第191話 ファイル2:山奥の過疎地域で金髪少女が踊るー②

 県警が混乱している中、その原因である金髪少女こと咲良さくらマルグリットは、無事に目的である異人館に辿り着いた。


 マルグリットは、自分によく似た雰囲気の少女と出会う。

 胸を比べた限りでは、まるで姉妹のようだ。


「ハーイ! 私、炎理えんり女学院から派遣されてきた、武結城むゆうきシャーロットと言います! シャロと呼んでください!! 同じ異能者として、ヨロシクでーす!」


 落ち着いたブラウンの長髪を後ろで束ねた少女が、マルグリットに話しかけていた。

 ずいぶんと人懐っこい性格のようで、グレーがかったベージュ、グレージュの瞳で見ながら、握手した手をブンブンと上下に振る。


 その後ろでは、同じ制服を着た少女たちが、苦笑いをしながら見守っていた。


 困ったマルグリットは、シャーロットに話しかける。


「よ、よろしく……。私は、咲良マルグリットよ。メグでいいわ……。あなた達は、ここの化け物退治で来たのかしら?」

「そうでーす! ほぼ倒した後で、クエスト周回のマラソンをしているところでした! 次のクランバトルに備えるため、経験値をどんどんもらいマース!」


 シャーロットからのレスポンスが早い返事で、マルグリットの調子が狂った。


 いや、ソシャゲじゃないんだから……。


 心の中でツッコミを入れたマルグリットは、シャーロットの左腰にある剣を見た。


 その視線に気づいたシャーロットは、張るだけのボリュームがある胸をグイッと前に出し、宣言する。


「これが、私の御刀おかたなでーす!」

「……レイピアよね?」


 思わず声に出したマルグリットに対して、シャーロットはめげずに言う。


「御刀でーす!」

「そ、そうなの……」


 マルグリットは、日本刀とレイピアは違うわよ? と指摘することを諦めた。


 シャーロットの左腰には、西洋でよく使われていた細身で長い刀身、つまりレイピアが下げられていた。

 グリップと刀身の間につばから拳まで守るガードがついているものの、中世から近代の貴族が使っていたものより実用的な意匠だ。


 その時、炎理女学院の女子が叫ぶ。


「隊長! 1階の奥、ノーマル1です!」


 それを聞いた瞬間に、シャーロットが右手でレイピアを下へ落とすように抜き、覇力はりょくで加速しながら一気に走る。


 床を凹ませつつも、手前で一気に減速したシャーロットは、剣先を向け、見えない敵との交戦に入った。

 ウアッ! フッ! とテニス選手のような掛け声と共に、鋭い突きを連続で繰り出す。


「完全に、フェンシングね? この状況だと、確かに日本刀よりも使いやすそうだけど……。それにしても、刺突に適した形状とはいえ、左右に動けない場所でよく戦えるものだわ」


 マルグリットは、シャーロットの戦い方を見ながら、思わずつぶやいた。


 レイピアの剣術は、相手の動きに合わせての突きが基本。

 決して軽いわけではなく、いったん弾かれると立て直しに時間がかかり、隙だらけになってしまう。

 ゆえに、相手の周りで円を描きながら回るなど、左右への動きを入れた流派もあった。


 円運動は実戦的なフットワークであるものの、正々堂々の決闘として卑怯である! という声も根強く、最終的にはお互いに正面で立ち止まってキンキンと火花を散らす形式に落ち着いた。


 シャーロットが率いる隊は、別のことで忙しい。


「うちの隊長は、だいたい自分が突っ込むので……」

「そろそろ、夕飯の用意をしないと!」

「ねえ、今日はハンバーグがいいな!」

「今、探査をしているのだから、静かにしてよ……」


 最初の1人はマルグリットに返事をしたが、後はてんでバラバラ。

 それを眺めていたら、見えない化け物を倒したシャーロットが戻ってきた。


 マルグリットは、一汗かいた感じの彼女に話しかける。


「さっきの様子だと、完全に倒しきっていないの?」


 うなずいたシャーロットが、あっさりと答える。


「ハーイ! キリがないので、調査班の到着を待っているところデース! それを見越して、キャンピングカーで来たから、しばらくココにいまーす!!」


 外にあった大型キャンピングカーは、炎理女学院のものか。

 アレなら、確かに5人ぐらいで、数日は滞在できそうだ……。


 マルグリットは、感心したように話しかける。


「そちらの高校は、サポートが充実しているのね? 羨ましいわ……」


 首を振ったシャーロットは、力強く訂正する。


「ノー! あれは、私のパパが寄付した物でーす!」


 どうやら、目の前の少女は、お金持ちの家に生まれたらしい。



 ◇ ◇ ◇



 日が傾いてきた。

 山の夜への切り替えは、まさに一瞬だ。


 異人館の傍に駐車しているキャンピングカーの灯りと、立哨りっしょうをしている制服警官2名の近くにある照明だけが、その場を照らす。

 周辺に人家がないことから、『立入禁止』のバリケードテープはない。


 新しく車のエンジン音が響き、パトカーに特有の赤色灯とヘッドライトの光が見えてきた。

 形状から、覆面パトカーのようだ。

 誤解されないように、あえてルーフ上に赤色灯を載せているのだろう。


 警察車両と分かったので、立っている警官たちは、あまり気にしていない。



 空いているスペースに停車した覆面パトカーから、葦上あしがみ署で別れたたつまこと氷熊ひぐま心也しんやの2人が出てきた。


 疲れ切った様子の真が、呟く。


「お前なあ……」


 武結城シャーロットにもらったホットドッグを食べながら、咲良マルグリットは返事をする。


「あら? 言った通りに、ちゃんと自分の足で走ってきたけど?」


 両手を上げた真は、降参する。


「分かった、分かった! 俺が、悪かったよ! だから、騒ぎにするのは、もう止めてくれ!!」


 真に頭を下げられて、マルグリットは許した。


「次は、ないわよ? ところで、行方不明の刑事は見つかったの?」


 首を振った真は、暗闇の中で不気味にたたずむ異人館を見上げた。


「いいや、まだだ! 回収した車両にも、手掛かりなし……。ここには、刃物を持った巫女さん達もいるのだから、任せておけばいいだろ? まさか、このまま夜を過ごすとは、言わないよな?」


 苦笑いをしながら、マルグリットは否定する。


「今日のところは、帰りましょう。これで、私を送らないと答えたら、怒るわよ? 戸威とい市の綾青りょうせい区に、宿を取っているのだから」


 慌てた真は、すぐに答える。


「安心しろ、今から街に下りる! 詫びと言ったら何だが、着いたら夕飯は俺がおごるよ……。氷熊、おめーのぶんもな!」


「ありがとうございます! 帰りは、自分が運転しますので」


 心也は、するりと運転席に入った。

 真は助手席、マルグリットは後部座席に座る。

 もう赤色灯は必要ないため、ルーフの上から取り外して車内に回収。


 黒一色の視界で、警察無線の表示や、覆面パトカーならではのボタンの数々、それに車の内装用のライトが、目に付く。



 車内からシャーロットたちに手を振ったマルグリットは、見通しの悪い山道を下っていく覆面パトカーの車内で、前の座席にいる真に話しかける。


「ねえ……。あの異人館の担当って、誰なの?」


「そうだな……。今は課長の預かりで、さっきの嬢ちゃん達が帰ったら、誰かに振るんじゃねえの? あるいは県警本部、本庁から担当者がやってくるのを待っているのかもしれん」


 単純に、これ以上の被害を出したくないのが本音らしく、葦上署の協力を期待できないようだ。


 真は、マルグリットに説明する。


「俺は昼の件で知られたから、もう自重する必要はない。県警本部さまから、あれだけ、ガンガン責められたわけだし……。署の連中に言われた時には、『嬢ちゃんのワガママで振り回された』とでも、返しておく。あいつらだって、これ以上の騒ぎは御免のはずだ」


 疑いの眼差しを向けるマルグリットに対して、真は付け加える。


「俺も、仲間を1人やられたことで、それなりに腹を立てているさ! どいつがやったのかは知らんが、犯人をげられるのなら、挙げたい。俺の手柄じゃなくてもな……」


 運転中の心也が、会話に加わる。


椙尾すぎお(巡査)部長と入った時に、生存者が姿の見えない化け物に食われる瞬間を目撃しました。行方不明の機動捜査隊の方も、たぶん同じ目に遭ったのでしょう……。その後に窓の外から狙撃されましたが、正体不明の外国人の男に助けられ、九死に一生を得ましたよ……。警官が得体の知れない人間に救われたとは、余所で言えませんけど」


 マルグリットは、心也に質問する。


「狙撃手の姿は、見えた?」


「いえ。かなり遠かったようで全く……。窓から覗く余裕もなかったです……。そちらのほうも、逮捕する必要がありますよね?」


 その会話を聞いていた助手席の真が、うめく。


「山の中で狙撃手を探すなんて、無理だろ!? ここらの猟友会とライフルの販売先を調べるのが、せいぜいだ。山にいる連中がプロだったら、返り討ちにあうぞ?」


 意外そうに、心也が問い返す。


「お言葉ですが、辰部長……。警察にも、狙撃手はいると思いますが?」


 仕草で否定した真は、心也に教える。


「連中の腕を疑っちゃいないが、あくまで市街地のピンポイント射撃であって、野外のプロではないんだわ! 立て籠もり犯への狙撃や要人警護ならともかく、こんな山で何日も歩き回る訓練はしていないだろうぜ……。どちらかといえば、陸上防衛軍の管轄だ」


 頷いたマルグリットが、それに続ける。


「あー、そうね! 私の知り合いにも、けっこう腕の立つコンビがいたわ……」


 彼らは、まだ生きているのかしら?


 最後に会った時は、南米の森林で敵のボスを暗殺するミッションに行く、と言い残して、陸防の輸送機へ乗り込んでいたっけ。

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