第167話 「澪ルートのグッドエンド」という国が亡びる結末ー①

 駅前の雑居ビルに入っている、古浜こはま探偵事務所。


 他流で初対面の錬大路れんおおじみおを自宅に招くわけにもいかず、中立の場所である、ここに連れてきた。

 メンバーは俺、室矢むろやカレナ、南乃みなみの詩央里しおり咲良さくらマルグリットの4人だ。


 人数が多いため、周囲の注目を集めた紫苑しおん学園から早足で出た後に流しのタクシーを捕まえた。

 車内では全員が無言で、ひたすらに窓の外を眺める羽目に……。



 込み入った相談なので、奥にある応接セットでそれぞれが座り、足りない分は所員用のデスクから椅子を引っ張ってくる。

 ちょうど昼時のため、下の繁華街のお店で適当にデリカを買ってきて、それぞれで広げつつの話し合いだ。

 揚げたての唐揚げ、調理したばかりの大陸料理、バーガーの香りが漂い、お昼らしい雰囲気になった。


 所長の古浜立樹たつきが、探偵事務所の応接セットの近くで、移動させてきたホワイトボードの近くに立ちながら、声を上げる。


「はい。じゃ、千陣せんじん家から生きて帰った僕が、司会をするから……。いや、本当にギリギリだったよ! カレナちゃんに教えてもらわなかったら、たぶんクビになっていた。物理的に……」


 そのとぼけた表情からは何も読み取れないが、千陣家の面々は甘くない。

 かなりの交換条件をんだ、と思われる。


「前の廃ラブホの件について、片付けておきたい。お主の調査不足、または陰謀で、私たちを殺そうとした……。この場で私を納得させなければ、結局は助からんぞ?」


 カレナが、所長の立樹に言い切った。


 それに対して、立樹は、分かっているよ、という表情で、うなずく。


重遠しげとおくん達には、謹んでお詫び申し上げます。僕も、訳ありの依頼だとは感じていたけど、桜技おうぎ流の子が行方不明と聞いてね? 詳しく調べず、そちらに出しちゃったんだ……。もちろん、口で謝って済むことではない。掟破おきてやぶりになっちゃうけど、逆に何をして欲しいかな? み合うのなら、それが一番だと思うけど」


 部外者の澪がいるから、要点だけ述べているようだ。


 問いかけられたカレナは、端的に述べる。


「そちらのコネクションを最大限に使わせてもらう。期限は、今回の騒動が一段落つくまでだ……。時間がないから、仮でマルグリットに公安警察の身分を用意しろ! それから、調べて欲しいことがあるのじゃ」


 渋い顔になった立樹だが、彼に選択権はない。


「キツいね。でも、あの制度を前倒しにすれば……。マルグリットちゃんは手続きや面接で協力してくれると考えていいのかな?」


 立樹の問いかけに、本人が答える。


「構わないわ! 今は夏休みで、ちょうど時間もあるし」


 返事を聞いた立樹は、カレナに向き直る。


「マルグリットちゃんの身分は、数日で何とかするよ! ただし、仮免かりめんのような形で、その件が終わったら審査や訓練をするかもしれないけど……」


 立樹は、そっとカレナのほうを見た。


 彼女は首肯しゅこうして、次の指示を出す。


「それで良いのじゃ。あとは、次の条件で調べるように! 対象は、日本全国だ」


 カレナの条件は、かなり物騒だった。


・連続の不審死で、内部から破裂したケース

・次々に、人が消えているケース

・短期間で、連鎖的に犠牲者が増えているケース

・急激に勢力を拡大している団体、地域


「特に、一番目だ。急げよ?」


 悩ましい表情になった立樹は、カレナの言葉に逆らう。


「言ってはみるけどさ? 日本全国で、すぐに調査結果は――」

「数日で出せ。さもなければ……」


 立樹の言葉をさえぎったカレナは、いつもの笑顔で言う。


「私たちは、日本から逃げるぞ? 1/2以上が化け物の巣になった国には、住みたくないのじゃ」


 絶句した立樹に、カレナは続ける。


「公共の安全と秩序を維持する。お主らのやるべきことじゃ……。さて、この話はいったん終わるぞ? 待たせて、すまなかった。次は、澪が話す番だ」


 顔色を悪くした立樹は、急用ができたから、と探偵事務所を後にした。

 そのため、カレナの仕切りで、場が進んでいる。


 ポテチなどの袋が開かれ、ジュースが並べられ、少し早いおやつタイムに突入した。



 澪は、先ほどの紫苑学園で会った時の勢いがなくなったものの、俺の顔を見ながら訴えてくる。


「今までの話を私が聞いていいのか、疑問だけど……。とにかく、私の用件を言うわ! 以前に室矢むろやくんが会った、止水学館しすいがっかん北垣きたがきなぎのことよ」


 錬大路澪の希望は、とてもシンプルだった。

 自分を差し出すから、凪を助けて欲しい。


 それに返事をしようとした俺は、急に意識が遠ざかるのを感じた。

 まるで、ムービーを見るかのように、目の前にいる澪とは違う姿が映し出される。


 ・

 ・・・

 ・・・・・

 ・・・・・・・


「許さない。絶対に、許さない……」


 夜叉やしゃのような形相で、澪は抜き身の刀を持っていた。

 止水学館の制服とは違う、軍服に近い衣装だ。

 抜刀した後に、さやは装具によって背中側に回り、邪魔にならない位置に。


 澪の視線の先には、同じ桜技流とおぼしき演舞巫女えんぶみこが数人いた。

 だが、彼女たちは例外なく怯えた表情で、後ずさりしながら言い訳をする。


「こんな事態になるとは、夢にも思っていなかったの! ただ、あいつが失敗をすれば、それで大人しくなると思って!!」


 固まっている少女たちの1人が、恐怖に耐えかねて絶叫した。

 しかし、澪の足は止まらない。


「あ、あいつが悪いのよ! 私たち高等部3年の先輩を差し置いて、入ったばかりの1年のくせに御前演舞で本戦の上位に進むから!! それも、止水学館の “みず” の剣術じゃなく、炎理女学院えんりじょがくいんの “ほのお” の剣術で! 冗談じゃないわ!!」


 違う演舞巫女が叫ぶも、澪は構わずに左足を前にして、刀を握った右手を引く。


「そう………。もういいわ、黙りなさい」


 澪は言い終わった後、ムダのない最小限の動作で加速する。

 一瞬で演舞巫女の肩に切っ先が深々と突き刺さり、痛みによる悲鳴が部屋に響いた。



 部屋で1人立ち尽くす澪は、だらりと下げた刀からしたたり落ちる血の音を聞きながら、延々とつぶやく。


「私がもっと早く気付いていたら……。いいえ、気づいたところで、あの時の私に何ができたの? 止水学館にいた皆は、もう×××のえさになってしまった。それなのに、こういう連中に限って、しぶとく生き延びている……。まったく、どちらが害虫なんだか……」


 刀身の血脂ちあぶら手拭てぬぐい、懐紙ふところがみ、鹿のなめし皮の順番で、取っていく。

 最後のなめし皮を床に捨てた澪は、刃を上にしたまま刀身の根本であるはばきを鞘の鯉口こいくちに合わせて、ゆっくりと戻しながら、その切っ先を鞘の中に滑らせていく。


「やっていたのは、私たちだけじゃないか……。安心しなさい。残りの連中も、残らず地獄に送ってあげるわ……。フフ、私も凪のことを言えないわね? きっと死んだ後は、彼女のところに行くでしょう。それで、私は2人の幸せな姿を見せつけられるのかしら? 航基こうきは、地獄に来ないだろうし……」


 すでに物言わぬむくろになった彼女たちを一瞥いちべつした後、血だらけになった衣装をまとう澪は部屋を出て行った。

 まるで三途さんずの川を渡すための六文銭ろくもんせんのように、その上に血脂がベットリとついた手拭いなどが残る。



「終わったのね。ご苦労さま」

「すまない。本来なら、我々の仕事なのだが……」


 澪と同じ衣装を着た女たちが、声をかけてきた。

 どちらも若いが、彼女よりも年上のようだ。


 それに対して、澪は丁寧に答える。


「いえ。私も同じ近衛このえですから……。桜技流をおとしめる原因の排除を担当できて、むしろ光栄です」


 鯱張しゃちほこばった返答に、部屋の外で待機していた2人の女は溜息を吐いた。


「あまり気負わないで。まだまだ、先は長いのよ? 山間部を含む2県の×××を掃討するには、最低でも数世代はかかるでしょう。中枢を倒した時点で、残りが滅んでくれれば、楽でしたけど……。ごめんなさい、無神経だったわ」


 優しい声をしている園城おんじょう奈々子ななこが、自分の失言を謝った。

 その中枢こそ、澪の親友、北垣凪だったから。


 首を横に振った澪は、いえ、とだけ答えた。


 もう1人の室永むろなが紫乃しのは、自分の感想を述べる。


「まさか、うちで御刀おかたな冒涜ぼうとくする所業が行われていたとは……。僕たち、近衛がいながら……」


 奈々子も、痛恨の表情になって、同意する。


「……そうですわね。全ての発端が、そこに集約されます」



「ですからー。わたくし達は、少しでもみそぎをしなければなりませんー。それが、わたくしが咲耶さくやさまと交わした誓約せいやくですゆえー」


 どこからか間延びした声が聞こえてきた途端、世間話をしていた近衛3人が畏まった。

 背筋を伸ばして、自分たちが仕えるあるじを迎える。


 くすんだ灰色の長い髪を後ろで丈長たけながという幅広の和紙によって束ねた少女は、明るい茶色の瞳を輝かせつつも、十二単じゅうにひとえを思わせる着物で現れた。


 一斉にお辞儀をした近衛たちは、元の姿勢に戻る。


「お疲れ様です、咲莉菜さりなさま。ですが、このような場にご足労いただかなくても……。御身おんみは咲耶さまに従う、人とは違うお立場であれば、みだりにけがれと触れないほうがよろしいかと愚考いたします」


 近衛の筆頭である紫乃が、天沢あまさわ咲莉菜をたしなめた。

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