第182話 ファイル1:占い少女と助手による下町散策ー①

 東京の墨田すみだ


 古き良き下町文化を色濃く残しているエリアで、かつての江戸文化にも触れられる。

 商店街や職人のお店が点在していて、それらの結びつきが強いのが特徴。


 戦前からとおぼしき木造住宅やアパートの密集地帯がある一方で、富裕層のタワーマンション、観光名所のツリーも建てられた。

 主要駅の周辺は再開発が進んでおり、地区による住民の気質や温度差が激しい。

 古い住宅が並ぶ道からツリーを見ると、まるでタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。


 戦前からの風景を見られることで歴史的な価値が高いが、そこに住んでいる人々にとっては、ただの日常。

 観光エリアはともかく、地元民しか入らない裏道をウロチョロして無断で撮影するのは止めておくべきだ。

 

 その墨田で、どちらかと言えば再開発された場所にある高校の制服を着た集団がいた。


 女子はリボン付きのブレザーで、男子は学ラン。

 もう夏休みに入っているが、部活や委員会があれば、別におかしくはない。


 1人の女子は青い顔のまま、様々な方向に向かう人々で賑わっている駅前の広場を進む。

 その思い詰めた表情と雰囲気に、近くを通りすぎた人は怪訝けげんな顔をする。


「……どうして、こんなことに」


 思わずつぶやいた女子高生は、うつむいたまま、そのこぶしを握りしめた。

 ネイルをしていない、真面目と主張している指に血がにじむ。


 夕方ともなれば、買い物帰りの主婦や、帰宅する学生たちで賑わう。

 彼女に、自宅の夕飯を楽しみにしている様子はない。


 一緒に歩いている集団の男子が、声をかける。


「元気出せよ。晴音はるねは、そのうち戻ってくるさ! あいつが見知らぬ男と避妊もせずにヤリまくっていたなんて――」

「あるわけないでしょっ!!」


 辺りをつんざく大声に、周りの人々が一斉に注目する。

 だが、当の彼女に殺意を込めた目でにらまれたことで、慌てて視線をらし、自分の進行方向へ歩み出す。


 高校生の集団は、たった今のやり取りをした男女2人を中心に立ちすくむ。


「……わりぃ」


 小声で、無神経なことを言った男子が謝った。


 それに対して、気まずい女子も頭を下げる。


「いえ、私も感情的になりすぎたわ! ごめんなさい……」


 そこで、一緒にいた面々も、息を吐く。


 別の女子が、取り成すように発言する。


「まあまあ……。私たち、墨高すみこうの生徒会や部長が動揺していたら、他の生徒も混乱しますよ? お医者さんも頑張っているのだから、今は晴音さんが帰ってくる場所を守りましょう!」


 いつもムードメーカーを務めている人物らしく、彼女が発言した途端に雰囲気が変わった。


 最初に発言した女子が、ようやく笑顔になって、その励ましに応じる。


「そうね……。きっと、晴音も元気になって――」

「悪いが、そやつはこのままだと死ぬぞ?」


 周囲の空気が、固まった。


 先ほどのやり取りで、周囲にいた人間は軒並みいない。

 不自然にポッカリと空いた場所に、2人の少女が立っていた。


 ようやく収まりかけていた怒りが再燃して、リーダーらしき女子は般若はんにゃのような形相に変わる。


「……いい度胸ね? 面白い見世物と思ったのかしら?」


 言うとすぐに、周りの友人たちが止めるもなく、ツカツカと近寄った彼女は右手を振り上げる。


 対する少女は、初等部の高学年と言ってもいい身長だ。

 許されない暴言であったものの、一方的に手を出すのはマズい。


 しかし、手首のスナップを利かせたビンタは、容赦なく少女のほおに飛ぶ。


「くっ!」


 完全に捉えたはずなのに、空振り。

 そのせいで、ビンタをした女子はバランスを崩す。

 何とか転ばずに元の姿勢へ戻れば、また少女が現れていた。


 夏の夕方、大勢の人でごった返す駅前。

 まだまだ日が高く、本当の夜までには、かなりの時間がある。


 その時間帯でいきなり発生した怪奇現象に、高校生たちはギョッとした表情へ。



「私は、近い未来を教えただけ……。そう、怒るでない。むしろ、お主らを救いにきたと言っても良いのじゃ」


 よく通る声が響いて、高校生たちは目の前にいる少女が幻ではないと自覚した。


 再び手を振り上げた女子に対し、男子は急いで彼女の腕を掴み、その動きを止める。


「落ち着け、美月みつき! いつも冷静な、お前らしくないぞ!? ……お前もお前だ! 美月が動いていなかったら、俺が代わりにぶん殴っていたところだぜ!!」


 怒りを抑えられないと丸分かりの声で、男子が少女に言い捨てた。


 少女は肩をすくめて、事もなげに言い捨てる。


「それは謝罪しよう……。では、勝手に頑張れ! 私は、これで失礼するのじゃ……。行くぞ、みお?」


 少女は黙ったままの連れに声をかけた後で、あっさりと背を向け、やってきた道を戻り出す。

 付き添いらしき女子高生は少し戸惑ったものの、その指示に従う。


「……あ、あの! ひょっとして、室矢むろやカレナさん、ですか?」


 ムードメーカーを務めている女子が、恐る恐る声をかけた。


 その発言で、背中を向けていた少女が、くるりと振り向く。

 相手から左の横顔だけ見える状態で、青い瞳が発言者を映した。


「だったら、何じゃ?」


 肯定されたことで、女子は一気に騒ぎ出す。


「えっ……。ほ、本当に、室矢さんですか!? う、嘘……。まさか、本物を見られるとは……」


 空気を読まず、はしゃぐ女子によって、その場の雰囲気が大きく変わった。


 他の高校生は困惑するばかりで、もう一方のカレナと錬大路れんおおじみおは相手の反応を待っている。


 最初の女子が、ムードメーカーの女子に尋ねる。


「どういうこと、祐果ゆうか? そのカレナという少女だったら、いったい何なの?」


 対する小番こつがい祐果ゆうかは、胸の前でブンブンと上下に腕を振りながら答える。


「どうもこうも! 彼女は調布ちょうふに住んでいる、有名な占い少女ですよ!? 未来予知レベルでよく当たる占いをしているため、お金持ちの子供が通っている紫苑しおん学園の中等部でクイーンを張っているらしく……。ネット上で実名と顔写真こそ出ていませんが、一部でカルト的な人気です。む、室矢さんに聞けば、きっと有効な打開策を教えてくれますよ!」


 祐果の熱弁によって、高校生のグループは顔を見合わせた。


 その話が本当ならば、まさに千載一遇せんざいいちぐうのチャンスだ。

 しかし、たった今、リーダー格の勝盛かつもり美月みつきがあれだけ敵対した直後。


 説明した祐果ですら、どうしたものか、と悩み出す。


 彼らの様子を見ていたカレナは、仕方なく提案する。


「それで、どうするのじゃ? こちらも忙しいのでな……。私に用がなければ、これでお別れだ」


 ハッとした高校生のうち、ビンタをしかけた美月が口を開く。


「ごめんなさい! さっきは、気が立っていて……。できれば、私たちの悩みを聞いたうえで占って欲しいわ……。その前に、あなたが本物の室矢カレナであるのか? を確認させてちょうだい」


 カレナがうなずいたことで、美月は少し離れて、制服のポケットからスマホを取り出す。

 1つのアプリを起動させ、紫苑学園の高等部の生徒会長である澤近さわちか葵菜あいなにメッセージを送る。


 すると、カレナが腰に巻いている小型ポーチから音が聞こえてきて、スマホを取り出す。


 電話に出たカレナは面倒そうに二言ぐらいを交わし、すぐに美月を手招きして渡す。

 彼女は同じく手短に話した後に電話を切り、持ち主に返した。


 カレナは、全てを見通しているかのように話しかける。


「気は済んだか? どうせ、『生徒手帳を見ても偽造と区別がつかない』と考えたのじゃろ? 制服についても同じで、絶対に入手できないと決まったわけでもない。まあ、今は私服だがな……」


 いささか気まずい表情になった美月は、カレナに謝る。


「そうよ。ごめんなさい……」


 しかし、カレナは気にせず、片手を振った。


「いや、用心深くて何よりじゃ! 言われてホイホイと信用するようでは、むしろ心配だ……。ならば、これで最終確認としよう。私に、何か用があるのか?」


 頷いた美月は、いよいよ打ち明ける。


「私たちの親友が入院しているの! でも、よく分からない症状のため、お医者さんもさじを投げている状態で……。今の病院は責任を負いたくないのか、しきりに転院を勧めてくるけど、新しい受入先が見つからず、親友の家族も困っているのよ……。せめて、事態を解決するヒントをもらえないかしら? あなたの占いの料金がいくらかは知らないけど、私が払うわ」


 その発言に、周囲にいた高校生たちが騒ぐ。


「俺も払うぜ? 美月だけに、格好をつけさせないからな!」

「わ、私も負担しますよ!」


 うるわしい友情の発露を見たカレナは、特に感心もせずに応じる。


「私に、『友人を助けるための方法を教えて欲しい』ということだな? ……よろしい。なら、いったん落ち着ける場所に移動するのじゃ! そもそも、天下の往来で話し合うことではないからな……」


 そう言ったカレナは、革靴の底を地面につけたまま、片足だけジャリッとひねる。


 途端に、周囲の騒音が戻ってきて、車道でもトラックや一般車が走る。

 駅前の中央で固まっている集団を迷惑そうに見ながら、避けて通る歩行者たち。


「え? い、今、何を……」


 祐果が、周りを見回しながら、怯えを含んだ声を上げた。


 そういえば、さっきまで妙に静かで、人の視線もなかった気がする。


 他のメンバーも、同じ思いで見回した。

 しかしながら、自分たちが通行スペースを塞いでいることに気づき、慌てて移動を開始する。

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