第100話 さよならベルス女学校とゴールデンの日々

 学生寮の咲良さくらマルグリットの部屋は、とても静かだ。


 お互いにゆっくりと湯浴みをして、身繕いを済ませた。

 開け放たれた窓からは、陽気な光が差し込み、新鮮な空気が流れ込んでくる。


 マルグリットは、交流会の初日と同じ髪型だった。

 鏡の前で丹念にチェックしてようやく完成する、エフォートレスポニーテール。


 服装は、見るからに上質な生地のワンピースとジャケット。

 ライトベージュでシンプルに統一していて、黒のパンプス、同じく黒のバッグ。

 首には、真珠のネックレス。


 いわゆる、セミフォーマルだな。


「よく似合っているぞ……。これから、入学式に行くのか?」


 俺の発言に、マルグリットはくすりと笑った。


「ちゃんと、カジュアルで可愛い私服もあるわよ? 今日はいよいよ初夜で、特別な日だから……。本当は髪型もセミフォーマルに合わせるべきだけど、このポニーテールがあなたと初めて会った時の記念だと思って……」


 いっぽう、俺は紫苑しおん学園の制服だ。



 コトン コトン コトン


 意を決した俺は、マルグリットの目の前に残りのエリクサーの小瓶を並べた。

 彼女が、それを見つめる。


「お前が飲んだ栄養ドリンクと、同じものだ! 全てメグにあげるが、これを飲んでもらうペースを先に決めておきたい」


 俺の提案に、マルグリットは考え込む。


 このエリクサーが切れた時点で、彼女は動けなくなるだろう。

 つまり、彼女自身に、自分の残った人生をどのように使うのか? をゆだねたのだ。


 長考を終えたマルグリットが、俺のほうを向く。


重遠しげとお。あなたの延長は、どれぐらいまで?」


「今日を含めて数日と言われた」


 マルグリットは、俺の返事で腹をくくったようだ。


「今日はもうお昼だから、明日は1日ここにいてもらって、明後日の午前中にお別れしましょう! 半日に1本飲めば、何とか持つはず……。私の体調が悪化した場合は、その時点で終わり! さっきみたいな状態でのお別れは、絶対に嫌だから……」


 そうか。

 この逢瀬おうせで、飲み切るのだな……。


 俺がうなずいたら、マルグリットは食事の手配を始めた。

 学生寮にはデリバリーサービスがあると聞いて、電子レンジでチンするだけの冷凍弁当やハンバーガーセットを適当にチョイス。



 ――15分後


「ありがとうございましたー」


 バタン


 他人に邪魔をされたくない、という理由で、明後日の朝食まで大人買い。

 注文したマルグリットが全て支払い、俺も手伝いながら、冷凍庫などに収納していく。



「時間に追われないって、本当にいいわね……」


 ハンバーガーをかじりながらの、しみじみとしたマルグリットの発言に、思わず同意した。

 せっかくの交流会だったのに、俺たちのスケジュールは常にパンパンだったからなあ……。


「なあ、メグ……。夜までの時間に、お互いの過去を話さないか? 何も知らないまま初夜というのは、興ざめだし」


「ええ、いいわよ!」



 話せる範囲で千陣せんじん家から追放された経緯と、最近の洋館の事件を話したら、マルグリットは感心していた。


「それ、カレナって女の子が凄いのね! と言いたいけど……。重遠も、かなり苦労していたのね? まあ、私という美少女に出会えたのだから、報われたでしょう!」


 うんうん、とうなずくマルグリットを見ながら、俺は自分で言うか? と呆れた。



「じゃあ、次は私の番ね!」


 マルグリットは、中東の某国に商談で長期滞在をしていた日本人の男性と、同じくビジネスで来ていたユニオンの女性の間に生まれた。


 両親から愛されていた日々だったが、外国人排斥を掲げる武装集団の1つに自宅を襲撃されたのだ。

 マルグリットだけ安全なセーフルームへ逃がされたが、あろうことか、幼い彼女は自分から出てきた。


「バカだったわ! 私、両親がいないことで不安になり、探そうと思ったの……。そこで、倒れているパパとママに銃弾を撃ち込んでいる奴らと遭遇した」


 金髪碧眼きんぱつへきがんのマルグリットは、まさに豊かな国の象徴だ。

 幼児とあって、乗り込んできた武装集団はすぐに殺さず、しばらく様子を見た。


「別に、子供だから見逃すって話じゃないわよ? あいつらは私に自分の親がどうなったのかを知らせて、私が絶望した姿をじっくり眺めた後に殺そうとしたの」


 幼いマルグリットは、べったりと血がつき、冷たくなりつつある両親の身体に触れた。

 目の前の連中に殺されたと本能的に理解して、その怒りを爆発させる。


 本人が言うには、しゃにむに殴りかかって蹴飛ばされ、大きく後ろに転がったところまでは覚えているらしい。


「気づいた時には、現地のフィーラーズにある、陸上防衛軍の活動拠点にいたわ! それから、反マギクス派の連中に連れていかれて、何やかんや……。軍事機密が関わっているので、そこからは話せない」


 マルグリットは、魔法を使うほど寿命が縮む欠陥品と分かって、捨てられたけどね。とつぶやいた。



 申し送りの医療記録が検閲されて黒塗りだったうえ、それまでの所属が違ったせいで、新しい部隊の軍医がマルグリットの状態に気づくのに、多少の時間がかかったとか。


 軍医の小川おがわ大尉は、現地の防衛駐在官である笛木ふえき中佐から、マルグリットにもう余命が残り少ないことを言うなと、命令されていた。

 だが、彼はそれに反し、これ以上は魔法を使わないよう、ハッキリ言ってくれたのだ。


 マルグリットの視点では、海外の活動拠点の1つで捨てられ、そこのトップである笛木中佐によって、ベルス女学校へ送られただけ。

 たらい回しにされたと、ひどく恨んだそうだ。


 その笛木中佐はベル女の校長に真実を話して、本人に気づかれないようにサポートしてくれと、手を回していた。

 マルグリットが知ったら、それが理由で、まともに生活できなくなるだろうから……。


 反マギクス派は、現地の運用が悪かったせいでマルグリットを潰したと、主張するつもりだったようだ。

 、というシナリオ。

 言い換えれば、その海外の拠点にいたのは、反マギクス派ではなく、中立の部隊だった。


 マルグリットは陸上防衛軍の非正規戦を経験していて、異能者。

 一般の高校に通うか、普通の仕事に就くことは、不可能だった。

 もしも、彼女がそういう選択すれば、秘密を守るために殺されかねない。



「私が軍医の小川大尉の忠告を信用したのは、中等部の学年主席を決める場で時翼ときつばささんと戦った後だけどね? それ以降は、少しでも長く生きるために、魔法の行使をできるだけ控えていたの。だから、時翼さんとの再戦はできなかった。要するに、私は立派な人殺しで、訳あり! ……軽蔑した?」


 俺は、首を横に振った。


「メグが止めてくれなかったら、俺は3年主席の脇宮わきみや先輩を殺していた」


 自嘲気味じちょうぎみに、マルグリットが言い返す。


「こうやって、私のワガママに付き合わせているけどね? 仮に、今回の戦闘がなくても、私の余命はせいぜい半年だったから。あまり気に病まないで……。私の命だから、最後の使い方ぐらい、自分で決めただけ! 後悔はしていないわ」


 そう言い切ったマルグリットは、交流会の初日よりも魅力的に笑う。


「いいさ! メグとの傷なら、生涯背負っていくから……」


 かろうじて、言い返した。




 2泊3日で午前中に帰る予定だったが、3日目の夜まで、一緒に過ごした。

 しかし、マルグリットが自身の限界を訴え、いよいよ、お別れの時がくる。


「楽しい時間は、早く過ぎていくものね……」


 マルグリットの感慨深げな顔に、俺は頷いた。


「そろそろ、行くぞ? お前のおかげで、俺はこの大事件を生き延びられた。ありがとう」


 別れの言葉に、マルグリットは微笑んだ。


「どういたしまして! その言葉で、私も安心してけるわ……。人は、二度死ぬらしいわ。あなたが生きている限り、あなたの中で私も生きるの! 私の二度目の死は、あなたと一緒よ……。だから……。できるだけ長生きして、私に色々なことを見せてね?」


 別れの言葉を述べたマルグリットは、部屋の窓を開けた。

 月光と夜風が入ってきて、窓枠がこの世とあの世の境目のように感じる。



 最後のキスを済ませ、マルグリットの部屋の窓から身をひるがえした。


 身体に霊力を込めて、揃えた両足の爪先から着地。

 力を抜いた両足をぴったりと揃えて、両膝を曲げたまま、身体をひねりながら倒れ込む。

 すねの外側、お尻、背中から肩へと、順番に接地していく。

 足から腕にかけて衝撃を逃がしながら、地面でくるりと回転した。


 立ち上がった俺は、マルグリットの部屋を見上げる。

 けれど、窓は閉められ、内側のカーテンで覆われていた。


「交流会の初日の夜とは、真逆だな……」


 小声で独白をしながら、そのまま夜空を見上げた。

 思えば、たったの1週間で、大冒険をしたものだ。



 人の気配を感じて振り向くと、風紀委員長の木幡こはた希々ののがいた。


「今日は、ゲストハウスの個室に泊まってちょうだい……。明日の早朝、あなたが乗るバスを来客用の駐車場に待機させるわ! 荷物は今日中にまとめておいてくれれば、こちらでバスのトランクルームへ運び入れて、一緒に元の場所まで配送する予定よ?」


 希々は、ゲストハウス用のカードキーを差し出した。


 貸与されたスマホなどは、ゲストハウスの個室に残しておけばいい。

 ただし、無断で持ち出した場合には、処罰の対象。


 説明を終えた希々は、寄り道しないで帰りなさいと告げて、立ち去った。




 ――翌朝


「えー! 本日、運転手を務めますのは、私――」


 バスの座席でお決まりの台詞を聞きながら、左手の薬指に嵌めている結婚指輪を撫でた。

 男の指輪には宝石をつけないのが一般的だが、咲良マルグリットの希望で輝いている。


 この大地は全てサファイア、か……。


 ゆっくりと動き出す、窓の外の景色を眺めながら、俺は目を閉じた。

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