第169話 「澪ルートのグッドエンド」という国が亡びる結末ー③

『こちら、東部方面隊、第12旅団、八果原やかはら駐屯地! 営内で計測不能の×××が、突如として出現! 交戦中なるも、状況は劣勢だ!! どこの部隊でもいい! 大至急、救援うぉバキバキ、ゴキゴキ――』


『国会議事堂の内部と、連絡が途絶えた。突入した警官隊も無線に応答しない! 臨時政府を早くしてくれ! このままでは、どこに対しても正式な命令を出せないぞ!?』


『こちら、デルフィン! 地上の×××は戦闘機どころか、ミサイルや爆弾も撃ち落とした。おそらく、レーザーだ! 連中はレーザーを撃っている!! 戦車の装甲も、簡単に抜かれているぞ!? これは超電磁砲レールガンか? ……燃料が持たない。帰投許可を求む!』


 混乱する会話は平文が多く、あらゆる周波数で飛び交う。

 暗号化された無線では間に合わず、各部隊は混乱したまま、手当たり次第に報告している。


 長距離の軍用無線で傍受していた、まだ安全な駐屯地では、指揮系統が寸断されたことから、独自の判断を余儀なくされていた。

 その下士官たちの専用ルームでは、防衛軍を知り尽くした古参兵ですら、呆気にとられるしかない状況が続く。


 急いで引っ張り出してきた地図をデスクの上に広げ、無線に応じて、上に載せた部隊を示すマークを動かす。


 近くのホワイトボードには、多くのメモがどんどん張りつけられ、うろこ状になっていた。



 分隊や小隊を指揮する、不屈のベテランの集まりだが、彼らの顔に余裕はない。


 現在は、知人に連絡することで、情報収集に努めている。

 下士官は自分と部下の命がかっているため、普段から横のつながりを重視しているのだ。


 無線は混信のまま。

 スマホや固定電話も通じにくいため、バイクや車両で駆けつけた海上や航空防衛軍の下士官も参加している。


 普段ではあり得ない、陸海空の軍服が揃った部屋で、喧々囂々けんけんごうごうの話し合いだ。


「こういう時のための連中だろうが! 早く、異能者の連中を呼んで来い!!」


「バカ野郎! ×××の最前線にいた桜技おうぎ流は、とっくに全滅しているんだよ! 唯一の切り札であるお姫様も行方知れずだ。現代兵器が通用しないんじゃ、操備そうび流も役に立たねえ! 千陣せんじん流の奴らは中部方面の守りを固めるために、東部方面までの戦力を軒並み撤収した。陸上総隊はすぐに動かせる部隊を後方で集めて、絶対防衛ラインを構築するそうだ。運よく議事堂にいなかった先生などのVIPも逃げて、かつての古都に集結しているんだとさ! 臨時政府の樹立は、早くて月末かな? それまで、思い切った命令はないだろう。今は、×××に面しているエリアの駐屯地司令や方面隊の司令官が独断で、必要な指示を出している」


「日本の北半分は、見捨てるわけか……」


「ちくしょう! 魔法師マギクスがいれば……。どうして、切り捨てた?」


「むしろ、この×××の異常な進化はマギクスの魔法理論や機材を吸収したからでは? 俺は以前に富士の総火演(総合火力演習)で見たが、彼らはまさに、その芸当をしていたぞ?」


「そういえば、かつてのベルス女学校の跡地もあったな? おいおい、冗談じゃねえぞ……」


「もし例のクーデターの生き残りがいたら、さぞや怒っているよな? ハハ! 今度は、俺たちがやられる番ってか……」


「廃業したマギクスを今更かき集めても、戦力にならねえだろうよ! 威力のある魔法や機材は全て処分されたからな……。手品代わりが、せいぜいだ」


「海上さんは? 艦を出せるの?」

「出せるけど、油の残りが気になる……。たぶん、俺たちが最後のカードだ。下手に使い切ったら、全員で首をくくる羽目になるぞ? しかし、戦線と呼べる状況じゃねーな。これは……」


「航空さんは?」

「ぜんぜん、ダメ……。中空ちゅうくう(中部航空方面隊)のSOCエスオーシー(セクター・オペレーション・センター)が沈黙したせいで、もう混乱しまくり」


 下士官は弱気を見せられない立場だが、自分たちの空間なら、本音でしゃべれる。

 部隊を動かしている彼らは、まだ冷静に状況を分析して、打開策を探る。


 流しっぱなしの無線機は、今まさに蹂躙じゅうりんされている現状を伝えてくる。


『どうして、今まで×××を放置していたんだ……。俺たちは、勝ったんじゃなかったのか!?』


『本部より各員へ! 広域帯にジャミングをかけられている。おそらく、×××による電子攻撃だ。以後は、独自の判断で行動せよ! 繰り返す、各員はそれぞれで判断せよ!』


『おい!? この状況で指示がなくなったらザザザザザザ――』


 絶望的なノイズが流れたところで、集まった下士官たちは動き出す。


「そろそろ、部隊に戻るわ……。またな!」

「おう、死ぬなよ!」


 自分の部隊に復帰した下士官が情報を出し、それによって動くものの、後手に回ることは否めない。



 以前に鎮圧されたベル女のクーデターで、マギクス達は一方的に “国家の敵” とされた。

 その生き残りがいれば、防衛軍はもちろん、国も強く恨んでいるだろう。


 魔法理論と発動体であるバレを引っ提げ、新たに×××の中枢になったとしたら、それは大きな脅威だ。

 数の暴力がいかに恐ろしいのかは、中枢になった本人が誰よりも知っている。


 ×××は魔法を使い、加速や浮遊、火炎放射、凍結、レーザー、電磁波といった現代兵器のように行動する。


 防衛軍の兵器と戦術についても、体験をフィードバックすることで自己進化。

 占領した地域の資料と捕まえた人間の脳から、最新の軍事データも入手。


 次に、歩兵、装甲車、戦車、砲兵と、それぞれの役割に合わせた部隊も形成していく。

 蜘蛛クモのような多脚は、あらゆる地形を走破できる。


 かつては国が、話し合いを求めたベル女のマギクスたちを一方的に押し潰したのだ。

 今度は、それが逆になっただけ。


 ここで臨時政府はようやく、前の×××の中枢は北垣きたがきなぎで、彼女を陥れて原因を作ったのは桜技流であると発表。


 だが、これは終わりの始まりだった。


 最初のうちは、怒った民衆が桜技流に関係していた人間を見つけ次第、寄ってたかって私刑に。


 ところが、天沢あまさわ咲莉菜さりなという、唯一対抗できる存在を軽んじたうえ、一部の権力者たちが彼女を高級娼婦として共有するためにわざと×××の殲滅せんめつを遅らせていたことも、広く知られたのだ。


 常連のように通い詰め、抱いていれば、その痕跡を全て消すことは不可能。

 吹っ切れた関係者の暴露で、その実態がどんどん明るみに出る。


 日本の九州地方にまで追い詰められていた人々の怒りは、臨時政府と救世主である咲莉菜を食い物にしていた関係者に向けられた。


 いっぽう、警察は疲弊ひへいの極みで、武装した民衆からの攻撃や処罰を決める司法の機能不全、給料の遅配、貸与されるはずの装備の欠品によって、モラルが崩壊していた。


 検挙率は10%を割り込み、昼間ですら、女が1人で歩けば無事では済まないほどに、治安が悪化。


 身をにして働く警官も少なからずいたのだが、警察の上層部にも咲莉菜を性欲のぐちにしていた連中がいたと知り、どんどん辞めていく有様だ。


 臨時政府は責任の押し付け合いの末に、その支持を完全に失い、押し寄せた民衆の手で血祭りに上げられた。

 この時期には、×××の怒りこそ正当であると主張する団体も現れ、自らえさになりに行く光景が見られる。


 地元を仕切っているボスの命令で、天沢咲莉菜の手掛かりになるであろう、桜技流の関係者の捜索が行われた。

 しかし、1人も見つからない。


 それは、そうだ。

 ×××との戦いを強制したうえに、他ならぬ民衆が生存者を全て殺したのだから。


 咲耶さくややしろは跡形もなくなり、焚書ふんしょによって、知識まで失われた。

 別の社に神頼みをしたものの、不吉な現象だけ。


 行方不明の咲莉菜がどこかで生きていて、自分たちを救ってくれると都合よく考える人々は、彼女の敵を探しては始末する。


 少しでも天沢咲莉菜を否定した者を囲み、棒で殴り、動かなくなるまで、蹴り続けるのだ。

 自分たちも、彼女を罪人として扱い、見捨てていた後ろめたさがあるだけに、その制裁は留まるところを知らない。



 原作の主人公がおらず、目に見えない加護もない人類に対し、ただ増え続ける×××。

 中枢の他にも指揮官クラスを中心とした巣が作られていき、完全に軍隊と化した。


 対岸の火事と決め込んでいた周辺諸国にも、最初は隣接する大陸、さらに海を越えた北方へ生息域を広げていく。

 海底を侵攻しつつ、その環境に適応することで、北米と南米にも大挙して上陸。


 その増殖速度はアリを大きく上回り、統率としても同等以上を誇る。

 倒しても倒しても出現するうえに、彼らは昼夜を問わずに攻めてくるのだ。


 地面に潜って、忘れた頃に出てくる戦術は、人類を大いに苦しめた。

 ×××は、核や気化爆弾、ナパームにも、やがて対応。


 千陣流は全員を救うのは不可能であると判断して、比較的安全な場所で隠れ里を築き、自分たちの生存に切り替えた。


 残った操備流は、大陸へ逃げ延びた後に自動人形を開発して、人間の代わりに戦わせることで本土奪還を狙うも、焼け石に水。



 知能を持っていることから、対話を試みた勢力もいたが、×××は、ただ一言を返した。


『我々は、“お前たちの敵” だ』

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