第99話 咲良マルグリットの口から語られる真実
――― 【7日目 午前中】 学生寮への道
「IDの提示をお願いします」
「必要ないわ……。1人は学年主席で、もう1人は、私が引率している見学者」
学生寮の手前には、検問が敷かれていた。
アサルトライフルを持った女子が規定通りの質問をするも、
「あの……。でも、校長先生からの厳命で――」
「校長には、私の名前を出しなさい……。まだ、何かある?」
珍しく生徒に対して威圧的な、天城教官。
戦場帰りは伊達ではないらしく、女子たちは、失礼しました! と敬礼。
女子に変装したまま、急ぎ足で検問を通り過ぎる。
事前に天城教官から言われて、風紀委員の腕章を外さなかった場合は、ここで捕まっていたな……。
これはもう、校長の読みをどこまで外せるか? のゲームだ。
――― 【7日目 午前中】 学生寮
幸いにも、これ以上の仕掛けはなかった。
引率をしている天城美昊が受付で話して、ゲスト扱いで中へ入ることに成功。
「私は、ここまで……。自分から希望したことよ? くれぐれも、逆恨みをしないように」
そう言い捨てた美昊は、学生寮の裏口から足早に出て行く。
俺たちは、
「どうする?」
最初にインターホンを何回か押すも、反応なし。
次に、俺が持っているマスターキーを入れれば、ジャキッという解錠音が響く。
ドアノブを握り、
すぐに扉を閉めて、内側から鍵をかけ、様子をチェック。
――― 【7日目 午前中】 学生寮 マルグリットの部屋
閉め切った部屋は、空気が淀んでいた。
だが、最悪の事態というほどでもなく、ちょっと引き籠もってみた感じ。
コツコツコツ
「……誰?」
咲良マルグリットの声だ。
「俺だ! 月乃もいる……」
ハアッと、ため息を吐く声が聞こえた。
「帰って、と言っても、ムダよね? 悪いけど、
マルグリットの弱々しい声に、月乃は素直に従った。
俺に対し、あとは任せたよ、というアイコンタクトをした後で、部屋を出て行く。
顔の表面に張り付けていた変装をベリベリと
「こんな姿は、見られたくなかったんだけどなあ……。フフ、何その格好! あなた、そんな趣味があったの?」
ベッドで横になっていたマルグリットは、女装している俺を見て、笑った。
普通なら、それに対して怒るところだが――
「私に会うために、そんな格好までしたんだよね。ゴメン……。でも、あなたに重荷を背負わせたくなかったんだ。みんなが相手をしてくれるのだから、深く考えずに楽しんでおけば良かったのに……」
そう言ったマルグリットの顔には、生気がなかった。
げっそりと痩せ細り、交流会の初日は見る影もない。
その枕元には、大事そうに、俺との結婚証明書が添えられている。
左手の薬指には、ブルーサファイアが輝く。
「私、もう長くないのよ。どうやら、魔法を使うたびに寿命が縮んでいたようで……」
マルグリットの告白を聞いた俺は、ベッドの端に座り、彼女の手に触れた。
優しく
「だから、結婚しなくていい俺と最後の思い出を作りたかったわけか……」
「うん……」
後ろめたいのか、マルグリットの返事は小さかった。
彼女は、自分の考えを説明する。
「あなたと1週間、楽しく遊んで、新婚夫婦ごっこをして……。最後に見送ったら、強力な錠剤で眠るように死ぬ予定だったの。幸せな気分のまま……。ごめんなさい、あなたを利用して」
これでようやく、全てが繋がった。
ふざけている条件だからこそ、俺はマルグリットの理想の相手になったわけだ。
たった1週間でも、彼女にとっては20年、30年と同じ。
カレナ。
お前、最初から知っていて――
『知っていた……。だったら、何じゃ?』
なんで、そんな大事なことを教えて――
『知ったところで、お主はその女の顔色を
俺は、別に……。
そんなことよりも、頼む!
メグを助けてくれ!!
『いやだ』
…………え?
『私は、その女を救ってやろうとは思わない。むしろ、このまま死なせてやったほうが、幸せかもしれんぞ? それに、私がマルグリットを救ったとして、お主は彼女をどうするつもりじゃ?
………………
『なあ、重遠? 私はお主を愛しておるが、それはお主の言いなりではない。私はお主の意思を尊重するし、お主も私の意思を尊重する。あくまで、対等な関係じゃ……。悪いことは言わない。今の光景は見なかったことにして、校長のサービスに乗っておけ! お主の好みの女子が喜んで、どんどん相手をしてくれるぞ? それについては謀略ではなく、純粋な感謝の表れだ。私が保証する。……話は、ここまでだ。以後は、緊急時を除いて、対応しないのじゃ』
それっきり、
脳内通信を切ったようだ。
「重遠、大丈夫? その、無理に付き合ってくれなくてもいいから……。でも、指輪と証明書を奪うことだけは、やめてね? 最期まで、私が持っておきたいから……」
ベッドで寝ているマルグリットの心配そうな声を聞いて、彼女の
「ちょっと、考え事をしていただけだ……。俺は、お前に生きていて欲しい」
ゲストハウスの個室から持ち出した、エリクサーの小瓶を取り出す。
最後まで、諦めない。
できることは、全てやってやる!
「どうだ?」
俺が聞いたら、マルグリットは血色が良くなった顔で微笑んだ。
「ん……。さっきと比べて、だいぶ楽になったわ! でも……」
やっぱり、ダメか。
これで解決するのなら、さっきの会話でも、エリクサーを使えばいいじゃろ? の一言で終わったし。
無限にエリクサーを飲ませることも、現実的じゃない。
そもそも、この万能薬によって解決できない時点で、マルグリットを
俺がカレナに代償を支払うことで、マルグリットを助けてもらうか?
しかし、あいつはわざわざ、お互いを尊重すると言った。
それを一方的に崩せば、カレナも俺への態度を変える。
……違う。
今やるべきことは、頭の中でゴチャゴチャと考えることじゃない!
「メグ、話をしよう! 俺たち、ずっと時間に追われていたから……」
いきなり態度が柔らかくなった俺に驚いたマルグリットだが、上半身を起こして、
「そうね……。私たち、お互いのことをぜんぜん話していなかった気がするわ」
手持ちのエリクサーの小瓶は、数本か。
それでも、こうやって2人で過ごす時間を稼げるはず。
スッ
入口のドアの下から、1枚の紙が入れられた。
それを気配で感じた俺は、マルグリットに断りを入れて、それを確認する。
“いったん、出てきて。
マルグリットに再び声をかけ、部屋の外に出た。
隣を見ると、ゲストハウスで会った希々が、壁にもたれかかっている。
「簡潔に言うわ! 校長が、君を連行する命令を撤回した。滞在の延長は、数日を目途とするそうよ? 帰りの手段は別で用意するから、心配しないで……。ただ、ここは女子寮だから、あまり部屋の外を歩かないでちょうだい。食事などの欲しい物があったら、これで私に連絡して。それから、これも! その格好で最後の
希々から、ゲストハウスの個室に置いていたスマホと、
彼女は、同じく個室から持ってきた結婚指輪も差し出す。
「ありがとうございます、木幡先輩」
お礼を言うと、希々はひょいと肩を
「ま、乗りかかった船だからね……。私だって、寝覚めが悪いのは嫌よ?」
おどけて言った希々は、俺の耳元に口を近づけて、
「今回の一連の事件、あなたのマッチポンプだと主張している女子や教職員もいるわ! 風紀委員でこの部屋の警護をするけど、そこら辺をほっつき歩いていたら面倒を見切れない。彼女たちは少数で、だいたい面が割れているから、そこは大丈夫よ……。とにかく、最後の時間を楽しみたかったら、咲良さんの部屋の中で過ごしなさい」
希々は俺から離れて、またね、と言い残した。
ひらひらと手の平を動かした彼女は、内廊下を歩いて去っていく。
バタン
「……誰だったの?」
近くまで来ていたマルグリットに、俺は説明する。
一通り聞いた彼女は、嘆息した。
「そんなに、多くの人が……。あの気紛れな風紀委員長まで、重遠に協力するなんて……」
お互いにシャワーを浴びて着替え、部屋の換気と簡単な掃除もしよう! と提案した。
……最後だからこそ、万全の環境にしたうえで、メグと向き合いたい。
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