第180話 村で追い詰められた凪は自分の立場を知るー⑥

 狐耳と尻尾を消した桜帆さほは、座り直した。


 唖然としたままの北垣きたがきなぎは、無意識に確認する。


「え? じゃあ、その御刀おかたなは?」


 地面に置いていたさやを握った桜帆は、凪に説明する。


「これはね……。私たちの力を具現化したものよ! 素手で鉄板を引き裂いたりしたら、人間が驚く。したがって、普段は分かりやすい形に閉じ込めているの……。あなたの言う御刀とは、全く違うわ! 戦闘になったら、刀を抜くけど」


 なるほど。

 それで、妖刀でもあると。


 人間を超えるために妖刀を使うのではなく、元々の妖怪がその力を封印しているだけなら、自然な成り行きか……。


 感心していた凪は、新しく聞こえてきた声で、我に返った。


「桜帆は少し、しゃべりすぎだと思います。そろそろ、周辺の警戒に行って欲しいのです」


 話していた桜帆と同じぐらいの背丈で、お淑やかな雰囲気の少女が、責めるように言ってきた。

 それを受けて、桜帆は鞘を持ったまま立ち上がり、角帯かくおびに挟むことで左腰に差す。


 じゃあ行ってくるわ! と言った桜帆は、ピューッと走り去った。


 同じように鞘ごと小太刀こだちを外した少女は、桜帆よりも上品に座った。

 凪はさっきの流れもあって、彼女に話しかけようと考える。


 その雰囲気を察したのか、少女のほうから自己紹介をしてきた。


「……すいです。よろしくお願いします」


 ペコリと頭を下げられたことで、釣られて下げる凪。


「あ、どうも……。北垣凪です」


 機先を制されたことで、凪は思わず敬語になった。


 しばらく、沈黙が流れる。



「翠たちは、夜間飛行のヘリからファストロープで降下しました。凪さんが重遠しげとお様のところへ謝罪に行った日に柚衣ゆいがカレナに頼まれていたものの、この村へ侵入する手段の確保に手間取り、間一髪かんいっぱつだったのです! ここにある物資も、ヘリからの投下です……。そろそろ、寝てください。見張りはこちらで行いますから」


 昨日の朝に高級キャンピングカーへ乗せられて、車中泊からの熱寒地ねっかんじ村での滞在。

 しかも、夜には露天風呂に入り、のぼせるまで浸かった挙句に、この大脱走だ。


 彼女の心身はとっくに限界を超えており、翠に指摘されたことで、抗いがたい疲労感に押し潰された。


 フラッと意識を失い、倒れ込む上半身が誰かに支えられた感触を最後に、凪は見知らぬ土地で眠りにつく。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝に起こされた北垣凪は、下にクッション付きのマットがあって、その上の寝袋に入っていることに気づいた。

 モソモソと慣れない仕草で内側から開けて、寝袋からい出る。


 先に起きていた柚衣が、話しかけてくる。


「はい、おはようさん。まず、1つアドバイスやー! 地面で直に寝ると体温が奪われて、逆に体力を消耗する。ゴツゴツした地面で寝心地も悪い。だから、安物の銀マットでも、下に何かを敷いたほうがええ。寝袋は、単純に保温や! 今は真夏だから関係ないけど、それでも雨に打たれたまま寝ると、低体温症で死ぬことがあるからなー?」


 翠がペットボトルのスポーツドリンクと水、さらにパッケージに包まれたサンドイッチとおにぎりを差し出してきた。


 お礼を言って受け取った凪は、さっそく食べる。


 柚衣は、さらに話を続ける。


「食べながら、聞いてなー? 昨晩も言ったが、ウチらの目先の目標は、この周辺でカレナたちがやってくるまでしのぐことや! そのためのデポは、いくつか設置した。問題は、あの村の連中がいつココを探しに来るか? ……見張りはウチらでやるから、あんたは今のうちに歯磨きと洗顔、それとシャワーぐらいは済ませといて! いったん動いたら、次はいつ休めるか、分からへんからなー。こっちはこっちで、適当に身繕いをするから、心配いらん。翠、ついでに凪の怪我も見といて……。今はまだ、時間があるはずや」


 うなずいた翠は、赤色が眩しい救急セットを片手に、凪へ近づいた。



 服を脱いで手当てを受けながら、凪は不思議そうに言う。


「そういえば……。昨日の露天風呂では、どうして彼らがあっさり退いたんだろう?」


 柚衣たちが来たとはいえ、彼らは素直に自分を解放した。


 首をかしげている凪を見た翠は、彼女の疑問に答える。


「理由は、3つあります。1つ目は、翠たちが武装した千陣せんじん流の者で、逆らえば自分たちが殺されるか、手足を斬られるといった拷問をされる可能性が高かったから……。人質の凪さんを否定したことで、あなたを確保する意味もなくなりました」


 ぐるりと回ってみて、体の擦り傷に消毒液を塗った翠は、ポンポンと叩いて、終了を宣言した。


 Tシャツを着直した凪は、翠の説明を聞く。


「2つ目は、もう他の村人が注目していたから……。せっかく自分たちが先に代価を払ったのになし崩しで他の男たちに参加されては、台無しです」


 片手で3本を示しながら、翠は続ける。


「3つ目は、翠たちが手を引くのに十分な報酬を支払い、取引を成立させたから……。正直、この理由が一番大きいのです! ここではナメられたら終わりのため、単に連れて行こうとした場合、彼らは命懸けで抵抗したと思います」


 驚いた凪は、思わず翠に聞き返す。


「えっ……。でも、翠ちゃん達が渡したのって……」


 ――キャラメルとピーナッツが入っている、ただのチョコバー6本だよね?


 頷いた翠は、凪が分かるように説明する。


「開けた場所であるものの、ここはです。最低限の食事、または食材が支給されます。それもできなければ、一致団結して暴動を起こすか、内輪揉めで自滅するでしょうから……。しかし、刑罰である以上、大きく満足させることも禁止事項になります」


 疑問が浮かんだ凪は、言い返す。


「でも、食堂があったよ? 他と比べても、美味しいと感じたし……」


 首を振った翠は、凪の疑問を解消する。


「あの食堂は、ここに連れてこられた受刑者が村長に交渉した結果なのです。ゆえに、塩ですら限られていて、凪さんに振る舞った料理は大盤振おおばんぶる舞いでした。他の村人が食べていた料理は、見た目のわりに薄味だと思いますよ?」


 翠の説明で全てを理解した凪は、後悔した。


「そっか……。なら、あの人たちが強硬に迫ってきたのも、正当な権利のもとだったんだ……」


 肩をすくめた翠は、凪を励ます。


「話を聞いた限りでは、向こうが勝手にご馳走を用意したようですから、気にする必要はないのです! どうせ、型にめて凪さんを自分たちで囲うのが目的だったと思います。餌付えづけで美味しい食事をもらえると覚えれば、あなたはいずれ頭を下げたでしょうし」


 凪の様子を見ながら、翠は締めくくる。


「そういうわけで、嗜好品しこうひんはとても貴重です! チョコレートのたぐいともなれば、宝石や金塊と同じぐらいの価値があります。おそらく、通常のルートでは村長に頼み込み、かなりのボッタクリ価格で用意してもらうのでしょう。実際のムショでも、甘味はそうそう食べられません……。海外の場合は、ある程度の行動の自由が認められていて、インスタントラーメンなどが通貨代わりになっていたり、外からのデポジットや刑務作業の賃金で買い物ができたりしますけど……。日本のムショでも、模範囚に限ってお菓子とジュースをもらえる(その囚人が刑務作業の報酬の一部で買う)、または、年末年始で特別な支給があったりするとか」


 納得した凪は、翠に話しかける。


「へえ……。じゃあ、彼らはこっそりと食べるのかな?」


 うーん、と悩んだ後に、翠はそれを否定する。


「いえ、逆です。周囲に見せびらかして、自慢したと思いますよ?」


 びっくりした凪は、大声で叫ぶ。


「えっ!? な、なんで?」


 翠は、優しく説明する。


「それによって、あの食堂の親子が、凪さんと翠たちに屈服したわけではないと証明できるからです。先ほど説明したように、ここではナメられたら終わり……。『千陣流の退魔師に脅されてもビビらず、現役の女子高生で演舞巫女えんぶみこだった女と引き換えにするぐらいの対価を得て、俺たちは引き上げた』という言い訳を作ったわけで……。だから、アパートへの途中で柚衣が、『翌朝までに襲われそうだ』と言ったのです」


 手をいて、卵サンドを食べながら、翠は続ける。


「狭い村で、娯楽と呼べる設備やサービスがない……。あの露天風呂も、恐らく村の有力者の誰かにお伺いを立てて、ようやく入れるのです。凪さんがあっさりと入れたのは、食堂の店主が事前に話を通しておいたから、だと思います。夜にあなたがノコノコとやってきて、温泉に入るのを周囲にいる連中がずっと見ていたのです」


 両手で胸と股間を隠した凪は、真っ赤な顔で叫ぶ。


「み、見られていたの? ずっと!?」


 ハムサンドを手に取った翠は、首肯した。


「はい。不幸中の幸いですが、録画ができる電子機器はこの村にありません……。話を戻しますが、取引でチョコバーを渡したことは筒抜けでした。だから、翠たちを襲って貴重な物品を奪うか、凪さんの部屋を漁るかの2つになる可能性が高かったのです……。村のおきてで他人の品物を奪うのはご法度ですが、それにも限度があります。来たばかりの新人で、しかも若い女が、外から入ってきた余所者と一緒に好き勝手をしていると分かれば、制裁に動くのは当然なのです」


 それで、アパートの部屋へ戻った時に、すぐさま襲われたのか……。


 ようやく全てがつながった凪だが、1つだけ疑問が残る。


「私の部屋にあった食料品や家電は、何だったのかな?」


 少し考えた翠は、推測ですが、と前置きしてから答える。


「たぶん、桜技おうぎ流の有志からの差し入れです! 村長や村人がわざわざ用意するとは、思えません」


 暗い顔の凪は、信じられない、という雰囲気で拒絶した。


 それを見た翠は、溜息を吐きながら、付け加える。


「敵か味方かで決めつけるのは、止めたほうが良いのです! 現に、翠たち千陣流の中でも意見が分かれています……。上層部の決定に対して、下の人間が逆らうことは難しいです。他にも、面倒な事情が絡んでいるかもしれません……。あの部屋の食料のことを他人に教えず、1人でこっそりと食べていれば、しばらくは健康と貞操を守れたでしょう。食堂の店主はキレていましたが、本来は交換条件としても破格なのです」


 たしなめられた凪は、ハッとした。


 室矢むろや重遠しげとおの自宅にわざわざ連れて行ってくれて、本人への謝罪をしてくれた学長と担任。

 保身もあったと思うが、その場に私を同席させる必要はなかっただろう。

 むしろ、私を差し出したと見なされ、自分の立場を悪くした可能性が高い。


 みおちゃんも、あれだけ心配してくれた。

 室矢くんの住所を聞いて、わざわざ上京していたのは、ひょっとして――



 凪は一晩ぐっすりと眠って、食事をしたことで、ようやく思考力を回復させた。

 知りたかったことを丁寧に教えてもらい、精神的にも落ち着いたのだ。


 自分の手を握った凪は、1つの決意をする。


「まだ、何も解決していないけど……。室矢くんや澪ちゃんに会って、ちゃんと話をしたい。それでも、私の罪だというのなら……」


 その時は、あの村へ戻ることになっても、そこで自分の罪を償うしかないよね?


 最後の言葉を呑み込んだまま、凪は手にしたオニギリを食べた。

 今は、少しでも体力を回復させて、次の行動に備えるべきだ。

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