第195話 ファイル2:山奥の過疎地域で金髪少女が踊るー⑥

 戸威とい市の葦上あしがみ区を支配している柳舵りゅうだ鉄慈てつじが、息子の澄海すかいを諭す。


『あの女たちが自分からこの屋敷へ来た以上、署長も五月蠅うるさくは言えんよ。この絶好のチャンスを逃すわけにはいかない……。それは、お前にも分かるだろう? 言ったら悪いが、お前ではあの女を口説けない。私たちは地元の顔役といっても、都心部を含めたら小金持ちがせいぜいだからな』


 納得しかねている息子のために、父親の鉄慈は言葉を重ねる。


『外を知っている人間に、私たちの威光は通用しない……。分かるか、澄海すかい? なぜ、私がこんな僻地の市議会議員に甘んじて、市長選に出ないのかを……。絶対に勝てないからだ! ある意味では一番難しい選挙で、利権を巡っての争いが終わりなく続けられる。金をバラまき一度勝てばいい、という話ではない。それ以上の選挙は、とてもとても……。私たちは、所詮しょせんその程度だ。この葦上にいてこそ、輝ける。それを忘れるな!』


 刑事のたつまことが言っていた通り、彼らはここの所轄署と仲が良さそうだ。

 それに、お山の大将かと思ったら、意外に冷静。

 だが、その気になれば、私たちを手籠めにできる。という自信も見られる。


 なんとも、チグハグね。

 私たちに一服盛って、眠らせるか、発情でもさせるのかしら?


 完全に透明人間となっている咲良さくらマルグリットが執務室から離れた場所で悩んでいたら、すぐに回答。


『我が家に代々伝わっているイピーディロク様の御力があれば、お前がこの家のトップになった時に同じく、ここで強欲の限りを尽くせる! しかし、今は、私が家長だ。あの金髪碧眼きんぱつへきがんの女は諦めろ』


 一家の長らしい断言で、澄海すかいは意気消沈したようだ。



 署長は、私に嫌がらせと足止めをしているだけ。

 演舞巫女えんぶみこは別の管区警察局で信仰も絡んでいるから、そちらはノータッチ。

 つまり、あの親子には、正しい情報が伝わっていない。

 朝のスーパーで会った時と、さっきの遭遇でも、私たちは身分を明かしていないわけで――


 やっぱり、密室で犯して、その様子を撮影しておけば、大人しくなるって考え?


 いえ、おかしいわ!

 あの鉄慈という中年男は、慎重だ。

 地元に来る人間の素性ぐらい、予め調べておくはず。

 接待で署長にもコネがあるのなら、少なくとも私の正体を知っている。


 トイレに盗撮、盗聴の機材はなかったし、有線・無線のどちらも反応なし。

 だから、そちらの線も考えられない。



 納得できずに首をひねるばかりのマルグリットは、透明なまま、トイレに戻る。

 不審に思った使用人が様子を見にきたが、内側からドアを開けたところで鉢合わせ。

 行きと同じように先導される形で、リビングの応接スペースへと。



「お楽しみ中に、申し訳ない! 実は、私共わたくしどものところには面白いものがあって、ぜひ一度ご覧になってもらいたいのですが……」


 いきなり戻ってきた鉄慈は、開口一番、不可解なことを言い出した。

 その後ろにいる澄海すかいは、機嫌が悪い様子のまま、沈黙を保つ。


 案内されるまま、一同でゾロゾロと移動する。


 しかし、愚連隊の取り巻き2人だけ、近くの使用人に呼ばれる。


「……マジっすか!? すいません、いつもお世話になって」

「はい! 喜んで、ゴチになります!!」


 喜びの声を上げた2人は、いそいそと列から離れて、玄関のほうへ向かった。




 マルグリットと女子2人が案内された先には、奇妙なオブジェがあった。

 人間の腕だろうか?


 白く、石膏せっこうにしては肌のようにうるおいを感じさせる片腕の肘から先が、台座になっている部分から天を掴むように生えていた。


 集会をするように広く作られた部屋に、窓はない。

 完全な密室で、きっと外からでは何も聞こえず、見えないだろう。


 その上座、一番奥の少し高くなった場所に、その白い腕は飾られていた。

 異様な雰囲気が辺りに立ち込め、雰囲気を出すためか、照明も暗めだ。

 白い腕の上から別の照明が当たっていて、嫌でも注目してしまう。

 状況を忘れたら、近代美術館に来たようにも思える。


「な……に、アレ?」

「…………」


 炎理えんり女学院の1人は、頭痛を感じながらも、かろうじてつぶやいた。

 いっぽう、もう1人は無言で、魅入られたように熱い視線を注いでいる。


 後ろで、バタンと音がした。

 振り返ったら、最後尾にいた使用人が外から両開きの大扉を閉めたことが分かった。

 ガチャッという金属音で、鍵をかけられたことも……。


 白い腕に近い鉄慈が、そちらにうやうやしく頭を下げた後に、マルグリットたちを見据える。


 不安を覚えたマルグリットが話しかけるも、それを無視して、鉄慈が呪文を唱える。


「なにを――」

「くえいぞ、くえいぞ、まにでぃうす……。イピーディロク様。どうか、この者たちを私にくださいませ」


 とたんに、白い腕の先端で5本の指がウネウネと動き出し、上を向いていた手の平がマルグリット達のほうを向く。

 その手の平に、濡れた口のような部分が現れた。


『我が忠実なる司祭よ。なんじの願いを叶えよう……』


 意外にも流暢りゅうちょうな日本語で口がしゃべり終わるやいなや、突如として、マルグリットの後ろにいた女子2人が呼吸を荒くしながら、ペタンとその場に座った。


 あらがっていたが、それを上回る影響を受けているようで、やがて上体も支えられず前にうずくまるか、逆に両手を後ろに突き出した状態でのけ反る。

 2人とも小さくねた後に、ぐったりしたまま、床へ倒れ込んだ。


 ――外部から、アストラルたいへの干渉を検知しました


 ここで、マルグリットも知らない、室矢むろやカレナの眷属けんぞくとしての防壁が働き、自動防御が実行された。


 干渉できなかったことで、白い腕は驚いたようにマルグリットを見た。

 目はないが、それでも彼女を凝視したのだ。


 本人が知らない間に人型の最終兵器と化したマルグリットは、事態の深刻さを把握しないまま、自身が攻撃されたことを悟る。


 彼女たちの反応を見る限り、精神攻撃の一種ね?

 即座に反撃しなければ、私も危険だ!


 マルグリットは反射的に、自分が接続している異次元のエネルギーの海から無制限に引っ張ってくる。


 あるじであるカレナのおかげで、自動的に最適化されたエネルギーが流れ込み、それはアストラル体の絶対防壁に変換されていく。

 しかし、そのままでは、一時的なバリアーに過ぎない。


 ――敵は神格に相当すると判断! 封印術式【カレナちゃん】のⅢ、Ⅱまで、全て解放! カウンターを簡略化して実行する


 ――夜の世界にいるイピーディロクと判明! つながったルートを利用して、そのまま逆流


 マルグリットが反応してから、わずか0.01秒。

 彼女は反射的に、魔力そのものを流し込む。

 現実を変える魔法ですらない、純粋なエネルギーの奔流だ。


 別の世界のイピーディロクのところへ、カレナによって調整され、自分に十分なダメージを与える存在が大量に押し寄せる。

 あり得ないことが発生して、邪神は端末をシャットアウト。

 それによって自分への攻撃を中止させるも、先ほどまでの権能の行使が不可能に。


 うなったイピーディロクは、人間でいうショック状態に陥った。

 頭部のない人間のような身体で、しばし八つ当たりを行う。


 彼にしてみれば、自宅でくつろぎながら生放送を見て、しにチップを払っていたら、いきなり窓の外から戦闘ヘリに攻撃されたようなものだ。



 マルグリットのカウンターで、古き偉大なる神イピーディロクをまつる祭壇になっていた部屋は、その雰囲気を大きく変えた。

 白い腕はぐったりと垂れ下がり、半狂乱になった鉄慈が必死に話しかけている。


 魔法で気つけをしたことで、女子2人が辛うじて正気に戻った。

 ヨロヨロと立ち上がり、マルグリットの誘導で大扉へ近寄る。


 同じく魔法であっさりと解錠して、大扉を開け、疲れ切った女子2人の腕を引っ張り、豪邸の出口に向かう。

 鉄慈の追跡を遅らせるため、閉じた大扉に鍵をかける。



「お? よし、お前らは俺の部屋――」


 外で待っていた澄海すかいが、喜び勇んで近寄ってきた。

 

 マルグリットはとっさに魔法を発動させて、暴動鎮圧用のアクティブ・ディナイアル・システムを再現した。

 これは電子レンジに近い仕組みで、相手に火傷をしたと錯覚させる効果がある。


 非致死性と言われているものの、念のために自分と女子2人のエリアだけ守り、それ以外を無作為に攻撃。

 エネルギーに任せた電磁波のため、彼女たちを中心にして、円のように広がる。


「あぢいいいぃいいいっ! な、何だよ、これ!?」


 澄海すかいは両腕で体中をさすりながら、フローリングの床でのたうち回る。


 進んでいくと、使用人たちも同じように倒れ伏していく。

 気にせず、女子2人に忘れ物がないか? を確認した後に、お屋敷の玄関ドアから堂々と脱出。


 監視カメラなどの電子データに細工をして、自分たちの映像や音声だけ消去。

 オンライン上のサーバーについても、履歴から辿って、同じくデリート。

 履歴がなくても、カレナの権能で消去した。


 指紋などの物理的な痕跡も、自分の主であるカレナのおかげでキレイキレイに。

 ここまで、ほぼ無意識のまま、一瞬で済ませた。

 あとから柳舵一家が騒いでも、何の痕跡もないため、どうにもならない。


 傍迷惑な電子攻撃をまき散らすエネルギー兵器になったマルグリットは、朦朧もうろうとした女子2人を引き連れ、徒歩で遠ざかる。

 スマホで協力者の真を呼び出し、覆面パトカーでその場を離脱した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る