第190話 ファイル2:山奥の過疎地域で金髪少女が踊るー①

 氷熊ひぐま心也しんやという巡査は、覆面パトカーを運転しながらも、ここでの苦労を語る。


「うちは山奥の過疎地域ですが、地方自治体の統廃合で、葦上あしがみぐんから戸威とい市に昇格しました。でも、書類上で政令指定都市の一部になったところで、いきなり資金や人が集まってくるわけもなく……。さっき『街』と言いましたが、他県への電車やバスに乗れる綾青りょうせい区の市街地まで下りないと、ろくに買い物をできない環境です。本来なら、出前を頼むか、時間外に私服で自分の車を運転して向かうべきですけどね? ……ここは車がないと生活できないから、上の許可はすぐに出ます。事故を起こすと大目玉なのは、変わりませんけど」


 政令指定都市の一部としては、あまりに不便すぎる。

 しかし、群のままでは納得できない、余所者の住所を名乗るのは嫌だ、という声が多かった。

 そういった経緯で、本来なら別の区に編入されるべき土地が1つの行政区として扱われている。


 心也が言うには、往復で数時間かかるため、街の飲食店はどこもかしこも出前を拒否する。

 ゆえに、警らの途中で、F1のピットインのように買っていく構図になったのだ。


 制服やパトカーで乗り付けると苦情を入れられるため、そこは店員に目立たない場所まで運んでもらう。


 よし、時間通りだ。……なに? 唐揚げ弁当が足りず、一部はノリ弁だと? ……いいだろう、これが代金だ。


 完全に、何かのブツの取引現場である。



「綾青区は、別の所轄になっていますが……。そこはまあ……。『周辺の巡回』と見逃してもらっている次第で……。あ、これはオフレコでお願いしますね? さすがに、毎回というわけではないですし」


 慌てて口止めをしてきた、ドライバーの心也。


 それに対して、助手席の咲良さくらマルグリットは、にこやかに応じる。


「分かっているわ! 毎日が署内の食堂や自炊じゃ、大変だもの……。そういえば、私が警察手帳を見せる前に、挨拶したわね?」


 マルグリットが話しかけたら、心也はすぐに返す。


「ここに電車で来る人は、一部の地元民だけですから……。成りすましでも、こんな僻地には来ませんよ! 自分も私服だから、あとで警察手帳を見せたほうがいいですか?」


 それに対して、かぶりを振ったマルグリットが話す。


「いえ、結構よ。仮にあなたが偽刑事だったら、その時に逮捕するわ」


 冗談めかして答えたマルグリットは、彼に分からぬよう、自分が身につけている魔法の発動体、バレの位置を確かめた。


 もし心也が偽刑事でも、これだけ手が込んでいるのなら、きっと本物のような警察手帳まで用意しているだろう。

 無理に見せてもらう意味はない。



 エンジン音を響かせながら、つかのドライブは続く。

 運転している心也が、次の話題を振る。


「その……。どのような用事で来られたのか、お聞きしても?」


「最近、郊外の異人館で、銃撃戦があったそうじゃない? その件で、うちのお偉方が様子を見てこいって!」


 得心が行った顔の心也は、マルグリットに言う。


「そうですか。実は、自分もその現場に居合わせまして……。あまり思い出したくないことですが……」


 心配そうな顔になったマルグリットは、心也をいたわる。


「それは、大変だったわね……。大丈夫だったの?」


「ええ、何とか……。正直なところ、もう警察を辞めるところでして……。しかし、この事件の捜査が一段落するまでは、現場にいた自分の情報が必要です。今は通常の勤務から外され、私服でこの件の雑用をしています。刑事になりたくて入ったので、最後に真似事をやれるのは嬉しいですけどね? ……申し訳ありません。決して、咲良(巡査)部長をうとんでいるわけでは」


 うっかり口を滑らせた心也は、すぐに謝った。

 けれども、マルグリットは笑いながら、気遣う。


「いいのよ、別に! 私は魔法師マギクスだから、そういう対応に慣れているわ! 年齢は、あなたが上だろうし。そんなに固くならなくても、いいわよ?」


 ホッとした心也は、少し緊張がほぐれたようだ。


「お気遣い、ありがとうございます。そういえば、刀を差している女性たちも、外から来ていますよ……。うちの署長や課長が丁寧に接していて、驚きました。どこの人たちでしょう?」


 マルグリットは少し考えてから、心也のほうを見た。


「たぶん、桜技おうぎ流の演舞巫女えんぶみこね……。彼女たちは、警察官のはずよ? 独自の管区だから、知らない人も多いと思うわ」



 ◇ ◇ ◇



 咲良マルグリットは、女物のスーツを着たまま、かかとを合わせた。


「警視庁警備部、警備第三課。特別ケース対応部隊、第四小隊の咲良マルグリット巡査部長です! 本日付けをもって、御署のお世話になります!」


 彼女は自己紹介をした後に、バッと浅いお辞儀をした。


 古浜こはま立樹たつきに用意してもらったのは、魔法師マギクスがいる部隊のIDだ。

 さすがに、公安警察です、という自己紹介はできない。


 警察手帳と無線、それから自前のバレを持ってきた。



 マルグリットのほうを見た署長は、役員机の椅子に座ったまま、いかにも面倒臭そうに応じる。


「ああ……。例の異人館の調査だったな? 現地には桜技流の部隊も来ているから、くれぐれも面倒を起こさないでくれ……。たつくん、後は任せたよ」


 マルグリットたちの傍にいた白髪の目立つ中年男が、答える。


「はい、署長……。では、失礼します」


 頭を下げた辰まことが、行くぞ、と視線で合図をした。


 マルグリットと一緒にいた氷熊心也も、失礼します、と無帽の敬礼をした後に退出する。



 空いている小会議室に引っ込んだ3人は、手近な椅子に座り、殺風景な場所で向き合った。


 よれよれのスーツを着た中年男が、自己紹介をする。


「俺はよく辰真たつまと間違われるが、名字がたつで、名前がまことだ……。見ての通り刑事で、階級は巡査部長。といっても、定年間際だから、検挙できそうにない案件を担当している。あとは、地元のわるどものお目付け役だな」


 いかにも叩き上げでござい、と言わんばかりの態度で、真はマルグリットをねめつけた。


 その相手を真っ正面から見据えたマルグリットは、臆することなく自己紹介を始める。


「私は咲良マルグリット巡査部長で、警視庁の特殊ケース対応部隊、いわゆる『特ケ』の所属よ……。真牙しんが流のマギクス。“魔法使い” って考えてもらうと、分かりやすいと思う」


 駅まで迎えに来てくれた心也が、親しげに話しかけてくる。


「ゲームみたいに炎を出すとか、そういう能力ですか?」


「そうね。だいたい、そんな感じよ」


 心也の顔を見ながら、マルグリットは答えた。


 蚊帳かやの外に置かれた真は、咳払いをした後に、主導権を取り戻す。


「あー! 嬢ちゃんのことは分かったが、ここら辺じゃ、その異能者って奴がいなくてな? できるだけ、大人しく過ごしてくれ! あいにくと、動ける公用車は出払っちまってなあ……。課長の許可をもらっているから、食事ぐらいは経費で落とせるぜ? 電車で街に下りて、そちらの案内でいいか?」


 もはや隠す気が全くない、ただの嫌がらせだ。


 マルグリットを送ってきた心也が反論しようと試みたものの、真からにらまれて、口を閉じた。


 悪そうな顔で真を見たマルグリットは、さっそく自分の意見を言う。


「そう……。じゃ、私は時速60kmぐらいで走って、その異人館に行ってくるから! 短い間だけど、お世話になったわね」


「ハーハッハッハ! 面白い冗談を言うな、嬢ちゃん!! できるものなら、やってみろ!」


 ガタッと席から立ち上がったマルグリットは、颯爽さっそうと小会議室を出ていく。


 心也は、マルグリットと老齢の刑事を交互に見ながら、オタオタしている。




 防衛省の分析チームに、とある県の山間部で動き回っている物体がある、と連絡が入った。

 衛星によれば、その物体は車道を高速で走り回り、山をジャンプしている。


 状況の把握を兼ねて、外回りの担当者が県警本部へ、連絡をした。



 いきなり防衛省から警告された県警本部は、大急ぎで状況を探る。

 ……までもなく、無線でどんどん情報が集まってきた。


『310より本部へ。……時速60kmで県道8号を上り方面へ移動する、馬らしき物体を視認!』

『308より本部へ。……県道8号の車道から山頂へ飛び跳ねていく生き物を視認!』

『機捜15より本部へ。……不審人物を追跡した結果、M-85の現場である異人館において、警視庁の咲良マルグリット巡査部長と判明! 「公用車がないと言われたので、署からここまで走ってきた」と述べているため、事実確認を求む』


 道に迷ったのか、県内のいたるところでマルグリットの目撃情報が出た。


 1つのグループの無線ではなく、複数のエリアでどんどん飛び交う、UMAユーマ(未確認動物)を発見したとの報告。

 ついでに、市民からの通報も相次ぐ。


 県警にそれぞれある通信指令室が緊張する中、その正体は身内だと判明した。


 葦上署は県警本部から直々に、お前いったい何してるの? あんなものを野放しにするな! という趣旨で、キレ気味に言われた。

 マルグリットの扱いは、もはや散歩中にリードが外れて、全力で走り出した犬と同じだ。


 今度は、署長が課長に八つ当たりを始めて、最終的にマルグリットの世話を任されている真が覆面パトカーに飛び乗り、現場へと向かう。

 その場の流れで、心也も同乗することに。

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