第181話 母校の止水学館との決別で3回目の上京【澪side】

 熱寒地ねっかんじ村に送られた北垣きたがきなぎは、室矢むろやカレナに依頼された柚衣ゆいによって救出され、近くの山岳地帯で潜みながらのキャンプと相成あいなった。

 桜技おうぎ流から除名されたことは動かず、このまま脱走しても、再び連れ戻されるから……。


 事情を説明され、ゆっくり休んだことで、凪は自分の頭で考えられる状態に持ち直した。


 いっぽう、凪から返信がないことで心配した錬大路れんおおじみおは、予定を繰り上げて夏休みに入り、紫苑しおん学園の出待ちでようやく室矢むろや重遠しげとおと出会った。


 カレナから、凪を助けて欲しければ、御刀おかたなと装備一式を持ち出して合流するようにと言われた澪は、帰りの電車に乗る。



 ――止水しすい学館


 東京から戻った錬大路澪は、夏休みに入った直後で閑散とした止水学館の敷地内を歩く。


 覇力はりょくを使えるとはいえ、やはり御刀と礼装を入手したい。

 室矢カレナからも、装備を持ち出して合流することが協力する条件だと言われている。


「さて、どうしたものかしら……」


 外に面した廊下を歩きながら、制服姿せいふくすがたの澪は困り果てた。


 方法は、いくつかある。


 鍵を借りて堂々と保管庫へ乗り込み、御刀を持ち出した後に、外まで突破。

 他の演舞巫女えんぶみこが身に着けている装備を強奪。

 いっそのこと、学長に直訴するのも、一つの手だ。


「装備を持ち出せても、その後が……」


 カレナは、合流すればいいと言っていたものの、追っ手がかかる事態は避けたい。

 しかし、警備がゆるい礼装は2着を持ち出せたが、さやを固定する装具と御刀をどうするのか?



「ん?」


 業者の搬出入にも使われている発着場が、騒がしい。

 夏休みだから、外壁工事でも行われるのだろうか?


 男子禁制の場であるものの、出入りの業者については例外だ。

 限定された空間のみ許可され、女子と話すことは物理的に不可能。

 また、友人や家族であっても話さない、という守秘義務を課せられる。


「あー、つまらねえな! せっかく、こんな珍しい女子校に入れたのに……。話ぐらいはしたいもんだ」


「よせよせ……。ここは警察と同じだから、逮捕されちまうぞ? って、俺たちも警察だけどさ」


 益体やくたいもない会話をしていた男2人は、私服であるものの、警官のようだ。

 近くには、覆面のバンが停車している。


「お疲れ様です。搬送の打ち合わせをしたいので、こちらへお願いします」


 澪が隠れながら様子をうかがっていたら、若い女の声が響いた。

 若い男2人は、覆面のバンを離れる。


 スーッと近づいた澪は、周りをキョロキョロと見回した後に、側面のドアを横にスライドさせてみる。

 鍵がかかっているのでは? の思いとは裏腹に、あっさり開いた。


 驚いたものの、急いで中に入り、いったんドアを閉める。


「もしかして……」


 貨物室に入った澪は、室内のライトを点け、ゴソゴソと探る。

 大刀だいとうが入りそうな細長い箱を見つけて、ふたを開く。


 そこには、鞘に納められた御刀が固定されていた。


 このバンは、普通の車とほぼ同じ外観だが、金庫室のような扱い。

 目立たないよう、窓ガラスの内側に鋼板を取りつけ、閉鎖している。


 刀を鍛えて、修復する鍛冶場かじばなどに運搬するための車両だ。

 男がいる空間のため、基本的に男のドライバーと護衛が担当している。


 一振ひとふりを取り出した澪は、スラッと御刀を抜いてみた。

 ……問題はない。


「傷みはあるけど、まだ実戦で使えそうね?」


 北垣凪のことを思い出した澪は、もう一振りを確認した。


 二刀を持っていけば、彼女と合流できた時に役立つ。

 途中で折れた場合の予備にも。


 二振りを見繕った澪は、別の場所に置かれていた装具も2つ、手に取る。


 強度と動きを確認して、1つは自分の背中に合わせ、装着した。

 そこに、御刀の鞘を固定する。


 もう1つの装具と御刀、礼装2着も、背負わせた。



 桜技流の装具は、簡素な強化外骨格に近い。


 普通に刀を差したままでは、鞘が後ろに大きく出てしまう。

 ゆえに、専用の金具が鞘の一部を掴み、普段は背中に回しておくのだ。


 言うなれば、フレキシブルに動くサブアームで、演舞巫女の覇力はりょくに反応する。

 折り畳み式で、他の装具や御刀、食糧を運搬することも可能。



 車外に出るタイミングでも、男2人は帰っていないようだ。


 澪は、装具や御刀の端が引っかからないように注意しながら、輸送車から脱出。

 側面のドアを閉めた後に、何食わぬ顔で立ち去る。



 戦闘状態の澪だが、学内に生徒の姿は少なく、たまに出くわしても不思議そうな顔で見られるのみ。


「……ここまできたら、試してみよう」


 ふうっと息を吐いた澪は、思い切って正門へ向かう。


 輸送車から御刀と装具を持ち出したことは、すぐにバレる。

 早ければ、さっきの男たちが戻ってきて、出発する前の点検。

 どれだけ遅くても、修理や交換をする鍛冶場や工房に到着した時点。


 フリーで抜けられるとしたら、今だけ。

 寮の部屋に戻っている時間もない。


 澪はコツコツと革靴の音を響かせながら、警備がいる正門へと近づく。

 当番の演舞巫女たちが、彼女に注目した。

 

 はかまを着ている教員が、澪に尋ねる。


「何用ですか?」

「外出です」


 澪が答えたら、現場責任者の女は眉をひそめた。


 すでに装具を身に付けていて、予備の御刀と装具、礼装まで抱えている。

 不審に思った女は、問い返す。


「どちらの任務ですか? 隊長はどなた?」

「極秘のため、お話しできません」


 澪の返事に、周囲の空気が張り詰めた。

 真夏の猛暑とは違う、別の汗が肌を流れる。


 周囲の演舞巫女たちは、いつでも抜刀できる姿勢に移った。

 左手を鞘に当てて、右手を柔らかくする。


柳崎やなざき先生、お電話です!」


 正門の内側にある詰所から出てきた女子の叫びで、保留とされた。

 近くに立つ澪を気にしながら、柳崎やなざきかなはいったん詰所の中へ入る。



 澪が複数の演舞巫女に囲まれたまま、数分が経過した。

 戻ってきた叶は、彼女に告げる。


「……お役目、ご苦労様です。気をつけて、行きなさい」


 その台詞によって、再び弛緩した空気が流れた。

 警備の演舞巫女たちも、鞘とつかから手を離す。


 会釈をした澪は早足に正門を通りすぎ、歩道を歩きながら、次の移動手段を考える。


 財布と学生証、スマホは持っているものの、二振りの刀と装具2つ、礼装2着をどうするべきか?

 武装をしたまま電車を乗り継ぐのは、あまりに目立ちすぎる。


 そう考えていた澪の傍に、1台の車が止まった。


「重そうね? 乗せて行ってあげようか?」


 運転席から顔を出した女の顔を見て、澪はどこかで見た顔だ、と悩む。

 それを見ていた女はクスリと笑い、自己紹介をする。


「止水学館の用務員をしている、上嶋かみしま百合香ゆりか。いつも電球交換などの裏方だから、あなたが名前を知らなくて当たり前ね……。ここから市街地までは、山道を歩いて1時間はかかるわよ?」


 しばし迷った澪だが、この炎天下の直射日光と下のアスファルトからの遠赤外線であぶり焼きにされたら、たまらない。


 開かれた後部トランクに御刀と装具を入れようと歩み寄ったら、収容できる専用のケースを見つけた。


「すぐに使う予定はないから、帰るまであなたが使ってもいいわ!」


 御刀と装具を直置じかおきするわけにもいかず、澪は百合香の言う通りにした。


 トランクを閉めた澪が助手席に乗ると、キンキンに冷やされた車内で体の火照りが治まっていく。

 緊張による汗のせいで、むしろ寒いと感じた。


「さて、どちらに向かえばいいの?」


 百合香から聞かれた澪が答えようとした時、スマホが反応した。

 断りを入れてから、通話状態にする。


『私じゃ……。時間がないので、手短に言う! そこから、“ゴルフ倶楽部プラチナジョイ” のヘリポートへ向かえ。あとは、行けば分かる』


 特徴的な話し方、声音から、室矢カレナだと判明した。

 けれども、一方的に電話を切られ、必要最低限のことだけ。


 溜息を吐いた澪は、百合香に目的地を告げた。


 道中では百合香が色々と話しかけてきたが、澪の知っていることは少ない。

 適当に受け流しているうちに、『ゴルフ倶楽部プラチナジョイ』という看板が見えてきた。


 百合香はウィンカーを出しながら左折して、緑にあふれるゴルフ場の敷地内へ入った。

 案内図に従い、地面に大きく『H』と描かれているヘリポートへ近づくと、待機所から数人が出てくる。


「失礼ですが、錬大路澪さんの御一行でしょうか?」


 4本のラインが入った肩章が目立つ、襟付えりつきで半袖のフライトスーツを着た男だ。

 服の中央はボタンではなく、ファスナーで締めている。

 精悍せいかんな顔つきで、彼女たちの返事を待つ。

 

 返事に困った百合香が、助手席のほうを振り返る。

 澪は運転席の側にいる男を見ながら、はい、と答えた。


「では、すぐに搭乗をお願いします! 提出しているフライト・プランで、もう出発時間なので!! ……おーい! すぐに出すぞ!!」


 白いヘルメットについているマイクへ、男が叫んだ。


 鮮やかな青色をベースに、白いラインが入っている民間ヘリ。

 その機体の点検を行っていた男が、手を振って応じた。

 素人の澪から見ても、これは最新型と分かるほど美しく、機能性に満ちたフォルムがたたずんでいる。


 百合香に手伝ってもらい、急いで後部トランクから御刀と装具、礼装を入れたケースを取り出す。

 澪は覇力を使い、自分で背負ったまま、ヘリに向かう。


 途中でまだお礼を言っていないことに気づいたが、その余裕もなかったので、とにかくヘリの客室に入って、扉を閉める。


 待機所から出てきた誘導員が、周囲の安全確認と、ヘリの誘導を始めた。


 背負っていたケースを床に置き、搭乗員の指示に従って、固定。

 搭乗員がベルトを引っ張って、最終確認。

 それが終わったら、澪は耐衝撃のシートに座らされ、同じくベルトを締める。


 先ほどの男2人が、前方のコックピットに乗り込んだ。


 最新のアビオニクスを搭載しているため、どちらの席にもデジタルで一括表示されたモニターがある。


「ドアロック、よし! 風速、よし! 視認障害、なし!」

「チェックリスト、異常なし! 各計器、正常!」


 補助動力からスタートして、メインローターが動き出す。

 パチパチとスイッチを動かす音を響かせながら、パイロット2人の動きでヘリは飛び立つ準備を終えた。


 地上の誘導員は、“問題なし” のサインを出している。


 機長は右手のサイクリック・スティックと左手のコレクティブ・レバーを握り、両足も2つのラダー・ペダルにかけた。

 それぞれを巧みに操って、少しずつ高度を上げていく。



 澪が窓から外を見ると、車から降りた百合香が手を振っていたので、振り返した。


 ついに浮かび上がったヘリは、低空でホバリングして、さらに上空の様子を確認した後に目的地への進路を取る。



 初めてのヘリ移動をしながら、澪は様々な思い出が詰まっている母校に別れを告げた。

 御刀と装備を無断で持ち出した以上、親友の凪を助けられても、自分の帰る場所はない。


「…………さよなら」


 ――私の大切なお友達と、懐かしい日々


 窓の外の景色を見ながら、澪は寂しそうにつぶやいた。


 その小さな声は、ヘリが発生する騒音に紛れて、消える。

 涙が彼女のほおつたい、外からの光で真珠のように輝く。




 やがて、巨大な旅客機などが忙しく入れ替わる空域に近づいた。

 ヘリのパイロットが、着陸許可を求める。


『Tokyo approach,B145,Infomation A(東京アプローチ、こちらはB145、情報記号Aとして確認中)』 


『B145,Cleared to land,No.1 helipad. Wind 150 at 3(B145、1番のヘリ発着場への着陸を許可します。風は、磁方位150度から3ノットです)』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る