第126話 グループ交際の主催者は気を遣うー①

 ワーワー ガシャン ガシャン


 テーマパークに特有の、大勢が騒ぐ声と、大型のマシーンが規則正しく動く音。

 いよいよ、ベルス女学校の3人とのグループ交際だ。


 俺たちは、南乃みなみの詩央里しおりが手配したバンを降りた。

 観光バスを連ねてきたベル女の面々に、思わず圧倒される。


 私服を許可されているらしく、お花畑のような華やかさ。

 アニメなら、この後で犠牲になる回想シーンか、急に力がみなぎって逆転する前触れみたいな感じだ。

 咲き乱れる花びら、と言い変えたら、別の意味に思える不思議。


「ねー、次はどれに乗る?」

「アレにしよう! 私、ギュンギュン動くの大好きなんだ!」


「お腹空いたー」

「今から食べると、ジェットコースターに乗れなくなるよ?」



 ……女だけのテーマパークって、もはや異次元だな。



「な、なあ……。俺、すごく帰りたいのだけど?」


 クラスメイトにして親友の寺峰てらみね勝悟しょうごが、物凄く萎縮した感じで、俺に話しかけてきた。


 だが、ベル女で1週間半も過ごしてきた俺は、歴戦の勇士。

 今ならば、伝説の剣と盾を持ち、魔王すら倒せるだろう。


「まあ、落ち着け! 別に、取って食われるわけじゃない」


 そう言いながら、もう1人の参加者である鍛治川かじかわ航基こうきを横目で見た。


 すっごく、不機嫌そうだ。

 グループ交際に来た男子とは思えない。


 しかし、こいつだけ無視するのも悪いか。


「航基も、ありがとな? 今日は、わざわざ付き合ってくれて」


「……いや、構わないよ。詩央里の顔を潰すわけにもいかないし」


 うん、まあ。

 こいつに愛想を期待するのは、無理か!


 そう思っていたら、いきなり背中に、柔らかい感触が広がった。

 さらに、後ろから両手を回され、抱き着かれる。



「だーれだ?」



羽切はぎり先輩ですか? お久しぶりです」


 オオ―! と感嘆する声と共に、背中の感触がなくなる。


 振り向いたら、予想通りにベル女の高等部2年、羽切はぎりあかりがいた。

 童顔で年上とは思えず、満面の笑みが、それに拍車をかけている。


えらい偉い。ちゃんと覚えていたね! タマちゃん達を連れてきたから、場所を変えて、お互いに自己紹介といこうか!」


 灯の後ろには、交流会の1週間で覚えた顔ぶれが並んでいた。

 不安そうだった彼女たちは、俺の顔を見て、少しだけ顔がほころぶ。




 近くのカフェに行ったら、他の女子たちが気を遣ってくれた。

 周辺の席が空白地帯になり、俺たちとベル女の3人で向かい合って座る。


「じゃ、私はここまで。頑張りなよ、タマちゃん! 他の2人もね! Auf Wiedersehenアウフ ヴィーダーゼーン(さよなら)!」


 なぜか、ドイツ語で別れの挨拶をした灯は、スキップをしながら消えていった。



「時間も惜しいし、自己紹介をするよ! 俺は、室矢むろや重遠しげとお紫苑しおん学園の高等部1年だ。趣味は――」

「従順な巨乳を調教して、無責任に中出しをすることでしょお? 今だと、彼女の親友を美味しく食べちゃうことも、加わるのかしらぁ?」


 洒落にならないツッコミを入れられ、慌てて確認すると、りょう有亜ありあの仕業だった。


 長い銀髪の両サイドをロープ編みにした上でバックでまとめる、ハーフアップ。

 残りはストレートのままという、ガーリー風のヘアスタイルだ。

 ゆる可愛い印象で、有亜の刺々しいオーラを緩和している。 


 青と黄色のオッドアイが、ジッとこちらを見た。


「梁先輩。そういう茶々を入れるのは、止めてください」


 冷静にたしなめたら、有亜の横に座っていた神子戸みことたまきも慌ててフォローする。


「せ、先輩も、場をなごませようと思ってね! ほら、冗談だから……」


 自分のイメージに合った髪留めをつけた環の発言に、有亜はふんっと鼻を鳴らして、横を向いた。


 雰囲気が悪くなったものの、自己紹介を続けるしかない。


「よ、よおし! 次は、俺の番だな! 重遠と同じ紫苑学園の高等部1年、寺峰てらみね勝悟しょうごだ。今日は、よろしく!」


「高等部1年の、鍛治川かじかわ航基こうきだ」


 駆け足で男性陣の自己紹介が終わって、ベル女の3人も話し出す。


「高等部3年の梁有亜よぉ……。年上だから、気安く――」

「いい加減にしないと、校長に言いつけますよ? 今日は、みんなで楽しみに来たんです!」


 怒った俺が切り札を出したら、有亜は、分かったわよ、とだけつぶやいて、黙った。

 それを見ていた残りの面々による、称賛の眼差しを浴びた。


 何なんだよ、この流れ……。



「え、えーと。僕は、高等部2年の神子戸みことたまきだよ! 今日はわざわざ来てくれて、ありがとう。君たちに会えて、すごく嬉しい」


「高等部1年の時翼ときつばさ月乃つきのだ! ボクと同じで、格闘技に凝っている男子がいると聞いてね……。航基くん、だっけ? 今日は、色々と話そうね!」


 ほがらかに言い切った月乃が、片手を差し出した。

 航基は戸惑いながらも、その片手を握る。


 原作の【花月怪奇譚かげつかいきたん】によれば、この2人は似た者同士だ。

 そういう意味では、相性が良いはずだが……。



 ああ、自己紹介は終わったか!


 グループのままで移動する予定だったが、有亜のせいで台無しだ。

 月乃がいきなり航基をご指名なら、もうペアで別れたほうが良いか。


 本当は、ワンクッション置きたかったんだけどなあ……。


「ちょうどペアになれる人数だから、お試しでやってみないか? 月乃は、航基と。神子戸先輩は、勝悟。梁先輩は、俺で。……どうだ?」


 提案したところ、周りから反論は出なかった。

 男子と女子のどちらも、まだ勝手が分かっていないものな……。


 両方を知っているのは、俺だけ。

 ゆえに、俺が宣言して動かすしかない。


「よし! じゃあ、次はランチタイムに、どこかで集まろうか。みんな、スマホは持っている? ……だったら、問題ないね。雰囲気が良くて合流したくない場合は、俺にメッセージを入れてくれ。いったん、解散!」


 SNSで臨時のグループを作った後に、号令をかけた。

 すると、月乃がまっさきに航基を誘って、どこかのアトラクションへ向かっていく。


 続いて、勝悟が環をエスコートして、立ち去った。


 こいつは、陰キャのわりに、女の扱いが上手いんだよなあ。

 前の秋葉あきばでも、待ち合わせの場所に来るまでに、女の子2人を拾ってきていたし……。



「私たちは、どうするのぉ?」


 有亜の声で、物思いから現実に帰ってきた。


「梁先輩は――」

「有亜でいい……。前に、そう言ったでしょ? 名字で呼ばれるのは、好きじゃないのよ」


 思い切って、言い返す。


「なら、今日に限って、敬語を使わなくてもいいですか?」


 意外に大人しい有亜は、好きになさい、と呟いた。

 ひょっとしたら、彼女なりに緊張していて、虚勢を張っていたのかもな。


「行こう、有亜! ここでふて腐れても、つまらないだろ?」


 手を差し出したら、彼女は素直にその手を握り、席から立ち上がった。




 ゴトンゴトン


「いきなり大観覧車とは、すごいチョイスねぇ……。変なことをしたら、そこのドアから放り出すわよぉ?」


 狭いゴンドラの中で、向かい合っている有亜が、憎まれ口を叩いた。

 とはいえ、本気で責めている感じではなく、揶揄からかっている感じだ。


「有亜……」


 静かに言ったら、彼女は少しだけビクッとした。


「ベル女では、すまなかった。お前がメグのことで苦しんでいるとは、知らずに……」


「……事情を知らなかったのだから、仕方ないわよぉ」


 有亜が、悔やむように、声を絞り出した。



 ゴトンゴトン


 この大観覧車は、1周15分ほど。

 しかし、せっかく有亜が本音で話してくれたのだから、聞き役に徹するべきか。


 そう思っていたら、彼女の小さい声が、狭いゴンドラに響く。



「ありがとう……」



 その言葉に、有亜のほうを向いた。

 彼女も、ジッと俺を見つめている。


「私、またメグに会えたわぁ……。彼女自身の手で、ハンドガン型のバレを返してくれた。あの時に、私が持っていた銃を……」


「そうか……」


 相槌を打ったら、有亜はまたしゃべり出す。


「1つ、聞かせてちょうだい。どうしてメグに、『有亜を口説く』と言ったの?」


 いつもの間延びする口調ではなく、ハッキリとした言い方。

 ひょっとしたら、こちらが彼女のなのだろうか?


 言葉を選びながら、返答する。


「誤解があるようだから、先に訂正しておく。その言葉は、『メグはもう死んだ』と思い込んでいた時の独り言だ。彼女に聞かせようとしたわけではない」


 有亜は黙ったまま、うなずいた。


 それを見た俺は、言葉を続ける。


「理由は、ベルス女学校、延いては魔法師マギクスを人ではなくすたくらみをしていた翡伴鎖ひばんさ中将を打倒するためだ。メグがいない状況では、校長とお前しか、頼れる人間がいなかったからな……。月乃は考えることが苦手で、変なプロジェクトにも関係していたようだし……」


 そこまで聞いた有亜は、ようやく緊張を緩めた。


「そう……。確かに、反マギクスのタカ派として、あの中将は危険だったわ……。納得した……。でも、どうして、そこまで私たちの事情に首を突っ込むのかしら? ベル女で監視をしている間も、気になっていたのだけど……」


 有亜の冷静な指摘で、俺は言葉に詰まった。


 ゴトンゴトン



「いや、『プロジェクトZE-7010』からの流れで、マギクスの人権が制限される改正法案が出されるのは、流石に無視できないから……。俺も、これだけ親しくなった人たちが悲劇的な最期になるのは嫌だ」


「へえ……」


 俺の返事に、有亜は短く返事をした。



 ゴトンゴトン



 沈黙が続き、俺は窓の外を眺めた。

 もう頂点になったようで、視界が少しずつ、下がっていく。



 そろそろ、何か話題を振ろうと、有亜が座っている方向を見たら、ふわりと、シトラス系の爽やかな香り。


 狭いゴンドラで立ち上がった彼女が、俺の隣に座ったからだ。


「えーと、どうか――」

 ゴリッ


 俺の右隣にぴったりと座った有亜の、柔らかい身体。

 それと同時に、銃口らしき物体が俺の脇腹に突きつけられた。

 彼女の左手も俺の右手の内側に差し入れられ、外から手の甲を包み込むように重ねられる。


 俺の右腕の肘は有亜の身体に固定されていて、完全に手首の関節をめられた。

 指が下を向いたままの右手首を内側に折り曲げられ、激痛が走る。



「……何の真似だ、有亜?」


 痛みに耐えつつ、かろうじて問いかけると、有亜は酷薄な目つきで言い放つ。



「なぜ、そのプロジェクトの正式名を知っている? 改正法案も一般には出ていないはずだ」



 俺は、自分の失言に気づいた。

 いつの間にか、普通の人間が知らないはずの情報を喋っていたのだ。


 有亜は無表情のまま、さらに尋問を続ける。


「ベル女の召喚儀式についても、お前には聞きたいことがある。大観覧車が地上に着いたら、私と一緒に、来てもらうぞ?」

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