第197話 教えてカレナ先生!ファイル2の事件の犯人は誰?

 戸威とい市の綾青りょうせい区に着いたので、咲良さくらマルグリットは感謝の気持ちを伝えた。

 その後に、別れを告げようとする。


 すると、刑事のたつまことが申し出てくる。


「悪いんだが、最後に食事でもどうだ? 同じ警察官といっても、次に会う機会はないだろうしよ……」


 運転していた氷熊ひぐま心也しんやが、驚いたように言う。


「辰(巡査)部長、すぐに戻ったほうが――」

「いいんだよ! 今は署長から係長まで、下っ端にネチネチ言っている余裕はない。それに、お前はもう警察を辞めるんだろ? 『事情を知っているか、個人的に尋ねていました』と言えば、それ以上は何も突っ込んでこないさ! まったく、お前は真面目すぎるぜ……」


 言い出した真は、俺はしばらくパトロールをするから、おめーら2人で食事をしろ! と言い残して、覆面パトカーで走り去った。


 残されたマルグリットと心也は、その場の流れで適当なレストランに入る。

 一般向けとしては高級路線のようで、落ち着いた雰囲気だ。


 せめてもの矜持きょうじか、心也がこちらで払う、と言ってきたので、マルグリットはその言葉に甘えた。

 注文した料理が運ばれてきて、会話をしながら食べる。


 向かいの席に座っている心也が、おずおずと話しかけてきた。

 しばらくは、お互いの世間話だったが、やがて本題に入る。


「婚約者の方とは、どのように知り合ったのですか?」


 心也に聞かれたマルグリットは、遠い目をしながら返す。


「私の高校に、学校同士の交流会という形でやってきたのよ。それほど昔のことじゃないのに、10年以上も前に感じられるわ……」


 彼女の慈愛に満ちた表情を見た心也は、嘆息する。


「そうですか……。ところで、あなたに認めてもらうため、婚約者はいったい何をされたので?」


 自分にも可能性があるのか? を探る、最後の一言なのだろう。

 あるいは、今後の参考にするためか。


 静かにナイフとフォークを置いたマルグリットは、にっこりと笑いながら、教えてあげる。


「私の全てと、世界を救ってくれたの」



 マルグリットと心也が最後の食事会をしている頃に、武結城むゆうきシャーロットたちも署長に挨拶をして、そのまま炎理えんり女学院への帰路につく。


 その時には、なぜか1階の受付は別の警察職員に変わり、周囲の警官たちも疲れた顔をしていた。



 ◇ ◇ ◇



 食事を済ませた後に氷熊心也と別れ、泊まっている高級ホテルに戻った咲良マルグリットは、翌日にチェックアウト。


 スーツケースを持ったまま、次の目的地へ電車で移動する。

 事件の関係者がいない場所まで辿り着き、ようやく肩の力を抜いた。


 スマホを取り出し、予約しておいた宿泊先までの案内アプリを起動する。



 今日の部屋にスーツケースを置き、適当にショッピング通りをぶらつきながら、食事もした。


 ホテルの自室に戻り、シャワーで汗とストレスを洗い流したマルグリットは、備品のバスローブのままで、リクライニングチェアに背中から倒れ込む。


 ――カレナ、聞こえる?


 魔法による通信で室矢むろやカレナを呼び出したら、本人がすぐに応答する。


 ――なんだ?


 マルグリットは、これまでの疑問をぶつける。


 ――説明してちょうだい! いくら何でも、訳が分からないわ!!



 少し時間がって、カレナが説明を始める。


『今回の事件だが……。私が警戒している原因とは違う、別口じゃ! 白い腕で願いを叶えるのなら、恐らくイピーディロクだろう。柳舵りゅうだ鉄慈てつじはその邪神に仕える司祭で、自分の願いをゴリ押しできるわけだ。山奥の異人館を建てた外国人が元々の司祭で、柳舵家の先祖が白い腕を奪ったか、託された』


 マルグリットは、嫌な予感がした。


『だから、あの屋敷で白い腕がある部屋へ招かれた時に、演舞巫女えんぶみこ2人がいきなり達していたのね。でも、願いを叶えるって。代償は? それに、私は何もなかったのだけど? あの2人より魅力がなかったとは、あまり考えたくないわ……。異人館で警官を狙撃した連中や、柳舵家の屋敷や異人館を襲撃した連中の正体は?』


 溜まっていた疑問を並べたら、ごちゃ混ぜになった。

 それに対し、カレナは1つずつ答えていく。


『お主が無事だったのは、私が守ったからじゃ! 神格の干渉に人間の精神力で対抗するのは無理だから、演舞巫女たちは一瞬で無力化された。異人館の狙撃、それに柳舵家の屋敷と異人館を襲撃したのは、魔術的な物品を回収するチームだな。実行犯は雇われたPMCピーエムシー(プライベート・ミリタリー・カンパニー)の兵士だが、本当の雇い主はダミーが多すぎて分からん……。ちなみに、警官2人を狙撃から守ったのは、試作段階のヘリからUSFAユーエスエフエーのエージェントだ』


 USFAは、室矢むろや重遠しげとおが前世でいた世界のアメリカのことだ。

 この世界でも、立派な軍事大国。


 マルグリットは、自分の知りたい情報を質問する。


『USFAのエージェントは、置いておくとして……。カレナにも、襲撃した連中の正体が分からないの? 心当たりは? 海外に脱出か、国内で見つからずの潜伏なら、銃火器の密輸と併せて、けっこうな規模でしょ?』


 悩んだ様子のカレナだが、盗聴の心配がない魔法による通信のため、ストレートに答える。


『うーん。それが……。むしろ、心当たりが多すぎて、分からんのじゃ! 個別に願いを叶えている関係で、イピーディロクを崇めている信者は少数のはず。対象を邪神崇拝の団体まで広げると、今度は一気に候補が増えてな? しかも、だいたい海外の連中だから、なおさら分かりづらい。PMCそのものは東南アジアの会社で、今回のために急造したペーパーカンパニーだ。こっそり秘宝を持ち出した魔術師が日本に亡命してきて、元々の団体――“強欲の手の息子たち” だと思う――がそれを突き止め、今になって奪還作戦を行ったのだろう……。イピーディロクは邪悪を好む、古き偉大なる神だ。信者たちの頑張りに、さぞやニッコリしているだろうよ。あいつに、頭はついておらんがな』



 時系列でまとめると、以下の通り。


 ――戦前に、葦上あしがみぐんの郊外で異人館が建てられた


 依頼主は外国人の男で、恐らく魔術師。

 支援者は、地元の顔役である柳舵鉄慈の先祖。

 その功績によって、柳舵家はイピーディロクの白い腕を引き継いだ。


 ――柳舵家は “白い腕” に願いを叶えてもらい、より栄える


 大戦の勃発と終戦。

 軍事施設や街から離れていたことで葦上群は被害に遭わず、柳舵の一族は権勢を誇ったまま。


 ――魔術師、または邪神を信仰するグループが、異人館に集まる


 異人館のグループが、魔術書などで透明の化け物を召喚したものの、どんどん食われる。

 首謀者らしき人物は地下室に隠れ、ビデオカメラで遺言を自撮りした後にミイラ化。


 ――異人館からの110番通報で、機動捜査隊、パトカーが順番に到着


 機動捜査隊の刑事1人は、透明の化け物に食われた。

 警官2人が透明の化け物に襲われ、“強欲の手の息子たち” が雇ったPMCのスナイパーに狙撃されたものの、正体不明の外国人の男に助けられた。

 新型のヘリから、味方になってくれたほうはUSFAの勢力だと思われる。


 ――桜技おうぎ流のシャーロットたち、マルグリットが到着


 陸上防衛軍のスナイパー部隊が、PMCの狙撃チームを排除して、即時帰還。

 異人館の透明の化け物も、シャーロットたちの手で殲滅された。

 マルグリットが、柳舵家にあった “白い腕” を無力化。


 ――“強欲の手の息子たち” によるPMCが、異人館と柳舵家をほぼ同時に強襲


 異人館を見張っていた警官2名が、殉職。

 柳舵家の屋敷にいた住人と関係者が全員、死亡。

 故意か事故かは不明だが、屋敷は炎上。

 その2軒では、PMCが魔術的な物品を全て回収した。

 彼らの依頼主も不明。



『透明の化け物を召喚したことから、異人館にも魔術書が隠されていたのだろう。今回は、後手に回った形じゃ……。あと、イピーディロクは人の願いを叶えるが、そいつを司祭と見なして、いずれ呼び寄せる。柳舵鉄慈はまさに、夜の世界にある煉瓦れんがに囲まれた場所へ引きずり込まれたのだな! ともあれ、イピーディロクは威厳をもって応えるだけ、よっぽどマシな神格だ。下手をすれば、魔術書の一部を目にしただけで、液体やゾンビにされるのだから……。異世界の神格は人間とは違う行動原理だから、同じ尺度で測ってはいけないのじゃ』


 カレナの平然とした解説に、マルグリットは突っ込んだ。


『あの……。この国、というか世界って、大丈夫なの?』


『問題ないだろう。PMCの部隊は、あそこが山奥だったから行動に出たわけだ。USFAのエージェントも同じ。ゆえに、例外と考えて良いのじゃ! イピーディロクも厄介だが、人の欲望を解放させるから、警察や公安が把握しやすい……。私たちは、世界の守護者ではないのだ! だいたい、メグにあれだけ嫌がらせをした葦上署を助けてやる義理もないし、無理に動いたところで『余計なことをするな!』と県警本部まで激怒するか、これ幸いと言わんばかりに全ての責任をなすりつけられるだけ……。少なくとも、私は、奴らのために利する気は毛頭ない! 柳舵家については邪神の司祭で、自業自得じゃ』


 別に、そういう心配はしていないのだけど。


 不満げなマルグリットのために、カレナは付け加える。


『魔術書などは、奪った秘密結社で厳重に守られるだろう。その意味では、柳舵家のような魔術師モドキが扱うよりも、よっぽど安心じゃ! 別の世界や次元はいくらでもあって、イピーディロクのような神格も多い。全て滅ぼすのが不可能である以上、その接点をしかるべき連中の手で管理するほうが現実的だ。いざとなれば、私が片っ端から殴って回るだけの話じゃ! 全ては居るべき場所で、ただ眠るのみ……。メグの担当したポイントは外れだったから、早くなぎのいる場所へ移動してくれ』


 カレナに催促されたマルグリットは、返事をした後に魔法の通信を切った。


「いや、ホント……。知らないって、幸せなことね?」


 思わずつぶやいた彼女は、現実逃避でスマホを弄り、しばらくソシャゲを楽しんだ。

 明日からは、いよいよ決戦の舞台へ移動する。



 封印術式【カレナちゃん】のリミッターを全て外せば、地球で消費されているエネルギーを余裕で賄い、通常の打撃だけで地球を粉微塵にできる咲良マルグリット。


 エネルギーの海である別の世界と繋がったままの彼女は、自分がカレナの眷属けんぞくになったことも、それによって短命で終わるはずだった運命を変えたことも知らない。


 まさに、知らぬが仏だ。

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