第138話 もう大丈夫だよね?(前編)【メグ・月乃side】

『これより仮想訓練として、全ての行動はシミュレーション化されます』


 まるで四角いキューブの中のような白い空間には、無機質な床と壁、天井がある。

 唯一の居場所である床に、トレーニングウェアを着た2人の少女が立つ。


「本当に、いいのね?」

「手加減をしたら、怒るから!」


 そのやり取りの直後に、カウントダウン終了。


 ビィ――――


 ブザーが鳴り終わるのを待たずに、片方の広域魔法が炸裂する。


 ビキビキビキ


 長い黒髪をポニーテールにしていた少女が、相手のふところに飛び込もうとしたまま、氷像になった。



時翼ときつばささんの死亡! 次の開始の合図まで、待機せよ』



「これで、連続5回目の負けだあああ!」


 床に女の子座りをした時翼ときつばさ月乃つきのが、大声で叫んだ。


 魔法の演習ルームの1つで念願の咲良さくらマルグリットとの再戦がかなったものの、さっぱり勝てない。


 気の毒になったマルグリットが、広域魔法は止めようか? と言ったが、月乃はがんとして受け入れず、この一方的な展開だ。



『時翼さん、いい加減にしなさい! 次から、咲良さんは身体強化の魔法だけとします!』


 同じことの繰り返しを見かねて、管理者となった教官の命令。



『これより、仮想訓練を開始する!』


 ビィ――――


 ダンッ ドゴォッ


 今度は、月乃が震脚しんきゃくによる体のムダをなくしてからの飛び込み。

 マルグリットの目の前に現れた彼女は、全ての勢いを乗せた突きでぶつかる。


 だが、交通事故のような轟音ごうおんにもかかわらず、マルグリットは両腕を上げたガードであっさりと防ぐ。


 本来なら一撃でガードごと浸透させて殺す技だけに、この反応は頭にくる。


 月乃が学んだ流派は、全ての行動を攻撃につなげる。

 主にカウンター狙いだが、さっきのように攻めることも可能だ。



 接近したのなら、ボクの領分だ!


 クロスレンジの月乃は、そのまま、右肩での体当たりに移る。

 右足を大きく踏み込み、相手の腕を跳ね上げて開門しつつ、下に潜り込んだ右肩を突き上げた。


 これで、相手は吹き飛ぶ。

 ……はずなのだが。



 ドンッ


 月乃の右肩がぶつかる音が響くも、マルグリットはとりでになったがごとく、ビクともしない。


 密着した状態で、さらに手足の動きも利用した運勁うんけい、足踏みによる発勁はっけいを試みるも、子供が壁にぶつかっているような手応えしか伝わってこない。

 いくら魔法で身体強化をしていると言っても、陸に上がった戦艦を動かそうと試みているような重さは異常だ。


 とっさに軌道を変えたマルグリットの右拳の余波で、戦闘機がマッハで通り過ぎたような音がせまい空間に響いた。

 こいつだけ、出演する作品を間違えている。


 あまりの理不尽ぶりに、月乃が涙目で叫ぶ。


「うっそだろおおおおお!?」


 これ、もう人間じゃないだろ?


 月乃はそう思いつつ、マルグリットの腕に自分の腕を絡ませ、必死に体勢を崩そうと努める。



 いや、これはおかしい!

 おかしすぎる。

 身体強化の魔法は、コントロールと燃費の関係で、重要な部分に集中するのに……。


 どこを触っても、カッチカチ。

 柔らかそうな身体なのに、下半身の土台はガッチガチ。

 けいを浸透させているが、ダイレクトにらされている感すらある。

 まるで、避雷針のようだ。



 何これ? 


 何これ?



 混乱する月乃は、相手に気圧されながらも、身体に染みついた体術でひたすらに反撃する。

 しまいには、足を止めて、ただの殴り合いと化した模擬戦が、教官のストップによって幕を下ろした。



 得意の接近戦でも敗北した月乃は、更衣室のベンチに寝転がった。

 シャワーを浴びた直後、同性にもお見せできない格好のまま、手足を投げ出す。

 マルグリットとは別の更衣室のため、気を遣う必要はない。



 無機質な天井を見上げながら、月乃はつぶやく。


「あー、負けた負けた……」


 今のマルグリットはカレナの眷属けんぞくなので、上位の神話生物との殴り合いに等しい。

 制限された力とはいえ、善戦できただけで奇跡だ。


 例えるのならば、生身の人間が冥王星めいおうせいを倒そうとした構図。

 風車に立ち向かうどころの話ですらない。




「時翼さん、大丈夫?」

「ああ……」


 シャワーと着替えの後に、マルグリットと月乃はカフェテリアにいた。

 自分でトレイを持ち順番に進みながら軽食のお皿を取り、最後にドリンクなどを注文する形式だ。


 私立の女子校のため、都心部の人気店にも引けを取らない、凝った内装。

 ここは明るい雰囲気をイメージしており、わざと高級感を消している。

 他にもいくつかの飲食店があって、ホテルのラウンジのような場所も選べるのだ。


 今日は週末のため、いつもより空気が緩やか。

 ボックス席はけっこう埋まっていて、昨日のドラマや映画がどうのこうの、と騒いでいる。


 1年主席である時翼月乃には、取り巻きもいる。

 本人が女子らしい関係を好まないため、仲の良い生徒が数人ぐらい。

 学年によっては、貴族のご令嬢のように、ぞろぞろと連れ歩くことも……。


 普通は、1年奴隷、2年人間、3年神となるのだが、ベルス女学校では学年ごとにエリアが分けられている。

 したがって、他の寄宿学校と比べれば、のんびりできる環境。


 部活動では上下関係があって、それ以外にもベル女の姉妹スールー制度でフォローしている。

 しかし、学年ごとの結束があるので、上級生だからと無茶をすれば、下の学年主席が出張ってくるだろう。


 異能者ゆえに一般の公式大会に出られず、他の魔法師マギクスの養成学校との対抗戦に血道を上げている。

 レーザー射撃、壁の破壊と、マギクス独自の競技も多い。

 そちらは魔法ありで競い合っているため、防衛軍や警察の上層部も見学にくる。



 ストローをくわえる月乃は、幼さがより強調されている。

 事情を知らなければ、マルグリットが姉で、月乃が妹だ。


「うん、まあ……。これで、ようやく踏ん切りがついたよ! 今日はボクに付き合ってくれて、感謝する……。言いたいことは、色々あるけどさ?」


 ストローから口を離した月乃が、疲れ切った声で言った。


 今日の分はスコアにつけておくから、後で確認してね?

 約束通り、学年主席には推薦しない。

 ただし、君も今回の模擬戦について話さないこと!


 そう付け加えた月乃は、またストローから飲み物を吸い込む作業に戻った。



 ベル女は全寮制だが、生徒の社会性を養うため、学園都市になっている。

 コンビニなどの商業施設も揃っていて、支払いは『クレジット』で行う、完全なキャッシュレスだ。

 『クレジット』は敷地内における通貨で、学生証のカードを使う。

 所定の手続きで現金にも換えられるが、それが許されるのは長期休暇の前か、卒業時が多い。

 家族へ仕送りをするなど、特例の許可もある。


 月乃が言った『スコア』とは、ベル女における、貢献の数字。

 ゲームの発言力に近く、生徒同士でやり取りすることも可能だ。

 自分の『スコア』を『クレジット』に交換することで、様々な支払いに使える。

 今回は、彼女がマルグリットに依頼した形となり、その分だけマルグリットが『スコア』として利益を得た。


 衣食住が支給されるうえに給料をもらえる軍属は、金銭感覚を破綻させる人間が出やすい。

 その教訓から、ベル女は社会性を教え込むシステムを取り入れた。

 教養科目として資金管理や人生設計、ローンの組み方、店員の仕事なども教えている。

 希望すれば、そのままバイトで勤務することが可能。

 ただし、商業エリアの店員は、基本的に民間企業から派遣されている。



「ところで、咲良?」


 月乃から話しかけられたマルグリットは、紙コップの端からくちびるを離した。


「なに?」


 返事をしたマルグリットは、自分の前に差し出された右手を見て、次に月乃を見る。


「……ボクと友達になってくれ。今日、自分が納得するまで対戦して、ようやく君のことをまっすぐ見られるようになったよ!」


 月乃の右手を握ったマルグリットは、笑顔で応える。


「今まで友人と思われていなかったことが、ショックだわ!」


 その言葉とは裏腹に、雰囲気や声音は明るい。

 すぐにジョークだと分かったことで、月乃も軽口を叩く。


「学年主席の仕事をボクに丸投げしておいて、良く思われるとでも?」


 そのまま、お互いにジッと見つめ合うも、やがて2人とも吹き出す。

 カフェテリアに少女たちの笑い声が響き、それを聞いた周囲の女子たちが注目した。



『頑張れ、月乃! 本気のマルグリットに勝てば、あなたはにランクインだよ!! たっぷりと訓練をして、どこでも通用するマギクスを目指しなさい!』


 いや、ボクは人間だから……。


 月乃は心の中でツッコミを入れながら、どこからか、懐かしい声が聞こえたような? と首をかしげた。



「月乃、どうかした?」


 気のせいか、と思った月乃は、自分のに返事をした。


「いや、少し空耳があっただけ。何でもないよ、メグ……」

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