第189話 山奥で所轄署の警官2人が遭遇した化け物(後編)

 必中のタイミングなのに外し続けたことで、狙撃手は怒ったようだ。

 今度は、連続して撃ち込んでくる。


 その場に伏せている男3人は、バリンバリンと派手に割れていき、上から降り注ぐガラスに戸惑う。



 巡査部長の椙尾すぎお信秀のぶひでが正体不明の男を見ると、大柄でグレーの短髪、青い瞳をした外国人の男だと分かった。


 鋭い眼差しと身体の動きを見る限り、過去に警官か軍人をしていたようなすごみがある。

 年齢は、30代の後半ぐらい。



 外国人の男は手鏡を取り出して、顔や手を出さずに、割れた窓から外を見る。

 と思ったら、すぐに引っ込めた。


 信秀と巡査の氷熊ひぐま心也しんやに向かって、話しかける。


「Follow me.(ついてこい)」


 人差し指で自分を示して、それから匍匐ほふくに近い姿勢でスナイパーの射線を避けつつ、部屋を出て行く。


 このまま銃弾とガラスを浴びるわけにもいかず、制服警官2人も続いた。

 銃弾の風切音をBGMにしながら、ようやく3階の廊下へ。



 信秀が、正体不明の男に話しかける。


「お、おい……。この家には、姿の見えない化け物がいてだな……。日本語は、分からないのか?」


 片手を向け、“待て” のジェスチャーをした男は、無線機に話す。


『Mech to Home.Enemy sniper,southeast,distance 1.7klicks.Over.(メックからホームへ。敵の狙撃手、南東、距離1.7km。通信終わり)』


 ザッ

『Home,Roger.(ホーム、了解)』


 数分もしないうちに、上空からブゥウウウと重機関銃の掃射音が。


 空からの制圧射撃を聞きながら、外国人の男は上から片目のサイトを下ろした。

 背中に回していた小型のPDWピーディーダブリュー(パーソナル・ディフェンス・ウェポン)を両手で持つ。

 カチッと、安全装置を解除した。



 信秀は、気になっていたことを質問する。


「な、なあ……。ここに、刑事が1人いなかったか? あー。Cop! Police, you see?(警官! 警察、見なかった?)」


 首を振った男は、答える。


「No, I didn't see the detective.(いや、俺は刑事を見ていない)」


 その直後に、外国人の男はPDWを構えて、ドットサイトの点で捉えるのと同時に発砲する。

 手慣れていて、流れるような動き。

 正規の射撃訓練を受け、さらに場慣れをしている様子だ。


 パンッと音が響き、何もいないはずの空間で悲鳴が上がる。

 触手を束ねた後に目玉をつけたような生き物が、いきなり倒れた。


 それを見た警官たちは怯むも、外国人の男は、Get behind me!(俺の後ろにつけ!)とだけ言い、玄関ドアがあった空間を目指して走り出す。




「はあっはあっ……。な、何とか脱出できたぞ……」

「そう、ですね……」


 ようやく外に出られた信秀と心也は、まるで数年ぶりに娑婆しゃばへ帰ってきた受刑者のような気分だった。


 彼らが上の赤色灯を輝かせたままのパトカーの傍で呼吸を整える一方で、外国人の男はPDWを再び背負って、話しかける。


「こちらで、ジャミングをかけていた。さっきの狙撃は俺たちとは別の連中だ! おそらく、まだ仕留めていない……。いいか? あの部屋が見える方角には、絶対に出るな! 警官2人では、あの透明な化け物にも太刀打ちできんぞ? 大人しく帰って、オカルト系に強い応援を呼べ。重武装の警官、できれば応戦できる狙撃手も!」


 それにうなずいた椙尾信秀が、途切れながらも同意する。


「おお……。とにかく、ありがとな……。助かったぜ」


 椙尾(巡査)部長は、完全に素の対応だ。


 返事を聞いた正体不明の男は、話を続ける。


「気にするな! 警官を犠牲にしたら、こちらも面倒になるだけ。元はと言えば、俺たちのジャミングのせいでもある……。その借りは、これで返したからな? くどいようだが、刑事1人については未確認だ! 俺が来た時に、刑事と名乗る人物はいなかった……。とはいえ、私服であるのなら、ここらへんの住人との区別がつかない。そちらで探してくれ」


 話を聞いた信秀は、同意する。


「ああ、分かった……」


 スタスタと開けた場所に歩いた男は、カラビナのような金具にカチャカチャと何かを取り付け始める。


 ここで、ようやく信秀が我に返った。


「いや、待て! お前には、署まで同行してもらう! 銃刀法違反と公務執行妨害の――」


 そこまで言いかけた信秀は、いきなりちゅうに浮かんだ男に唖然とした。


 上を見ると、ホバリング中のヘリが動き出し、急速に離脱している。

 普通ならバタバタとうるさいのに、あまりに音がなく、接近されていたことに気づかなかった。


 外国員の男をエクストラクションロープで吊り下げたまま、ヘリは瞬く間に遠ざかった。


 上部の2段で重ねた同軸のメインローターと後ろ向きのプロペラを組み合わせた、珍しい形状のヘリだ。

 静音モードを解除したことで、従来のヘリのような音が山々にこだまして、遠ざかるにつれて静寂が戻ってくる。


 しばしポカーンとした制服警官2人だが、まだ危険な異人館にいることを思い出した。

 機捜3の車両が施錠されていたことから調べるのを諦めて、すぐにパトカーで安全な場所まで引き帰す。


 もうすぐ、日が暮れてしまう。

 応援と合流しなければ、せっかく助かった命をムダに捨てるだけだ。



 車載の警察無線で報告した2人は、たまの補給を兼ねて葦上あしがみ署へ移動しながら、車内で話し合う。


「椙尾部長……。報告書、どうします?」


 運転している心也の問いかけに、信秀が答える。


「どうもこうも……。要点は事実を伝えて、あとは俺たちの失点にならないよう、書いとけ……。発砲しておいて、市民をムザムザと殺されたうえ、武装した重要参考人に逃走されたから、どうやっても責められるけどな? いや、それよりも……」


 言葉を切った信秀は、車内で絶叫する。


「日本語が分かるなら、最初から話せよ! あの野郎ォ!!」



 ◇ ◇ ◇



 山奥と下の街は、片道一車線の山道と、ワンマン列車でつながっている。

 一両しかない電車が駅に停まり、開いたドアから荷物を抱えた1人の少女が降りた。


 緑豊かな場所だが、山の中で周囲には何もない。


 彼女が運賃箱に入れた整理券と切符の2つを回収したワンマン列車は、他の乗客がいないことから即座にドアを閉めて、戻るための準備を始める。



 少女は何もない駅のホームから出て、博物館にありそうな狭い待合室を通り抜ける。

 日差しがより強くなったことで、金色に輝く髪をなびかせつつ、思わず手で日光をさえぎった。


 かつては駅前の商店街だったようだが、目の前に並んでいる店舗にはどれもさびだらけのシャッター。

 汚れた看板や店名の上に、住居スペースの2階。

 まだ人が住んでいるらしく、気配や生活感がある。


 予算も人手もないのか、ゴーストタウンのような寂れ具合だ。


 小さな駅の正面はロータリーで、そこに車が停まっている。

 冷房を効かせるためか、アイドリング中のようで、慌てたように運転席のドアが開く。

 スーツを着た、短い髪の若者だ。


 正装の若い男はキビキビと動き、金髪少女の前でかかとを揃え、バッと浅いお辞儀をした。


「自分は、葦上署の氷熊巡査です! 出迎えが遅れて、大変失礼しました!」


 金髪少女は地面につけている自分のスーツケースを手で支えつつも、紐がついている縦型二つ折りの手帳を取り出した。

 それを上下にしっかりと広げて、上の顔写真と階級など、それに下の部分を指で隠さないように見せながら、応じる。


「警視庁から来ました、特殊ケース対応専門部隊の咲良さくらマルグリット巡査部長です。本日はわざわざ来てもらい、ありがとうございます」


 ハッ! と答えた氷熊心也は、マルグリットの荷物を受け取り、開けた後部のトランクに入れた。

 彼女が自分で助手席のドアを開けて乗り込んだから、すぐに運転席へ戻る。

 バムッと閉めたら、車内の冷房のおかげで、気分が落ち着く。


『葦上PSより10へ』

『10、どうぞ』


 助手席のグローブボックスがある位置に埋め込まれた警察無線が、それぞれの連絡を拾っている。


「咲良部長! その席は狭くないですか? 後部座席に座っていただいても、構いませんが……」


 心也の問いかけに、マルグリットは、別にいいわ、と返した。


 迎えにきた心也は、覆面パトカーを出す前に、ゲストであるマルグリットに確認する。


「着任の挨拶もあるかと存じますから、このまま葦上署へ戻ります。咲良部長は、それでよろしいでしょうか?」


 頷いたマルグリットは、心也の顔を見ながら答える。


「ええ、お願いするわ!」


 シートベルトを締めたマルグリットは、その豊満な胸によって見事なパイスラを披露。

 視線を感じたが、彼女はスルーした。



 サイドブレーキを外し、ギアを1速に戻した覆面パトカーは、ウィンカーを光らせ、運転手の周囲チェックの後にゆっくりと動き出す。


『112より135へ……。現在、鈴木すずきさんの家の前で逃げ出したニワトリを追跡中。遅くなるので、帰りがけに4人分の食事の確保を頼む! ちょうど、街に下りているのだろ?』

『135より112へ……。4人分の食事、了解! いつもの弁当屋でいいか? クーポンの期限が近いから、使っておきたい。どーぞ?』


 暢気のんきな会話を聞いたマルグリットは、運転中の心也に話しかける。


「いつも、こんな感じなの?」


 両手でハンドルを握っている心也は、苦笑いをしながら、応じる。


「ええ……。ここは事件と呼べるものがなくて……。地元の人たちに、ああやって頼まれることが多いんですよ」


 聞けば、交通違反の取り締まりがあるぐらいで、良くも悪くもノンビリしているとか。

 厳密に判断するのなら、公務中に警察車両で私事を行うのは処罰ものだが……。

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