第127話 グループ交際の主催者は気を遣うー②

「わー、カップルがいるよ!」

うらやましい。私も、相手が欲しいなあ……」


 通り過ぎる女子たちが、俺たちを見て、羨望の眼差しを向けてきた。

 そんなに羨ましいなら、今すぐ変わってやるよ。


 ズキッ


 右の手首がめられたまま、さらに刺激を与えられた。


「余所見をするな。まっすぐに、地面の下のほうを見ろ」


 俺の右にぴったりと張り付いているりょう有亜ありあが、ささやいた。

 脇腹に銃口を突きつけられたまま、誘導された方向へ歩いていく。




 テーマパークの敷地にある、管理施設の一部。

 そこの個室に入っていき、ひざまずかされた。

 後ろ手に親指同士をプラスチックの結束バンドで締められ、反撃できないように。


「メグがこれを知ったら、どう――」

「黙れ! 私は、自分の任務を遂行している! お前は聞かれたことにだけ、答えろ!! どこと繋がっている? 東アジア連合? USFAユーエスエフエー? それともREUアールイーユー? ユニオン? シベリア共同体? もしくは、反マギクス派が送り込んできたスパイか? すでに軍事機密を知っているとバレた以上、早めに答えたほうが身のためだぞ!」


 返事に困っていたら、有亜が動いた。


 チャキッ


 俺からは見えないが、さっきまで脇腹に突きつけられていたハンドガン型のバレを別のターゲットに向ける音が聞こえた。



「さて、これはどういうことか……。説明をしてもらうのじゃ!」



 いつの間にか、俺の式神である室矢むろやカレナが、近くのベッドに腰掛こしかけていた。


 有亜がカレナに銃口を向けたまま、トリガーを引く。

 その瞬間に、魔法を発動する流れを感じた。

 けれども、撃った彼女は、驚きの雰囲気に変わる。



 ゴトゴトゴト



 床に、いくつかの物体が落ちる音がした。


「くっ!」


 とっさに、有亜が動く気配。

 たぶん、予備のハンドガンを抜こうとしたのだろう。


 だが、それもボトボトと、複数の物体になって落ちたようだ。


「キャ―――!」


 有亜らしき声で、悲鳴も上がった。


 急に拘束がかれ、俺は状況を確認するために、後ろを振り返る。

 そこには、とんでもない光景が広がっていた。



 真っ裸の有亜が、両手で必死に、自分の胸の天辺と股間を隠している。



「み、見ないでよぉ……」


 さっきまでの威勢がどこかに吹き飛んだ有亜が、首筋まで真っ赤になりながら、小さな声でつぶやいた。


 分かった。

 スーパーハイビジョンの視界で、しっかりと見ておくよ。

 その小ぶりだが形の良い美乳と、控えめなアンダーをなあ!



「悪いが、他に連絡を取られるか、この部屋から逃げられたら、困るのでな……」


 淡々と説明したカレナは、裸の有亜に向き直った。


「隠してもムダじゃ! これは、お主の独断だな? ベルス女学校、防衛省や中央データ保全隊は関係ない。親友のメグがスパイ合戦に巻き込まれるか、使い捨てにされることでも恐れたか……」


 カレナの詰問に対して、有亜は黙ったまま。


「お主の質問に、答えておこう。重遠しげとおがプロジェクト名や改正法案を知っていたのは、私が教えたからじゃ! 私には高い精度の占いがあるので、そこから仕入れただけ」


 沈黙していた有亜が、ようやく反応する。


「そんな、都合の良いことを信じろと? ……お前は室矢カレナだな? 確かに、紫苑しおん学園で占いをしている情報はある。それでも、ベル女の召喚儀式の件は、説明がつかないぞ? お前は、あの場にいなかったはずだ」


 カレナは、最後の救いだと言わんばかりの表情で、告げる。


「これ以上の説明を求めるのなら、私はお主に決定的なカードを突きつける。そろそろ、止めておけ……」


 だが、有亜は退かない。

 全裸のまま、カレナをにらみつけるだけ。


「……仕方ない。だったら、私も動こう」


 カレナは、自分のスマホを弄った。



 ガチャッ


「これは……。予想以上ですね!」

「有亜、何をやってるのよ」


 部屋に入ってきた2人を見て、有亜は呆然となった。

 あまりに驚いたのか、指をさして、プルプルと震える。


 有亜。

 その、全部見えているのだけど……。


「おおおお、お母さんとメグ? え? どうして、ここに?」


 ……可愛いお尻だなあ。


「室矢さんに言われて、待機していたのですが……。まさか、こんな面白い事態になっているとは!」

「ちゃんと説明をしなかった私も悪いけど、暴走はしないでちょうだい。一応、私の旦那様なのだから……」


 一応、言うなし。


 俺は、りょう愛澄あすみ咲良さくらマルグリットの発言を聞きながら、床に散らばっているパーツを眺めた。


 ほー。

 ハンドガン型のバレは、こんな部品を使っているのか……。



「有亜。そろそろ、お主の服とバレを戻してやる。万が一、再び銃口を向けるようなら、今度は手足の1本をもらうぞ?」



 さらっと脅迫するカレナ。


 視線を戻したら、すでに有亜は服を着た状態だった。

 床には、2丁のハンドガンが転がっている。


「い、いったい、何が……」


 呆然自失の有亜。

 ペタペタと自分の服を触りながら、これが現実なのか、疑っている様子だ。


「あの召喚儀式は、私が潰した。そういうことじゃ……。次に重遠と敵対したら、その瞬間にお主を消す。覚えておけ」


 静かに歩いてきたカレナは、有亜の胸ぐらを掴み、そう言い捨てた。

 返事を聞かずに、出入口であるドアへと向かう。


「あまり、私の娘を虐めないでやってくださいね?」


 横を通り過ぎる時に、愛澄がカレナに話しかけた。


 立ち止まったカレナは、不敵に笑う。


「すぐさま八つ裂きにせず、優しく対応したぞ? ……これも、ツケにしておく。せいぜい、返せないラインに達しないようにな」


 分かっています、という愛澄の返事を背にしながら、カレナは部屋の外に出て行った。



「有亜……」


 マルグリットが、有亜に話しかけた。

 気まずそうに、2人は向き合う。


 子供に言い聞かせるような、柔和な顔で、マルグリットは諭す。


「気持ちはありがたいけど、私のことは私が決めるわ……。これからは、ちゃんと相談して。私たち、親友でしょ?」


「そうね……」


 しょげた有亜は、いつになく素直で、そのまま忠告を受け入れた。



「有亜! さっきの娘は、室矢カレナです。室矢家の兄妹はシロなので、これ以上の深入りは止めなさい! 私は、あなたの死体を見たくありませんから……」


 愛澄の真剣な口調に、有亜は無言でうなずいた。


 マルグリットは、俺に小さく手を振った後、愛澄と一緒に部屋を出て行く。



 床に落ちていた2丁のハンドガンを拾い、カシャッと音を立てながら、目を伏せたまま立ちすくんでいる有亜に差し出した。


「お前のだ」


 しかし、有亜は戸惑った様子で、目の前のハンドガン2丁を見るのみ。


「俺は、お前のことを『さっきの出来事が理解できないほどバカではない』と思っている。お前が丸腰でいても、何者かに襲撃された時点で共倒れになるだけだ。早く受け取れ」


 そこまで言ったら、ようやく順番に受け取り、私服の下に隠しているホルスターに収めた。


「……ごめんなさい」


 謝って済むレベルの話ではないが、俺は片手を振って、水に流した。


「早く出るぞ! あまり長くいると、あいつらに不審がられる。ほら、腕も組んで」


 ここに来るまでの様子と似せるため、今度は恋人同士のような腕組みを催促した。


 おずおずと俺の腕に絡んできた有亜は、ぼそっと呟く。


「あなた……。バカなのか、大物なのか、よく分からないわね……」



 その後、2人で個室に消えていく光景を見ていた女子によって、俺と有亜ができている、といううわさが流れた。


 俺がそのことに気づいたのは、かなり後だ。




「君は、何というか……」

「すごいね……。いや、褒めているわけじゃないんだけどさ」


 ランチタイムに飲食店で合流したら、開口一番、神子戸みことたまき時翼ときつばさ月乃つきのに呆れられた。

 なぜなら、俺の横に座っている有亜が、明らかに何かあった様子でしおらしくなっていたからだ。

 片時も離れず、ぴったりと寄り添っている。


「別に、何もなかったぞ? 一緒に遊んでいただけだ。なあ、有亜?」


 誤解を解くために話しかけたら、彼女は意味ありげに笑った。

 嫌な予感を覚えた俺が止めようとする間もなく、爆弾発言が投下される。



「ええ。私の全てが、じっくりと見られただけよぉ? 何もなかったわぁ……」



 まーた、場の空気がおかしくなった。


「とりあえず、早く食べ――」

「重遠、本当のことを言え! りょう先輩と、もう関係を持ったのか?」

「お前、ウチに転校してきた咲良さくらさんが婚約者だろ? それなのに、浮気!?」


 今度は、寺峰てらみね勝悟しょうご鍛治川かじかわ航基こうきが噛みついてきやがった。


 紫苑学園では、俺と南乃みなみの詩央里しおりはただのクラスメイトで通っているから、余計に面倒臭い。


「メグは、私の親友よぉ……」


 有亜。

 お前は、もう黙っていろ。

 

 頼むから!



「メグ? 誰だ、それ?」

「おい、まさか……。別の女とも、関係を持っているのか!?」


 勝悟と航基の勘違いが、ひたすらに加速していく。


 アアアアアアァ!


「行くぞ、有亜!」


 俺が叫んで、グイッと片腕を引っ張ったら、彼女は意外にもすぐ応じた。

 なされるがままで、俺に引っ張られていく。


「私たちは勝手に、グッポリと楽しむからぁ……。あなた達も、頑張りなさぁい」


 有亜の捨て台詞のせいで、完全に誤解されてしまった。



 “未読の個別メッセージ、4件です”


 環:僕も、あれぐらい積極的になるべきかな?

 月乃:どうせバレるから、咲良と君の婚約者にちゃんと説明をしておきなよ?

 勝悟:その口説きのテクニック、後で教えてくれ!

 航基:お前は最低だ。今からでも、梁先輩に真実を話して、謝れ!



「……このメッセージに、いちいち返事をするのかよ」


 俺がスマホの画面を見て、ゲッソリしていたら、横にいる有亜が覗き込んできた。


「プライバシーの侵害だぞ?」


 ペシッとおでこを叩いてやったら、その部分を手で押さえた有亜が言い返してくる。


「情報戦は、私の専門よぉ……。これぐらい、安いでしょ? あなたはさっきの場面で、私の裸をジロジロ見ていたのだしぃ……」


 それを言われると弱いが、元々の原因はお前だろ?


 俺の責めるような視線を感じたのか、有亜は明後日の方向を見ながら、下手な口笛を吹き始めた。


「とにかく、どこかでランチを食べるぞ! 有亜は、何かリクエストがあるか?」


 俺が尋ねたら、彼女は自然な笑顔を向けて、答える。


「あなたに任せるわぁ……。お腹が空いたから、早く休憩しましょう」


 有亜はそう言いつつ、俺と組んでいる腕を引っ張り、催促してきた。


 どっちみち、今日は彼女に振り回されるわけか……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る