第98話 なぜ咲良マルグリットはお世話係に立候補したのか?

 風紀委員長である木幡こはた希々ののが言う、俺が召喚儀式を潰した件も気になるが、それは今考えても仕方がない。


 ひとまず解決したのだから、急ぐ必要はなくなった。

 帰った後に、美少女型の聖杯である室矢むろやカレナに聞けば、いいだけ。


 希々と会話を続けて、咲良さくらマルグリットの行方を突き止めるほうが先だ。

 この件は、カレナに聞いたら、むしろ不自然になってしまう。



 そもそも、なぜマルグリットは、俺のお世話係になったのか?

 全ては、そこに集約されていた。


 冷静に考えて、俺の条件に同意することはあり得ない。

 何しろ、避妊のゴムを使わず、それでいて責任は取らないと、明言しているのだ。

 少なくとも、真面目に結婚を考えている女子としては、論外だ。


 しかし、お世話係は、希望者の中から選抜される。


 該当者がいなかったので、マルグリットがしぶしぶ引き受けた?

 なら、あそこまで、自分を抱け! とは迫ってこないだろう。

 彼女は、理由はどうあれ、自分から志願してお世話係になった。


 であれば、その動機と目的は?


 ここで、まずプロとアマチュアの2つに分類される。

 プロはどこかのスパイで、典型的なハニートラップ。

 そして、アマチュアは他の組織に所属せず、含むところがない存在。


 前者のプロと考えた場合には、支離滅裂すぎる。

 俺を誘導したい場合でも、彼女の行動ではあまり効果がないし、ワガママすぎた。

 だから、後者のアマチュアと判断できる。


 マルグリットの視点では、俺は後腐れがなく、自分の好みに近い男。

 1週間たっぷりと遊び、後はバイバイで済ませられる相手……。


 それでも、説明のつかない点が、いくつか見受けられる。


 旧校舎への突入や最終決戦に、なぜ付き合った?

 どう考えても、命の危険がある行動だ。

 ただの遊び相手にそこまでの義理立てをするのは、おかしいだろう?


 夜の添い寝をしている時に、無理やり襲ってこなかったのも、妙だ。

 自分で言うのも何だが、あれだけ焦らされたら、半ば強引に仕掛けてきても、おかしくなかったのに……。


 つまり、マルグリットは俺を『自分の命を懸けるほどの存在』と見なしていて、大事にしたい相手だった。


 ……だが、これは結婚式の予行演習を含めて、たった1週間の新婚ごっこ。


 マルグリットが召喚儀式の犯人、または共犯者という線は捨てる。

 その前提に基づけば、これらの矛盾を解消する考え方がのだ。



 ――― 【7日目 午前中】 ゲストハウス ラウンジ


「木幡先輩! 俺に協力してください。お願いします!」


 それを聞いた木幡希々は、悩みながらも、拒否する。


「私に、何のメリットもないわ! 悪いことは言わないから、君をOKしている女子と好きなだけ遊びなさい。それで、全部忘れなさいよ……。咲良さんは、どうせ交流会の1週間だけのお相手でしょ? 今は溜まってムラムラしているから、ナーバスになっているだけ。さっきの羽切はぎりさんの台詞じゃないけど、スッキリすれば気分も――」

「木幡先輩は……」


 割り込んだら、希々が黙った。


「木幡先輩は、俺が真実に気づいたことを知りました。その上で、あなたが拒否をするのであれば……」


「何かしら? あなたが、私を脅迫でもするの?」


 首を横に振って、説明を続ける。


「そんなことは、しません。ただ、あなたはこの事実を引きずっていくだけの話ですよ? きっと、何かある度に思い出すでしょう……」


 うへえ、という顔になった希々は、愚痴を言う。


室矢むろやくん、けっこう良い性格をしているわね!? でも、残念! 今の私が行えることは、あまりないの! せめて、あと1人ぐらい、協力者がいれば――」


 ガチャッ


 あまりにタイミングが良すぎて、希々は音がしたほうを振り向く。

 そこには、正面玄関から入ってきた時翼ときつばさ月乃つきのがいた。



「……咲良のことを教えてくれるって、聞いたのだけど?」



 そう言った月乃は、思い詰めた顔をしていた。


 ほら?

 ご希望通りに、もう1人の協力者を用意してやったぞ?

 断わったら、1年主席に恨まれるオプション付きだ。


 無言で希々を見つめたら、ウキャーッ! と叫びそうな感じで、言い捨てる。


「はいはい! 協力すれば、いいんでしょ! 分かったわよ!!」



 ――― 【7日目 午前中】 ゲストハウス 個室


 密談のために、個室へ戻った。

 ここは外から覗かれないし、防音も完璧だ。


「目的地は、学生寮の咲良さんの部屋よ! 彼女は、そこにいるわ……」


 木幡希々は自分の端末で、ベルス女学校の見取り図を指差した。


「病院じゃないのかい!?」


 時翼月乃が、驚いた声で叫ぶ。


「ええ、そうよ! そこを説明している暇はないわ……。厄介なのは、『室矢くんが現役JK食べ放題に応じず、帰宅を選ばない場合は、校長室に連行しろ』と言われていること。そういうわけで、さっきは『外に出るな!』と忠告したのよ……。あのたぬきの指示だから、自分の話術で煙に巻くか、それでダメなら、武器を突きつけて脅す、または気絶させる。その後は、バスに放り込んで強制送還か、椅子やベッドに縛りつけて新鮮な果物狩りをたっぷり楽しんでもらうってところかな? 強引でも、1回始まったら、たぶん止まらないだろうし……」


 希々は自分が知っている事実を述べた後に、1つの腕章を差し出した。


「私の予備の腕章よ! これで、だいたいの生徒は避けて通るはず。他の風紀委員には、私から連絡しておく……。それから、男子だとバレないように、これも身に着けてもらうわ!」


 連絡して持ってこさせた荷物をゴソゴソと探り、一式の衣服も渡してきた。


 俺は思わず、確認する。


「どうしてもか?」


「ええ、どうしても……」


 これまでの意趣返しのようで、希々は満面の笑みを浮かべた。



 ――― 【7日目 午前中】 ゲストハウス ラウンジ


 バシュウウッ


 ゲストハウスの突き当たりにある部分で、床の一部が開いた。

 中には下り階段があって、薄暗い通路。

 外から見えない位置のため、覗かれる心配はない。


「招待客を逃がすための、抜け道よ。ここから、学生寮の近くまで行けるわ! 多少の距離があるから、注意しなさい……。お願いね、時翼さん! あなた達がしくじったら、私もヤバいのだから!!」


 木幡希々の話を聞いた時翼月乃は、ボクに任せてくれ! と言う代わりに、手を振った。


 俺たちが階段を下りると、音を立てて、入口が閉まる。



 ――― 【7日目 午前中】 ゲストハウスからの脱出路


 コツコツコツ


「こんな抜け道があるんだな……」


 感嘆すると、前を歩く時翼月乃が説明する。


「仮にも軍事施設だから、VIPの安全確保をしておくのは当然さ! ボクも、実際に入るのは初めてだけど……。それより、学生寮と咲良の部屋に入る算段は、もうついているのかい?」


「マスターキーを用意している! 月乃の分はないが……」


 見つけにくい場所に隠しておいて、本当に良かった。

 これがなかったら、詰んでいた可能性が高い。


 いや、校長はわざとマスターキーを残したのか? 

 私を出し抜けるようなら、マルグリットに会っても構わないと……。


「あのね……。ボクは、ここの生徒だから……。学生寮には、自分のカードで普通に入れるよ?」


 呆れ気味の月乃に、言い返された。



 キイッ キイッ ガコン ギイイッ


 船や潜水艦についていそうな密閉性が高い扉を手動で開け、こっそりと外の様子をうかがう。


「大丈夫だ。行こう……」


 俺の耳元でささやいた月乃が、先に出て行く。

 慌てて続くと、自動で扉が閉まった。


 学生寮は……ここから5分ぐらいの距離か。



 ――― 【7日目 午前中】 学生寮への道


「お疲れ様です!」

「ご苦労様」


 驚いたことに、出会う女子は学年にかかわらず、誰もが時翼月乃に敬礼する。

 手慣れた感じで返礼する彼女が、妙に偉く感じた。


 後で聞いたら、学年主席は士官扱いのため、月乃が敬礼する相手は2年と3年の主席、それから教職員ぐらいだそうで……。


 明らかに無視をしなければ、欠礼の指導はやらないけどね? とは、月乃の談。



「1年主席と風紀委員が一緒とは、珍しい組み合わせだわ……」


 歩道で、あまり会いたくない人物と遭遇した。

 演習エリアで顔見知りになった、天城あまぎ美昊みそらだ。


「はい。学生寮の高等部1年の査察で、ボクが付き添っています」


「そう……」


 美昊が、じろじろと俺を見た。


「長い金髪で青い瞳の、風紀委員……。あまり見ない顔ね? あなた、どこのクラス?」


 月乃が、ボクがしゃべるから何も言うなと、視線で言っている。

 でも、この女の性格から察するに、変にごまかすほうが悪化しそうだ。


「咲良ティリスと申します。魔力が高いことから、風紀委員長にスカウトされました。まだ転校してきたばかりで、これからクラス決めです。せっかくなので、妹のマルグリットのところへ行こうかと……」


 慣れない裏声で、簡潔に答えた。


「そ、そうそう! だから、ボクがついているわけさ! 咲良と同じ学年だし!」


 慌てたように、月乃が付け加えた。


 美昊は興味なさげにうなずき、不慣れなら私が案内するわ、と先導する。

 事態を理解できない月乃も、首をかしげながら、ついていく。

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