第131話 東アジア連合のプリンセスと緊張感のある会談

「外務省の牧尾まきお皓司こうじと申します」

「防衛省の柳本やなもとつもるです」


 俺は、2人の男から差し出された名刺を見て、途方に暮れた。


 いけない。

 すぐに、返事をしないと……。


「ご丁寧な挨拶、ありがとうございます。俺は、紫苑しおん学園の室矢むろや重遠しげとおです。隣にいる女性は、婚約者の南乃みなみの詩央里しおり


 横に座っている詩央里が、頭を下げた。


 返礼として会釈する、向かいの席の男たち。


「本日、わざわざお呼びしたのは、東アジア連合の大使館から連絡があったからです。その内容は室矢さんとの会談で、異例中の異例と言わざるを得ません。最初に、室矢さんのご意向を確認しておきたく存じます。それによって、私共わたくしどもの対応も変わってきますので……」


 外務省の皓司が、恐る恐るといった感じで、尋ねてきた。

 しかし、このケースは全員で話し合い、想定済みだ。


 はっきりと、告げる。


「相手と、会談の方法によります。具体的な情報をいただけますか?」


 ホッとした皓司は、かばんから資料を取り出して、説明を始める。


「それでは、説明させていただきます……。会談を希望しているのは、傅 明芳(フゥー・ミンファン)という、室矢さんとほぼ同じ年齢の女性です。東アジア連合の江呉こうごという行政区、大陸語では『ヂィァンウー』の発音をするエリアがありまして……。彼女は、その上海(シャンハイ)を中心にした沿岸部を実質的に統治している総督、傅 宗宪(フゥー・ツウォンシェン)の次女となっています。現在は、東京の高級ホテルに滞在中です。会う場所と日時は指定していませんが、『国内で早めに』という話になります」


 俺は、室矢むろやカレナから事前に聞かされていた話を思い出していた。


 フゥー家は、陸軍が幅を利かせている大陸で、かなり異色だ。

 沿岸部で海軍に強い影響力を持っているうえに、シーレーンの実効支配で、国際感覚に長けている。


 明芳ミンファンの父親は、東アジア連合の上級幹部にして、江呉の行政区に駐留する軍団を指揮する将軍だ。

 つまり、典型的な軍閥ぐんばつ


 ここは、元の世界の中華と違う。

 東アジア連合は、いくつかの勢力の集合体という側面が強い。


 1つのエリアの総督ともなれば、小国の独裁者を上回る力を持つ。


 彼女が地元にいれば、絨毯じゅうたんを敷かれた上を歩き、左右には連合軍の兵士が最敬礼で迎える。

 その先には、ゴテゴテした勲章や徽章きしょうを身に着けた軍服の父親、さらに母親がいる寸法だ。

 本人は重い物を持たず、お付きが雑事を行う。


 現代における、正真正銘のお姫さま……。


 江呉の行政区が掲げているスローガンは、“我らは大陸の経済を支えている” だ。

 大陸の中央と比べて歴史が浅く、その代わりに、経済面で引っ張っている。

 特に、上海シャンハイは国際色が豊かで、活気があるらしい。


 俺を誘惑する意味でも、うってつけの人選だな?


 渡された資料に添付された写真を見たら、フゥー明芳ミンファンは美人で可愛いが、全体的に近づきがたい印象を受ける。

 例えるのならば、成長させたカレナのバリエーション違い。


 だが、その鋭い目つきは、ただの生まれではないことを示している。

 彼女は大陸ではなく、欧米でよく見られる格好だ。

 正式な行事では、民族衣装や化粧をするのだろう。



「その面会、お受けします。あちらの都合で構いません。早めにお願いできますか?」


 うなずいた皓司は、言葉を紡ぐ。


「承知しました。その資料は部外秘なので、申し訳ありませんが、この場で読み切ってください」


 仕草で同意した俺は、手早く、目を通す。

 詩央里にも読ませないと、まずいからな……。


 わずか数分で要点を叩き込み、隣の詩央里に渡した。

 どうせ、細かい部分は覚えきれない。


 俺は主導権を握るべく、話を先に進める。


「牧尾さんのお話は、終わりましたよね? ……防衛省の柳本さんは、どのようなご用件ですか?」


 外務省の皓司が視線でうながすと、防衛省の積が口を開く。


「いやー! 私は見届け人のような感じで……。うちも色々ありましてね……」


 妙に明るい声で話す積に対して、俺は突っ込む。


「俺が明芳ミンファンと会う時に、何か気をつけることは?」


 少し考えた積は、明るい声で返す。


「面と向かって東連とうれんフゥー家をバカにしなければ、特に問題はないと思いますよ? 父親の宗宪ツウォンシェンは、大陸の中央にいる方々よりも話が通じますし……。彼らはメリットで物を考えるから、説得したい場合は合理的に主張してください。江呉の行政区は他のエリアと比べて身嗜みだしなみにうるさいから、レンタルも利用して、当日はできるだけ高級ブランドを選ぶべきかと」


 頭を下げながら、お礼を言う。


「ご指導、ありがとうございました」



 ◇ ◇ ◇



 お互いの歩み寄りの結果、外務省の管理下にある、来賓との会談用の部屋が選ばれた。


 安全確認のためか、客人のほうが先に入り、待っていたようだ。


 ソファに座っていた少女2人が立ち上がり、俺たちに近づいてきた。

 その後ろには、素手でも人をやれそうな男2人が、スーツ姿で護衛をしている。


 俺と南乃詩央里の前に立った2人のうち、いかにも高貴そうな少女が話し出す。


「東アジア連合で江呉ヂィァンウーの行政区を統治する総督、フゥー宗宪ツウォンシェンの次女、フゥー明芳ミンファンでございます。室矢家のご当主、室矢さまにお会いできて、光栄です。南乃さまにも、つつしんでご挨拶を申し上げます。こちらは、私の側近である谷 巧玲(グゥー・チャオリン)。どうかフゥー家ともども、よしなに……」


 日本の流儀で自己紹介を終えた明芳ミンファンは、上品に微笑んだ。

 同じく、後ろに控えている巧玲チャオリンも、軽くお辞儀をした。



 明芳ミンファンは、長い黒髪に、青い瞳だ。


 グラビア雑誌の表紙を飾っていそうな美少女だが、支配者ならではのオーラが一般人ではないと教えてくれる。

 

 さて、ここで雰囲気に呑まれたら、相手の思う壺だ。


「ご挨拶、ありがとうございます! 遠路はるばる、ようこそお越しくださいました。俺は室矢重遠です。本日は、フゥー家のお嬢様にお会いできて、嬉しく存じます。こちらは、俺の婚約者の南乃詩央里です」


 俺の紹介に合わせて、詩央里が会釈した。


 一通りの挨拶を終えたので、主催者としてリードする。


「……立ち話も何ですから、座って話しましょうか?」


 いよいよ、会談のスタートだ。



「思っていたより普通の方で、安心しましたわ。私、これまで殿方と話すことも限られていましたので」


 明芳ミンファンが、先に話しかけてきた。


「そうですか……。こちらは、美人の前で緊張していますよ」


 俺の冗談に、クスクスと笑う明芳ミンファン


 大陸の扇子らしきものを広げて、口元を隠している。

 細部まで凝った作りのため、これだけでも彼女の財力が分かった。


 パチン


 扇子を閉じた明芳ミンファンが、にっこりと笑った。


「室矢さまは、随分とご活躍なさっているようですね? ベルス女学校の召喚儀式とやらのうわさは、大陸にも届いておりますよ。さすが、千陣せんじん家のご長男と言ったところでしょうか……」


 彼女は探るような瞳で、話しかけてきた。


 さっそく、聞いてきたか……。


「いや、これは大きな話になっているようで、お恥ずかしい限り……。実は、気を失っている間に、ベル女は助かっていた次第でして。それに、もう室矢家の人間ですから」


 俺の返答に、明芳ミンファンは目を伏せた。

 考える時間を稼ぐためか、再び開いた扇子をパタパタと動かし、自分に風を送っている。


 応接室のソファで向かい合っている俺たちの周囲には、それぞれの護衛がいる。


 背中は、式神の室矢カレナに任せている。

 いっぽう、明芳ミンファンたちの背後にも、強そうな男たち。


 敵意がないことを示すため、お互いの護衛は壁際に立ったまま。


 異能者に身体検査をしても、意味はない。

 それに、大使館のルートで来たから、下手に疑えば、それこそ外交問題だ。



「ところで、室矢さまの後ろに立っているのが、あなたの式神ですか? 私、他流の技に触れるのは初めてで……。よければ、少しお話をしても?」


 明芳ミンファンは、俺に許可を求めてきた。


「構いません。カレナ、こちらへ来なさい」


 俺が命令すると、壁の華になっていたカレナがやってくる。

 すかさず、明芳ミンファンたちの後ろに控えていた護衛2人も近づこうとするが、彼女が手の平を向けて、制止。


 カレナは、境界線になっているテーブルの付近に立ち、口を開く。


「お初に、お目にかかるのじゃ! 私はカレナ……。敬語がないことは、元々の喋り方だ」


 上に立つ人間らしい鷹揚さで、明芳ミンファンは頷いた。


「許しましょう。さて、カレナ……。あなたはベル女の召喚儀式で、どうしていましたか?」


 部下に対する質問のように行われたが、カレナに答える道理はない。


 これが本命の質問らしく、明芳ミンファンのお付きの巧玲チャオリンどころか、壁際の護衛2人も注目している。


 ステージ上の主役になったカレナは、臆さずに答える。


「私が潰したのじゃ! ……他に、聞きたいことはあるか?」


「……いいえ。答えてくれたことに、感謝するわ」


 簡潔に述べた明芳ミンファンは、もう下がっていい、と言わんばかりに、片手を振った。


 それを見たカレナは、元の壁際へ戻っていく。



「それにしても、かなり珍しい人形を手に入れたのですね……。我が国にも人形はありますが、これほどの精巧さはまれです。どこで入手したのか、お聞きしても?」


 俺に向き直った明芳ミンファンが、笑顔で訊ねてくる。

 東アジア連合で支配者の家にいるだけの、圧だ。


 とりあえず、返答をする。


「ユニオンから……。きっと、美味しい食事を求めて、彷徨さまよってきたのでしょう」


 これぐらいの情報は、とっくに掴んでいるだろう。

 しかし、相手のほうが、圧倒的に上の立場だ。

 ストレートに断れば、大人げない手段でこちらを潰しにくる恐れもある。


 すると、明芳ミンファンは凄みのある笑顔になった。


「お食事であれば、我が国の大陸料理は世界にかんたるもの……。いつでも遊びに来てください、カレナ」


「悪いが、日本の味付けに慣れてしまっての……。考えてはおく」


 カレナは明芳ミンファンの顔を見ながら、あっさりと断った。



 俺と目を合わせた明芳ミンファンは、同じく誘ってくる。


「室矢さま、それに南乃さまも、何かお困りでしたら、東アジア連合の大使館に連絡して、私を頼ってくださいませ。フゥー家は、あなた方を歓迎いたします」


 亡命したければ、いつでも受け入れるってことか……。



 その後、当たり障りのない世間話が続き、会談は無事に終わった。

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