第166話 原作ヒロインは親友のために再び上京する【凪・澪side】

 止水学館しすいがっかんに戻ってきた錬大路れんおおじみおは、いつも通りの生活。

 他人と自分に厳しい性格で友人は少なく、たまに親友の北垣きたがきなぎと会う程度だ。



「夏休みに、討伐の任務?」


 澪は、凪からの説明に驚いた。


「うん。前回の失敗を取り戻すためのだって! 学長から直々に言われたので、断れなかったよ。でも、色々な人に迷惑をかけちゃったから、少しでも頑張らないと!」


「そう……」


 何かを疑っている眼差しになった澪は、制服のポケットからスマホを取り出した。

 ロックを外しアイコン画面を見るも、新着メッセージや着信履歴はなし。

 待機画面の壁紙は、意外にも可愛らしいイラストだった。


 溜息を吐いた澪は、スマホを仕舞う。


 その様子を見ていた凪は、ニヤニヤしながら問い詰める。


「んー? 愛しの室矢むろやくんから?」


「違うわよ! ……いえ。ある意味、そうなのだけど」


 思わず正直に答えてしまった澪は、恥ずかしさで真っ赤な顔に。


 いつもクールで動じない澪の珍しい姿を見て、凪はさらに相好そうごうを崩した。

 ニマーッとした顔で、ここぞとばかりに聞く。


「ね! 室矢くんには会えたの? この前、わざわざ外泊許可を取ってまで、上京したんでしょ?」


 顔を背けた澪は、凪の勢いに押されながらも答える。


「あ、会えなかったわ。アポなしで、いきなり押しかけたから……。私の連絡先を書いた手紙を投函したけど、読んでくれたかどうか……」


 近くにいた女子たちも聞き耳を立てて、あれこれと想像しては勝手に盛り上がる。



 ◇ ◇ ◇



 夏休みが目前に迫った、ある日。

 北垣凪は自宅で、泊りがけの特別任務に出かける準備をしていた。


 スポーツバッグに着替えと化粧品、制汗剤、その他のアイテムをぶち込み、まるで試合に行くかのような雰囲気で玄関へと向かう。


 ドタドタと階段を下りてきた凪は、左腕の時計で時間をチェックした。


 スマホで錬大路澪にメッセージを送り、スカートのポケットに入れる。


「じゃあ、行ってきま――」

「凪……」


 振りむいたら、そこには凪の母親である、尋美ひろみが立っていた。


「どうしたの、お母さん?」


 尋美は黙って、お守りを差し出した。

 緊迫した雰囲気に、凪は不思議に思いながら、それを受け取る。

 市販品とは違う手触りで、どうやら手作りのようだ。


「あ、ありがとう。えっと、そろそろ時間だから……」


 時計を気にしている凪が別れを告げるも、尋美は正面から抱きしめた。


 かける言葉が見つからない凪は、混乱しながらも、成すがまま。


「……身体には、気をつけてね」


 尋美がポツリとつぶやき、凪から離れた。


「心配しすぎだよ、お母さん。今度は油断しない! もう夏休みだから、早めに終わらせて、家でゴロゴロするつもり!」


 そう宣言した凪は、玄関ドアを開き、外へ出た。

 彼女が家の前に横付けされている大型の車両に乗り込むと、すぐに発進する。



 用意された車両は、世間で高級キャンピングカーと呼ばれているものだった。

 凪はスポーツバッグを適当な場所に置き、空いている席に座る。


「私は、桜技おうぎ流の菅原すがわら悠那ゆうなと申します。北垣凪さんですね?」


 居住スペースにいる女が、声をかけてきた。


「は、はい……。そうです」


 凪の返事にうなずいた女は、事務的に説明を始める。


「これから向かう場所では、通信機器の保有が認められません。ここで、私に預けてください」


 いつもと違う手順に、凪は戸惑う。

 しかし、あり得ない話ではないため、素直にスカートのポケットから取り出し、手渡す。


 悠那は凪のスマホを預かった後に、説明を続ける。


「申し訳ありませんが、途中で休憩しない強行軍です。現地への到着は、明日の朝となります。食事については、こちらで用意した弁当と飲み物をお渡しする予定です。安物ですが、各アメニティも用意しています。目立たないように、車内でお過ごしください……。それから、荷物の検査とボディーチェックを行いますが、構いませんか?」


「はい、どうぞ」


 凪が同意したことで、荷物の検査と、簡単なボディーチェックが行われた。


「ご協力、ありがとうございました。問題はなかったので、以後は車内でくつろいでください。冷蔵庫の飲み物やお菓子、電気ケトルによる紅茶やコーヒーは、どうぞご自由に。水道、電子レンジについても、大容量ですから、節約する必要はありません」


 話し終わった悠那は、すみの席で自分の仕事を始めた。


 凪は、邪魔をするのも悪いかな? と考えて、ぼーっとする。

 スマホが使えないと、けっこう不便だな、と感じながら……。



 ◇ ◇ ◇



“今から、特別任務に行ってくるよ! 夏休みの間には戻ってこられる予定だから、また連絡します”


 スマホに、北垣凪からのメッセージが届いた。

 それを確認した錬大路澪は、こうなる前に室矢むろや重遠しげとおに会っておきたかったと歯噛みする。


「……私の考えすぎかもしれないけど」


 首を振った澪は、“現地に着いたら、連絡をちょうだい” と返信した。



 蝉時雨せみしぐれ席巻せっけんして、青空には入道雲がそびえ立つ。

 じりじりと照りつける日光は、容赦なく肌を焼く。

 まさに、夏真っ盛りだ。


「もうすぐ、夏休みだね!」

「私、実家に帰るよ」

「私も! あー、地元の餃子ぎょうざ、早く食べたい!!」


 集まっている女子たちが浮かれる中、澪はまた外泊許可を取るべく、職員室へ足を運んだ。



「……やっぱり、返信がこない」


 特別任務に行く、とメッセージがあった日から、すでに1週間が過ぎた。


 全て終わってから、連絡がくる。

 そのパターンも普通にあるのだが、胸騒ぎが止まらない。


 実家に口裏くちうらを合わせてもらった澪は、一足早く夏休みに入った。


 再び上京した澪は、手紙を握り潰されたと判断して、今度は紫苑しおん学園の正門前にいる。

 凪から聞いた情報には、相手が通っている学校名も含まれていたのだ。


「ようやく、夏休みだー! 明後日あさってには、海外のビーチ!!」

「ふっ……。南国のクルージングと熱帯魚たちが、俺を待っているぜ」

「お前ら、何を言ってやがる。夏といえば、山だろ?」


 どうやら1学期の終業式のようで、正午の手前でゾロゾロと、ブレザーの制服を着た男女が出てきた。


 私服の澪は目立っており、誰を待っているのか? で男子たちがコソコソと話している。


「すげー美人。お前、声をかけてみろよ?」

「おめーが行けよ! って、おおお?」


 意を決した澪は、彼らに近づき、話しかける。


「1つ、聞きたいのだけど……。室矢重遠という男子は、どこにいるの?」


 それを聞いた男子たちが、期待外れ、という顔になった。


「なんだ、あいつが目当てか。えーと、ほら、あそこだ、あそこ! あの目立つ金髪の女と一緒にいる男だよ……。あ、あのさ!」


 お礼を言って立ち去ろうとした澪に、今教えてくれた男子が引き留めた。


 振り返った澪は、その男子の発言を待つ。


「あいつ、隣にいる金髪の女子、マーちゃんと婚約しているんだよ。けど、平気で浮気をしているとか……。確かに顔はいいけど、止めておいたほうがいいぜ? 今日は終業式で時間があるから、俺と――」

「ごめんなさい、室矢くんに用があるの。失礼するわ!」


 後ろで、ドンマイと慰められる男子に構わず、澪は早足で校舎から出てきた重遠のところへ向かう。

 終業式のせいか、正門の横にいる守衛は反応しなかった。



 楽しそうに話す金髪碧眼きんぱつへきがんの女子生徒と、短い黒髪で茶色の瞳の男子。

 彼は怪我をしているようで、胸の前で右腕を水平に吊っている。

 少し遅れて、中等部らしき女子もいる。

 長い黒髪に、吸い込まれそうな青の瞳を見たことで、澪は気後れした。


 だが、ここで声をかけないのでは、何のために来たのか?


 3人の前に立ち塞がった澪は、はっきりと言う。


「少し、時間をちょうだい! 私は、北垣凪の友人の錬大路澪よ。どうしてもお願いしたいことがあって、ここまでやって来たの……」


 思い詰めた澪の顔に、目の前にいる3人は聞き入った。


 すうううっと息を吸い込んだ澪は、思いっきり叫ぶ。


「代わりに、わ、私をいくら抱いてもいいわ!! ゴ、ゴムも買ってきたから!!」


 ハアハアッと呼吸を整える澪は、周囲が一気に騒がしくなったことにも気づかない。


 男の目からハイライトがなくなって、処刑を待つ罪人のような顔に。

 隣にいる金髪の少女は、そのサクランボのようなくちびるを引きらせつつ、怒りをあらわにした。

 いっぽう、長い黒髪の少女は、どうやらツボにまったらしく、笑っている。



 しばらく気まずい空気が流れていたものの、黒髪の少女が話し出す。


「フフフ、お主は面白い奴だな? しかし、ここでは騒がしすぎる。場所を移そう……。藤乃ふじの、この場は任せたのじゃ! できる範囲で良いから、今のこやつの発言はなかった事にしておけ」


 少し離れた位置にいる女子が、まるで女神を崇拝する信者のような目つきで応じる。


かしこまりました、カレナさん。どうぞ心置きなく、ご歓談くださいませ」


 藤乃と呼ばれた女子の後ろにも、ワラワラと女子が控えている。



 え? ここだけ時代がおかしくない?

 この娘、どこかの貴族の令嬢かしら? 


 思わず真顔になった澪だが、何とか口に出すのを避けた。

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