第198話 密室で決められていく室矢家の処遇

 咲良さくらマルグリットは、北垣きたがきなぎたちと合流をするために移動している。

 いっぽう、遠く離れた東京では、異人館の事件を考察している人々がいた。



 ――警察庁 警備局


 幹部らしき男が、重々しい役員机に座っている。

 周りに他のデスクはなく、この部屋は彼のために用意されていることが分かる。


 直立不動で立ったままの男の話を聞き終わり、ポツリと言う。


「……意外だな?」


 独り言のため、報告した男は何も返さない。


 それは正解だったようで、椅子に座ったままの男は机の上で手を組み、改めて問いかける。


「私はてっきり、『彼女が正義の味方を気取って、葦上あしがみ署の不正をはっきりと指摘するか、無許可で派手に正体不明の武装集団と交戦する』と踏んでいた。その場合、どうなっていたと思う、古浜こはまくん?」


 普段の凡庸な表情とは打って変わった古浜こはま立樹たつきは、スーツを正しく着こなした状態で、すぐに返答する。


「咲良マルグリット巡査部長は、警視庁の所属です。異なる管区警察局で正規の手続きを省いた摘発や捜査を行えば、その管区のメンツは丸潰れになったと予測します」


 冷たい雰囲気をまとっている男は、立樹の返事に同意した。


“別の管区にいる警察官が数日で見抜ける不正に、気づかなかった”


“様子を見に来ただけの他所の警察官が、現地に配備されている人員や車両を無視して独自の捜査を行い、しかも大きな成果を上げた”


 どちらも、取り返しのつかない事態だ。

 マルグリットが未然に被害を防いでも、組織としての代償は大きい。


『警備局警備企画課 情報第0担当理事官』のプレートがある執務室のあるじである冨底ふそこ道治みちはるは、感情を交えない目つきで話を続ける。


「むろん、彼女がやったと分からない状態で、所轄署や県警本部に花を持たせてくれれば、敵対勢力と交戦しようが問題はなかった! ここで重要なポイントは、『異能者にしては常識人』ということだ。咲良くんは縛れそうか?」


 道治の視点で、マルグリットによる県内の爆走は、どうでもいいようだ。

 署長の嫌がらせが発端であることは、承知済み。


 理想は、マルグリットが自身の能力を活かし、潜んでいる敵対勢力を事前に察知したうえで、所轄署の顔を立てながら逮捕、または無力化することだった。

 陸上防衛軍で秘密作戦をしていた実力と経験があれば、それも可能。


 しかし、署長がいきなり敵対を選んだ以上、その結末はあり得ない。


 道治は、政治家の柳舵りゅうだ鉄慈てつじを含む、民間人の被害についても、あまり気にしていないようだ。



 上官に訊ねられた立樹は、その質問の意図が、咲良マルグリットを公安の警察官として組織に従属させられるか? であることを理解して、かぶりを振った。


「いいえ、難しいです。“アーテル” が冨底理事官と同じポジションのようで、その連絡手段にも独自のモノがあるかと……」


 アーテルとは、室矢むろやカレナのことだ。

 ラテン語で “黒” を意味しており、『ブリテン諸島の黒真珠』のコードネーム。



 全てを管理できる警察学校へ放り込み、徹底的に再教育をしたうえで、そのまま上官の指示に従わせることは、やはり難しいか。


 無表情だが、若干疲れた雰囲気を漂わせた道治は、しゃべりながら、自分の考えをまとめていく。


「二度と警察手帳を渡せないほどの失態はないものの、警察官としての適性は微妙だな? 咲良くんについては、この件が終わったら身分を保留にする! 彼女は特殊な生い立ちのハーフだから、ゆっくりと判断しよう……。ある程度は組織の都合を考えていて、見える範囲で力を乱用しない性格と分かっただけで、一定の収穫とする。魔法師マギクスを公安警察で使うための、良いデータだ。いずれにせよ、彼女にベルス女学校で警察学校のカリキュラムを受けさせなければ、他も納得するまい……。“アーテル” の扱いについて、君の考えを聞かせてくれ」


 立樹は、道治に答える。


「“アーテル” は、室矢むろや重遠しげとおの意見に従います。やはり、彼を通して管理するのが上策です! 私が接した限りでは、信頼には信頼を返す一方で、裏切りや敵対には容赦をしない性格といえます……。彼女が未来予知まで行うと仮定すれば、下手な小細工や弱みを握っての脅迫は逆効果です。未来だけ読めるとは考えにくく、高い確率で過去の出来事も読み取れるでしょう。また、空間移動をしている疑いもあります」


 手を組んだままの道治は、ふむ、と熟考する。


 “アーテル” こと室矢カレナは、怪異だ。

 室矢重遠が寿命で亡くなったら、いきなり暴れ出す結末では、何の意味もない。

 先を見据え、社会の安全を保障する仕組みを築かなければ……。


 そう思った道治は、最後に確認をする。


「もう一度、聞こう。彼は信用できるのだな?」


 この場合の信用とは、重遠がカレナを管理できるのか? であって、重遠は誠実な人間か? ではない。


「はい、信用できます」


 即答した立樹を見た道治は、机の上の書類に目を落とす。


「我々が最も警戒するべきは、マギクスによる武装蜂起だ! 特に、陸防の魔法技術特務隊が動いたら、半日で全ての拠点を押さえられるか、破壊される恐れがある」


 道治の声音には、恐怖が混ざっていた。


 異能者という危険分子を監視して、国家のために上手く扱う立場では、常識を無視できるマギクスが最大の脅威だ。


 初動を押さえるべきだが、彼らは装甲車や戦闘ヘリぐらいの機動力と火力。

 真牙しんが流という独自の組織を築き、防衛軍にも関係があるため、警察が全てを把握できないことは頭痛の種。


 魔特隊の指揮官にして、真牙流の幹部も務めているりょう愛澄あすみには、公安警察も注目している。

 学校同士の交流会で急に彼女と親しくなった点でも、室矢重遠は要注意だ。


 どういう結論を出すにせよ、避けては通れない。



 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、マギクスは陸上防衛軍の翡伴鎖ひばんさ中将によって謀殺される。

 ハーレムルートを除き、どのルートでも、彼らは社会の表舞台から消されるのだ。


 その裏には公安警察の、マギクスは危険すぎる存在だから多少の犠牲を払ってでも無力化しておきたい、という思惑があった。

 反マギクス派に情報を流すなど、工作していたのだ。

 愛澄が自分のネットワークで察知する前に身柄を確保されたのは、公安警察の妨害があったから。


 警察に取り込んだ桜技おうぎ流と、公権力を持たないまま国家に忠誠を尽くしてきた千陣せんじん流がいれば、オカルト方面で問題はない。と判断した結果。


 強大すぎる力は、不要。

 いつでも安全に管理できる、そこそこの力で良い。

 これまで築いた魔法理論と技術は、いったん真牙流と支援組織を叩きのめしたうえで、我々が丁重に管理しよう。

 民間組織ではなく、社会の秩序を担う行政機関に一本化するべきだ。


 これが、公安警察の本音。


 長期的な社会の安定のために、マギクスとその関係者という目先の被害を容認したのだが、それはクーデターを生き延びたマギクスの1人が×××の中枢になる未来にも繋がっている。


 どれだけ頭が良くても、超常的な存在を全て網羅しろ、というのは、無理難題であるが……。



 今の世界で整理すると、警察内部のマギクスに対する好感度は、下記の通り。


 警察官僚:防衛軍と異能者への戦力として肯定

 警官と職員:異能への嫉妬で否定的(機動隊のように近い部署では、好意的な人間も)

 公安警察:いずれクーデターを起こす最大戦力だから認められない


 最近になって、公安警察がマギクスを試験的に受け入れた理由は、それをキッカケにして、秘密主義の牙城を崩せないか? というテストでもある。

 真牙流が1つの秘密結社のため、本気で内部に食い込めるとは考えていない。


 マギクスを仮想敵にしているからと、即座に排除をする話でもない。

 翡伴鎖中将のように絶好の機会があれば、それに便乗するだけ。



 道治は、室矢カレナという、対抗できるだけの戦力でマギクスを抑制する選択肢について悩む。


「問題の先送りでも、彼によって “アーテル” を一時的なゲートキーパーにするか?」


 上官である道治の独白に対し、立樹は無言を貫く。


 実際に、愛澄はカレナに頭が上がらない状態だ。

 咲良マルグリットの転校など、異例尽くめの手続きから、道治もそれを理解している。

 だったら、それを利用しない手はない。

 国家の諜報機関や実動部隊として、新たな警察の外局を作れる可能性も。



 室矢重遠は、何とでもなる。

 彼をどう扱えばいい?


 顔を上げた道治は、立樹に確認する。


「その室矢くんは、何を望む? はっきり言って、生涯の金で済むのなら、一向に構わん! 関係各所に調整しなければならんが、それで国家の安全が買えるのなら、安いものだ」


 魔特隊に対抗できるか、抑止力にできる手札は、ぜひとも欲しい。

 現状では、マギクスの顔色をうかがいすぎている。


 その思いをひしひしと感じた立樹は、慎重に答える。


「彼は自分の安全を確保するために、主な流派の若い女を集めています。しかし、現行の法律に従い、南乃みなみの詩央里しおりを正妻として、他は事実婚に留める方針です。彼らの資金繰りは千陣流の有力者を頼っているようですが、詳しくはまだ把握しておりません」


 ピクッと眉を上げた道治は、1枚の報告書を手に取る。

 必要な部分だけ読み直したことで、ようやく手応えがあったようだ。


「なるほど。首相の隠し子とも、接触しているのか……。この室矢くんは、ずいぶんと女にモテるようだな?」


 立樹は、道治の問いかけに、はい、とだけ答えた。


 うなずいた道治は、ひとまずの結論を出す。


「彼らの行動を見届ければ、“アーテル” と室矢くんの真価が分かるだろう! 君は引き続き、現在の任務を続けるように! 私は、首相を含む与党と、法務省、総務省をあたってみる」



 重遠の知らないところで関係者が動く中、×××ことオウジェリシスが絡む広域事件は、いよいよ終盤に突入した。

 第二のポイントまで解決した以上、最後のポイントが気になるところ。


 しかし、それを語るには、まだ重要なピースが足りない。

 千陣家へ向かう重遠と詩央里の場面までさかのぼり、彼らが何をしたのか? を理解しておく必要があるのだ。

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