第130話 仲間と語るべきは常に「どうであるべきか」だ

 ギシッ


 自宅で唯一の聖域である、自分の部屋へ戻った俺は、ベッドに寝転んだ。


「まいったものだね。原作の主人公には……」


 どうしようもない、絶望的な場面でも諦めず、決して挫けない人間。


「だが、それは……。裏を返せば、人の都合を考えず、空気を無視して、で生きているってことだ。俺からすれば、普段は俺を嫌っていて愛想が悪い癖に、都合のいい時だけ友達面としか思えん。ぶっちゃけ、『知人』や『同業者』だよな、航基こうきは……」


 上体を起こした俺は、自室の冷蔵庫からアイスを取り出す。

 付属のスプーンを使い、ひょいと口に入れる。


 甘味が口いっぱいに広がり、短い間だけ、悩みを忘れさせてくれた。



「俺の家庭に航基を入れることは、言語道断ごんごどうだん。一度入れたが最後、『お前は間違っている!』や『こうしろ!』と、我が物顔で仕切り出すから……。今日、第二オカルト同好会の部室でも、ずいぶんと偉そうにのたまってくれたからなあ……」


 だからこその、主人公。

 人の顔色をうかがい、気を遣うようでは、やっていられない。


「そもそも……。あいつは粘着質に詩央里しおりを狙っている。こちらの情報は、一切与えるべきではない。ただでさえ、俺はハーレムという、世間的に後ろ暗いことをやっているのだから……。それを知ったが最後、あいつは間違いなく、俺を悪の親玉として詩央里を救い出すをやり出すぞ……」


 いっそのこと、手段はともかく、目の前から消しておくか?


 前から検討していた選択肢が頭をよぎるも、まだ決心はつかない。

 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】に対する影響や、鍛治川かじかわ航基こうきでなければ倒せない敵がいる可能性を考えたら……。


「んー。要するに、あいつは暇だから余計なことを考え、動いているわけだ」


 えいっと床に降り立った俺は、南乃みなみの詩央里しおりたちに相談するべく、自分の部屋を出た。


「完全な味方じゃないにせよ、ある程度は信用できて、腕の立つ男子が他にいれば。もうちょっと、選択の幅が広がるのだがな……。むろん、線引きはしっかりできることが大前提で」


 裏切りや寝取られるリスクを考えたら、無理に進める話ではない。

 だが、原作の主人公にうんざりしてきた俺は、そういう考えもあるかと思い始めていた。



 ◇ ◇ ◇



 俺の自宅のリビングで、咲良さくらマルグリットを呼び戻しての話し合いが行われた。


「メグ、急な呼び出しで悪かった! しかし、今後の俺たちに関する重要な話だ……。クラスメイトの鍛治川航基の扱いについて、正式に決めておきたい。このままでは、奴が強引に俺たちの領分に入り込んでくるのが時間の問題だ! 俺は、奴の承認欲求を満たせるように何か任務を与えて、考える暇や動く余裕をなくせばいい。と考えているが……」


 口火を切ったら、南乃詩央里が話し出す。


「その点については、航基さんは私からの支援を受けているため、簡単です! 現時点でいくつかの退魔師の仕事を回していますから、少し見直します。あとは……」


 言いよどんだ詩央里だが、すぐにしゃべる。


「これは、口外しないでください……。私たちのクラスメイトの小森田こもりだ衿香えりかが、航基さんに好意を寄せています」


 マルグリットが反応した。


「それは、私も感じたわ! 物凄く分かりやすくて、微笑ましかったから……。でも航基は、あの子の気持ちを宙ぶらりんにしたまま? あれだけ明確で、気づかないってことはないと思うけど……。クラスの陽キャ達も、そっとしておくぐらいだし」


 気まずい顔になった詩央里が、マルグリットに返事をする。


「はい。航基さんは十中八九、衿香の気持ちに気づいています。その上で、彼は無視しているのです。衿香は、航基さんの自宅に度々訪れているのですが……」


 怒りの表情になったマルグリットは、吐き捨てる。


「最低ね! 私も転校して数日で、粉をかけられたわ……。やっぱり、ろくでもない男だったか」


 詩央里は、別にかばうわけではありませんが、という雰囲気で返す。


「航基さんに悪気はなく、『困っている人を助けたい』という善意だったと思います。自宅へやってきた衿香にも、全く手を出していませんし……」


 溜息をついたマルグリットが、詩央里に話しかける。


「悪意がなくても、やっていることは鬼畜の一言よ? すぐに手を出すヤリ男のほうが、幾分かマシだわ……。ごめん。詩央里に怒っても、仕方ないのだけどね……。何にせよ、航基を消せば、衿香が悲しむわけか。難しいわね」


 うなずいた詩央里が、さらに情報を出す。


「先日のグループ交際ですが、航基さんはペアになった月乃つきのさんと良い雰囲気になっています。そちらで上手く恋人同士になってくれれば、衿香をフリーにできます」


 マルグリットは考え込んだまま、静かにつぶやく。


時翼ときつばささんが……。分かった。そっちは私の母校だから、情報を集めつつも、本人に聞いておくわ」



 問題児への方針が決まって、その他の伝達事項に入る。


「ベル女の召喚儀式は、最終的に私が潰した。先日のテーマパークで、陸上防衛軍のりょう有亜ありあにそう伝えたのじゃ……。今頃は、内部のスパイによる連絡や意図的に流された情報で、他の勢力も知っただろう。できるだけ私に注意を引きつけるが、周りにいるお主らにも様々な連中が接触してくるぞ? 連絡を密にして、あらゆることに注意しろ……」


 義妹の室矢むろやカレナはそう述べた後で、周囲を見て、さらに言葉を続ける。



重遠しげとお。お主は、どう考える?」



 室矢むろや家の当主として、自分の考えを述べる。


「お前たちの信頼関係や力は疑っていないが、それでも人手が足りない! 飽和攻撃のように波状で押し寄せられたら、そのまま呑み込まれてしまうからな……」


 詩央里が、俺に質問をしてくる。


「若さまは、どうするつもりですか?」


 詩央里のほうを見ながら、質問に答える。


千陣せんじん家に顔を出す! そろそろ、俺たちの姿勢や考えを伝えておかないと、千陣流を敵に回しかねない。できれば、数人ぐらい引っ張れれば、良いのだが……。前のように、俺1人の面倒を見ているわけではないから、詩央里の負担が大きすぎる」


 驚いた顔つきになった詩央里が、少し席を外した。


 すぐに戻ってきた詩央里は、一通の封書を差し出す。

 受け取ってみたら、古風だが、達筆な文字で記されている。


「ご当主からの召喚でございます。“ベルス女学校で千陣家の名前を出した件、説明に来い” とのことです……。私だけで対応するつもりでしたが、若さまがそうお考えなら、ご一緒いたします」


 詩央里の宣告を聞きながら、やっぱりな、と心の中で嘆いた。

 しかし、俺がダウナーになっていても、始まらない。


「了解した! では、詩央里。“近いうちに参上する” と返答をしておけ。日程が決まり次第、俺と一緒に千陣家へ行こう……。この手紙は、今日中に目を通しておく」


 はい、と答えた詩央里は、俺の発言を待つ。


 自分の考えを述べていく。


「やらなければならないことは、多い。第一に、紫苑しおん学園へ通うことが難しくなってきた件だ! 現状で、とっくに普通の生活から離れてしまった。全員で通信制に移って高校卒業の資格だけに絞るのも、一つの手だろう。それでも、修学旅行などには、クラスとして参加できるのだし……。上流社会の生徒がいる学園というメリットを活かすために、生徒会と交渉してもいいかもな?」


 他の面々に反対はなく、通信制への移行は、前向きに検討することになった。


 2つ目の話を出す。


「第二に、各勢力からの襲撃が予想されるので、このマンションの要塞化、または別の拠点の準備! ただし、急ぎではない。将来的なライフスタイルをにらんで、追々おいおい考えていこう。単独で動かずツーマンセルにすることも、早めに実現したい」


 詩央里が、自分の意見を言う。


うけたまわりました。しかし、予算と時間がかかるので、形になってからご相談します」


 うなずいた俺は、肝心の3つ目を持ち出す。


「第三に言っておきたいのは、お前たちとの関係だ! 高等部を卒業した時、今後の生活をしっかりと考える。正妻は詩央里だが、パートナーとして迎えた以上、メグについても平等に扱う。カレナとの関係は、これから話し合う予定だ。……何か、意見は?」


 それぞれで考え込んでいるが、特に反論はなかった。


 紫苑学園での過ごし方はともかく、それ以外は大きな話だ。

 すぐに結論は出ない。


 ……それにしても、これほど早く、千陣家へ戻ることになろうとは。

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