第165話 とある少女の上京と体を張ったお願い(後編)【澪side】

 夕暮れの時間帯となり、オレンジ色の光が名残惜しそうに、その角度を変えていく。

 コンビニから出た途端、うだるような熱風に包まれ、錬大路れんおおじみおはげんなりした。

 とても、これから日が暮れる時間帯だ、とは思えない。


 澪は帰宅する人々や、これから遊びに出掛ける人々に紛れて歩きながら、夕飯をどこにするか? と周囲を見回す。


 左右の建物からは各テナントの看板が突き出ていて、目が痛くなるほどの色と文字の洪水が流れ込んでくる。

 キャッシング、スポーツジム、カラオケ、居酒屋、飲食店。

 まるでタワーのごとく、ズラズラと上から順番に並んでいる看板は、大迫力だ。


 正直、店が多すぎて、どこに入ったらいいのか……。


 視線を下に戻した彼女は、ゴチャゴチャしている商店街から駅前のコンコースまで引き返し、そこの店の案内板をザッと見て、お馴染みのチェーン店のマークを発見した。


 “美味ハンバーガー”


 今日は、ここにしよう。


 普段は、ジャンクフードで夕飯を済ませることはない。

 けれども、人混みに揉まれる都心部のため、澪は気疲れをしていた。

 女子高生とよく似合うハンドバッグに入れた、さっき買ったばかりの箱が、妙に重く感じる。


 そういえば、下着についても、しっかり選んでおくべきだったかな?


「別に、必ずしも使うとは限らないわ……。せめて、その室矢むろやくんに『どういう話し合いだったのか?』を聞いて、いざという時のために連絡先を教えてもらわないと……」


 澪は自分に言い聞かせるように、ぼそりとつぶやいた。


 よく知らない男に、自分を物のように売り渡すのは嫌だ。

 しかし、後手に回ったら、北垣きたがきなぎが突如として行方不明になるかもしれない。


 どうせ食欲がないのだから、早く出てきて、くどい味付けのものがいい。

 冷静になると、どうして自分はこんなことをしているのか? と考えてしまうから……。


 そう思った澪は、いかにも田舎から上京してきたばかりの学生だ。

 物珍しそうに周りを見ながら、人の流れをき分けて、目的のお店を目指した。



 澪はセルフ方式のチェーン店に入り、季節限定のバーガー1個のセットを頼む。

 明るく、きっちりと清掃されている店内と、ポップなBGM。

 マニュアル対応の店員だが、彼女の地元にあるお店と同じのため、妙に落ち着く。


「オーダー入りました。ワン、ひれかつバーガー。ミディアムのポテト、プリーズ!」


 カウンターに立っている接客係の指示で、厨房ちゅうぼうにいるスタッフが動く。

 すぐに揚がったばかりのポテトが広げられた紙箱に入れられる一方で、すでに包まれたバーガーが運ばれてくる。

 さらに、ドリンクサーバーで炭酸飲料が用意され、目の前のトレイにどんどん並ぶ。


 それを見ながら、澪はスマホのアプリ画面をリーダーにかざして支払い、自分でトレイを持って、空いている席に座った。



 しばらく、モキュモキュと食べていたら、ガタッと音がした。


 気になった澪が横を見ると、知らない男が2人、いきなり座っている。


「……悪いけど、他の席にしてくれないかしら?」


 はっきりと断る澪だが、横と斜め向かいに座っている男たちは、席から動かず。

 周囲の様子をさり気なくうかがうが、合理化によって店員はカウンターと厨房の中だけ。


 駅前のファーストフード店で、ちょうど夕方のため、席に座っている客は多く、週末の部活帰りといった制服姿せいふくすがたも目立つ。

 彼らを見ても、全く目を合わそうとはしない。

 そのくせ、自分のスマホを見るか、一緒にいる友人と話しながら、こちらをジッと観察している。

 この都心部では、他人の助けを期待できないようだ。


 入口から離れたボックス席の奥に座ったのは、まずかったわね。


 後悔する澪に対して、男たちが話しかけてくる。


「俺たち、近くのラウンド24に行くところでさあ……」

「良かったら、一緒に行かねえ? 現地で女友達が1人待っていて、あと1人いれば、ちょうどいいんだよ! お金がないのなら、おごってあげるぜ?」


 コンビニの『薄々mm』コーナーの前で悩んでいた時に、外から見られた?

 その後にも、きょろきょろと周囲を見ながら歩いていたし、寂しがっている女と判断されてもおかしくない。

 たぶん、かなり早い段階から、目をつけられていたのだろう。


 そう思った澪が横目で男2人を見ると、どちらも笑顔を浮かべた。


 見た感じ、大学生かフリーター。

 高校生にしては、大人びている。



「とにかく、食事をさせてちょうだい」


 澪が答えると、男たちは快諾した。

 もっとも、彼女はボックス席の出口を塞がれている状態で、逃げようがない。


 その後には、男2人で牽制けんせいしあっている様子が見られ、どちらがこの女を狙うのか? を模索しているようだった。

 あるいは、最終的にどちらもヤるが、一番、二番を決めているのか……。



「うーし! じゃ、行きますか!」

「だいじょーぶ! 優しくするからさあ!!」


 ハンバーガー屋の外に出た男2人は、澪を挟むように布陣した。


 澪はハンドバッグを肩掛けにした後、上蓋うわぶたが閉まっていることを確認。

 その他にも、落としそうな物がないことを最終チェック。


 3人で歩いていたら、やがて外へ出て、上からあかね色の光が降り注ぐ。

 大きな流れから外れたことで、周囲の人影はまばらに。



 シュバッ


 強風が吹き、男2人は思わず手で顔を覆った。


「なんだよ……。大丈夫だった? ……あれ?」

「目がいってえ……。どこ、行ったんだ?」


 立て直した男2人が少女に話しかけようとするも、あいだに挟んでいたはずの獲物は影も形もない。


 慌てて、それぞれに周囲を探したが、澪の後ろ姿も見当たらなかった。

 少し離れた場所には人混みが動いていて、そこに紛れた可能性が高い。


「んだよ、ちくしょう! せっかく、すげー美少女を捕まえたのに……」

「だな……。ここら辺では初めて見たぜ、あの女。コンビニの『薄々mm』コーナーの前で悩んでいたから、これはヤレると思ったのによお……」


 女を物色するポジションに戻りながら、男2人は続ける。


「張っていれば、また見つけられるか?」

「雰囲気から、中高生だろう。ここが通学ルートであれば、そーなんじゃね? お上りさん丸出しだったから、望み薄だけどな……」




「食後にいきなり動くと、やっぱり気分が悪いわね……」


 覇力はりょくで身体強化をした澪は、男2人がいた路上で正面に加速して、そこから近くのマンションの外階段の踊り場まで飛び上がった。

 立体的に動いたため、彼らはどこに動いたのか? すら想像ができない。

 左右への動きは目で追いやすいが、上に動かれると、おおよその人間は見失う。


 ナンパ師2人が戻った後に、隣の建物との間を利用した壁蹴りでスピードを調整しながら下へと降りる。

 いきなりマンションの共有玄関から出たら、他の住人に不審がられたり、監視カメラに記録されたりするからだ。


 翌日に訪問したディリース長鵜おさうでも応答がなく、澪は肩を落としながら帰路にく。



 実は、今の室矢むろや重遠しげとおは人気が高く、このような押しかけ、手紙がよくある。

 カレナを式神にした後に霊力が高まり、学業とスポーツで活躍したことで、紫苑しおん学園のみならず、周辺の女子までも注目しているのだ。


 最近では、鍛治川かじかわ航基こうきのせいで、婚約者がいるのに浮気をしている鬼畜といううわさも流れている。

 しかし、イケメンで優秀なため、無意識に目で追い、思いがれる女の子も多い。

 それだけ魅力がある男子だと考えて、興味本位で接近してくる女子も、定期的に出てくる。


 加えて、未来予知で占いをするカレナの評判は、高まる一方だ。

 義妹であるものの兄妹仲きょうだいなかはすこぶる良く、もし重遠に言わせれば、彼女は素直に従うだろう。


 カレナを身内にするか、あるいは自分が望むことを占わせるには、兄である重遠を口説き落とせばいい。

 そう考えた勢力、または女子が、自宅に直凸ちょくとつしているのだ。


 純粋に思いを募らせて、重遠と親しくなりたい女子に、未来予知のカレナを狙っている勢力の女子が次々に押し寄せてくる、芸能人のように面倒な環境。


 不特定多数の女を相手にしていられないため、アポなしは基本的に無視している。

 それが、室矢家の日常だ。


 他に頼れる人間がおらず、まさか学長や教師に聞くわけにもいかない澪は、そのことを知らないまま、泣く泣く帰る羽目になった。

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