第129話 主人公は見つけた悪を決して許さない【航基side】

 紫苑しおん学園で、いつもの昼休み。


 鍛治川かじかわ航基こうきは久しぶりに教室で見かけた室矢むろや重遠しげとおに対し、苛立いらだちを募らせていた。

 なぜなら、ついこのあいだのグループ交際で、重遠が婚約者を放っているばかりか、浮気をしていたからだ。


 実際には、重遠の婚約者は南乃みなみの詩央里しおりだが、航基はその事実を知らない。

 ゆえに、交流会の後にベルス女学校から転校してきた咲良さくらマルグリットが婚約者だと思い込んでいる。


 それも間違いではないため、大変ややこしい事態に陥っているのだ。



 マルグリットが可哀想だ、と義憤に駆られる航基だが、それを相談できる相手はいない。

 同じグループにいる陽キャに話したら、翌日には学年中のうわさだろうから……。


 だが、航基にも嬉しいことがあった。

 くだんのグループ交際で知り合った時翼ときつばさ月乃つきのは、自分の野望を実現してくれる女子。

 学年主席の魔法師マギクスで格闘技の達人ともなれば、鍛治川流の復興にうってつけだ。

 自分と話が合うため、いつになく楽しい時間を過ごせた。


 それに、これで重遠に思いを寄せている詩央里も彼を諦めて、フリーになるだろうと考えていた。


 だが、後者の詩央里については、他の目敏めざとい陽キャも同じこと。


「シーちゃん。長い間のお役目、ご苦労様! どう? 俺の親父が良い別荘を持っているんだ。少しぐらい休んでも、ばちは当たらないだろ?」


 1人の男子が言い出せば、対抗意識を持った他の男子も釣られる。


「バスケとか、どうだ? 体を動かせば、難しいことを考えずに済むから……」

「これから、夏だろ? 俺の家族が持っているプライベートビーチに、みんなで行こうぜ!」


 それらの誘いに、なるべく角が立たないようかわす詩央里。


 陽キャの中でヒエラルキーが最底辺の航基は、指をくわえて、その光景を眺めるのみ。



 ――放課後


 第二オカルト同好会の部室に顔を出した、鍛治川かじかわ航基こうき


 会議もできる空間には、珍しく、室矢重遠だけ。

 彼は、長机を2つ並べたテーブルの周りに配置されているパイプ椅子の1つに座っていた。


 読んでいた本から目を離して、軽く挨拶をした重遠に応じながら、航基は意を決して話しかける。


「なあ、重遠……」


 真剣な声音に、重遠が再び顔を上げた。


「その……。お前は、ベル女の交流会に参加していた。つまり、お前の婚約者はマルグリットでいいんだよな?」


 唐突な質問だが、重遠は迷わずに返事をする。


「ん、ああ……。そんな感じだ……」


 はっきりと断言しない台詞に、またイラつく航基。

 思わず、バンッと長机を叩く。


 驚いたように自分の顔を見た重遠に対して、航基は叫ぶ。


「お前、どういうつもりだよ! マルグリットが元の学校にいるからって、その間に浮気とは!!」


 ところが、重遠は迷惑そうな顔をするだけで、言い訳も、謝罪もしない。


「なんとか言ったらどうだ、重遠!」


 航基がもう1回叫んだら、ようやく重遠が反応した。


「あのな……」


 黙ったまま、彼の言葉を待つ航基。

 だが、思いもかけぬ言葉が返ってくる。



「お前には、全く関係のない話だ! 自分の心配だけ、していろ」



 それっきりで、また本を開いて、読書に戻る重遠。


「か、関係ないって……」


 航基は怒りのあまり、逆に言葉が出てこないようだ。


 ようやく気分を落ち着けて、いかに浮気が重罪で相手を傷つけるのか? を説教しようとするも、その前に機先を制される。


「航基……。お前がどう思うのかは、お前の勝手だ。しかし、同じように、俺たちにも俺たちの事情がある。当事者同士の話に、何も知らない赤の他人が首を突っ込むな」


 思わぬ反撃にたじろいだ航基だが、負けずに言い返す。


「ゆ、友人が破滅に向かっているのだから、止めて当たり前だろ? お前やマルグリットが傷つく前に、せっかく忠告してやったのに……。お前は浮気をしても、それで何事もなく済むと思っているのか? それに、何かあるのだったら、話してくれよ! 俺たちは友人だろ?」


 呆れた様子の重遠は、言い聞かせるように言う。


「相談は、結構だ! 俺は、浮気を良くないことだと考えている……。その話題にこれ以上、付き合う気はない。じゃあな! 出る前に、戸締りはしておけよ?」


 間を置かず、重遠はもう1つのパイプ椅子の上に置いていたスクールバッグを掴み、手にしていた本を入れ、足早に部室を出て行く。


 その重遠の背中に、航基は最後の切り札を突きつける。


「な、なら、いいんだな? お前が聞く耳を持たず、態度を改めないのだったら、俺は詩央里やカレナ、戻ってきたらマルグリットにも、お前の浮気のことを話すぞ?」


 振り返った重遠は、その端整な横顔を向けて、簡潔に答える。


「……勝手にしろ」


 重遠に怒った様子はなく、静かに部室の扉が閉められ、航基は途方に暮れた。



 ガラガラ


「あれ? 航基さんだけですか?」


 詩央里が入ってきて、きょろきょろと部室の中を見回した。

 とたんに航基は笑顔になり、返事をする。


「ああ、そうだ。実は……。いや、何でもない」


 言いかけて中断した様子に、詩央里は不審そうな表情に変わった。

 その雰囲気を感じ取った航基は、慌てて取り繕う。


「たいした話じゃないさ……。それより、詩央里は大丈夫か? 長く休んでいたようだけど……。俺が力になるから、いつでも言ってくれ!」


 航基の言葉に、詩央里は笑顔で、ありがとうございます、とだけ答えた。

 手応えを感じた彼が、続けて話そうとした瞬間に、部室の扉がまた開く。


 ガラガラ


「詩央里! 国語の飯尾いいお先生が呼んでいるぞ。お主、提出物を忘れていたのでは?」


 重遠の義妹である室矢むろやカレナが入ってきて、詩央里に話しかけた。


「あ、そうでした! 航基さん、用事ができましたので。お先に失礼します」


 呆気にとられた航基は、詩央里とカレナをそのまま見送った。



 ◇ ◇ ◇



 南乃詩央里の自宅には、家主の詩央里と、室矢カレナの姿があった。

 いつも通りに挽き立てのコーヒーを飲みながら、2人で話し合う。


「あやつにも、困ったものじゃな……」


 カレナが嘆息したら、詩央里も応じる。


「そうですね。航基さんも、悪い人ではないのですが……」


 詩央里のフォローに対して、カレナは酷評する。


「だから、たちが悪い……。悪党ですら、連中なりに引き際を心得ているものじゃ。しかし、航基は善意と自分の正義感で動いていて、止まりようがない。同じぐらい壊れた悪役がいれば、毒を以て毒を制すことで丸く収まったがの……」


 カレナはのどにコーヒーを通して、一息つけた。


 話を聞いていた詩央里が、ぽつりと漏らす。


「何があっても挫けず、まっすぐに壁をぶち壊していく主人公も、敵役かたきやくがいなければ、ただの害悪ですか……。本能的に、私などのヒロインに好意を持つよう、プログラミングでもされていそうですね」


 VRブイアール(バーチャル・リアリティ)にふんして、室矢重遠から情報を引き出した詩央里。

 彼女は、原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】における主人公が鍛治川航基だと知っている。


 迷走している主人公がいかに面倒で、哀れであるのかを痛感したが、詩央里にとってはそれだけの話。


「常人の感性をしていたら、孤立無援で巨悪に立ち向かうなど、できるはずもないわ。とにかく、航基については、早急に対処する必要がある。無能な働き者は、すぐに消すしかないのじゃ」


 カレナの発言を受けて、詩央里は自分の考えを述べる。


「若さまの精神衛生を考えたら、短絡的に排除するのは避けたいところです。他の紐付きではない戦闘員として、まだ使い道がありますし……。女に籠絡させるのが、たぶん一番手っ取り早いかと」


 成人向けのHイベントがあっても、この手のゲームでは、なぜか主人公は潔癖だ。

 綺麗ごとだけ言い続け、最後のほうになって、ようやくヒロインとの初体験に及ぶ。

 それは、各ヒロインの個別ルート、またはハーレムルートの達成に、他ならない。


 詩央里は、似たようなゲームをいくつか研究して、傾向と対策を考えた。


「航基さんは高い確率で、自分が深く関係した女に執着します。結局、交わらせた女でコントロールするのが、簡単で確実。したがって、『その相手を誰にするのか?』が問題です」


 カレナが、その案で気になっている点を質問する。


「確かに、まだ操縦はできる! 年齢のわりに幼すぎて、空っぽであることが問題だからな。メンターを選び、航基を育てればいいだけの話じゃ。……衿香えりかで、いいのか?」


 苦い顔になった詩央里は、カレナの質問に答える。


「正直、それは嫌ですね! 現状の航基さんは、ベル女の時翼ときつばさ月乃つきのも気に入ったようですし……。しばらく、様子を見ます」


 もし航基さんが月乃を選べば、私にとって理想的な解決になる。

 親友を失恋で泣かせてしまうが、退魔師の業界に立ち入らず、また次の相手を探せるだろう。


 そう思う詩央里に対して、カレナが待ったをかける。


「希望を持っているところ悪いが、そうもいかんようだ……。衿香を早めに、ここへ連れてきて、私と会わせろ! じきに、大きな勢力も動くのじゃ」


 因果関係を読み、疑似的な未来予知ができるカレナの言葉だ。

 ならば、いよいよ、本格的な争いに……。


 そう思い、ピクリと眉を上げた詩央里は、カレナに向き直った。


「いつまでに?」


「可及的速やかに、だ。それから、衿香の身を守る手段を何か用意しておけ! 私のほうでも、考えておくのじゃ……。ついでに、衿香が航基の事情を知ったうえで狙うのかも、再確認しておこう。それによって、アレの扱いも変わってくるからな……。メグが紫苑学園へ戻ってくるまでに、それなりの決着をつけておきたい」



 気の滅入めいる会話が終わったカレナと詩央里は、次のショッピングなどの楽しい話題に移った。

 メリハリをつけないと、この先の長い道のりで、へばってしまう。


 その様子は、仲の良い姉妹そのものだった。

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