第161話 「この桜の花が咲くように栄えよ」と彼女は言ったー①

 いずことも知れぬ空間に、カーンカーンと、つちで打つ音が響き渡る。


 鍛冶屋のような炎を背景にしながら、紫が入った暗い青色の瞳を持つ少女のつぶやき。


「ふうっ……。重遠しげとおたちが千陣せんじん家に行くまでに、何とか終わらせるのじゃ」


 少女は腰までの長い黒髪が汚れるのも気にせず、金床かなとこに置いている物体の形を整えていく。


 刀身は玉鋼たまはがねではないため、火床ほどの底に鉄を溜める、いわゆる『おろがね』の工程を省いている。

 うすく打ち延ばしつつ、良くない部分を取り除いていく『水挫みずへし』も必要ない。


 今の室矢むろやカレナは『小割こわり』という、材料を小さく割って芯鉄しんがね皮鉄かわがねに選り分けていく工程だ。


「そのまま使えないのは、不便すぎる……。ベル女の時のように完全な異空間と化していて、技を放った方向が上空でなければ、重遠の一撃で半径3kmは何も残らなかったのじゃ……。デチューンするにしても、出力調整が難しすぎる。だが、あやつは大雑把だから、うっかりすると山の1つや2つを吹き飛ばして、島の1つも消滅させる……。今はかなり弱っているとはいえ、それではマズいのじゃ。元々の能力が私によく似ていると大喜びしていた昔が、懐かしい」


 カレナは栄養ドリンクをがぶ飲みしてから、びんを投げ捨てた。

 近くの壁に貼り付けた紙が、彼女を激励する。


 “千陣家の訪問まで、残り○日!”


 夏休みの宿題のようなフレーズが書かれた紙を見たカレナは、作業に戻る。


「頑張れ、私! できる、できる!! もっと大切な人のことを考えるのじゃ! 重遠と詩央里しおりのために、何とか終わらせる! 前に一式を作った時は、最低でも1年かけたがなあ!?」


 自分で自分を激励しながらも、カレナの両手は忙しく動き、金属音が連続して響く。


「思っておらんぞ! 『早く作業を始めていたら、もう終わっていたな……』とは!! それにしても、面倒すぎるのじゃあ!」


 カレナは不眠不休の覚悟を決め、作業を続ける。

 完成するまで、まともな睡眠時間を取れない。



 ◇ ◇ ◇



 ベッドで眠った俺は、どこか神社の境内けいだいのような場所に、立っていた。

 朝霧に包まれた清々しい空気が肌をなでる一方で、爽やかな朝日が頭上から降り注ぐ。


 なぜか満開の桜の木があって、花弁が軽やかに舞っている。


「……綺麗だ」


 無意識に呟いた俺は、掃き清められた参道さんどうと参拝客がお参りをするための拝殿はいでんで目立っている柱の朱色を眺めた。


 中央の通路は芸術的に合わされた石畳いしだたみで、それ以外は玉砂利たまじゃりが敷き詰められている。

 近くには、手水舎ちょうずや社務所しゃむしょもあるようだ。



「あー、来たわね? この花が咲くは、まさに栄えよ……。良い眺めでしょ? 私をまつやしろは日本全国に多いから、あなたと1回は会っているかも」



 ジャリジャリという玉砂利を踏み締める音と女の声がしたので、そちらの方向を振り向く。


 そこには、参道の中央を歩いてくる、ロングの黒髪に赤目の女がいた。

 街で見かけたら、誰もが見惚れそうな容姿だ。


 俺よりも年上の雰囲気で、太い赤糸で縁取りされた小袖の白衣しらぎぬだが、その上に花模様が描かれた着物を羽織っている。


 下は、朱色の緋袴ひばかま

 足元には、白足袋しろたび草履ぞうり

 巫女の服装だが、しっかり締めた角帯かくおびの左側に刀を差している。


 彼女は、俺から5mぐらい離れた位置で立ち止まった。



「あまり、ジロジロ見ないでちょうだい? 私には、夫がいるのだから……。カレナに頼まれたのと私の子が粗相そそうをしたから、わざわざ来ただけ! まったく、あの根暗なロリっ子は、この国で偉そうな顔をしすぎよ……。時間がないので、すぐに始めるわ!」


 美女の羽織っていた着物が、空中に投げ出された。

 形を変えながら風に飛ばされていく途中で、バサバサと音がする。


 左手をさやにかけた女は、そのまま鞘を前へ送り、親指でつばを押し出して鯉口こいぐちを切る。

 つかに添えた右手でゆっくりと抜き、片手のままで、切っ先を下に向けた。


「私は咲耶さくやよ! 呼び捨てで構わない……。どうしたの? 早く抜かないと、まず一本とるわよ? ここは本物の境内ではないから、遠慮は無用!」


 自分も袴を着ていて、帯に刀を差していることに気づく。

 言われるがまま、左手を鞘に伸ばし、おっかなびっくり、抜刀しようと――


「遅すぎ」


 右の手首が、ボトッと落ちた。

 思わず左手で切断面を押さえつつ、前を見る。


 そこには、右足を後ろにして、いっぱいに引いた右手のみで刀の柄を握り、前に突き出した左手で刀のみねを支えるという変則的なかすみの構えから俺ののどへの突きに入っている咲耶の姿があった。




 ハッと気づいたら、同じ場所に立っていた。


 反射的に右手首と喉を触っても、怪我はない。

 なら、さっきの痛みは――


「気づいた? ここは、何度でも斬り合える空間よ! 五感があるのは、そうでなければ覚えないから」


 咲耶の発言を聞いた俺は、夢の中で寝ようとする。

 今度は、首が落ちた。




 ようやく斬り合える段階になって、その合間にレクチャーを受ける。


打刀うちがたなでぶつかれば、普通に欠けて曲がる。したがって、相手の刀に当てず、急所を斬るか突くのよ! 相手の刀を折る技もあるけど……。あなたの刀はだから、本物の刀より雑に扱ってもいいわ」


 普通にしゃべりながら、地をうように上半身を低くしつつ、俺の足をぐ咲耶。

 その場でジャンプしたら、切り返しで足首を斬られた。

 ドサッと落ちたところに上段からの斬り下ろしで、終了。



 その後にも、実地で斬り合いの型や足捌あしさばきを教えてもらった。

 決して、咲耶が憂さ晴らしで俺を斬りまくっているわけではない。


 そうだよね?


 俺の想いは通じなかったようで、咲耶は左腰にある刀の柄頭つかがしらの位置を直しつつ、話しかけてくる。


「防具があれば、そこまで傷だらけにならないのだけど……」


 どうして、最初にそれをくれないのですか?


 切ない目で咲耶を見ていたら、呆れ顔で説明してくる。


「あのね……。基本を覚えないと、意味がないの! 最初のようにザクザク斬られているようでは、肝心な場面で防具が壊れてザ・エンドよ!!」

「ジ・エンドでは?」


 沈黙が流れる。


 シャッと鞘走りの音が聞こえて、良い笑顔をした咲耶が、いつもより気合いを入れて構えた。


「休憩は終了! 次はあなたの身体で、どこを狙えば仕留められるか、教えるわ!」


 やめてくれよ……。


 咲耶がこちらに手の平を向けて、“待った” のポーズをした。

 何かを聞いているような仕草だが、だんだんと顔色が悪くなる。


 しまいには、真っ青な顔で、俺に話しかけてきた。


「えーと、重遠しげとおくん。何か、わ、分からないことは?」


「あなたが急変した理由が分かりません」


 咲耶は刃を上にして滑らせる納刀の後で、慌てて立ち去った。



 俺は立ったまま、再び、咲き誇る桜を眺めた。

 ユラユラと、花びらが舞っている。



「お待たせしましたのでー!」



 のんびりした声が聞こえたので、そちらを振り向く。


 みやびな感じの巫女服を着た少女がいた。

 やっぱり、角帯に刀を差している。


 最近の女子は、日本刀を持ち歩くのが流行りだろうか?


 そう思っていたら、くすみのある灰色、つまりアッシュの長い髪をポニーテールにした明るい茶色の瞳の少女が、説明する。


「咲耶さまはー。『私は今から命乞いのちごいに行ってくるわ!』と、泣きながら外出されました。よって、僭越せんえつながら、わたくしがお相手いたしますー」

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