第101話 原作のベルス女学校をようやく思い出したー①

 夢を見ていた。


 もう友人の家ぐらいには馴染んだ、ベルス女学校の敷地と思しき場所を1人で歩いている。


 推定で言っている理由は――


 俺の知っているベル女とは違い、ヘリや軽戦闘機が飛び交っていて、地上にも機甲部隊が展開している戦場だから。


 戦争映画で見ただけの、救いがない市街戦。

 その地獄が、俺の周囲にあった。



 ガシャン


「と、投降するから! 撃たな――」

 ババババババババ


 ベル女の生徒がアサルトライフル型のバレを投げ捨てて、両手を上げるも、その途中で重機関銃が唸った。


 見る見るうちに銃弾で血肉をえぐられた女子は、所々ところどころに骨が見える、物言わぬむくろになり、地面へ崩れ落ちる。


 それを踏みつけて、陸上防衛軍の歩兵が先へ進んだ。


 一緒に足を進めていくと、倒れている人物の中に知っている顔も。

 ……判別がつく範囲で、という注釈がつくが。



 キュラキュラキュラ


 俺の身体をすり抜け、陸防の主力戦車が走っていく。


 上に据えられた重機関銃が目敏く動き、隠れている敵に掃射を始める。

 赤外線などの探知があるから、これだけで圧倒的な脅威。


 キキーッと音を立てて、主力戦車が止まる。


 ドオオオオン


 40口径を超える120mm滑腔砲かっこうほうが、凄まじい音を立てた。

 飛んでいく砲弾による衝撃波は、周囲に広がっていく。


 直撃した場所は、木っ端みじんだ。


 陸の王者を阻むことは、かなり難しい。



 ザッザッザッザッ


 戦車に随伴していた歩兵が、立ち止まった。


「第六小隊は、このまま管理エリアを制圧! 第三小隊は残存している魔法師マギクスを排除しろ! ウゴッ……」


 現場で指揮をしていた少佐の体が、いきなり穴だらけに。

 倒れていく指揮官を後目に、周囲の兵士が一斉に銃を撃ち出す。


 それを見届けた俺は、管理エリアを目指した。



 小銃弾が近くを通り過ぎる、ヒュン、チュンという独特な音をBGMにしながら、覚えがある地点へ向かう。


 原作のゲームである【花月怪奇譚かげつかいきたん】で、かなり特徴的なポイントだったから――



 ああ、見つけた!



航基こうき、君はもういいから……。これは、ボクたちの戦いだ!」


 俺が知っている時翼ときつばさ月乃つきのより、少しだけ大人びていた。

 彼女の発言に対し、一緒にいる鍛治川かじかわ航基こうきが答える。


「俺は、月乃についていくと決めたんだ。たとえ1人でも、行ってやるさ! 同じマギクス、同じ異能者だってのに、この日本を混乱させようだなんて……。絶対に許せない!!」


 主人公らしい、勇ましい台詞だ。

 お前も月乃と同じく、俺の知っている姿と比べて、少しだけ成長しているな?


 …………


 周囲にいる兵士が月乃たちを貶し、航基が食ってかかろうとする場面を他人事のように眺めた。


 近くの手頃な残骸の上に座り、周囲を見回す。


 2年主席の神子戸みことたまきと、その妹である野上のがみ杏香きょうかを見つけた。

 ベル女で教官をしていた天城あまぎ美昊みそらは、自分の武装をチェックしている。


 彼女たちも、俺が知っている姿と比較して、数年の歳月を感じさせる姿だ。



 スタスタスタ


 このイベントを思い出した俺は、次の目的地へと向かう。



「私は、彼と添い遂げるの。邪魔をしないで……。ごめんなさい、わたる。すぐに片付けるから! フフ、今日の夕飯は、期待していいわよ?」


 3年主席の脇宮わきみや杏奈あんなだ。

 虚空に話しかける彼女は、誰が見ても正気ではない。


 2年主席の環が必死に説得するも、文字通り、聞く耳を持たなかった。

 くちびるを噛んだ彼女は、自分の仲間に告げる。


「僕がやるよ……。ここまで気づけなかった、僕の責任だ」


「なら、ボクも同じだね! それに脇宮先輩が相手じゃ、1対1では勝ち目がないよ?」


 月乃もその場に留まり、かつての先輩と対峙する。


 俺はその決闘を見ることなく、管理エリアの中枢。

 このクーデターを指揮している人物がいる司令所を目指した。




「最初に来たのは、あなた……。できれば、同胞の誰かが良かったんだけどぉー!」


 妙に間延びした、特徴的な女の声が、静寂を打ち破った。


 適当な椅子に座って、その女に向き直る。

 当たり前だが、彼女はこちらに気づかない。


「お前が首謀者か! なぜだ! なんで、こんな大それたことを!! マギクスは国家や社会を守る盾であり、矛じゃなかったのかよ!? 今からでも、遅くはない。投降しろ!」


 航基の正義感あふれる声が、虚しく、司令所に響いた。



 クスクスクス


 若い女の笑い声が、その返答になった。


「あなた、悪趣味ね? そんなに、私が輪姦されたり、全身を針で刺されたりする場面を見たいの?」


 いきなり言われた航基は、返事にきゅうして、黙り込む。


 要するに、投降しても、クーデターの首謀者である私に人権はなく、見せしめや鬱憤晴うっぷんばらしを兼ねて、酷い仕打ちを受けるだけと、言いたいわけだ。


 こいつは相変わらず、最低限の説明だな……。


 俺は、椅子に座ったまま、偉そうにふんぞり返っている女に呆れた。



 正義の味方である航基が、説得を始める。


「そ、そんなことよりも! お前は、同じマギクスがどうなってもいいのか!? こんな事をしたら、彼らの立場が――」

「第××回の通常国会で提出された、マギクス法等の一部を改正する法律案……」


 いきなり出てきた難しそうな言葉に、航基は黙った。


 代わりに、俺が答えてやる。


『それはマギクスの人権を剥奪はくだつする、兵器化の第一歩だな? 俺も国会の本会議、まして各委員会の審議は見ていないから……』


 この2人は、俺の声に反応しない。


「ま、知らなくても、無理はないわぁー! 私だって、退屈な国会の中継をわざわざ見たくないもの。自分に関係ない他人事であれば、余計にね?」


 このクーデターの首謀者であるりょう有亜ありあは、自分の言いたいことを吐き出した後に、口を閉じた。



 そうだ。

 月乃の個別ルートでは、そもそも、


 俺が参加したばかりの交流会は、原作の前。

 何よりも、あれだけ苦労させられた召喚儀式のイベントは、完全攻略本にも記載されていないんだよ……。



 航基が月乃に出会えるのは、彼女が休暇で紫苑しおん学園の近くに来ているタイミングだけ。

 他のヒロインを全て諦め、月乃と会えるイベントを全て拾うことで、ようやく個別ルートに入れる。


 死んだ咲良さくらマルグリットとの因縁を引きずっていて、影がある彼女は、だ。

 俺が会った時に違和感があったのは、これが原因。


 月乃をヒロインにすると、陸上防衛軍の翡伴鎖ひばんさ中将とも、知り合う。

 マギクスを知る機会を得ることで、他の個別ルートに対し、かなり違う展開だ。


 ヒロインの月乃と接する機会が増えていく中、やがて陸上防衛軍の一部がクーデターを計画していることを告げられる。


 ぶっちゃけ、この時点で怪しさ爆発なのだが、我らが主人公は義憤に駆られるのみ……。


 主人公の活躍でクーデターは未遂に終わり、めでたしめでたし。


 とはならない。



 この時点で、もうすぐHイベントかな? と期待に胸を膨らませていたら、何もないまま、ゲームが終わる。


 そう!

 プレイヤーが一番見たくない、ヒロインのいないエンディングで!!


 納得できない俺たちはセーブ&ロードで時を巻き戻し、今度は月乃の行方を探す。


 以前のクーデターの黒幕が別にいた、という情報が入ってくる。

 それが、ベルス女学校だ。


 なんて親切な、中将閣下! 

 機密漏洩をいとわず、ただの民間人に、そんな大切なことを教えてくれるとは!!

 しかも、作戦に加わって良いと、ご自分の責任で言ってくださったのだ!


 当日になって、ベル女を攻略する作戦に、航基が参加すると知った月乃。

 彼女は泣きじゃくり、どうして来たんだい!? と叫ぶ。

 

 月乃を宥める、中将閣下と航基くん。


 2回目でそのシーンを見ると、何とも言えない、引きった表情になること請け合いだ。

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