第162話 「この桜の花が咲くように栄えよ」と彼女は言ったー②

 少女は浅いお辞儀の後に、流れるような動作で抜刀して、両手で下段に構えた。


「申し遅れました。わたくし、天沢あまさわ咲莉菜さりなと申しますー!」


 咲耶さくやに斬られまくった経験から、俺もすぐ抜刀した後で、自己紹介する。


室矢むろや重遠しげとおです。よろしくお願いいたします」


 ロリコンに大人気となりそうな童顔でニコリと笑った咲莉菜は、付け加える。


「弟ができて、嬉しく存じますー。姉弟子あねでしとして、そなたに基本を教えましょう」


 ジャリッと、咲莉菜の重心が移動していく。

 俺も合わせて、反対側にズレる。


 ジャリジャリ、ジャリという足音がやみ、ドンッと空気を震わす音へ。

 そのまま俺ののどに切っ先が深々と刺さるはずだが、咲莉菜の突きは空を切った。


 かがんでかわした俺は、立ち上がる勢いで、右手を伸ばした。

 それに対し、彼女は即座にのけぞりながら自身の刀を戻しつつ、切っ先を弾く。


 相手の体勢が崩れているため、踏み込みながら追撃。


「甘いのでしてー!」


 咲莉菜の刀が、俺の刀身に密着しつつ、滑り込んできた。

 向き合う形でお互いの刀が合わさり、彼女の白刃がつかを握っている俺の右手に迫る。

 それはつばで止まったが、刀の柄を持つ彼女の繊細な手のひねりでグルリと巻き込むようなベクトルが加わった。


 俺の刀が空中に弾き飛ばされ、踏み込んできた咲莉菜により、俺の喉に呼吸する穴が増えた。



「相手の御刀おかたなを無力化するのも、技術でしてー」


 復活した俺に対して、咲莉菜が笑顔のままで説明した。

 今の技は、相手の刀に絡みつき、その動きを封じると同時に弾き飛ばすのが目的だそうな。


「確かに、剣術は力も重要です。しかし、覇力はりょくのような異能がある状況ではー。いかに相手の虚をつくのか? 崩すのか? で、勝負が決まりますー」


 そこまでしゃべった咲莉菜は、ブンッと片手で振り切った。

 飛んだ斬撃で進行方向にあった大岩が真っ二つに割れ、ゴッと音を立てる。


「相手が御刀とは限りません。けれども、相手の間合いや攻撃を避けつつ、こちらが先に斬りつけることは同じかとー」


 お淑やかな笑顔のまま、咲莉菜は左足をまっすぐ前に出し、右足の爪先を外側に開く。

 両手で柄を握りつつ左腕は肩の高さで水平にして、相手から刀の柄頭つかがしらだけが見えるように右側で構える。

 同じ高さに持ち上げた右の上腕じょうわんに刀のみねを載せつつ、斬りつけるための刃は上に向け、完全に寝かせた。


 咲莉菜の重心は前で、右腕に置いた物体を今から投げるような姿勢だ。


「これはいん八相はっそうです。この構えは必ずしも受けではないものの、相手が次の動きを予想しにくくなりますー。せんを取ることを主体にした剣術も多くあります。そちらでは、このようにカウンターを狙う構えで、基本的に相手を受けてから始まるのでしてー。ただし、剣術の流派によって同じ名称でも構えや術理が違うため、参考ぐらいに」



 この後、咲莉菜と斬り合いを続けた。


 姉弟子と名乗ったからには、咲耶の内弟子うちでしか?

 それにしても、不思議な女だ。



「しばらくは、咲耶様とわたくしがお相手します。しかし、泡沫うたかたの夢は記憶は残りません。重遠も咲耶さまの弟子となった以上、いずれ会う機会もありましょう。ちなみに、わたくしは、そなたより年上です。以後、よしなに……」


 咲莉菜の別れの言葉と共に、俺の意識はまた薄れていった。

 ようやく、斬られて絶命する以外で。



 寝ている時ぐらい、ゆっくり休ませて欲しかった。


 確かに、緊急事態を除いて起こすな、とは言ったけど。

 起こさなければ、何をしてもいい。と言った覚えはないぞ?



 ◇ ◇ ◇



 俺のものが、天沢咲莉菜の身体にズブズブと埋まっていく。

 苦しそうに小さな声を上げた彼女は、やがて観念したかのように抵抗を止め、ぐったりと脱力する。

 年上とは思えない童顔のため、いささかの罪悪感を覚えた。


 胸の中心、つまり心臓から刀の切っ先を抜いたら、崩れるように倒れた彼女がバシュッと元に戻る。


 こうやって、復活するのか。

 おそらく、ここは幽世かくりよの一部で、生死のさかい曖昧あいまいになっているのだろう。



 地面に落とした刀を拾い、ゆらりと立ち上がる咲莉菜。


「……初めて、でしたー」


 咲莉菜が誤解されそうな台詞を言い、納刀した。


 自分の感覚を確かめている彼女に話しかける。


「ひょっとして、姉弟子も初めてで?」


 言いながら、先ほど切り裂かれた右手と自分の首を触り、確かめる。


 その様子を見ていた咲莉菜がうなずき、説明を始めた。


「人をあやめたのも自分が殺されたのも、初めては重遠でしてー」

「頼みますから、後者だけで他人に言わないでくださいね? いや、前者も十分にまずいのですけど」


 すかさず、咲莉菜にツッコミを入れた。

 姉弟子は天然っぽいから、素で話しそうだ。



 最近はベッドで眠ったら、この空間になる。

 感覚が狂うから、どれぐらい時間が経ったのかも不明。


 初回は咲耶に相手をしてもらったが、それ以降は姉弟子と型稽古かたげいこや斬り合いをしてきた。

 この雰囲気からすると、ようやく第一段階が終わったようだ。



 姉弟子とお互いに納刀したまま話し合っていたら、近くにいた咲耶が宣言する。


「よろしい。これで2人とも、初体験を済ませたわけね? では、改めて講評をするわ! 咲莉菜は、やはりスピードを活かして急所を狙う “いかづち” の剣術が合っているわね。疾雷しつらい武芸学園に入れて、大正解だった……。それから、重遠!」


「は、はいっ!」


 急に呼ばれた俺は、上擦うわずった声を上げた。


 咲耶は、神々しい雰囲気で告げてくる。


「あなたは剣士として不適格だわ。いえ、これは言い方が悪い。そもそも、争いに向いていないのよ。強い弱いの前に……。でも、あなたの立場では、それが許されないでしょう? だから、受けの剣術である “みず” を極めなさい。ちょうど、大失敗をした北垣きたがきなぎがいる止水しすい学館で教えている剣術ね……。ただし、あなたは桜技おうぎ流ではないから、ここでの鍛錬は別として、現世うつしよで教えるわけにはいかないの。基本的な型は教えたから、後は実戦で自分なりに磨き上げるといいわ! 師範代がいないことで、柔軟に技を考えられると思う」


 その後、咲耶から “水” の剣術について、要点を告げられた。


 カウンター主体だが、自分から仕掛ける技もある。

 相手の動きに合わせて、無防備になったところを狙うのが基本。


 言われたことを考えていたら、咲耶が続ける。


「あなたも私の弟子よ! そのことを忘れないで……。本当はやしろに奉納をして欲しいけど、あなたの立場ではそれも難しいでしょう? あなたは、自分ができることをしなさい」


 嫌な予感がした俺は、返事をしかねていた。

 だが、咲耶はあっさりと言う。


「今回は、もとを脅かす存在の排除……。流派は違えども、護国のために命を懸けていることは同じよね? いずれ、キッカケがあるから」


 翻訳すると、もうすぐお前のところに何かが来る。

 しかも、日本の国体こくたいに関わるレベルの話。


 断りたいのだが、目覚めると記憶が曖昧になってしまう。

 つまり、俺に拒否権はない。



 遠い目をしていたら、咲耶はもう1人の弟子である咲莉菜に話しかけた。


「咲莉菜は桜技流のを摘発して、あるべき姿に戻しなさい! 私は下界に干渉しない方針だけど、目に余る」


「はい、一命に代えましてもー」


 かしこまった咲莉菜が、すぐに返事をした。

 その発言で語尾を伸ばすと、牛みたいだ。

 モーモー。



 1つ、気になったのだが。

 咲耶は桜技流の象徴として、姉弟子の咲莉菜は何者だ?


 しかし、それを本人に聞く前に、咲耶が言い切る。


「以後は、それぞれの修行をしなさい! 重遠には “水” の訓練を課します。千陣せんじん家の訪問までに、最終段階を修了することが目標よ? その時点で、必要なことをまとめて伝えるから」


 言うが早いか、いきなり場面が切り替わる。


 周囲を見渡したら、竹林ちくりんのようだ。

 地面が不規則に盛り上がっていて、下に張り巡らされたけいが元気であることを物理的に示す。


 足袋たび草履ぞうりのため、うっかりタケノコなどで足を踏み抜かないよう、ゆっくり進む。



 散策するかのように歩いていたら、やがて看板が見えてくる。


 “水の修行 その一。落ちてくる水滴を切って”


 近くには一定間隔で水滴が落ちてくる竹と、その手前に平たいスペースがあった。

 そこに立った俺は、さっそく抜刀して、両手で刀を持つ。



「……見てから動くと、もう遅い。当たり前だな」


 タイミングを見計らって斬りつけた途端に、今度は落ちるタイミングが不規則に。

 闇雲やみくもにブンブンと刀を振っていたら、腕が疲れてきた。


 はかまのため、自然に正座で座る。



 ピチョン



 落ちてきた水滴が、まだ出していた刃に当たった。

 本来は言語道断ごんごどうだんの所業だが、これはあくまで夢の中だ。


 つつーと切っ先に向かう水滴の流れを見ていたら、1つのひらめきが。


 右手のみで血振ちぶりをした後に、いったん納刀する。

 切っ先から、水滴が飛んだ。


 少し距離を開けた正座の姿勢で、指を揃えた両手を膝の上に置いた。

 目を閉じる。



 相手を屈服させるのではなく、相手に合わせる。

 それでいながら、俺が望む形に持ち込む。

 しかし、これはリズムが変わるとはいえ、所詮は落ちてくる水滴だ。


 なら、問題は切っ先と水滴のタイミングを合わせることだけ……。



 俺は、目を開いた。


 水滴が地面に当たる音を聞きながら正座をした両足の爪先を立て、左手でさやを軽く握り、鯉口こいぐちを切る。

 鞘送りから柄に右手をかけ、ひざまずいたまま、立ち上がる。


 身体の動きに合わせて、ゆっくりと抜いていく。


 切っ先を鞘に少しだけ残した状態で、神経を研ぎ澄ませる。

 見るのではなく、全体の空間を感じて、それを自分の一部にするように。

 刀は、自分の手の延長。

 したがって、前につんのめる必要はない。



 ヒョオッと風切音が響き、横一直線に抜きつけた刀は、確かに水滴を真っ二つにした。

 右足は前に踏み出したが、左足は膝をついたまま。


 鞘引きをしていた左手を頭の上に持っていきつつ、右手も同じく。

 膝立ちの上段から、今度は斬り下ろしで、水滴を縦に割いた。


 刀をぶつけないように右膝ぐらいで手の内を締めて止めた俺は、右への血振りで水滴を飛ばしてから静かに納刀した。

 それから、左足を引き付けるように立つ。


「……終わったか」



 道なりにザクザクと歩いた俺は、いきなり開けた場所の景色に、呆然とした。

 ゴウゴウと大きな音を立てる先には、高い岩場から流れ落ちる水。

 見事な滝だ。



 “水の修行 その二。この滝を切って”



 もうちょっと、段階を踏んでくれないかな?

 滝を割れるようなら、何が相手でも勝てるレベルだろ……。

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