第五章 主人公と悪役は決して分かり合えない

第125話 久々の紫苑学園と思わぬ誘いによる第二幕

 紫苑しおん学園には、高等部3年だけ入れるエリアも。

 そのテラス席に座っていた男子が、俺を見て、笑顔になった。


「やあ、室矢むろやくん。元気そうで、何よりだよ! 僕はあれから、すぐにベルス女学校を後にしてね。こっちに来ても、君が登校していないとだけ、聞かされていたんだ。ああ、とにかく座ってくれ……。その前に、飲み物もいるか! 僕のおごりだから、そこの自販機で買ってくるといい」


 一緒にベル女の交流会に参加した、3年の男子。

 国光くにみつ晴輝はるきが、笑顔でドリンクを奢ってくれた。


 お言葉に甘えてコーヒーの紙コップを持ちつつ、お礼を言ってから、晴輝の対面に座る。


「君を呼んだのは、他でもない。2年の下司しもつかさくんについて、教えておこうと思ってね? 咲良さくらさんも無事に君の伴侶になったようだから、知っておくべきだ」


 そう言った晴輝は、咲良さくらマルグリットを巡って対立していた下司しもつかさ秀馬しゅうまがどうなったのか? を説明してくれた。


「……下司先輩は、二度と俺たちの前に姿を現さないのですか」


 要約したら、晴輝はうなずいた。


「そうだ! 正確には、大学を卒業するまで、だけどね? まあ、卒業したらしたで、すぐにどこかのご令嬢と結婚させられるだろう」



 秀馬は、ベル女のゲストハウスで、女子と一夜を過ごした。

 それを否定して、追い出されたことまでは、俺も知っている。


 どうやら、保護者を交えての話し合いに参加させられたようだ。

 一夜を過ごすことが婚約成立の条件だったから、それを破棄するかどうかで。


「下司くんは、『俺は手を出してねえよ! この女を呼んでもいねえ! 無効だ、こんなの!!』の一点張りでね……。それで、ベル女の担当者が怒ってしまったわけだ。なにしろ、その女子も同席していたわけだから」


 晴輝は、呆れたようにつぶやいた。


 今までの話から予想して、問いかける。


「それで、下司先輩の親御さんも激怒したと」


「ああ……。結果的に、婚約破棄は本人の謝罪で済んだものの、政財界の名士ともなれば、相応の金額を包むことがマナーだ。したがって、下司家は少なくない金額をベル女に寄付した。いわゆる口止め料、手切れ金ってやつだ……。メンツが丸潰れの下司家はカンカンになって、下司くんを高度指導者養成学校、通称リーダー学校に放り込んだ、という流れさ」


 溜息をつきながら、晴輝が簡潔にまとめてくれた。


 マルグリットの反応を思い返したら、理由は不明だが、腹に据えかねたようだった。

 それで、秀馬を罠にめたのか。

 ベル女としても、最初から大事にする気はなかったのだろう。



おとこを磨くって、今時にも、そんな高校があるのですね……」


 珍獣を見たような様子でつぶやいたら、晴輝も応じてくる。


「下司くんを見ていたら、そういうも必要だと思えるよ……。人工島の中でどんな生活をしているのかは、知りたくもないがね」



 リーダー学校は、紫苑学園のように、幼稚舎からの一貫教育。

 ただし、こちらは大学まで完備していて、完全な寮生活になる。


 埋立地の人工島に作られた男子校で、塀のない刑務所という、もっぱらの評判。

 交流会は一切なく、隔離されている環境から、女っ気はゼロ。

 そこで、ひたすらに勉学やスポーツに励み、外へ出られるのは卒業する時という寸法だ。

 長期休暇の外出すら許されず、外部の試合に行っても、囚人並みの管理をされる。


 がいつまでになるのかは、預けた保護者の都合や気分次第。



「学校に在籍している年数で序列が決まるから、下司くんは初等部の生徒にもバカにされるだろうね……」


 晴輝は、遠い目をしながら、付け加えた。


 体育会系の男子校らしく、内部のヒエラルキーは年齢順だ。

 しかし、そこで飯を食ってきた年数でカウントされるため、外部生は最底辺からのスタート。


「学業、スポーツで結果を出すか、あるいは根性を見せることで上の生徒に認められれば、ランクが上がっていくらしい。下司君にそれができるのかは、別として……」


 説明しながらも、晴輝は、あいつには無理だろうな、と表情で物語っていた。

 俺も、同じ意見です。



「ところで、君に1つ、頼みたいことがあるんだよ」


 晴輝が、急に話題を変えてきた。


「何でしょう?」


 返事をしたら、いつもキビキビとした晴輝には珍しく、少し考え込んだ。


「実は、僕の婚約者になった日葵ひまりの後輩で――」


 まったく見当がつかなかった俺は、困惑しながら、晴輝の話に耳を傾けた。



 ◇ ◇ ◇



 俺の自宅で、いつもの食事会。

 咲良さくらマルグリットは母校に帰ったので、現況板は “ベルス女学校” となっている。


「ハアッ……。それでまた、ベル女の話ですか……」


 南乃みなみの詩央里しおりは、付き合いきれない、という表情で、吐き捨てた。


「いや、蒸し返して悪いのだけど……。どうも、話が面倒になっていてだな……」


 慌てた俺は、1つずつ説明していく。



「……ベル女の2年主席が、男を紹介して欲しいのですね?」


 詩央里が端的にまとめたので、俺も話を続ける。


「そういうこと……。加えて、俺が交流会で1年主席に航基こうきを紹介すると――」

「は? そんな約束をしてきたのですか?」


 珍しく話の途中でツッコミを入れた詩央里は、悩んでいる様子を見せた。


「うーん……。これは、逆に良い機会ですかね……」


 独り言をブツブツと述べている彼女に、しばらく待つ。



 やがて、詩央里は自分の中で結論が出たらしく、俺に言う。


「その約束をした理由は、何ですか?」


「ベル女において孤立無援で、その時はメグも信用できるか不明だったから、人手が欲しかったんだよ! だから、裏表がなさそうで、その時点で一番接触しやすく、実力のある女子を取り込んだわけ」


 詩央里は、あっさりと頷いた。


「それなら、仕方ありませんね! 室矢家の当主が約束した以上、反故ほごにしたら周囲に示しがつかないでしょう。……カレナ、これはあなたの責任ですよ?」


 厳しい視線で見つめられた室矢むろやカレナは、詩央里に返事をする。


「分かっておる……。それで重遠しげとおは、どのように解決するつもりじゃ?」


 カレナに問いかけられた俺は、自分の考えを述べる。


「グループ交際として、どこかのテーマパークで1日過ごそうと思う。その時に連絡先を交換できるから、後は知らん。ただ、ベル女から来るメンバーの中に、厄介な相手が1人いる」


 俺の発言を受け止めた詩央里が、続きをうながした。


「高等部3年のりょう有亜ありあだ。彼女は生徒であるのと同時に、校長の娘。さらに、防衛省の統合幕僚本部、その隷下れいかの中央データ保全隊にいる陸上防衛軍の曹長そうちょうだ」


 カレナは全く驚かず、塩焼きにしたサバの身をほぐしている。

 いっぽう、詩央里は大きなショックを受けたようで、ひっくり返らんばかりのオーバーリアクションに。


「え? ど、どうして、諜報部にいる女子が若さまに? まさか、査問や取調べですか?」


 マルグリットと再会した時に、有亜を口説くと言っていた事実を誤魔化すため、大袈裟おおげさに説明する。


「違う! ベル女の交流会で、俺は彼女に脅されていたんだ。言う通りにしないと、お前を殺すって」


 そこまで聞いた詩央里は、カレナのほうをチラリと見た。

 俺の義妹は黙々と食べながら、その合間に、嘘ではないと返す。


「有亜はメグの親友で、俺を脅したのも、その関係だ。今は中立寄りと判断して、いいだろう! ベル女の校長も絡んでいるから、頭ごなしに断るのはマズい。相手は3人で、それに釣り合う頭数だけ用意すれば、事足りる」


 俺の説明に、詩央里が頷いた。


「問題は、『こちらが誰を用意するのか?』だ。月乃つきのとの約束の関係で、航基は確定。となれば、クラスの陽キャを2人、適当に選んでも良いのだが……」


 言葉を切った俺に対して、詩央里がすぐに反論した。


「それは、やめておきましょう! 彼らは調子がいいから、物陰に誘い込むか、アトラクションの待ち時間にいきなりキスをしても、おかしくありません。心にもない言葉を並べて、その場限りの愛をささやくことが明白……。男に対する免疫がない箱入り娘を奴らに差し出すのは、絶対に反対です! 今後のベル女や魔法師マギクスとの関係を考えたら、恋の成就よりも信頼できるかどうかで選ぶべきかと」


 同意した俺は、無難なプランを説明する。


「ひとまず、彼女たちをよく知っている俺、月乃と約束していた航基、それから俺の親友である勝悟しょうごの3人で、考えている。これなら、ちょっと目を離した隙に間違いが起きる可能性は、ほぼゼロだ! 大過なく過ごして、俺が約束を守る人間だと示したい。詩央里とカレナは、現地でサポートに回ってくれ」


 首肯した詩央里が、スマホと手帳を手に取り、自分の予定をチェックし始めた。


 カレナにも、確認する。


「何か、意見はあるか?」


 茶碗蒸しをパクリと食べたカレナは、特にないのじゃ、と返してきた。


 俺もスマホで、航基と勝悟の2人に連絡する。




 その後、詩央里がベル女との連絡役になり、具体的なスケジュールの調整やメンバーの紹介が行われた。


 紫苑学園からは、俺、鍛治川かじかわ航基こうき寺峰てらみね勝悟しょうご

 ベル女からは、時翼ときつばさ月乃つきの神子戸みことたまき、梁有亜。


 豪気にもテーマパーク1つを貸し切ったらしく、当日は他にもベル女の生徒たちが遊ぶそうな。


 当日にいる男は、俺たち3人だけに……。



 ベル女は私的な通信を禁止しているので、直接の連絡はできない。

 代表電話で呼び出すにしても、通話の内容は全て記録される。


 俺としても、あの後にベル女の生徒たちがどうなったのか、気になっていた。

 ちょうど良い機会か。

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