近い高級車のため、プライバシーを確保しながらの移動が可能。



 千陣流の本拠地である、京都の屋敷。

 そこまで一直線だが、時間はかかる。


 高速道路のSAエスエー(サービス・エリア)で休憩しながら、やがて下へ降り、観光ルートから外れていく。


 車道の霧がだんだんと濃くなっていき、一般人では思わず車を停めてしまうレベルに達した。

 しかし、俺たちを乗せているドライバーは慣れた様子で進む。


 不思議と、俺たちの車の周囲と前方だけ霧が晴れ、後ろにはまた視界が利かないほどのミルク色が広がる。

 これはマヨイガも兼ねているため、一般人が間違って入り込む可能性は低い。


「そろそろ、千陣家に到着です。室矢家の重遠さま、並びに詩央里さまは、降車の準備をお願いいたします」


 ドライバーから連絡を受けて、窓の外を見たら、顔を文様がある布で隠した術士たちの姿が見えた。

 彼らは千陣家の周囲に結界を張っていて、ちょうど敷地の外周で球形となるように展開中。

 地面の下までカバーしているため、穴を掘って侵入することも不可能だ。


 ここは昔の武家や大名の生活スタイルに近く、千陣家の屋敷が本丸で、その周囲に防衛ラインがいくつも構築されている。

 城の周りに武家屋敷があって、足軽ですら即応態勢にしているのと同じだ。

 ただし、パッと見では分かりにくく、石垣いしがきのように物理的な障壁とは限らない。


 まるで、どこかの坊さんが加行けぎょうしている山のような雰囲気と、タイムスリップしたかのような景色。


 暗闇のまま流れていく風景の中で、照明に照らされている屋敷をいくつも通りすぎたが、これらは戦闘部隊の宿舎だ。

 うちには各隊があって、隊長、副隊長を任命している。

 敵が出現した場合には、その隊長などが指揮を執って、部下を戦わせていくのだ。


 こちらでも昔ながらの管理方法で、千陣流の最高意思決定機関である十家が知っているのは、基本的に隊長と副隊長だけ。

 2人の幹部が俸禄ほうろくや権利をもらい、それを配下に分け与えるのだ。


 昔の武家も、主人に預かった領地をさらに分けるか、給料や物資を与えることで統率した。

 歴史に名を残している武将は、総じて上の立場で、その下には無名の武士が大勢いたのだ。

 下っ端の足軽にすら、小者や下男と呼ばれる下働きがいて、最低限の衣食住と小遣いをもらいながら雑用。


 この管理方法のメリットは、中枢である十家が構成員のリスト管理や、こいつを千陣流に加えるのかどうか? で悩まずに済むこと。

 部下に飯を食わせていき、訓練して、素行を正すのも隊長・副隊長の仕事だから、最小限の労力で済む。

 新人はよく死ぬか、すぐに引退するから、しばらく生き延びた奴だけ、きちんと扱えばいいのさ!


 デメリットは全体の管理がおろそかになってしまい、いつの間にか戦力がなくなっていた。

 あるいは、隊が丸ごと反旗をひるがえしやすいこと、それに隊長と副隊長の性格、気質による影響が出やすいことだな。


 うちは、それほど甘くないのだが……。


 古いことは、簡単に崩せないほどの備えがある証拠だ。

 十家の当主なんぞ、もはや人間か妖怪か、区別がつかない。



 考え事をしながら、ようやく下車した。

 車のドアを閉めて、世間とは違う空気を吸う。


 周囲を見回すと、掃き清められた大通りの左右に白い壁と暗い色で塗られた板によるへい、あるいは漆喰しっくいによる塀が並ぶ。

 どちらも、上に屋根瓦やねがわらが並んでいて、その壁だけで芸術品と呼べる。

 一定間隔で小さな門構えがあって、中との出入りが可能だ。

 敷地の中は、古くから見守ってきたと思われる木々が俺たちを見下ろしている。


 これらは、それぞれが広い面積を占めている武家屋敷だ。

 観光客がいないため、映画のロケ地にも見える。

 撮影用のセットにしては、だいぶ存在感があるけどな?


 いや、待て!

 ここで降ろされて、どうしろと?


 隣にいる詩央里を見たら、彼女にも覚えがないようだ。

 不安そうな顔をして、俺を見てきた。



「すまないね! 久々に君たちの顔を見られると聞いて、僕が無理を言ったんだ。……彼らの荷物は、予定している宿舎へ運んでおきたまえ」


 よく通るイケボが耳に入り、後ろを振り返った。

 はい、と返事をした運転手が車を発進させ、小さなエンジン音と共に遠ざかっていく。


 そこには、夏用の和服に羽織を引っかけた、30代前半ぐらいの男がいた。

 爽やかさを感じる髪型に、メガネをかけた優しそうな顔で、こちらを眺めている。


 急いで、挨拶をする。


「お久しぶりです、九条くじょう! しかし、俺たちは隊長格にお迎えいただけるほどの身分では――」

「寂しいことを言わないでくれ、室矢くん。僕にとって、君は息子のようなものだ……。うん、中学生の時から見違えたね? こんな機会ではあるが、ゆっくりしていきたまえ! 南乃くんもご両親に甘えるといい。南乃隊長は、あいにく所用があるようだが……」


 くそっ!

 あきらさんは、千陣家に残れなかったか……。


 歯噛みをしていたら、九条和眞かずまは困った顔で、話を続ける。


「事情は、おおかた聞いているよ。災難だったね……。まずは、宗家へのご挨拶があるのだろう? 歩きながら、話そうか」


 言いながらも、和眞さんは下駄げたの音を響かせながら、先に立って歩き出す。

 格上の隊長に言われて、選択の余地なく後を追う。


 等間隔で街路の両側に設置された提灯ちょうちんが、道を照らしている。

 光と闇をまたぎながら、俺たちは進んでいく。


 それぞれ反対側のたもとに両手を突っ込んだ和眞さんは、影のように付き添っている女に話しかける。


さざなみくん。君も挨拶をしなさい」


 うなずいた女は、俺の顔を見た。


「えっと……。漣莉緒りおだよ! 重遠くんは、私のことを覚えている?」


「はい、漣。昇格、おめでとうございます! 前にお会いした時は、五番ぐらいでしたっけ?」


 嬉しそうな莉緒は、勢いよく返事をする。


「うん! ようやく、副隊長になれた……」


 その会話を聞いた和眞さんは、莉緒の顔を見ながら微笑む。


「君の年で副隊長は、まさに快挙だ! 僕も、鼻が高いよ」


 和眞に褒められて、莉緒はエへへと、はにかむ。

 どちらも和服で、絵になる組み合わせだ。


 莉緒は、俺たちと同じ年齢だ。

 和眞さんの役に立ちたい一心で、中学生活よりも修行を優先した。

 詩央里から聞いた情報のため、それ以上のことは分からないが……。


 ぼんやりと考えていたら、和眞さんが再び話しかけてきた。


「そういえば、室矢くん。ここを離れてから、君もついに式神と契約したんだってね? ……ああ、ここで言わなくてもいい! それに、もう千陣家のお屋敷だ。君たちの健闘を祈るよ。では」


 本題に入った和眞さんだが、あっさりと別れを告げてきた。

 莉緒もペコリと頭を下げた後、自分の隊長についていく。


 とても良い人だが、1つ問題がある。

 和眞さんは弟の千陣泰生たいせいの派閥で、しかも十家の1つ、九条家の次期当主なんだよなあ……。



 大名が住んでいそうな、千陣家の屋敷。


 その表門から堂々と入り、小間使いに到着を告げたら、すぐに部屋へ案内された。

 謁見に使われる大広間ではなく、密談をするための和室だ。


 夕飯が先か? と思ったのだが、どうやら親父はすぐに俺と会いたいらしい。

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