第194話 ファイル2:山奥の過疎地域で金髪少女が踊るー⑤

 ノートは物品の補充や連絡事項で埋まっていて、ひとまず保留。


 もう1つのビデオカメラに持っていた同じ規格の電源をつなぎ、キャンピングカーの大型モニターで視聴会を始める。


 一応、ここにいるのは、捜査関係者だけ。


 ザーッとしばらくノイズが走った後に、椅子に座った外国人らしき男が映る。

 どうやら、自撮りでメッセージを残したようだ。


『I say to those who are watching this.I have failed in my summons.That was--(これを見ている者に告げる。私は召喚に失敗した。あれは――)』


 なまりの強い英語で喋っている彼は、どうやら後悔しているようだった。

 ライトがあるものの、背景はどこかの部屋のようで、外の光は全くない。


 10分ほど話した男は、唐突に画面から姿を消す。

 再び、ザーッとノイズが戻ってきた。


「これ、地下室の中で撮影した気がするわ……」


 とぼけた咲良さくらマルグリットが口火を切ったら、刑事として経験豊富なたつまことも同意する。


「そうだな……。ところで、何を言っていたんだ?」


 英語が分からないようで、真はマルグリットに訊ねた。


 うなずいた彼女は、きちんと説明する。


「ええと……。『私はあるじの召喚を失敗した。アレは、私たちの手に負えるものではなかった。信者たちも、多くが犠牲になった』という内容ね。具体的な人物名や何があったのかは、言っていなかったと思う」


 生返事で聞いていた真は、手掛かりではないってことか、とつぶやいた。


 マルグリットは、しばらく考え込み、真に提案する。


「ねえ……。ここの異人館のパトロンだった市議会議員がいるでしょ? そこの家なら、もっと重要な記録があると思うのだけど?」


「そりゃ、そうだが……。先ほど言った通り、俺たちサツが行くと警戒されてなあ! 良くて、応接室で少し話ができるぐらいだぞ?」


 にんまりと笑ったマルグリットは、1つの案を出す。


 真と氷熊ひぐま心也しんやは難色を示したが、周囲にいる武結城むゆうきシャーロットたちは面白がって、協力することに決めた。



 ◇ ◇ ◇



 田舎で若者が遊べる場所は、限られている。

 葦上あしがみ区には昔からの民家がポツポツと建っているだけで、下の街にある盛り場でたむろするぐらいだ。


 全国チェーンで店舗があるネットカフェ、カラオケ店、ボウリング場。

 初心者向けのスポーツスクール、会員制のジムが、せまい区画に並ぶ。


 政令指定都市といっても、いつも同じ顔触れで、面白みのない日々だ。

 グループごとのテリトリーが形成され、その中で行動するように……。


「おー。いつぞやの、パッキンの姉ちゃんか!」

「ヒュー! お前らも、初めて見る顔だな?」

「今日は、楽しもーぜー!」


 金髪碧眼きんぱつへきがんの咲良マルグリットたちが盛り場の駅やバス停の近くで立っていたら、すぐにお目当ての連中が近寄ってきた。

 彼らは、遠巻きに見ている男たちを威圧しながら、これは俺たちの女だ! と無言の主張。


 日が傾いていて、少し過ぎれば、どこか落ち着いた部屋で過ごせる時間帯だ。


「じゃあ、どこかで飯を――」

「そういえば、あなた……。この戸威とい市の議員の息子さんだっけ? 私、そういう偉い人の自宅を見てみたいなあ!」


 リーダーの柳舵りゅうだ澄海すかいが行動を宣言しかけた時に、マルグリットは誘導した。

 一瞬、返事に困った彼だが、女に見栄を張るために応じる。


「お? おお……。ちょっ……。ちょっと、待ってろ! 今、親父に聞いてみる……」



 少し離れた場所に移動したリーダーの澄海すかいはスマホで話していたが、すぐに戻ってきた。


「いいぜ! もうすぐ、うちの人間が車で迎えに来るからよ? お前らは、それに乗れ!」


 男たちの近くには、大きなパーツを取り付け、改造しまくったバイクもある。

 だが、後ろに乗れよ? とは言ってこなかった。


 本人たちも内心では、これはダサいから、乗れと言ったら女に逃げられそうだ。と感じているのか。

 あるいは、これは俺たちのたましいだから女は乗せないと、独自のポリシーを持っているのか……。


 到着した高級車に乗せられ、マルグリットたちは山奥の秘境を仕切っている一家の根城へと向かう。




 山の上へ逆戻りしたマルグリット達は、郊外で広い面積を占めている屋敷に連れ込まれた。

 低い石垣が組まれていて、昔には庄屋しょうやのような金持ちが住んでいたとおぼしき立地と雰囲気だ。


 とっぷり日が暮れて、歩きでは移動を躊躇ためらうほどの暗闇が辺りを覆う。



 到着した屋敷は、古いながらも手入れが行き届いている。

 金と手間を惜しまず、職人に頼んでいるのだろう。


 広い応接室に入ったら、いかにも貫禄のある中年男が、少女たちに挨拶をする。

 澄海すかいの父親である柳舵りゅうだ鉄慈てつじと名乗った後に、この戸威市の市議会議員を務めていることも説明した。


「柳舵家に、ようこそ! 急なことで、ささやかな歓迎になってしまいましたが……。どうぞ、ゆっくりしていってください」


 豪邸の主人である鉄慈は、私は仕事があるので、と立ち去った。


 応接用の家具であるテーブルには、山奥の田舎にしては珍しいフレンチやらイタリアンの料理が並ぶ。

 街に下りるまで時間を要することを考えたら、お抱えの料理人がいても不思議はない。


 1人ずつではなく大皿で、それぞれに取り皿が用意された。

 物珍しそうな顔で、炎理えんり女学院の2人が覗き込む。


 ソファに座っているマルグリットが、近くで控えている使用人に話しかける。


「……ごめんなさい。どちらに、あるのかしら?」


「こちらを出て、左手の奥にございます」


 連れ2人に声をかけたマルグリットは立ち上がり、応接スペースがあるリビングから出て、のほうに進む。


 静かな廊下を歩きながら、魔法でスキャンをかけていく。

 反応があったパソコンに対して、無線による指向性のハッキングを仕掛ける。


 彼女の手にかかれば、市販品のセキュリティでは時間稼ぎにもならない。

 無線対応にしていた、おのれの不幸を呪うがいい!



 ……へえ? 異変の原因としてはハズレだけど、真っ黒ね!


 手早くメール、ファイルを確認したマルグリットは、心の中でつぶやいた。


「……お客様? そちらには、何もございませんが?」


 追いかけてきた使用人にとがめられ、マルグリットは、いかにも迷った様子で振り向いた。


「すいません! えーと、どちらでしたっけ?」


「こちらへ」


 指を揃えた手で逆方向を示され、その先導でマルグリットは無事にトイレまで辿り着いた。



 トイレから出た時に、召使いの姿はなかった。


 リビングへ戻り、廊下から内扉のガラスを通して覗いたら、愚連隊ぐれんたいの取り巻き2人が到着していて、炎理女学院の2人にそれぞれ張り付いている。


 女を知っている風ではあるが、地元の女子とは比べ物にならない相手だけに、様子を見ているようだ。


「……あいつは、どこ?」

  

 柳舵りゅうだ澄海すかいの姿が、見当たらない。

 ここは彼の家だから、不在では勝手に手を出せないのか……。


 マルグリットはトイレに戻って、自分の姿と熱を隠した。

 いわゆる熱光学迷彩で、この豪邸の監視カメラをくぐるためだ。


 念のためにフローリングから数センチほど浮かび、赤外線などの各種センサーに反応しない状態のまま、移動を開始する。

 室内用のスリッパはトイレの前に置いたままで、外から鍵をかけた。



 一般の家庭にしては、警備が大げさすぎるわ。

 さっきのデータから察するに、万が一にも、ココを調べられるわけにはいかない、と……。


 透明人間として移動するマルグリットは、目立たないように設置されている、天井の監視カメラを見上げた。

 1つ、2つではない。


 危惧していた通り、一部の床に感圧センサー、両側の壁に人の出入りを確認できるセンサー類もあった。



 マルグリットが隠密のまま移動していたら、やがて小さな声が聞こえてくる。

 熱光学迷彩を続けながら、壁に伝わる振動を拾う集音マイクとしての魔法も稼働させた。


『あれは、俺が見つけてきた女だぜ!? 後から横取りは、ねーだろ!』

『そう言うな! あれほどの美少女は、都心でもそう見つからん……。お前には、残り2人がいるだろう? 取り巻きの奴らには適当な店で相手をさせるから、心配するな』

『俺だって、あいつがいいんだよ!』


 豪邸の執務室らしき部屋で、愚連隊のリーダーである澄海すかいと、その父親の鉄慈が言い争っていた。

 室内には防音処理が施されているらしく、どちらも大声で話している。

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