第183話 ファイル1:占い少女と助手による下町散策ー②

 最も近い勝盛かつもり美月みつきの家に集まった高校生グループは、彼女の自室で円座となり、自己紹介を始める。


 年頃の女子らしいと言うには、少しばかり実用的な部屋だ。

 色合いや小物に、本人の可愛らしさが表われている。


「私は、墨田すみだ高校の副会長である勝盛美月よ。うちは公立で、中堅ぐらいの進学校といったポジションね……」


 この家に住んでいてリーダー格の美月が、笑顔を見せた。


 ウェーブがかったショートで、透明感を与えるベージュ系の髪。

 飛び抜けた美人とは言いがたいものの、街の看板娘になれるぐらいの可愛い容姿だ。

 いかにも指示を出すことに慣れている様子で、いわゆる女子に人気が出るタイプ。

 入院している親友のことが気掛かりなのか、かげのある笑みだ。


 墨田高校は荒れているわけではなく、公立のわりに大学受験に向けたプログラムも多い。

 土地柄によって、良い意味で伝統が残っているとか……。


 次に、黒一点である男子が話し出す。


「俺は、生徒会長の蜂須はちすしゅんだ。よろしくな! ……美月じゃなく、俺のほうが生徒会長だから!」


 どうやら、いつも彼女の尻に敷かれているらしい。

 聞かれてもいないのに、わざわざ釘を刺してきた。


 冷静に観察していた錬大路れんおおじみおは、この男子が矢面やおもてに立っているから美月が安心できていると感じた。

 その意味で、この2人はとてもお似合いだ。


 ムードメーカーの小番こつがい祐果ゆうかも、人好きのする笑顔で話しかけてくる。

 ロングの黒髪を後ろで束ねていて、清楚であるものの、どこか親しみを持てる雰囲気だ。


「私は、同じ高校の新聞部で部長をしている小番祐果です! 実は、生徒会にはもう1人、書記をしている古室こむろ克友かつともくんがいます。最近、登校しておらず、自宅までお見舞いに行ってもご家族の方に止められるだけで……。ああ、さっき入院していると言ったのは、生徒会で会計をしている上坂うえさか晴音はるねさんのことです」


 うなずいた室矢むろやカレナは、腰のポーチから生徒手帳を取り出して、美月に渡した。


「私は、紫苑しおん学園の中等部に通っている室矢カレナじゃ!」


 美月はページをめくり、“この人物を当校の生徒と認める” の定型句が記されたところを見る。

 偽造防止の処理が行われた顔写真と、“室矢カレナ” の名前があった。


 顔を寄せ合って確認した生徒会メンバーが頷いたことで、美月はカレナに生徒手帳を返す。



「澪は、どうする? 私の連れだから、特に必要ないだろうが……」


 カレナが気遣ったものの、澪は首を横に振って、同じく学生証を取り出した。

 他人の手に渡す気はなかったようで、学生であることを証明するページを大きく開き、彼らの前に突き出す。


「私は、錬大路澪……。止水学館しすいがっかんに通っている高等部1年よ」


 学生証にはいかめしい文字で、“当校の学生は警察官に準ずる扱いのため、公務中には同等の権利を有する” とあった。


 それを読んだ峻は、本物の演舞巫女えんぶみこだ、すげー! と言いかけて、真顔になった。

 女子たちも目を丸くしていて、演舞巫女を初めて見たことが分かる。


 相手が萎縮したことを感じた澪は、付け加える。


「私はカレナの付き添いだから……。その、あまり構えなくてもいいわ」



 お互いの自己紹介が終わり、カレナと澪が生徒手帳を見せたことから、雰囲気が柔らかくなった。

 しかし、この集まりは、友好を深めることが目的ではない。


 カレナが、美月に話しかける。


「お互いに時間がないことだし、手早く始めるのじゃ! 御代おだいについては、結果が出てからでいい……。対処するべき人物は、入院中の上坂晴音と不登校になった古室克友の2人だ。克友が自宅に引き籠もってから、どれぐらいった?」


 思わぬ指摘に、戸惑いながらも峻が答える。


「あー、そうだな……。夏休みに入る前の1週間前ぐらい、だったと思う。心配して電話やメッセージをして皆で自宅にも行ったんだけど、全て拒絶された! 今でも、返信はないぜ……」


 その時のことを思い出したのか、苦い顔になった峻。


 両腕を組んだカレナは、トントンと、指でリズムを刻む。


「お主ら、克友には会っておらんのだな? ……よし、分かった! 克友を先にしたほうがいい。明日の朝に、希望するメンバーでそやつの自宅に行くぞ! もう1人の女子については、進捗しんちょくによるのじゃ……。質問は?」


 手を挙げた祐果が、控え目に話し出す。


「カレナさんの提案を否定するわけじゃないんですが……。また門前払いを食らったら、どうしますか?」


 それに対し、カレナが不敵に笑う。


「心配するな……。私の予想が外れていなければ、まず克友は自室にいる。それに、奴の家族は、私が説得するのじゃ!」


 それなら、と祐果は矛を収めた。


 優先順位が決まった以上、明日の結果を見なければ、動きようがない。

 この部屋の持ち主である美月は、本日の解散を宣言する。


「今日はもう夜になるから、カレナの言う通り、明日にしましょう。……そうね。朝9時に集まって、すぐに克友の家へ行くわ! 遅れた場合には置いていくから、後で合流してちょうだい」


 立ち上がって別れを告げる生徒会のメンバーに続き、カレナ達も去ろうとしたが、美月に呼び止められた。


「良ければ、なんだけど……。今日は、2人とも泊まっていかない? 来客用の布団は2組あるし、夕飯と明日の朝食まで用意する。カレナに、さっきのお詫びをしたいから……」




「「「ご馳走様でした」」」


 いきなりの宿泊にもかかわらず、勝盛家で歓待された。

 ちょうど夏休みだったから、学校の活動で知り合った友人として、簡単に信用されたのだ。

 あるいは、美月が普段から優等生で、カレナと澪も同じ女子だったからか……。


 ともあれ、無事に夕飯が終わり、それぞれが思い思いの場所で過ごす。


 美月の父親であるさとるはゲストの美少女2人に鼻の下を伸ばしていたが、妻と娘に冷たい目で見られて自重した。

 食後にはダイニングとつながっているリビングのソファに座り、テレビで専門チャンネルを見ている。


 中流のようだが、新しいモデルの戸建てに住んでいて、内装とインテリアも相応だ。

 紫苑学園に通う生徒の親ほどではないにせよ、上の立場らしい。


 カレナと澪は他人の家に泊まらせてもらう居心地の悪さを感じて、すぐに1階のリビングダイニングから2階にある美月の部屋へ移動しようとする。


 その時、カレナは、ちょうど同い年ぐらいの男子から声をかけられる。


「あ、あのさ……」


 カレナは、その男子の顔を見た。


 少しだけ躊躇ためらった男子は、話し出す。


「お、俺、占いに興味があってさ……。良かったら――」

「こーら! 今からは、女子だけの時間よ! 勇飛ゆうひは引っ込んでなさい!」


 お誘いを邪魔された勇飛は、美月に恨みがましい視線を向けた後、うるせえよ姉ちゃん! と捨て台詞を残して、2階の自室へ逃げて行った。


 美月は、カレナに謝る。


「ごめんね。私の弟が……。悪い子じゃないから。許してあげて?」


 今の美月は、出会った当初よりも、だいぶ接しやすい雰囲気だ。

 カレナは手を振り、気にしていないと示す。


 先ほどの食事でチラチラと見ていたことは、カレナにも分かっている。

 しかし、今はそれどころではない。



 美月の自室に集まった女子3人は、お風呂までの短い間に、再び話し合う。


 ベッドに腰掛けた美月が、カレナに質問する。


「晴音と克友は、助かりそうなの?」


 フローリングの上に敷かれたラグに座ったカレナと澪。


 そのうち、カレナが答える。


「まだ、何とも言えん……。だが、可能性はあると思う」


 今にも爪を噛みそうな様子で、美月が話す。


「やっぱり、明日にならないと分からないのね……。参考までに、明日どうするつもりか、教えてくれる?」


 了承したカレナは、すらすらと答える。


「克友の自宅へ行き、そやつの問題を潰す。まだ時間があれば、その足で病院へ行き、晴音の問題も片付ける」


 しみじみと聞いていた美月だが、やがて問いかける。


「もし、あなたのおかげで上手くいった場合……。私たちは、どれぐらい払えばいいのかしら? 高校生に払えない金額なら、分割にしてもらえると助かるわ! その時には、借用書を用意するから……。どうしても一括払いなら、親を説得してバイトやお小遣いの前借りを考えているけど……。他のメンバーにも、私から協力をお願いするつもり」


 美月の顔を見たカレナは、率直に答える。


「お主の誠意は分かったが、そちらで払える金額にあまり興味はない。それよりも、情報や、今回の事件に関わっている物品の回収をしたいのじゃ!」


 首をかしげた美月は、カレナの真意を確認するべく、話しかける。


「それでいいの? 私たちが持っている情報や物品といっても、たいした物はないわよ?」


「構わん。今回の話はな……」


 もったいをつけたカレナに、話している美月は思わず引き込まれた。


 カレナは、続きを話す。



 ――お主ら、一般人が関わるべき領域ではない

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